1455 そして2人は出会った
ビルが仏頂面である。
明らかに御機嫌斜めだ。
ツバイクとは一時的とはいえ引き離したのにな。
「ここにいても居心地が悪いのは変わらねえよ」
まったく面識のないアカーツィエ組がいるからダメってことか。
相性の悪いツバイクがいなくても印象が良くなる訳でなし。
しかも、こちらにいる面々の方が数が多い。
2階にいるのは上層部と直属の面子だけだからな。
御者とか下っ端の武官や使用人たちはこちらである。
臨時の雇われ護衛であるウルメもだ。
「という訳でウルメくん、ちょっと来たまえ」
「っ!?」
離れた場所にいたウルメがビクッと震えるような反応をした。
俺から声がかかるとは思っていなかったようだな。
周囲にいた武官に気遣われながらも、こちらに向かって歩いてくるウルメ。
「賢者様、その喋り方は何だよ」
ビルにはその間ツッコミを入れられた。
「特に意味はないぞ」
「なんだ、そりゃ」
とりあえず、やってみただけだ。
何かのキャラを真似ようと思ったものの、なんにも浮かんでこなかった結果である。
「強いて言うなら先生っぽくて面白そうだと思っただけだ」
「何が面白いのか分からんな」
ダメ出しされてしまった。
有り体に言ってしまうと、滑ったってことだな。
そして、このタイミングでウルメが目の前に来た。
「何がなんだかよく分かりませんが来ました」
「ああ、済まないな」
「いえ」
「ここにいる男を紹介したくてな」
「はい」
「名はビル・ベルヴィント。
審判のオッサンという二つ名が──」
「誰が審判のオッサンかっ」
すかさずビルがツッコミを入れてきた。
「まったく……
油断も隙もあったもんじゃない」
フンと鼻をならすビルだが、終わった訳ではないのだよ。
言葉通り油断している隙などあると思ってはいけない。
滑ったせいで意地になっているとも言う。
「じゃあ、ツッコミ太郎?」
再びボケた俺に恨めしそうな目を向けてくるビル。
それだけ意表を突かれたってことだな。
「余計に訳が分からんわっ」
「まあ、冗談はさておき」
「冗談だったのかよっ」
「え? マジだったのか」
「いい加減にしろ」
漫才風のボケとツッコミが炸裂した。
この場にいるミズホ組の受けはそこそこだ。
爆笑とはいかなかったがね。
一方でアカーツィエ組はポカーン状態である。
まあ、そんなものだろう。
漫才の概念すら西方にはないからな。
そんな中でウルメだけは表情を変えなかった。
「もしかして……」
その呟きを俺だけではなくビルも聞き漏らさなかったようだ。
「ん?」
「鬼神……」
「ほほう、ビルも有名になったものだな」
「その名で呼ばれても嬉しかねえっての。
俺なんかより賢者様たちの方がよほどおっかねえじゃねえか」
ビルは自分が鬼神と恐れられるのは間違っていると言いたいようだ。
「だから、ちょうどいいんだよ」
「はあぁっ!? どういうことだよ?」
目を丸くさせてビルが聞いてくる。
「この男はウルメ・ブルツェルといってな」
「どうも、今回は殿下の護衛として臨時で雇われているウルメです」
ウルメがペコリと頭を下げた。
「おう、ビル・ベルヴィントだ。
ジェダイトシティをホームとして冒険者をやってる」
ビルは手を挙げてウルメの挨拶に応じた。
偉そうに見えるかもしれないが、ツバイクとのやり取りで疲れ切って余裕がないだけだ。
些か責任を感じなくもない。
まあ、ウルメは特に怒ることもなかったのでセーフということにしてもらおう。
「それで賢者様、何がちょうどいいんだって?」
ビルが聞いてきた。
俺がウルメを紹介して「仲良くしてね」で終わるはずがないと読んだようだ。
ウルメが首を傾げているのは仕方ないだろう。
話の流れにいきなり放り込まれたのだから。
「フフン」
俺は笑みを浮かべながら鼻をならした。
よくぞ聞いてくれましたってところだ。
ウルメの興味も引けたようだしな。
ただ、ビルは微妙に辟易した顔になったけれど。
「嫌な予感しかしねえな」
