1590 観客の入りが……
予想に反して座席の確保は苦労しなかった。
なにしろ増えると思っていなかったランドの分を確保するのも余裕だったからな。
まあ、1人分だけなんだけど。
それにしたって決勝戦なら満席で空きがないことも考えられた訳で。
ランドは運のいい男である。
屋台飯も余分に購入していたので昼食を食いっぱぐれることもなかったしな。
そんな訳で腹も膨れて準備万端。
あとは試合開始を待つばかり。
とはいえ、早い目に来ているので時間的な余裕がある。
必然的に雑談タイムとなっていた。
「どうなっているんだろうね?」
トモさんが首を傾げて話し掛けてきた。
「どうって何が?」
マイカが横から割り込んできて訳が分からないとツッコミを入れる。
「座席に空きがあることを言ってるんだと思うよ、マイカちゃん」
ミズキがフォローに入る。
「あー、決勝戦だもんね」
それで納得してしまうマイカ。
「試合開始まで間があるとはいえ普通なら考えられない事態ではあるわよね」
「えーっと、そういうことだね」
答える間もなかったトモさんは苦笑いしている。
「言うほど不思議なことでもないでしょ」
マイカはトモさんと違って疑問を抱かなかったようだ。
その様子を見て意外なものを見たという顔をする面子が何人かいた。
「あのぉ、どういうことでしょうか?」
代表する形でアンネが問いかける。
「昨日の試合結果が噂で広まったってとこでしょ」
「はあ……」
生返事をするアンネ。
その答えだけでは、いまひとつピンと来ないようだ。
「ウルメが回復できると思わない人が多かったってことよ」
そこまで説明されれば充分だった。
「「「「「あー……」」」」」
アンネだけではなく皆が一斉に声を漏らし頷いていた。
「普通は神官が治しきれないダメージを治療できるなんて思わないわよね」
ベリーが苦笑する。
「「うちは規格外ですからー」」
冗談めかしてメリーとリリーが言った。
ドッと笑いが起きる。
ただしミズホ組だけだ。
5国連合の面々とツバイクたちは呆気にとられた後に何とも言えない表情をしていた。
ミズホ組の実力を知っているだけに笑うに笑えないといったところか。
「そこは、ミズホの常識は西方の非常識と言うべきじゃないのぉ」
レイナがツッコミを入れた。
再び笑いが起きる。
ミズホ組以外は引きつった笑みを顔に張り付けるのが精一杯な状態だ。
ギャップがありすぎてカオスな雰囲気が漂っていた。
外から見られたら何事かと思われたことだろう。
結界で誤魔化しているから部外者にはバレないんだけどさ。
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試合開始まで間もなくという頃合いになって──
「急に観客が増えたわね」
エリスが周囲を見渡しながら言った。
「そうですね。
このままかとも思ったのですが……」
マリアが同意しつつも不思議そうな顔をしている。
「おそらくテコ入れしたのでしょう」
カーラがマリアの疑問に答えるように言った。
「ああ、なるほど。
そういうことでしたか」
合点がいったとばかりに頷くマリア。
「テコ入れですか?」
キョトンとした顔でクリスが首を傾げる。
「掛け率を上げたのでしょうか?」
何人かがズッコケた。
「なんでそうなるのよぉ……」
そのうちの1人であるレイナが体を起こしながらツッコミを入れた。
クリスはそれでも不思議そうにしている。
どうしてツッコミを入れられたのか分からないようだ。
「違うのですか?」
真顔でレイナに聞くぐらいだからな。
「武王大祭の賭け事は神殿主催でしょうが」
「そうですね」
ここまで言ってもクリスは気付く様子がない。
レイナはガックリと肩を落とした。
「あのー、大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫……」
どうにか返事をしたものの、とても大丈夫なようには見えない。
疲れ切った顔をしているのは誰の目にも明らかだ。
アニスを相手にしている時のような軽妙さが感じられないせいだろう。
