↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1456/1785

1443 王子様は紙がお好き

 しげしげと普通紙を見つめるツバイク。

 見つめるというか、見とれているような気もする。

 恍惚の一歩手前な目をしているのが怖い。


「それにしても、この品質を見てしまうと怖いですね」


 怖いとか言いながらもフフッと笑うし。


「そ、そうか?」


 そう問い返すのがやっとだった。

 背筋にゾクッときたのは内緒である。


『もしかして紙フェチ?』


 なんてことを俺が考えているとは夢にも思うまい。


 だが、俺の返事を受けたツバイクの表情が引き締まった。

 瞬間的に仮面を脱ぎ捨てたのかと思うくらいの変わりようである。


「オホンゴホン、これは失礼しました」


 わざとらしい咳をして、やや赤面している。

 どうやらフェチの方のスイッチが切れたらしい。

 最初の独り言の時とは違って自覚はあったようだ。


 なんにせよ我に返ってくれて何よりである。

 このまま危ない人コースへ突入されていたらと思うと背筋が凍り付きそうだったのでね。


「これで、ふたつなんですよね」


「そうだな」


「もうひとつの紙がどれほどのものかと思うと怖いです」


 今度は危ない雰囲気なしのマジな「怖い」であった。

 表情を強張らせてしまっている。

 現実もちゃんと見えているようだ。


 大袈裟なと言うなかれ。

 ツバイクが本気のビビりを見せるのも無理はないのだ。

 ある意味、その警戒心は持っておいて損はない。


「最後のは紙としての種別が違う」


「は、はあ」


 生返事になったツバイクが頭の上あたりにクエスチョンマークを浮かべていた。

 まあ、リアルで見える訳じゃないんだが。

 とにかく俺の前置きに困惑の色を隠せないツバイクである。


「どういうことでしょうか?」


 分からなければ、当然聞いてくる訳で。


「紙には特別な名をつけている」


「特別ですか?」


「そうだ」


 俺は鷹揚に頷いてみせた。

 ちょっと偉そうかと思わなくもなかったがね。

 それでも、こういう演出をしておくべきだと考えた訳だ。


 他に特別感を演出する方法が思い浮かばなかったとも言う。

 発想が貧困なのは俺クオリティなのでしょうがない。


「ミズホ紙と言ってな」


「ああ、はい、なるほど。

 それは確かに特別ですね」


 ツバイクが神妙な顔で頷いた。


「国の名を冠するほどの紙とは凄いです」


 ちょっと興奮気味になっているのは気のせいではない。

 それだけ期待感を持っているのだろう。


「そうなんだが、言葉で説明するのが難しいんだ」


「はあ」


 よく分からない感じで生返事をするツバイク。


「先に紹介した紙の上位版ではないんだよ」


「そうなんですか?」


 目を丸くして聞き返してくるツバイク。


「似て非なるものと言うべきだな」


「はあ……」


 戸惑い気味の返事をするツバイク。

 そのまま少し眉根を寄せて首を傾げながら考え込む様子を見せた。

 シンキングタイムは短かったがね。


「羊皮紙のようなものでしょうか?」


 普通に思いつきそうなことを聞いてきた。

 ただ、本人も納得していないというのは顔を見れば分かる。


「そういうのとも違う」


「ですよね」


 そう答えつつも、ツバイクの表情は浮かないものだ。

 疑問が氷解しなかったからだろう。


「植物由来の紙であるのは間違いないんだが、普通紙などとは材料が異なる」


 俺が情報を追加すると、ツバイクの瞳が輝き始めた。

 答えに想像がついた訳ではないだろう。


 それでも新しい何かであると想像が及んだようだ。

 この王子様は本当に紙が好きなんだと再認識させられたさ。


「それは興味深いですね」


 微妙に鼻息を荒くするツバイク。

 恍惚感は見えてこないが、それでもゾクッときた。


『おいおい、またスイッチが入るんだじゃないだろうな』


 頼むから入れてくれるなよと願掛けしておく。

 まあ、何の効果もないのだけど。


「製法も違ってくるんだが、何より使う筆記用具が違ってくる」


「え?」


 ツバイクが短く言葉を発した直後に固まった。

 入りかけたスイッチは遠くへ吹っ飛んだかのようである。


 だが、俺はそのことに安堵できずにいた。


『これは気付いたか』


 懸念材料が増えたからだ。


 いや、元々からあった問題が浮上しつつあると言った方が正確ではある。

 慎重に話を進めないとマズいことになりかねない。


 まずはツバイクの出方を見てからだ。

