1457 戦い方はひとつではない
これ以上ないというくらいにビルが泡を食っている。
『はて、そんなに慌てなきゃならんことか?』
ビルの話をヒントに武王大祭の攻略法を考えてみたというだけの話だ。
ズルでもなければ必勝法でもない。
あくまで反則負けにならない方法と言ったはずなんだが。
それも絶対を保証するものではない。
ちゃんと可能な限りと言ったにもかかわらず──
「どどどどういうことだよっ?」
興奮したビルが凄い勢いで詰め寄ってきた。
右手で押し退けたけどな。
むさ苦しい男のドアップなど鬱陶しいだけだ。
まあ、腕の長さの分だけ軽減された程度でしかないがね。
鼻息を荒くしてなおも詰め寄ろうとしてくるからゲンナリだ。
「落ち着けよ」
「これが落ち着いてられるかっ」
ビルが吠えた。
「俺が、いつ、何処で、そんなスゲえ話をしたってんだ」
「……………」
どうやら心当たりがないせいで火がついたらしい。
鎮火させるには思い出させるしかないようだ。
「ほら、ゴードンの話をしただろう」
まずはヒントの元となった話を思い出してもらわないことには始まらない。
だというのに──
「ゴードンって誰だ?」
ビルが知らんぞと言いたげな困惑ぶりを見せながら聞いてきた。
微塵も記憶に引っ掛かってこなかったようだ。
『あるぇー?』
そんなはずはないんだが。
「おいおい、話をした時に名前も出したはずだぞ」
「知らんものは知らん」
ビルはキッパリと言い切った。
少しは記憶の反芻をしてから返事をしろと言いたくなったさ。
ただ、あまりにも自信たっぷりに言ってくれるお陰で俺の方が不安になってきた。
「そんなはずはないんだがな」
念のため【多重思考】スキルを使って超高速でログを確認してみた。
『……うん、間違いなく話してる』
俺の方から言ったことだからビルの記憶に残らなかったのかもしれない。
その時にはゴードンの名前を出しても誰であるかなんて聞かれなかったし。
普通に流されれば名前を知っていると思ってしまうよな。
「知らねえんだから、しょうがないだろう」
不機嫌そうに言い返してくるビルの目はマジである。
どう見ても本気で言っているのは明らかだった。
名前に興味がないから知らないままに流したというところか。
知らないけど、どうでもいいパターンだとは読みが甘かったと言わざるを得ない。
最悪の場合は先日の会話の内容もスッポリ抜けていることも考えられるしな。
何にせよ、思い出せないなら強制的に思い出させる必要がありそうだ。
「ブリーズの街の冒険者ギルド長だと言ってもか?」
念のために聞いてみた。
これでダメならメモライズ系の魔法の出番である。
そう思っていたのだが。
「おおっ、髭爺のライバルギルド長な」
肩書きでは覚えていたようだ。
ゴードンや髭爺はライバルという部分で過敏に反応しそうだが。
張り合うが故に反発するというか何というか。
ジジイ同士のツンデレとかマニアックすぎて需要が見込めないんだが。
「そんな名前だったのか、あの筋肉爺さん」
「……………」
どうやらマジで名前を知らなかったようだ。
そして前の話の時に俺が言ったことは、すっかり忘れていたようだ。
確かに1回しか言わなかったけどさ。
「肉弾って言ってくれりゃあ良かったのに」
二つ名であれば分かったと言わんばかりである。
実際そうなのだろう。
暴風のブラドのことを髭爺と呼んでいるくらいだからな。
二つ名ばかり印象に残って肝心の名前を覚えていないことを考えておくべきだった。
『失敗したな』
だが、それを悔いていても仕方がない。
ビルは既に気にもしていない様子で考え込んでいるし。
「てことはタックルの練習をするのか?」
すぐにそんなことを聞いてきた。
ゴードンの二つ名の由来を知っていただけはある質問だ。
「残念だが、違うな」
付け焼き刃のタックルでは意味がない。
「だよなぁ……」
ビルが深く溜め息をついた。
「にわか仕込みのタックルだと、あばら骨とか骨折する可能性が高いし」
