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1472 王子様に足りないもの

 城下に繰り出した剣士ランド。

 この国フュン王国の王ハイラントの変装した姿なんだが……


「物見遊山の田舎者にしか見えないな」


 思わず嘆息が漏れた。


「その方が都合がいいんじゃないですか」


 軽く変装したツバイクが苦笑する。


「それっぽく見えますよ」


「俺は冷や冷やしてるけどな」


 これが普段の街中であったなら、ただの怪しいオッサンである。

 武王大祭というお祭りの最中だからこそセーフなのだ。

 似たような落ち着きのない者たちがそこそこいるからな。


 それでもセウトとアウフで天秤が揺らいでいるような危うい状態だとは思うがね。


「えー、そうですか?」


 ツバイクが疑問を口にしつつ周りを見渡した。


「どう見ても挙動不審だろう」


「ハイ……になった感じはしますけどね」


 危うく名前を出しかけて話を誤魔化すツバイク。


「でも、ランドが他の者たちに比べてあからさまに目立つ感じではないですよ?」


 同じような挙動不審者がいると言いたいようだ。


「全体で見ればランドのようなのは少ない方だろう」

 

「そこは仕方ないですよ」


「そのお陰で注目されているんだが?」


「えっ、そうなんですか?」


「気付いてなかったのかよ」


 呆れて嘆息が漏れ出たさ。


「もうちょっと目配りを効かせられるようになれよ」


「目配りですか?」


 どうもツバイクはピンと来ないらしい。


 これだけで気付いていないのが丸分かりである。

 王都の街中を巡回する衛兵が目を光らせていることにな。


 まあ、向こうもプロだ。

 挙動不審な者がいるからといって、堂々とガン見したりはしない。


「せめて衛兵の目線くらいは気付けよな」


「はあ」


 今ひとつ理解しがたいようでツバイクは生返事をしてきた。

 衛兵の方を見ようともしない。


 まあ、その方がいいかもな。

 今のツバイクに衛兵の視線を確認させたら、しばらくジッと見つめてしまいそうだし。

 どうにも危機感が足りないと言わざるを得ない。


「自分の立場を考えろよ。

 普段から狙われる恐れは充分にあるだろうが」


「うーん……」


 ツバイクの反応は鈍い。


「国内では平気だったかもしれんがな」


 それだけ政情が安定している証拠だ。


「平和ボケしてるんじゃないっての」


「あっ」


 俺の注意にツバイクが短く声を上げた。

 言いたいことが伝わったような雰囲気ではない。

 不意に何か気付いたような感じだ。


「どうした?」


「父上と同じことを仰いますね」


 ガクッときましたよ。

 それなのに、この状態なのかとね。


「護衛に守られることの意味をもっと真剣に考えろと叱られたことがあるんです」


「まったくだ」


 俺も同意見である。

 護衛に守られることで気の緩みがあるツバイクを戒める言葉なのは間違いあるまい。


 厳しく修行させた方が本人のためだとは思う。

 しかしながら、それが許される立場ではないのも事実。


 そのあたりを理解していないとアスト王は言いたかったはずだ。

 見るべきところはちゃんと見ているのが、よく分かる。


 ハイラントに匹敵するかというような大雑把な王だったがな。

 メリハリを利かせて要点は繊細に見ているようだ。

 どうでもいいところは適当にやってるっぽいけど。


 それに引き換え……


『オッサン、息子は微塵も理解してないぞ』


 内心でツッコミを入れたさ。


 ツバイクの危機感の無さがそれを証明しているからな。

 親の心子知らずとは、こんなのを言うんじゃなかろうか。


 とはいえ、ツバイクもまったくの盆暗って訳でもないんだが。

 でなきゃ親善大使として送り出されたりはしないだろう。


 政治的な判断はちゃんとできるのだ。

 その上、商売人の目を持ちつつ職人の技術もある。

 どちらも本人の努力があってこそのものだ。


 人柄も悪くない。

 紙フェチな部分はあるがな。

 その部分だけはバカになるものの本物のおバカではないし。


 それでも大事なところで残念な面を覗かせているのは、これで明らかとなった。

 何というか、経験不足で見るべきところを見落としている感じだろうか。


「そんなに大事なことでしょうか?」


 ツバイクは首を捻っている。

 そんな意識でいるからダメなのだ。


「ぬるいものだな、お坊ちゃん」


