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1337 そばを食べて知ることもある

「小鉢はちりめんじゃことワカメの酢の物で」


『やっぱり』


 レイナは去年とまったく同じものをチョイスした。

 実体験としてそれを知る面子が一斉に諦観を漂わせた顔になった。


「どうぞ」


 レイナが持つトレーに注文した小鉢が置かれた。


 ブルースは思った通り他に余計なことは何も言わない。

 スムーズに仕事を遂行することを考えているのだから当然の行動だ。


 行列は終わりかけているとはいえ、まだ並んでいる。

 待たせてはいけないと思うことは何も間違ってはいない。


 それに昨年末の出来事を知らないしな。

 知っていれば声掛けくらいはしただろう。


 そして、何故か勝ち誇った表情で横にスライド移動するレイナ。


「盛りか掛けか?」


 レイナに対し問いかけるハマー。

 やはり何度見ても被っている三角巾がアクセントとなって割烹着姿が似合わない。


「そばは温かい方で」


「では、こちらだ」


 慣れた動きでテキパキと丼に茹でたそばを入れつゆを流し込む。

 それをトレーに載せた。


 レイナは更にスライド移動する。

 ガンフォールと対面した。


「トッピングは何にするんじゃ?」


 菜箸を手にしたガンフォールが問いかける。


「油揚げと掻き揚げとエビ天」


「お主もか」


 ガンフォールが呆れた視線をレイナに向けた。

 全部載せは贅沢だとでも言いたいのだろうか。

 それとも油っこいからこそから忠告でもするつもりか。


「そんなこと言われたってー」


「胸焼けするぞ」


 やはり注意を促してきた。


「いいのよ。

 去年がそうだったんだもの」


「そうか」


 小さく嘆息すると、ガンフォールは希望通りのトッピングを載せていく。

 その表情は渋いままだったがな。


「大丈夫よ。

 そのために小鉢は酢の物を選んだんだし」


「どういうことじゃ?」


「知らなかった?

