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1589 間に合った

「見つけたぁーっ!」


 とか叫びながら猛然とダッシュして飛び込んでくるオッサン。

 ハッキリ言って恥ずかしい。


 が、逃げることはできない。

 しつこく追いすがってくるのが目に見えているからな。


 それに一時的に振り切ることができても意味がない。

 武王大祭の試合会場内で待ち伏せされるだけだ。

 俺たちの目的が何であるかは明らかなんだし。


 そうなると他人の振りをするのがせいぜいであろう。

 皆も同じことを考えていたようで周囲には微妙な空気が漂っていた。

 逃げたいのに逃げられない時のあれだ。


 互いに肌で感じ取る。

 目線も合わせていないのに意思の疎通ができたかのような気分になったさ。


 たとえ錯覚だとしても、同じことをしようとしている。

 他人の振りをする上で定番中の定番、視線をそらす。

 誰1人してオッサンと目を合わすまいとしていた。


 が、オッサンの鬼気迫る表情がそれを許さない。

 血走った目が野生の獣を思わせるほどギラギラしていたせいだ。


 殺気に等しい気迫をまともにぶつけてくるんだぜ。

 目をそらしたら食らい付かれるんじゃないかって錯覚したほどだ。

 無視しろって方が無理だろう。


 結局、オッサンが立ち止まるまで俺たちは身じろぎひとつできなかった。

 ゼエゼエと肩で息をするオッサン。

 目の下にはクマができており、やつれきった顔を見せている。


 一瞬、別人かと思ったのは内緒だ。

 顔ではなく剣士の装備で本人と確信したのもな。


 言っておくが人の顔が認識できなくなる病気になった訳じゃないぞ。

 オッサンがあまりにやつれていて、別人に見えただけだ。


 ここまで言えば誰だか分かるだろう。

 泥棒貴族の後処理を任せたハイラントである。

 剣士のコスプレをしている時はランドだけどな。


 なんにせよ、この格好のオッサンを見るのは久しぶりな気がする。

 やつれているせいで弱そうに見えてしまうが仕方あるまい。


 それだけ泥棒貴族関連のあれこれをこなすのが大変だったということだ。

 決勝戦を観戦するつもりがなければ、そういうこともなかったのだけど。


「どうにか終わらせたぞ!」


 誇らしげにランドが吠えた。

 真正面で怒鳴られてもな。

 うるさいだけだし必死すぎてドン引きしてしまう。


「おやおや、間に合ったようだね」


 楽しげにサリーが笑った。


「うるせえぞ、ランド」


 ランサーは呆れたように嘆息しながら文句を言った。


「怒鳴らなくても普通に喋りゃ分かるんだよ」


 まったくもって同感だ。


「何とでも言うが良いわっ」


 ワッハッハと豪快に笑うランド。

 周囲の目などお構いなしである。

 地味にイラッとした。


 ランサーも同じような心境だったらしい。

 長く溜め息をつくと大きく頭を振っていた。


「根性でやりきったか」


 タワーが呟いた。


「昨晩は間に合わんと嘆いていたはずだがな」


「執念ですよね」


 隣に立つスタンがコソッと同意している。


「そうかもな。

 どうせ夜を徹してやりきったのだろう」


「無茶しますねえ。

 昨日までも睡眠時間を削りに削っていたはずですが」


「それこそ、お主の言うように執念だろう」


「アハハ……」


 スタンが乾いた笑いを漏らしていた。

 つい今し方、自分が言ったことを失念していた訳だからな。

 大声で笑っているランドの存在感にかき消されているのが物悲しさを誘っている。


 そんなことより気になるのは周りの方だ。

 ランドがうるさいせいで思いっ切り目立っているんだよな。


「サリー」


 俺は上手く退避した軽戦士に呼びかけた。


「おやおや、何かな? 賢者殿」


「ランドを黙らせる方法を知らないか?」


 単刀直入に聞く。


「しばらく放っておく他はないと思うのだけど……」


 そう答えはしたが、俺の問いかけで周囲の状況に気付いたようだ。


「あまり好ましくない状況ね」


「そういうことだ」


「場合によっては衛兵に囲まれかねないとか」


「もう目をつけられている」


「あらあら、本格的にマズいわね」


「でなきゃ失神させてでも黙らせているさ」


