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1444 紙フェチの見学

 ミズホ紙を確認していたツバイクの表情が真剣味を増した。


『お?』


 俺は内心で身構えた。


「材料が同じと分かるのに、うちの紙とはこうも違うものなのか」


 そう言ってツバイクは深く嘆息した。

 自国の和紙との違いに気付いたようだ。


 冷静でいられるなら、すぐに気付けることなんだけどな。

 手に取ればすぐに分かることだから。


 ミズホ紙はどちらが裏面なのか分からないほど均質化されているのだ。

 ツバイクはそれを確かめるように表と裏を交互に撫でるような手付きで触れていた。


 間違いなく気付いている。

 誤解されずに済んだと思っていいだろう。


『これで、どうにか一安心』


 内心で安堵の溜め息をついた。

 それはもう盛大にな。


 下手をすれば、友好国との関係がおじゃんになったかもしれないのだ。

 これくらいは許されるだろう。

 表面上は【千両役者】スキルを使って平然としていたけどな。


 ただ、安堵してばかりもいられない。

 ツバイクの様子がね。


「凄い……」


 感嘆の言葉と共に吐息を漏らしていた。

 独自技術であることを確認しているのか。

 それとも単に研究熱心なのか。

 読み取りづらいところだ。


 ただ、紙フェチモードのスイッチは入っていないみたいなのだけは分かった。

 そこは素直にありがたかったさ。

 国交問題で安堵した直後にツバイクの問題で悩まされるなんて嫌すぎるっての。


 とにかくツバイクは真剣だった。


「両面とも、ざらつきを感じさせないなんて」


 ゆっくりと頭を振っている。

 信じられないと言いたいようだ。

 まあ、普通の和紙の作り方では両面を均質にはできないだろう。


「どうすれば──」


 そう言いかけたツバイクだが、ハッとした表情になって口をつぐんだ。

 技術的なことを聞き出すのは御法度だと考えたからなのは明白である。


「真似をするのは難しいかもな」


「そうですよね」


「魔法で仕上げているから」


「えっ!?」


 その驚きは俺があっさりとネタばらしをしたからだろうか。


「まあ、仕上げと言うよりは魔法で作っていると言うべきかもしれんが」


「……………」


 信じられないものを見たという顔で固まってしまうツバイク。


「なんなら後で見学していくか」


「よっ、よろしいのですか!?」


「ああ」


 ツバイクに見せておけば、向こうの国元で騒ぎ立てるような者も減るだろう。

 そういうのが出てきたとしてもツバイクが抑えてくれるはずだ。


 まあ、目論見半分ってことだな。

 技術的なことに熱心なツバイクが気に入ったというのもある。

 紙フェチな部分を見せるのは余所でやってほしいところだけど。


 そこで、はたと気付いた。

 そのあたりを計算せず工房見学の許可を出してしまったことに。


『しまった!』


 今更取り消すことはできない。

 あとは運を天に任せるしかなかろう。

 できればストッパーが欲しいところだけど。


 現状だと俺だけだしな。

 皆には敬遠されているし。


 そんな訳でアカーツィエ王国側の人間も何人か招待することにした。


『これで勝つる』


 いや、無理があると思うけどな。

 逆にカオスなことになりかねないというか。


 誰も勝利することはないだろう。

 約束された勝利の剣は、ここにはないのだ。

 にもかかわらず暴走機関車を止める必要がある。


 とはいえ、俺にお鉢が回ってくることはないだろう。

 向こうの身内なんだからさ。


 え? ズルい?

