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1326 門松と注連縄

 オッサン商人の後ろに控える剣士と女魔法使いの冒険者コンビをチラ見した。


 この2人は分かりやすい。

 思ったことが顔に出るタイプだ。

 どんなに隠そうとしても動揺すればボロが出る。


 その点、奉公人の少年は隙がない。

 動揺がほとんど表情に出ないからな。


 大人であるはずの護衛2人が子供に思えてくるほどだ。

 その2人の様子を見る限りでは、俺のことを知らないものと思われる。


 少なくとも護衛2人は俺の顔を知らないはず。

 知っているなら何らかの反応を見せていただろう。

 それがないということは、見たことがないってことだな。

 ジェダイトシティに来て間がないのかもしれない。


「お時間は大丈夫ですかな?」


「ああ、問題ない」


「それは助かります」


 オッサンはホッと安堵の溜め息を漏らした。


「申し遅れました。

 私は商人のモルト・ホッパーという者です」


「それは御丁寧に、どうも」


 俺も名乗ろうとしたところで──


「ああ、良いのです」


 と遮られた。


「私が勝手に名乗っただけですので」


 そう言われると、少し勘繰ってしまう。

 こちらの出方を見て態度を変えるつもりじゃないだろうかとかな。


 まあ、このオッサンはそういうタイプではなさそうだけれど。


「実は地元の方にお伺いしたいことがあるのです」


「ほう?」


 わざわざ地元民を指定してくるとはね。


『道に迷ったとか言い出すんじゃないだろうな?』


 ここは大通りだし、そういうことはないとは思う。

 宿泊している宿屋が分からなくなったというのであれば話は別だが。


「俺で分かることならな」


「もちろん、それで構いません」


「で? 何が聞きたいんだ?」


 こちらから話を促してみた。

 するとオッサンはある建物の方を見て──


「あれは何なのでしょう?」


 と聞いてきた。


「あれだって?」


 どれだよと問いたい。

 オッサンが見ている建物は食堂だ。

 看板が出ているから、それで何屋か分からないということはないはずだが。


『見落とすような看板じゃないしなぁ』


「はい、各建物の玄関先に置かれているオブジェのような物です」


 食堂の玄関を指して聞いてくる。


「ん?」


 オブジェのような物と聞われた直後の一瞬は──


『どれのことだ?』


 となってしまった。


「ああ、門松のことか」


 外国人にとってはオブジェに見えるんだろうな。


「門松……ですか」


「そうだ」


「では、あれは何のために置かれているのでしょう?」


 好奇心が旺盛なことだ。

 オッサンは子供のような目をして聞いてくる。


 某懐かしのアニメなら口で「ワクワク」とか言ってしまっているだろう。

 それを言うのは主人公の女の子だから、オッサンが言うのは似合わないとは思うけど。


「あれは新年に神様を招くためのものだ」


 由来となった日本では豊作などを司る神様を招くとなっているはず。

 そこまで説明してしまうと、リオス様だけを招くことになってしまう。

 西方では豊穣の神と思われているからな。


 リオス様を招くのが嫌だと言っている訳ではない。

 ルベルスの世界で神様は管理神1柱だけだからである。

 もちろん、我らがベリルママのことだ。


 西方人には知られていないから伝わらないだろうけど。

 意味が伝われば充分である。

 自分から話をややこしくしに行く必要はあるまい。


「ほうほう」


 楽しげに笑みを浮かべるオッサン商人。


『本当に子供みたいだな』


「この国の風習は変わっていますね」


「そうか?」


「私も色んなところを巡ってきましたが、このような飾りを置いている所は初めてです」


 確かにミズホ国だけのようだ。

 【諸法の理】で確かめたが、西方では新年に飾り付けをする国はなかった。

 新年を何らかの形で祝ったりする行事は何処とも普通にあるみたいだけど。


「ところで、どうして門松と言うのですか?」


 ポンポンと質問が出てくる。

 本当に興味を抱いているからだろう。

 商売に結びつくと考えているからかもしれないが。


「これは竹を飾っているように見えるのですが……」


 確かにオッサンの言う通りだ。

 太い竹を3本集めて中心に据えているからな。


 後ろに控えている女魔法使いもうんうんと小さく頷いている。

 剣士の方はピンと来なかったようだが。


 奉公人の少年は無表情なままだ。

 ただし、わずかに耳が反応していた。


『少年の耳はダンボ状態か』


 オッサンに負けず劣らず好奇心旺盛なことだ。


『ん?』