 お酢は油を分解して消化を助けてくれるのよ」


「むう、そう言えば学校で習ったな」


『家庭科の授業でも受けたのか?』


 それで割烹着と三角巾なのかもしれない。

 調理実習では、そういう衛生管理的なところから教えるはずだ。


 似合うかどうかの問題は二の次ってことだな。

 優先すべきは何かを考え基本に忠実にってね。


 だとしても帽子を選択しなかったのは理解に苦しむが。

 何にせよ、ガンフォールはレイナの言葉に納得した。

 注文されたものをテキパキとトッピングしていく。


「ありがと」


 そう言い残して列を離脱していく。


『さすがに匂いはかがないか』


 今それをすると盛大にトレーを引っ繰り返しかねないし。

 レイナもそれが分からないほど馬鹿じゃない。


 故にトレーをテーブルに置いた後にどうするかだろうな。

 リベンジを誓っているようだし。


『やりかねないよなぁ』


 咽せる恐れは充分にある。

 そうなれば昨年の二の舞だ。

 確認する前に俺の番が回ってきた。


「小鉢は肉じゃがで」


「どうぞ」


 コトリと小鉢の置かれる音がした。

 すり足で横移動する。


「盛りか──」


 ハマーの問いかけに被せるように口を開いた。


「掛けだ」


「分かった」


 ササッと用意されたかけそばをトレーで受け取り隣へ。


「トッピングは何じゃ?」


 ガンフォールが問うてくる。


「月見にしたい」


「生玉か温玉か?」


『そこまで選べるのか』


 生玉は文字通り直に割り入れるのだろう。

 温玉は温泉卵ってことだと思う。


「生玉で」


「うむ」


 返事をしながら卵を用意して俺の丼鉢の上で卵を割るガンフォール。

 その手付きは何気なくやっているように見えるのに、なかなか繊細だ。

 さすがは手先の器用なドワーフである。


 だが、片手で割り入れたりはしない。

 素早くはあったが丁寧に両手を使っていた。

 卵の殻の小片を落とし込まないようにするためだろう。

 気遣いまで繊細とは恐れ入る。


「サンキュー」


 俺は礼の言葉だけを言って自分の席へと向かう。


『あちこちからそばを啜る音が聞こえてくるな』


 これだけ人数が集まると結構な音量だ。

 ベルなどは既に食べ終えて食後のお茶を啜っているけれど。


 そばが伸びきってしまうと旨さだけでなく香りも半減だからな。

 手早く食べるのは正しいそばの食べ方と言えるだろう。


 もちろん、俺もそれに倣う。

 卵は黄身を傷つけぬようにしつつ、そばを引っ張り出して啜っていく。

 ネットで調べたところでは通の食べ方ではないらしいがね。


 まあ、慣れ親しんだ食べ方で食べる。

 ミズホ国ではこちらを通としてもいいだろう。

 昨年はそういう認識でいたし、馴染みもある。


 何度かうどんやそばを食べてきたことで定着もした。

 その間に元日本人組からも物言いはつかなかったし。


『まあ、いいか』


 ということにする。

 今更、訂正するのが大変で面倒っていうのもある。


 間違った伝統ができてしまうことになるけど、しょうがない。

 後々に事実を明かしてボタンを連打しながら「へえ」を連呼するのもありかもね。


 とにかく月見そばだ。

 麺をたぐりながら啜っていく。


 時々、薄い琥珀色の汁も直に味わう。

 味付けは見た目通りの薄味である。


 塩分控えめの健康志向を目指している訳ではない。

 こういう味付けがミズホ国では好まれているのだ。


 その分、出汁の味が自己主張を強くするんだけどね。

 言ってみれば誤魔化しがきかないのだ。


『丁寧な仕事をしているな』


 えぐみや雑味は一切ない。

 言葉を換えれば透き通った味と言えるだろうか。


 出汁を取る時に火加減ひとつ間違えるだけで、こうはならない。

 そばの香りを引き立てる陰の功労者と言えるだろう。


『これは盛りの麺汁にも期待できるな』


 ちょっと食べてみたくなった。

 出汁だけが突出している訳じゃないのが大きい。

 そばの香りも味も抜群だ。


『後でおかわりしてみるか』


 できれば天ぷらの盛り合わせも食べてみたい。

 これだけの仕事をしているのだ。

 カラッと揚げられた天ぷらになっていると思う。


 麺が半分ほどになったところで卵を箸で突いた。

 卵の黄身が流れ出てきたところに麺を潜らせ啜っていく。

 黄身のコクが加わって、まったく異なる味わいになる。


「あー、私もそれにすれば良かったです」


 カーラがやや落ち込んだ感じで呟いた。

 彼女のそばには油揚げが載っている。


「タヌキにしたのか」


 俺のように味を変えることはできない。


「おかわりします。

 次は絶対に月見です」


 何故かカーラが意気込んでいる。

 俺に張り合っている訳でもないだろうに。

 隣の芝生は青いってことかもな。


「ハルさん、ちょっといいかい?」


 不意にトモさんが呼びかけてきた。


「ん? 何かな?」


「カーラが食べているのはキツネそばだと思うんだけど?」


「ああ、そのことか」


 思わず苦笑が漏れた。


「トモさんにとっては揚げ玉入りがタヌキなんだろうけどね」


「そうそう」


「日本人だった頃の地元は何故か関西よりの呼び方だったんだよね」


 俺もずっとタヌキそばは全国共通の呼び方だと思っていた。

 関東ではキツネそばと呼ぶことを知ったのは東京の大学に進学してからだ。

 当時はなかなか違和感が拭えずにモヤモヤし続けたさ。


「えっ、関西ではキツネそばのことをタヌキそばって言うのかい?」


 トモさんは目を丸くしている。

 知らなかったのだから無理もない。


「そうだよ。

 うどんがキツネで、そばはタヌキと使い分けてるんだよ」


 そこはハッキリさせておく。

 でないと、うどんまでタヌキだと誤解されかねないし。


「なんてややこしい話なんだ」


「そう?」


 慣れているせいか、ややこしいとは思わない。

 むしろ分かりやすいんだが。

 お店で「キツネ」もしくは「タヌキ」の一言で注文が済んでしまうしな。

 間違えることもない。


「じゃあ、こっちで言うタヌキそばは?」


 それを忘れていた。

 揚げ玉入りのそばのことだな。


「地元ではなかったよ」


「ぬわんとっ!?」


 衝撃を受けている。

 当然のようにあると思っていたものが存在しないと言われれば仕方あるまい。


「メニューにはないってことだよ。

 揚げ玉を天かすと言ってサービスで自由に入れられるから」


「OH!」


 カルチャーギャップにトモさんが固まってしまった。


「大阪だとハイカラそばって言ったりすることもあるみたいだよ」


 ミズキが話に乗ってきた。

 何度か旅行に行ってるんだっけ。


「ハイカラですとぉ?」


 素っ頓狂な声を出して驚くトモさん。


「あー、初耳だと驚くわよね」


 苦笑しながらマイカが言った。


「私達も初めて関西に旅行した時は、そんな感じだったわよ」


「大正ロマンの香りがする」


 トモさんが妙なことを言い出した。

 独自のワールドを脳内で展開しているに違いない。


「何を訳の分かんないことを言ってるのよ」


 マイカがすかさずツッコミを入れていた。


読んでくれてありがとう。

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