問題点があることは前の話の時から分かっていたことだ。
ビルが言い出したことだからな。
「だが、突進して場外に弾き飛ばすという発想は悪くないと思ったんだ」
「そうなのか?」
ビルはとてもそうは思えないという目をして聞いてくる。
「上手くやれれば骨折も流血もしない」
「そうそう思い通りにはできないぞ」
ビルが溜め息交じりに反論してきた。
「従来通りの戦い方をすればな」
「何だとぉ!?」
またしてもビルが発火しそうになっている。
「無茶を言うなよぉ。
それこそ、にわか仕込みもいいとこじゃねえか」
「何も高度な技術は要求しないぞ」
「そんな戦い方があるなら、もっと広まってるだろう」
「そりゃあ無理だろうな」
「なんでだよっ?」
ビルのツッコミが芸人っぽかった。
話を聞こうとしている姿勢がそう思わせるのかもしれない。
「武王大祭だけで通用するような戦い方だからな」
「本当にそんな戦い方があるのか?」
どうにも信じ難いと言う目を向けてくるビルだ。
「考えてもみろよ。
武王大祭は人しか相手にしない。
魔物と命を張って戦う訳じゃない」
「そりゃ、まあな」
「しかもルールが厳格だ」
「だから戦いにくいんだろ。
皆、畏縮するっつうか、思い切った打ち込みができねえ」
「そこだよ」
「どこだよ?」
「打ち込みだ」
「だから、それがどうしたって?」
イラッとした感じでビルが聞いてきた。
「どうして打ち込みをしなきゃならんのかって話だ」
「ふぁっ!?」
俺の言葉にビルが素っ頓狂な声を上げた。
目を丸くさせて、その後の言葉が続かない。
「そそそれでどうやって戦うんだよ。
まさか、無抵抗で殴られ続けろとか言わないよな」
「どうして、そうなるんだよ」
「いや、だって……
相手の反則負けを狙うんじゃないのか?」
ビルの盛大な勘違いに思わず溜め息が漏れた。
「そんな真似させるわけがないだろう」
「じゃあ、どうするんだよぉ?」
唇を尖らせて文句を言うように聞いてくるビル。
「それはウルメを見れば分かることだ」
「そういや、出場するのはウルメだったよな」
そう言いながらビルはウルメに視線を向けた。
頭の先から爪先まで見たビルは──
「なるほど、分からん」
あっさりと見えない白旗を揚げた。
「おーい、何のために肉弾の話を引き合いに出したと思ってるんだ?」
「そんなこと言われてもなぁ……」
目をそらし気味にしてビルは答えた。
「ドワーフのように背が低いと有利なことがある」
「なに言ってんだ、賢者様。
そんな訳ねえだろうがよ」
「どうして、そう言い切れる?」
「背が低いと上からの打ち下ろしになるからダメージが……」
反論しかけたビルが自らの発言にブレーキをかけた。
「打ち込みはしないんだっけ」
ビルが考え込む。
が、すぐには答えが出てこない。
「そうだな。
それは敵にも言えるんだぞ」
「どういうことだ?」
「骨折や流血を避けるためには手加減が必要だろ」
それが武王大祭をつまらなくしている要因のひとつではあるが。
「おおっ、それはあるな」
ビルは頷いたものの、単に賛同するだけでは終わらない。
「けどよ、その分手数が増えることになるぜ。
ダメージを蓄積させれば倒せるからな」
気の長い話である。
まあ、相手が焦れて反則してくれれば儲けものというところか。
「だというのに手数を無しにするってのがどうにも不可解なんだが」
「同じ距離で戦うことを前提に考えるからだ。
背が低いならリーチも短い。
無手だから武器を持った時ほどの差はないように思っているのかもしれんが」
「武器もないのに距離感はそこまで大事なものか?」
ビルの疑問が俺の推測に対する答えと言っていいだろう。
大ダメージを受けないルールだからこそ軽く考えられている訳だ。
このあたりはルベルスの世界で格闘技が普及していないせいだろう。
ルールのある戦いという概念が根ざしていないとこんなものかもしれない。
「やってみれば分かるさ」
読んでくれてありがとう。