 ということは、もしかして自分の子供を連れて歩いているのだろうか。

 あまり似ているように見えないのだが。

 もしも親子であるというのなら、少年は母親似なのであろう。


「こう見えて主体は松だからだ」


「そうなのですか?」


 軽く驚きの混じった感じで聞いてくるオッサン。

 手慣れた感じの合いの手だ。

 こちらとしても話しやすい。


『向こうのペースに乗せられたか』


 嫌な感じがする訳ではないので、もうしばらく付き合ってみるとしよう。


「最初は長寿祈願のためのもので松だけを飾っていたんだ」


「ほう、何時の頃からか変わった訳ですか」


「そうなる」


 理解が早い。

 商人として大事な資質のひとつだろう。


「後に同じように長寿を象徴するとされる竹が加えられた」


「いやいや、興味深いですな」


 楽しそうに全身で笑うオッサン。

 どうも大商人という感じがしない。


「それで? 聞きたいことはもういいのか?」


「おっと、失礼しました」


 ようやく笑い終わったオッサンが詫びてくる。


「いや、構わない」


「実は他にも聞きたいことがあるのです」


「門松以外で?」


「はい」


 返事をしたオッサンは再び少年のような興味津々の顔になっている。


「入り口にある藁束をねじったようなものは何なのでしょうか?」


 これはすぐにピンときた。

 注連縄のことだろう。

 門松の次に目立っているからな。


 よく考えれば、昨日までは同じように無かったものだし疑問に思うのも当然か。


「あれは注連縄だな。

 注連飾りとも言う」


「ほほう」


 オッサンが楽しそうに笑った。


「縄と言うには太くて短いですなぁ」


『細いのもあるけどな』


 だが、それを言ってしまうと話が大幅に脱線しそうなので言わない。


「こればかりはな。

 そういう風に伝わっているものだと思ってもらうしかない」


「なるほど、なるほど」


 理解したとばかりにオッサンが頷いている。


「では、これも門松と同じような意味を持っているのですかな?」


『普通はそう考えるか』


「少し意味合いが変わってくるが神様を迎え入れるためのものではある」


「そうなのですか?」


 軽く驚きながらもオッサンは聞きたそうにしていた。


『本当に好奇心の塊みたいなオッサンだな』


 俺の中で作成されていたオッサンの好奇心がプラス補正された。

 まあ、商人向きの性格ではあると思う。


 俺が黙っていると──


「その注連縄というのは門松とどう違うのでしょう?」


 我慢しきれずに聞いてきた。

 変に焦らしてチップを要求していると思われるのも癪だ。

 素直に答えることにした。


「注連縄は神様を招き祀るのに相応しい場であるという印なんだよ」


「印ですか?」


 オッサンは今ひとつピンと来ないようだ。


「神聖な場所ってのは結界で守られているものだろう?」


「そうですな」


「ホッパー氏はそういう場所に行ったことはあるか?」


「ありますが……」


 困惑気味に頷くオッサン。

 それでも余計なことを聞かずに待ちの体勢である。


 俺の説明が続くであろうと読んだようだ。

 ガツガツせずに話を聞いてくれるのはありがたい。


「そういう場所では結界はどういう風になっていたか覚えているかい?」


 俺の問いにオッサンは──


「確か……」


 視線をやや斜め上に向けて考え込み始めた。


「柵で囲われていましたな」


「神官が出入りする所があっただろう?」


「ああ、そこは……」


 途中まで言いかけたオッサンが固まった。

 目を見開き、驚きを露わにしている。

 その状態はすぐに終わったがね。


「なるほど! そういうことですか」


 スッキリした表情でオッサンは大きく頷いた。


「注連縄は神聖な結界の出入り口を示すためのものなんですな」


「そういうことだ」


「いやいや、面白い話を聞かせていただきました」


 オッサンは謎が解けてスッキリした表情をしている。


「そうかい?」


「家の者への良い土産話ができましたよ」


『土産話ねえ……』


 だとすると、少し訂正しておくか。

 勘違いされたままの部分があるからな。


「ちなみに注連縄の縄は藁束ではないぞ」


「おや、そうなのですか?」


 やや驚きの混じった声で聞いてくるオッサン。


「藁に似ているが稲という別の穀物の茎だ」


「稲……とは初耳ですな」


 オッサンは、ここで初めて商人を感じさせる目付きになった。


『これは話が長引きそうだ……』


 調子に乗って失敗したかもしれない。


読んでくれてありがとう。

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