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1436 なるようになる?

 カーターの発言は口調の軽さとは裏腹に非常識な内容であったはずだ。

 ヴァンの爵位を騎士から侯爵にまで上げるなど、ぶっ飛びすぎだろう。


 グランダムに出てくる仮面の赤い人でさえ間に少佐を挟んで4階級のステップである。

 一気に5段階も爵位を上げるのは如何に非常識かってことだな。

 まあ、このネタが分かるのはミズホ組だけなんだが。


 とはいえ騎士であれば爵位のことも理解しているはずだ。

 その末席に身を置く者としてな。


 にもかかわらず護衛の騎士たちの反応は今までの皆とは違っていた。

 驚くことはなく。

 かといって平然としていた訳でもない。

 全員が遠いところを見つめるような目をしていたのだ。


 諦観を漂わせ、すべてを受け入れている感じとでも言えば良いだろうか。

 彼らの気持ちを台詞にするなら──


「また陛下の無茶振りだ……」


 といった感じではないだろうか。

 どう見ても既定事項として受け入れているようにしか見えない。

 しょうがない的な空気が彼らを支配してしまっているのだ。


 ある意味、慣れを感じるんですがね。

 誰も拒否感を抱いていないもんな。


 もちろんヴァンに対する嫉妬の感情も見られない。

 それどころか──


「隊長も大変だなぁ」


 という哀れみにも似た目を全員がヴァンに向けているくらいだ。

 おそらく王都エーベネに戻って今回の顛末を説明しても同じような反応をされると思う。

 爺さん公爵がギャーギャーと騒ぎそうだけど、それは説教だけだろう。


 如何に宰相といえども王の決定を覆すことはできない。

 カーターが何でもないことのように言おうと、本当は軽くないのだ。

 どんなに苦言を呈しても変えられない。

 本人が撤回しない限りは。


 結局は受け入れられるはずである。


「陛下、私の父は子爵なんですがっ」


 受け入れられない者もいるけどね。


「ヴァンは末っ子だから騎士として独立したんだろう?」


 長男は跡継ぎで次男はその予備というのが西方での基本認識だ。

 病弱であったり何かしら問題のある場合は当てはまらないが、そういうのは希である。

 つまり、ヴァンは子爵家の三男坊以下ということか。


「それは事実ですが、そういうことではなく無茶すぎだと言いたいのです!」


 抗議を続けるヴァン。

 父親より爵位が上になることを懸念してという感じではない。

 あくまでもカーターの発言が非常識であると言いたいようだ。


「無茶でも何でも構わないよ」


 ヴァンが吠えてもカーターはどこ吹く風と受け流すだけだ。


「他に手があるなら撤回するのも吝かじゃないんだけど」


 そう言ってカーターはウィンクしてみせた。

 代案があるなら喜んで受け入れようと言いたいようだ。


「─────っ!」


 ぐぬぬ状態なヴァン。

 解決策は思いつかないようだ。


 一瞬、シュワちゃんの方へ視線を向けそうになっていたけどね。

 途中で止めたのは爵位が同じだったからだろう。

 せめて、ひとつでも上の爵位であったなら違ったと思われる。


 カーターだってヴァンに無茶振りはしなかったはずだ。

 それが分かるからこそ何も言えない訳で。


「謹んで授爵いたします」


 結局、ヴァンにはそう言うしか道は残されていなかった。

 重苦しく絞り出すような声に嘆息めいたものを感じてしまう。

 諦めの境地ってやつなんだろう。


 そのせいか悲愴感は感じない。

 そして、軽い。

 騎士のままであったなら重厚ささえ感じさせたはずなのだが。


 いざ、今から侯爵ですとなると話は変わってくる。

 不安が滲んでいるというようなことはないにも関わらずだ。


 見た目の若さが軽さに直結している訳でもない。

 この男はそれを撥ね返すだけのものを持っている。


 しかしながら、それは騎士としてはの話だ。

 上級貴族と騎士では要求されるものがまるで違う。

 政を行う立場としては未知数なのだ。


 背景のない風景画とでも言えばいいのか。

 せめて式典などでお披露目されている状態なら少しは違ってくるのだろう。

 やたらと勿体ぶった儀式なども箔づけという意味では執り行う意味があるのだ。


 だが、ここは何の準備もされていない現場のようなものである。

 箔づけさえできない状態なのは言うまでもない。


 なんにせよ見ているこっちが不安になってくる。


「「「「「……………」」」」」


 見ていた一同は同情の視線を送ることしかできなかった。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 疲れた。

 とにかく疲れた。

 一気に老け込んだ気分になるくらい疲れた。


 え? 同じことを言うのは、せめて2回までにしろって?