「大丈夫だって」
「賢者様の大丈夫は当てになんねえんだよっ」
唇を尖らせて抗議してくるビルである。
「人聞きが悪いことを言ってくれるな。
1回でも大怪我とかしたことがあったか?」
「そういうのはねえけどっ」
もどかしそうに答えている。
歯噛みしている顔を見て威嚇してくる犬を連想してしまったのは内緒である。
どうにか反論しようと懸命になっているみたいだ。
「心臓に悪いことが多いだろうがっ」
「それは否定しない、が」
「が、何だよ?」
「そこはもっと胆力を鍛えろと言っておこう」
「ぐぬぬ」
「えーと……」
俺とビルのやり取りに困惑していたウルメが更にその色を深くする。
「自分はどうして呼ばれたのでしょうか?」
ウルメも単に紹介しただけで終わるとは思わなかった訳だな。
まあ、普通に考えれば当然か。
紹介するだけなら指名して呼び出すなんてことはしなくてもできるんだし。
「おお、スマンスマン」
話を脱線させてしまったことを詫びる。
それはいいんだが、何故か共犯であるはずのビルからジト目で見られてしまった。
『解せぬ』
が、それを追及すると再び脱線してしまう。
やむなくスルーだ。
「ウルメは武王大祭に出場したいんだよな」
「はい」
今もそれは変わらないとばかりに迷いのないしっかりとした答えが返ってきた。
「間に合うなら今回からでもと思っています」
「ん? 間に合うだろ」
「そんなに早く移動できるのですか!?」
「昼前にはアカーツィエ王国の近くまで到着するぞ」
「はあっ!?」
目も口も開ききった驚きっぷりを披露するウルメ。
そこまで速いとは夢にも思わなかったと顔全体で表現していた。
「さすがに、途中で降下して先触れくらいは出すがね」
「……………」
ウルメは何も言わない。
が、その表情は硬かった。
「輸送機でいきなり乗り付けたら大混乱だろ?」
俺が問うと頬を引きつらせてコクコクと頷いた。
「こんなに巨大なものが本当に空を飛んでいるなんて未だに信じられません」
そんな風に言ってから、ハッとした顔になって──
「いえっ、あのっ、ヒガ陛下のことを信じていないという訳ではなくてですねっ」
慌てた様子で弁明を始めた。
「気にしてないから落ち着けよ」
「ですがっ」
ウルメは泡を食ったままだ。
『まあ、仕方あるまい』
耳をそばだてていたアカーツィエ組の慌てっぷりが嫌でも目に入ってくるからな。
「こんな反応をされるのは初めてじゃないから大丈夫だ」
「ええっ!?」
「ゲールウエザー王国やエーベネラント王国の王族も乗せたことがあるって言っただろ」
「そっ、そうでした……」
前例があるとアピールすれば、ウルメもどうにか落ち着きを取り戻せたようだ。
ウルメだけでなく周囲の面々もな。
「賢者様、先触れを出すよりバスで乗り付けた方が早くないか?」
ビルがおかしなことを言い始めた。
思わず怪訝な顔をしてしまう。
「何を言ってるんだ?」
俺が問うと──
「いや、何って……
早馬よりバスの方が圧倒的に早いだろう?」
ビルの方も困惑顔で聞いてきた。
お陰で勘違いされていたことに気付けたけどな。
「なんで急いでいる時に馬を使うと思うんだよ」
「あれ? じゃあバスで乗り付けるのか?」
「そうじゃない。
そんなことしたら輸送機で乗り付けるのと変わらんだろうが」
「だよなぁ。
どっちも竜みたいにデカいし」
翼竜や地竜と勘違いされかねないと言いたいのだろう。
「輸送機の方がよりデカいがな」
「あれ? じゃあどうするんだ?」
ビルは混乱してきたらしく、首を傾げてしまっている。
「バスよりずっと小さい車で先触れを出せば済む話だろう」
「へ? そんなのがあるんだ?」
「あるよ」
ちょっと物真似を入れてみた。
相変わらずクオリティは低いが、最近のマイブームになりつつある。
「多少の混乱はあるだろうが、バスよりはマシなはずだ」
「おーっ、さすが賢者様」
何故か拍手をするビルであった。
読んでくれてありがとう。




