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1325 商人はお忍びがお好き?

 掃除を終えたミズホ国民が振り返る。


「これでお分かりいただけたでしょうか」


「「「「「……………」」」」」


 見ていた者たちに言葉はない。

 ただただ頷くばかりである。


 あの後、3軒分の清掃をしていたからな。

 何処も外壁のみならず屋根もピカピカにしていた。


 屋根の上に跳び上がった際にもどよめきが起きていたけどね。


「なんて跳躍力だ!?」


 剣士が仰け反りながら驚く様は大袈裟に感じた。

 周囲の面々はそんな風には思わなかったみたいだけど。

 程度の差はあれ、同じように驚いていたし。


「身体強化の魔法ね」


 女魔法使いが言った。

 解説モードが続いているのは情報提供の対価を貰っているからか。

 なかなかの真面目さんである。


「「「「「おおっ」」」」」


 感心したように驚く一同。


「あれが……」


 剣士がミズホ国民に羨望の眼差しを送っていた。


「素早く動いたり力を強くするだけではないのですな」


 お忍びの大商人も初めて見たようだ。

 他の商人たちも頷いている。


『そんなにレアな魔法なのか?』


 彼らが護衛として雇った者たちの中には使い手がいてもおかしくないと思うのだが。

 まあ、跳躍が使われるような状況はそうそうありはしないか。


「そうね」


 女魔法使いが大商人の言葉を肯定した。


「あれほど高いジャンプをするところは私も初めて見たわ」


「では、相当に高位の魔法使いと見てよろしいのでしょうな」


「ええ」


 魔法使いは首肯した。


「ちょっと使える程度の身体強化では無理ね」


 呆れと動揺の色を見せながらも女魔法使いは断言した。


「この国の人は底が見えませんなぁ」


 大商人が諦観を感じさせる溜め息を漏らした。


「まったくですな」


 別の商人が同意する。


「商売をするのも手強くて……

 なかなか物を買ってくれません」


「ほう、アナタもですか」


「私もです」


 商人たちが苦笑している。


「私などは酒を大量に仕入れてきましたが、失敗しましたよ」


「ほう?」


「何ですと!?」


「それは本当ですか!?」


「ドワーフ相手ならと強めの安酒を仕入れてきたんですがね」


「それでダメだったのですかな?」


「ダメでしたね」


「信じられませんな」


「ドワーフが強い酒を前にして買わないとは……」


「もっと味に深みがないと話にならないと言われましたよ」


「「「「「何とっ!?」」」」」


「向こうに兄弟で商売している店があるのですが」


『ん?』


 ボーン兄弟のことを言っているらしい。


「ああ、ドワーフを相手に手堅くやっているようですな」


「彼らの話によれば、ドワーフたちはもっと良い酒が安価に造れるようです」


「「「「「何とっ!?」」」」」


「こちらに出回ることは滅多にないそうですが」


「「「「「あー……」」」」」


 驚いたり落胆したりと忙しないことである。


『無理もないか』


 酒好きのドワーフから上質な酒を買い取ることほど困難なことはないからな。

 ビジネスチャンスかと思ったら、そうでもなかった訳だ。


「何とか味を確かめるだけでもできれば良いのですが」


「まったくですな」


「酒場で提供されているのでは?」


「出たとしても、すぐに無くなるでしょう」


「ドワーフたちに酒のことで競うのは得策ではありませんぞ」


「でしたな」


 身体強化の話そっちのけで情報交換を始める商人たち。


『商人としては真っ当なんだろうな』


 自分の持っている情報を惜しげもなく晒しているあたり好感が持てる。


 だが、単なる善意だけでそうしているのではない。

 そうすることによって相手からも情報を引き出すためである。

 情報提供者も見返りがあることを期待している訳だ。


 情報を共有できれば連帯感が生まれるし信頼関係も構築できる。

 新たな商いにつながる可能性を秘めていると考えるからこその行動と言えるだろう。


 情報を出してこない者とは距離を置けば余計なリスクを負う必要がない。

 そういうのは訳ありであることが多いからな。

 大抵は犯罪まがいの後ろめたいことをしている連中だ。


 中には利益を独占したくて秘密主義を貫く者もいるだろうけど。

 そういう商人は自分で定めた枠を飛び越えることができない。


 堅実であれば問題はないかもしれないが……

 トラブルが発生して枠が狭まるようなことがあった場合は立て直しが困難となる。


 他には変装している大商人のように正体を隠している者も輪に加わりづらい。

 下手に参加して後で正体がバレると信用を失いかねないからな。

 上手く立ち回れるなら、それもありかもしれないが。


 今のところ大商人にその気はないようだ。

 耳をそばだてつつも女魔法使いの方へ意識を向けている。


