158 弟子入り志願
改訂版です。
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どうしてこうなった。
「先生、私を弟子にしてくださいませんか」
エリスさん、御乱心? な台詞に「なに言ってんだコイツ」が喉まで出かかったさ。
何処をどう考えて弟子入り志願に至ったというのか。
「は?」
そもそも相手は元がつくとはいえ王族だ。
飢饉対策でこの国の王族とつながりができた際に付き合いが深くなる恐れがある。
外堀を埋められたら本人の意思なんて何の重みもない。
面倒事が増えるのは心の底から勘弁願いたいですね。
「私を弟子にしていただきたいのです」
二度も言うとは大事なことですか? そうですか。
俺には思い当たる節など皆無なんだが。
レアな魔法を使ったくらいで決意するような玉ではないだろうし。
誘蛾灯のように引き寄せる何かが俺にあるはずもない。
昔からモテた覚えがないんですが、何か?。
「弟子ねえ」
ああ、腐れ縁の女友達なら2名いるな。
向こうは俺のことなんてなかったことになってるだろうけど元気にしてるのかね。
ベリルママが帰ってきたら近況でも聞いてみよう。
いや、現実逃避しても仕方ないな。
「ダメだ」
「何故ですか。私が過去に囚われていたからですか」
きっぱり断るも食い下がってくるエリス。
「必ず変わって見せます」
「言葉にするだけなら誰にでもできる」
「神に誓って、そんなことはありません」
「ほう」
前に宗教観の違いを把握するために【諸法の理】スキルで調べて知ったことだけど重みが桁違いの言葉なんだよな。
誓いを破るイコール死ってシャレにならんわ。
まあ、おいそれと口にできる言葉ではないことだけは確かだ。
「悪いけど神に誓うと言うなら尚更ダメだ」
「何故ですかっ?」
「うちは信仰する神様が違うからな」
なかなか意地の悪い断り方だ。
信仰心が厚いなら諦めざるを得ないだろうし、そうでないなら言葉が軽いということで断れる。
「宗旨替えをしろということですか」
「そうだな」
「私は太陽神を信仰しています。月の女神であるなら難しくはありません」
どちらもこの世界で主流とされている神様だな。
ラソル様とルディア様のことだけど。
こっちでも兄妹神とされているからか、宗旨替えは難しくないそうだ。
「西方で崇められている神々ではないよ」
「えっ!?」
「それらの神々は俺の国じゃ亜神とされているからな」
「亜神……」
呆然とした表情で呟くエリス。
「本当の神の眷属だ」
こういう話をすると敬虔な信者なら神を冒涜しているとか言い出すんだけど。
「ほう、本当の神か」
「予言も神託の類いかもしれませんな」
ガンフォールやハマーの反応は緩い方だといえるだろう。
ドワーフは一般的な日本人に近い宗教観をしているのかもしれない。
さて、肝心のエリスはどうかな。
これで弟子入りを諦めてくれれば万々歳なんだが。
「さすがは先生です」
嫌な予感。
「我々の知らない真理に到達していらっしゃるのですね」
賢者を自称したのが裏目に出たか。
それとも、わずか数ヶ月で断罪と災害を立て続けに予言したからか。
しかも予言の片方は正しかったことが証明されている。
エリスがあんな反応をしても不思議はなさそうだ。
「私、改宗します!」
おいおい、想定外すぎる展開だわ。
「簡単に言うが国を捨てるほどの覚悟が必要だぞ」
邪教徒扱いされる恐れだってあるのだから。
俺なら無かったことにできるがエリスには無理だ。
「先生の国に連れて行っていただけるのですか」
ナンデソウナル。
俺はスカウトした覚えはないぞ。
「でしたら尚のこと頑張らなくては」
さっきまでネガティブ思考だったのに何処まで前向きにチェンジしてんだよ。
友人に胸を張れる生き方をしろとは言ったけどさ。
「祖国に帰れなくなったとしても仕方ありません」
もしもーし?