 迂闊に話を進めようとすると、軌道修正が困難になりかねない。


 ただ、ツバイクは固まったままだ。

 そのまま再起動まで数秒を要した。


 短いと言うなかれ。

 緊張感を保ったままだと、やけに長く感じてしまうものなのだ。


 敵と戦う時よりプレッシャーを感じたからな。

 下手すりゃ友好国との関係がパーになりかねないのでね。


「製法も違う……

 筆記用具も違う……」


 ブツブツと呟き出すツバイク。


 思い当たる節がある。

 だが、まさかそんなことがあるはずもない。


 ツバイクの言動から、そんな空気が読み取れた。


『これは直球勝負だな』


 下手に隠すと猜疑心を抱かれかねない。

 そうなってしまうと今の流れが一瞬で詰みコースへ突き進んでしまいかねない。


「おそらくだが、そちらの親書で使われた紙と同じ材料を使っているぞ」


 というか、ほぼ同じだ。

 親書を鑑定して確認したが品種が多少違う程度である。


「なっ!?」


 さすがにツバイクも驚きを露わにするしかなかったようだ。

 向こうにとっちゃ機密事項だろうと読んでいたが、正解だったみたいだな。


「まあ、見れば分かるさ」



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 ミズホ紙を見せた後のツバイクは激しく動揺していた。

 興奮する余地なしといったところである。


 そりゃ、そうだ。

 微妙に違うとはいえ見覚えのある紙質なんだから。


「この透明感は……」


 愕然とした様子でミズホ紙を見ている。

 あの様子では手触りの情報が脳に伝達されているのかすら怪しいところだ。

 ミズホ紙の透けるようで透けない独特の見た目にばかり気を取られていたしな。


 確かに和紙と洋紙では透明感が違うとは思うが。

 これを言葉で明確にしろと言われると難しい。


 薄くて透けているとかいう話ではないからな。

 日本で使ったことのある普通紙の中には薄くて透けていたものもあったし。


 それにミズホ紙は少し厚めにできている。

 極薄なのに墨が透けないなんて変だろう?


 やろうと思えばできるけど。

 ミズホ紙の場合、製造工程のほとんどが魔法だからね。


 まあ、両面に書き込めるようにしているからこその配慮だ。

 書く者に違和感を抱かせてしまうとストレスになりかねないし。


 その点については普通紙も似たようなものだ。

 規格を統一してるから透けたりするようなものは存在しない。


 だからこそツバイクが驚愕に目を見張ってしまうんだろうけどな。


「なんということだ……」


 ツバイクは呆然とした面持ちで呟く。

 ミズホ紙を見ただけで自分たちの和紙と明確に違うと気付いたからだろう。

 激しく動揺しているのは間違いない。


 これはある程度は予想していたことだ。

 和紙を作り出した自負と自信が揺らいでいるものと思われる。

 受け取る時の手の震えが、その内心を象徴していたんじゃなかろうか。


「確かにこれは我々の紙と同じ原料でなければできない紙質だ……」


 ようやく、その手で感触を確かめたツバイクが呆然として呟く。

 受け取る前の驚きようからすると取り乱してもおかしくないかと身構えたのだが。


 ツバイクは理性が働いたのか、騒ぎ立てるようなことはなかった。

 怒りに打ち震えるという感じでないのだけは確かだと拡張現実の表示で確認済みだ。

 状態異常に出てしまうほど怒ってしまったら、どうしようもなくなるからね。


 まあ、変な勘違いをされない限りは怒ったりはしないと思うけどさ。

 無いとは言いきれないのだ。

 向こうは独自の研究で和紙を作り出したみたいだし。


 その技術を盗まれたと勘違いされたらシャレにならない。

 そんな真似はしていない。

 もちろん、するつもりもない。


 が、苦労して開発した分だけ自分たちだけのものという意識が根付きやすいものだ。

 他の者がその技術を持っていると知った時に誤解される恐れはある。

 感情だけで先走って考えてしまう者にありがちな話と言えるだろう。


 幸いにして、ツバイクはそういうタイプではなかったようだ。

 驚きが斜め上すぎて感情がついていかない部分はあるみたいだけど。


 事前に情報を与えていたのが幸いしたかもな。


読んでくれてありがとう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

下記リンクをクリック(投票)していただけると嬉しいです。

(投票は1人1日1回まで有効)

小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。