 しょうがないだろ。

 ずっと見守りっぱなしってストレスが溜まるんだよ。


 伊達に[過保護王]なんて称号がついたりしてないぜ。

 今回は一般市民の方にまで気を配らないといけなかったしな。

 授業参観とそのフォローで2回分ってことだ。


 おまけにカーターの裏技めいた無茶振りを見ているしかできなかったし。

 口出ししてたら、どんなとばっちりが来たことやら。

 これで3回分である。


 俺の中ではね。

 異論は認めるさ。

 一応、言い訳はしたし。


 なんにせよ、あれこれやって帰りたい気分はMAXだ。

 その後はスムーズに物事が進んだんだけどね。


 臨時とはいえ責任者を置くと違うようだ。

 使用人やメイドたちは、ただただ従うだけだったからね。


『そりゃあ目覚めた直後に侯爵閣下ですと紹介されたらなぁ』


 しかも余所の国とはいえ紹介者は王様だ。

 騎士であるシュワちゃんが間違いないと保証してるし。

 そうなれば下っ端にできることなど従うことのみである。


 ちなみに面接とかも済ませましたよ。

 シュワちゃんは答えを保留したけどね。

 ヴァンを補佐しながら考えたいんだと。


 まあ、断られたと思っていいだろう。

 部下たちの手前ってことだな。

 自分のことは気にせず好きにしろと態度で示したというか、そんな感じだと思う。


 ただ、シュワちゃんは自分のことを知らなさすぎる。

 本人が考える以上に慕われているのだということを。


 多くの者たちが残って補佐すると言ったことに戸惑っていたな。

 んで、泣きそうになっていた。


 なんにせよ、これで良かったのかもしれない。

 モースキーという国は消えるが、故郷がなくなる訳じゃない。

 復興させるなら地元民は大きな力となるだろう。


 俺は振られた格好になるが、そこは仕方あるまい。

 悔しくなんてないんだからねとは言わないさ。

 野郎がツンデレな台詞を言ってもキモいだけである。


「さて、こんなものかな」


 一通りの確認を終えたカーターが戻ってきた。

 事務作業なので俺は手伝っていない。

 下手に手伝うと後で把握しなけりゃならないので二度手間になるしな。

 その時間を利用して面接とかした訳だが。


「お疲れ」


「ホントだよー」


 カーターが苦笑する。


「こういう時はカッツェを連れて来るべきだと思ってしまうね」


 爺さん公爵の事務処理能力の高さはカーター以上のようだ。


「そうは言うが、連れて来ていたらここまでスムーズに事は運ばなかったぞ」


 ゴーレムを始末した直後から、何も進まなくなっていただろう。

 ヴァンを侯爵にするか否かで絶対に揉めたはずだ。

 爺さん公爵を併合したモースキー領に残すなんて話にもなったと思う。


 宰相として、その選択はできなかったと思うが板挟み的に悩んだのではないだろうか。

 騎士を侯爵にするよりはマシとか何とか考えてしまう訳だ。


 結局、どちらも選べない気がするんだけど。

 それなら次善の策しかないというのにね。

 事後承諾となる今回の方が時間を節約できると思う。


「アハハ、そうかもね」


 力なくカーターが笑った。


「帰ったら、お小言が待ってるなぁ」


 誰のお小言かは聞くまでもあるまい。


「それでも帰らなきゃね」


 フンスとカーターが力んだ。


「仕事もあるしな」


「それは言わないでほしかったよー」


 ガックリと肩を落として苦笑いするカーターである。


「ひと仕事終えたのに、帰ったら仕事が待ってるなんて不幸だ」


「じゃあ、しばらく居残るか?」


「やめとくー」


 脱力したままだったがカーターは即答した。


「サボればサボるほど仕事が増えるからねー。

 むしろ早く帰らないと地獄が待っていそうだよ」


「今なら修羅場で済むってか?」


「だねー」


 カーターは力なく笑った。


読んでくれてありがとう。

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