「失礼かとは思うのですが、あなたに同じことが出来ますか?」


 なかなか大胆なことを聞く。

 この調子だと、興味の矛先が商人たちの方へ向いたら進んで輪に入っていくかもな。


「無理ね」


 女はあっさりと答えた。


「桁違いの魔力と制御力よ」


 呆れてますと主張するかのように嘆息しながら付け足している。


「間違いなく大魔導師級ね」


「ほう、そこまでですか」


「壁を洗った魔法だけでさえ驚きなのに乾燥させたじゃない」


「そうですな。

 しかも、それを繰り返してらっしゃる」


 大商人は唸ったまま考え込んでしまった。


 女魔法使いは待ちの体勢だ。

 何でも聞いてくれってことなんだろう。


『金額も確かめずに太っ腹なことだ』


 実際には非常識なほど高額な報酬なので、そのくらいでは足りないのだが。


 まあ、この姿勢が大商人の目にとまって護衛として雇われることになるんだけどな。

 これもまた別の話である。


 ちなみにミズホ国民は身体強化を使ってはいない。

 単純にレベルアップしたことによる力技で跳んでいるだけだ。


 俺が1年間の眠りから目覚めた時にやったことと同じである。

 程度は違うがね。

 それと仕事の一環だから捻りを加えたりなんて遊びもしていない。


『……………』


 思い出して、ちょっと恥ずかしくなった。

 プチ黒歴史とまでは言わない。

 それでも当時の自分を殴りたくなるくらいには、やってしまったと思うのだ。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 掃除が終われば後は新年の準備をするばかりなり、なんてね。

 大掃除の翌日に門松と注連縄を飾っていく。

 本来であれば門松はもう少し早い時期に置くものだけど。


 その日も俺はジェダイトシティの街中を巡回していた。

 年末気分を味わいたかったんだよな。

 そしたら──


「ちょっと、よろしいですかな」


 横から近づいてきた男に声を掛けられた。


 振り向くと、そこにいたのは変装を解いた大商人。

 見た目はちょっと恰幅が良くて朗らかな印象のあるオッサンだ。


 今日は護衛を2人ほど連れている。

 昨日の剣士と女魔法使いのコンビだ。


『ほう、オッサンの眼鏡にかなった訳だ』


 あと小学校高学年くらいの子供を連れている。


『こっちは奉公人か』


 職人ならば弟子にあたるのだろうけど。

 子供らしからぬ精悍な顔つきをしている。

 オッサン大商人と並べると、どっちが子供かとツッコミを入れたくなってしまうほどだ。


 だが、油断ならないのはオッサンの方である。


『年季が違うんだよなぁ』


 如何にも隙がありませんという顔つきをしているようでは、まだまだである。

 相手に警戒心を抱かせてしまうからな。

 詐欺的な連中も寄りつきにくくはなるだろうけど。


『場合によっちゃ逆効果だしなぁ……』


 警戒心が強いと思い込んでいる相手の心理を逆手に取る詐欺師なんて普通にいるし。

 ただ、それをオッサンが教えていないはずがないとも思う。

 そのことを踏まえて考えると教育の途上かもしれない。


『もしかして一度、痛い目を見せて勉強させようとかいうんじゃないだろうな?』


 そんな風に勘繰ってしまう。

 ありそうで怖い。


 少年の年齢でこんな教育をされたら、どうなるんだか……

 末恐ろしいものがある。


『まあ、うちの国民じゃないしな』


 友達でもないし、余計な口を挟むのは良くないだろう。


 一方でオッサンのように自然体の方が人を引き込みやすい。

 変なのも寄ってはくるだろうが、そこは経験と勘で弾くのだろう。


『さて、俺は弾かれる側かな?』


「何か?」


「地元の方ですか」


 どうやら俺のことを知らないらしい。

 それとも知らない振りか。


 何カ国も股にかけて大商いをするようなオッサンが独自の情報網を持たない訳がない。

 色々と調べさせて俺のことを知っていても不思議ではないのだ。


「まあ、そうだな」


 まずは向こうの出方を見るしかないだろう。

 問題があるなら、そのように対処するまでだ。


「良かった」


 安堵したように言ってニッコリと笑みを向けてくる。

 なかなか人懐っこい感じがする。


 目の奥が鋭く光っているとかいうこともない。

 本当に自然体である。


 これが芝居だったなら大したものだと思う。

 だとすれば、出会った当時のシャーリーやアーキンの爺さんさえ手玉に取れるだろう。


 胡散臭さが微塵も感じられないからな。

 ある意味、少年のような無邪気ささえ感じるほどだ。


『もしかして天然?』


 随分と失礼なことを考えたものだ。

 それだけ相手に警戒心を抱かせない不思議な雰囲気を持っているからなんだけど。


「俺に何か用か?」


『さて、オッサンはどう出てくるかな?』


読んでくれてありがとう。

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