ポンポンと言い合う漫才のようなテンポに慣れている身としては気疲れするらしい。
勝手が違うと、こうもダメージがあるものか。
意外なところでレイナの苦手を発見した気分である。
「依存症を誘発するようなハイリターンな掛け率設定になんてしないわよ」
レイナはどうにか指摘し直した。
「あー、言われてみれば!」
ポンと手を叩いて納得するクリス。
「じゃあ、他の方法ということになりますよねぇ」
すぐに首を傾げてしまうのだが。
それを見たレイナは──
「アタシはパス。
誰か説明してあげて」
ギブアップ宣言して投げ出した。
月影の面々が生暖かい目で疲れ切った様子のレイナを見守っている。
今はそっとしておくべきだろう。
で、レイナからバトンを引き継いだのはカーラであった。
「別に難しく考える必要のないことですよ」
「そうなんですか?」
「ええ、決勝戦が予定通り行われることを場外で伝えればいいだけのことです」
「あらっ?」
クリスが目を丸くさせた。
「あー!」
そしてコクコクと頷きながらポンと手を叩く。
初歩的な見落としをしていたことに気付いたみたいだな。
「失礼しましたー」
そう言いながら、ちょっと恥ずかしそうに照れ笑いしていた。
なんにせよ観客席は順調に埋まっていく。
この調子なら試合開始までには満席になりそうだ。
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『それでは、選手入場です』
主審ではない豪奢な服を着たオッサンが魔道具を使って仕切っている。
服装は異なっているが、オッサンの顔には見覚えがあった。
本戦出場者が決まった時に行われた選手紹介の司会者である。
「決勝戦ともなると演出過多になるんだな」
思わず声が漏れていた。
目がチカチカしそうなキラッキラした服のせいだ。
どう見ても似合っているとは言い難い。
というより誰の目にも似合っているように着こなせる者がいたら見てみたい。
「この試合でお祭りも終わってしまう訳ですからね」
ツバイクは服装が気にならないらしく普通に答えた。
「いや、俺が言いたいのはオッサンが着させられている服だ」
どう見ても自分の意志で着ているとは思えない。
「お祭りの最後ともなれば、あれくらい豪華じゃないとダメなんじゃないですかね」
どうやら本当にツバイクは平気なようだ。
いや、5国連合の面子も平然としている。
念のため【遠聴】スキルを使ってみたものの、他の観客も気にしている者はいなかった。
「マジか……」
不幸中の幸いというか、ミズホ組はドン引きしていたけどな。
どうやら、西方の常識はミズホの非常識に該当するようだ。
いつもとは逆である。
たまにはこんな逆転現象もあるだろうということにしておこう。
どうでもいいことにこだわっている間に選手入場が終わってしまいかねないからな。
まず最初に舞台に上がってきたのはカエデである。
いつも通りの自然体だ。
オッサンに紹介されて会釈するように頭を下げた。
対してウルメはガチガチなのが一目で分かる有様だ。
普通に歩くだけでも両方の手脚がそろってしまっている。
いわゆる同足歩行になっていた。
ゼンマイ仕掛けのブリキのロボットかよってくらい、ぎこちない動きだし。
あれでよく転ばずに歩けるなと感心してしまったさ。
観客もハラハラしながら見守っているし。
「大丈夫なんだろうな?」
ツバイクに問い合わせるも──
「分かりません」
と即答される始末だ。
「あんなウルメは初めて見ます」
そんな風に言われてはね。
何を聞いても無駄だろう。
「問題は試合が始まってもあのままかどうかだよな」
今のままだと何の見せ場もなく終わってしまうのは明白だからな。
「勘弁してくださいよぉ」
情けない声を出すツバイク。
身内の一大事だし、それも無理からぬところだとは思うが……
「俺に言うな、俺に」
こればかりはどうしようもない。
ウルメが極度の緊張状態から抜け出せるか否かは本人しだいである。
読んでくれてありがとう。