 何とでも言ってくれるがいいさ。


 ゾクゾクさせられている状況で説得しなきゃならんのは、とにかく嫌だ。

 どうにも耐えがたい。

 傍観者でいられるなら、まだマシだと思うが。


 それに身内じゃないんだから俺が面倒を見るのは筋違いだろう。

 義理くらいはできているのかもしれんが。


 それでも向こうの身内が何とかすべきだと思う。

 向こうサイドの人間が誰もいなくなったら、そこは仕方がないけどな。


 とにかく工房見学の希望者を募るのは全員にしておこう。

 ますますズルいと思われるかもしれないが知ったことではない。

 強制じゃないんだから、最初から絞ってしまうと誰も来ない恐れだってある。


 そういう事故は防がねばならない。

 願わくば数人は来てほしいところだ。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 ミズホ紙の製紙工房へとツバイクたちアカーツィエ組を案内した。

 製造工程のほとんどが魔法という話は事前に説明してあったのだが……


「「「「「ふわあーっ!」」」」」


 どうやら信じてもらえていなかったようだ。

 案内したアカーツィエ組が奇妙な声を発して唖然としていた。

 例外なく全員ね。


 そう、全員である。

 この場に来たという意味ではなく親善大使御一行様だ。


 最初は希望者という形で打診したのだが……

 蓋を開けてみれば全員だったのには笑うしかなかったさ。


『ドワーフはやはり技術的なことに貪欲だな』


 なんて思ったりもした。

 もちろん断る理由はない。

 ただ、その報告をしてきたツバイクと側近たちは──


「「「「「申し訳ありません」」」」」


 そろって頭を下げるくらい恐縮していたけどね。


「別に全員で構わないさ。

 元からそのつもりで招待したんだしな」


 こちらとしては一向に構わない。

 目論見というか思惑もあることだし。


「ですが……」


 ツバイクが何か言いたげにしている。

 遠慮しているのだろう。


 普通に考えれば、職人の工房に大勢で押し掛けるのは迷惑だと考えるだろうし。

 ただし、希望者たちの熱意も知っているからどうにかしたいという思いもある。


「作業の邪魔になるとか考えているなら気にしなくていい」


 そもそも、こういう時のために設置した工房だからな。

 本格的な生産施設ではなく、観光用の見せる施設である。


「いえ、そうではなく……」


 どうやら言いたいことは違うらしい。


「ではなくてですねっ、そうなんですぐわっ」


 と思ったら、それも含まれてはいるようだ。

 慌てて否定しようとしたために思いっ切り舌を噛んでしまったみたいだけどな。


「まあ、落ち着け。

 作業の邪魔になることも懸念しているのは分かった」


 俺がそう言うと、ツバイクは小さく安堵の吐息を吐き出した。


「その点は心配無用。

 何班かに分けて回れば済む話だ」


 そういう想定はしていなかったらしく、ツバイクも側近も呆気にとられていたな。


 ただ、それで終わりではなかった。

 ツバイクが最初に言いたいことは他の問題点であったはずだ。


「ですが、技術面での情報が制限できなくなります」


「んん?」


 妙なことを言い出すものだ。


「情報の制限?」


「はい、これだけの人数で見学するとなると機密情報を見てしまう恐れがあります」


 極秘扱いの技術だらけだと勘違いされていたらしい。


「そんなことにはならないぞ」


「え?」


「少なくとも今から見せようと思っている工房は大丈夫だ」


 そもそも観光用だからな。

 細かな配合やら術式の部分やらは見せないようにできているさ。

 故に見られて困るものは何もない。


 困るのはアカーツィエ王国側の方だろう。

 ツバイクの反応がどうなるかで変わってくるので絶対とは言わないが。


 俺の予想通りであるなら困ることになると思う。

 困るというか発狂するというか。

 パニックになるのだけは間違いないと思う。


 とにかく、アカーツィエ王国側を納得させた。

 いくつかの班に分ける点については、向こうに任せたがな。


 実際にどう振り分けるかなんてのは人間関係まで知っている者たちがすべきだ。

 そこを考慮せず適当にしてしまうのはトラブルの元である。


 で、ツバイクたちはちゃんと決めてきた。

 ツバイクと側近を班長にする形でね。


 そんなこんなで工房見学を始めた訳だが……


「ふおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 懸念した通りツバイクの紙フェチが炸裂した。


「「「「「おおおお王子いいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」」」」」


 第1班の面子が絶叫したのは仕方のないことだろう。


読んでくれてありがとう。

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