そんなこと満面の笑みで言われても困るっての。
ガンフォールとハマーが苦笑しているし。
『くうくくっくー』
他人事だもーん、とか言ってんじゃないよ。
ローズさんは当事者でしょうが。
まあ、否定的でないということはセーフ判定されているんだろう。
「自ら国を捨てるか」
「未知の神様を信仰するのです。その覚悟がなくては改宗などできようはずもありません」
どんどん断る理由がなくなっていくじゃないか。
どうなっても知らんぞ。
「そこまで言うなら考えなくもない」
「本当ですか!?」
テンション高いな。
「ただし、今回の交渉が終わるまではお預けだな」
「もちろんです!」
何がもちろんなのか、よく分からん。
けど、納得してくれるならそれでいいさ。
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スピードを上げて走ると車の印象がより鮮烈に感じるらしい。
「凄いですね、これはっ!」
助手席に座らせた影響もあってかエリスは興奮気味だ。
キョロキョロと周囲の景色が流れる様を見渡している。
「そうか?」
「たとえようがないくらいに速いですよ」
生まれて初めてのスピード領域に驚きはしているが、目を丸くするほどではないらしい。
「しかも驚くほど揺れません」
魔導モーターのサスペンション機能がショックの大半を吸収しているからだ。
不整地よりマシという程度の道で舌を噛んだりすることもなく喋る余裕があるのもそれ故である。
ただ、車内センサーユニットの映像を網膜投影で確認すると後部座席の2人はエリスに哀れむような視線を送っていた。
まだまだ、こんなものじゃないと目で語っている。
セーブしていたからな。
「さて、そろそろ本気で走るからな」
気合いを入れてアクセルを踏み込む前に予告というか注意喚起をしておく。
下りほどの恐怖はなくても不意打ちになるとガンフォールやハマーがどうなるかわからんし。
フラッシュバックで往路のことを思い出してパニック状態とかになられても困る。
いや、後ろの2人が大恥をかくだけで俺は困らんが。
「え?」
何を言っているのか分からないといった風なエリス。
上り坂が続く中で更にスピードが出るとは思っていないのは明白だ。
対してドワーフ組は早くも引きつった表情を見せてくれていた。
ああ、トラウマになってるかも。
「日が暮れるまでに帰るからな」
「えっ!?」
俺の宣言にエリスがこちらに驚愕の表情を向けてきた。
日が暮れても俺なら何とかするんだろうくらいには考えていたようだけど日没前に到着するとは想像もしなかったようだ。
まあ、そろそろ日が傾き始めているもんな。
「行くぜ、しっかり掴まってろよ」
アクセルべた踏みだ!
グッと体がシートに押しつけられる。
「きゃっ」
「「──────────っ!」」
前と後ろでは反応が違うな。
加速Gにちょっと驚きましたって感じのエリス。
2人して青い顔で固まりつつも悲鳴だけは堪えているドワーフ組。
「ここから先は喋ると舌噛むから気を付けろよ」
コーナー手前でブレーキペダルをグッと左足で踏み込めば上り坂であるにもかかわらず体が前に持っていかれる。
エアバッグパッドが受け止めてくれなければ大惨事間違いなしだ。
とはいえ、それを気にする余裕は同乗者にはない。
急減速の後はコーナーで振り回されてGが変化していくからな。
ジェットコースターよりも三半規管をいじめていると言えるだろう。
そして直線では一気に加速してシートに体を押しつける。
「これは別世界ですねっ!」
エリスは加速から減速の合間にそんな感想を漏らした。
初めての体験に目を丸くさせながらも純粋に喜んでいるようで笑みを浮かべる余裕まである。
「楽しんでもらえて何よりだ」
「はいっ」
エリスの返事を耳にした後ろの2人は引きつった表情に驚愕を織り交ぜ小刻みに頭を振っていた。
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