 あまりスマートじゃない方法だが、衛兵に気付かれる前ならできただろう。

 注目されることなく会場には入れた訳だ。


「今からでも他人の振りをするなんてどうかしらね」


 その発言は予想外であった。

 もはや他人の振りは通用しないと思っていたからな。


 だが、今からでもというのがミソだとすぐに気付いた。

 既に出会っているならランドも目の色を変えてまで追ってはこないかもしれない。

 そう、かもしれないという程度の話だ。


 サリーも強く奨めなかったのは、それが分かっていたからだろう。


「リスクはあるぞ」


 ランドの心理状態は良さげに見えて不安定なものだ。

 寝不足に加え強いストレスにさらされ続けていた訳だからな。


 ちょっとしたことで反転して逆上状態になる恐れもある。

 というより、そちらの方が確率的に高い気がするのだが。


「そこは生け贄を残していくということで」


 サリーがランサーの方を見てニヤリと笑う。

 甘さの感じられないブラックな笑みだ。

 そのくせ実に楽しげにも見える。


 俺としては嘆息しか出てこないんですがね。


「やめとけ。

 面白そうってだけでやらかす訳にはいかん」


 今日は大事な決勝戦だ。

 トラブルに巻き込まれて観戦できませんでしたなんてことになったらシャレにもならん。

 せっかくウルメが万全の状態になったのだ。

 良い席で観戦したいじゃないか。


 まあ、席取りは妖精組とローズに任せているけどさ。

 だから確保はできるはずだ。


 あんまり悠長にもしていられないがね。

 せっかく座席を確保しても割り込まれちゃ意味がないからな。

 それで揉め事を起こせば、衛兵案件になりかねないんだし。


 そのためにローズを送り込んではいるのだけど。

 寡黙で厳ついオッサン戦士ドルフィンの着ぐるみは威圧感がハンパないからな。

 構わず突っ掛かってくる連中はいるだろうけど。


「それは残念」


 とかサリーは言っているが、表情は正反対だ。


「真面目に考えろよな」


「アハハ、バレたか」


 軽い調子で笑うサリー。

 まるっきり他人事である。


 妙案はないと暗に主張している訳だな。

 この調子だと丸投げされたも同然だ。


 俺1人で考えろってこと?

 冗談でしょって言いたくなったさ。


 何故か俺たちの方がホスト側にされている気がしてならないんですが?

 主催側がどうにかすべきだろうに。


 厳密に言えば、サリーも主催者ではなくゲスト側なんだろう。

 が、唯一のホストであるランドがあの有様だ。

 ならば元からの同盟国である5国連合の面々がどうにかすべきではなかろうか。


 それなのに逃げの一手とは冗談がキツい。

 他の面子もランドの暴走を積極的に止めようとしているようには見えないし。

 何だか馬鹿らしくなってきた。


「行くぞ」


 ミズホ組とツバイクに呼びかけ踵を返した。


「えっ、あっ!」


 慌てふためいてツバイクが横に並んできた。


「いいんですか?」


「知らんよ、付き合ってられん」


 俺の返事にツバイクが「うわぁ……」という顔をする。

 ミズホ組は無表情かつ無言でついて来ていた。


「俺たちが責任を持つ義理はないからな」


「そうかもしれませんが……」


「こんな場所で騒げばどうなるかも考えられん相手に付き合う方がどうかしている。

 巻き込まれて衛兵から尋問でも受ける羽目になったら試合観戦どころじゃなくなるぞ」


「うっ」


 言葉に詰まるツバイク。

 ランドたちのことが気になりはしてもウルメの試合の方が大事だからな。

 躊躇することはあっても立ち止まったりはしなかった。


 結果的には、それが良かったようだ。

 衛兵たちのマークが外れた。


 どうやら喧嘩になる恐れがあると思われていたようだ。

 あのまま言い争ったりしていれば介入された恐れがあるかと思うと冷や汗ものである。

 何が幸いするか分からんな。


 ちなみに5国連合の面々は呆気にとられていた。

 再起動に数十秒はかかったかもしれない。


 で、慌てて追いかけてきて平謝り。

 さすがに土下座はなかったけどね。


読んでくれてありがとう。

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