 あえて小馬鹿にするように言った。

 当然のことながらムッとした表情を浮かべるツバイク。


「ほら、それだ」


「え?」


「そんな調子で人の忠告より自分の考えに固執しているからダメなんだ」


「……………」


 返事がない。

 ただ、表情は渋くなっているので聞こえていない訳ではないようだ。


『無理もないか』


 頭が固いと言われたようなものだからな。

 ツバイクはそのまま考え込んでしまった。


 まあ、その程度で簡単に結論が得られるものではない。

 何しろ自分の意見に固執する思い込みは容易に拭い去れたりはしないからな。

 それができるなら、とっくに自分で気付いているはずだ。


「いま考えたところで安易に結論が得られると思うか?」


「うっ」


 ツバイクが短く呻く。

 図星を指されたとばかりの顔で固まっていた。

 一応、自覚はあるようだ。


「その調子じゃオヤジさんの指摘にも見当がつけられなくて先送りにしていたんだろう」


「ぐっ」


 またもツバイクは呻いた。

 指摘が的確な部分を貫いていたのがよく分かる。


『やれやれ……』


 内心で大きく溜め息をついたさ。

 この調子では王位を継ぐのは何年後になるやらといったところだ。

 場と状況に応じてポーカーフェイスくらいはできるようにならんと厳しいと思う。


 あと、紙フェチの発作をどうにかしないといけない。

 どちらも容易ならざることだ。


 まあ、俺が気にしても仕方ないんだけどな。


「アストはこのことで縛りを入れたか?」


「えっ?」


「誰かに相談してはいけないとか。

 誰にも教えを請うてはならないとか」


「……いいえ」


 ショボーンと小さくなるツバイク。

 やや赤面しているのは恥ずかしいからか。

 指摘されたことが念頭になかったのかもしれない。


「何故、縛りを入れられなかったと思う?」


「はあ……」


 生返事で首を傾げるツバイク。

 俺が聞いたことそのものを考えている様子はない。

 どうしてそんなことを聞くのかと言わんばかりに困惑顔になっているからな。


 質問の意図を量りかねている時点で経験不足を露呈していることに気付いていない。


「上に立つものとして大勢の意見を聞き判断する経験を積ませるためではないのか」


 面倒なのでツバイクが考え始める前に答えを言った。

 この部分を気付かせないと固執した部分を突き崩すのは難しいだろうしな。


「あっ」


 そうだったのかという顔をした直後に赤面するツバイク。


「どう考えたって人の意見を聞けるような状態じゃなかったよな?」


「うぅっ……」


 ツバイクは仰け反るようなリアクションでたじろいだ。

 自覚はあるみたいだな。

 面の皮が厚すぎて反省のハの字もない状態でないだけマシだと言える。


「気付くのが遅せーよ」


 とは思ったけど。


「お恥ずかしい限りです」


 ツバイクは再びショボーンと小さくなった。


「それで、だ」


 話はここで終わりではない。


「平和ボケしていると言われる理由は分かるか」


 これで頑なだった部分が取り払われているかが分かるだろう。


 理由に自力で辿り着くかどうかではない。

 そうあろうという姿勢が見られるかどうかだ。


 ツバイクはしばらく唸っていたので、大丈夫だと思われる。

 やがて落ち込んだ表情で俺の方を見てきた。


「残念ですが、私には見当もつきません」


「今はそれでいい。

 もっと広い視野が持てるように見聞を広めるんだな」


「はい」


 真摯な表情でツバイクは頷いてくれた。


「取っ掛かりとして衛兵や護衛の様子をよく観察してみるといい」


「観察するだけでいいのですか?」


「漠然と見ているだけじゃダメだから観察と言ったんだが」


「あ……」


「目配りや連携とか色々と見ておけば勉強になる。

 そういうのを参考にすれば誰かに狙われたりしても素早く対応できるだろ」


「おおっ、そうですね」


「それにな」


「他にも何かあるのですか?」


 予想外だったらしくツバイクが軽く目を見開いていた。


「その時は分からなくても後で見えてくるものもあるぞ」


「そう、ですか」


 ツバイクは分かったような分からないような表情で返事をしていた。

 が、半信半疑という感じではなかったので一歩前進だと思う。

 あとは本人次第だ。


 それよりも祭りを楽しまないとな。


読んでくれてありがとう。

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