1324 種も仕掛けもない
生活魔法ジェットウォッシャーで汚れを洗い流した後をそのままにはしない。
どこもかしこも水浸しだからね。
排水は内壁の内側ほど完璧じゃないが問題ない。
魔道具も使っていない所まで魔道具かと思われる方が面倒だ。
特に商人とか色々と嗅ぎ回るだろうし。
そういうのが酷くなれば出禁にするしかない。
ただ、噂が広まればそれの繰り返しになるのは目に見えている。
故に程々になるようにしているのだ。
今回の大掃除に使った水量程度なら充分に処理できるし。
だから流れていく分に関しては考慮しなくていい。
対処すべきは濡れている屋根や壁面だ。
いくら温水で洗っているとはいえ、今は真冬である。
放置すれば凍り付いてしまうだろう。
ジェダイトシティはそこそこの標高にあるしな。
『見るからに寒くなりそうだな』
夏場なら自然乾燥でも良かったんだけど。
そんな訳でやはり生活魔法である乾燥の出番だ。
本来は衣類乾燥とかで使われる魔法なんだけどな。
規模が違うだけで使い方を間違えている訳ではないから問題ないだろう。
そんな風に思っていたのだが……
「「「「「ええ─────っ!?」」」」」
西方人たちにとっては驚きに値する魔法の使い方だったようだ。
「あっと言う間に乾いたぞ」
冒険者がギョッとした表情のまま呟いていた。
誰かに対しての問いかけのようにも聞こえる一言だったせいか──
「魔法ですかな?」
同じような表情のまま、商人が隣の商人に問いかけている。
分からないからというよりは確認のためだろう。
裏を返せば、それだけ信じ難い光景ということである。
「……でしょうなぁ」
やはり同じような表情のまま、商人が答えていた。
「あんな魔法があるのか?」
呆気にとられた様子の剣士風な冒険者が隣にいた女に聞いている。
ローブ姿に長杖を手にしたテンプレな魔法使いだ。
聞く相手としては間違えてはいない。
ただ、聞かれた女の表情を見たところ答えられるかは微妙なところだと思った。
「……………」
現に女は固まったままで何も答える気配がない。
「おい、大丈夫か?」
返事がないことを訝った剣士が女の方を見た。
「えっ、ええ……」
ようやく我に返ったように忙しなく首肯する女魔法使い。
「ホントかよ」
剣士は呆れたように女魔法使いを見ながら嘆息した。
「大丈夫だって。
……ショックなものを見せられりゃ誰だってすぐには動けないわよ」
「ショックなものだって?」
「今の魔法よ」
「やっぱり魔法だったのか」
そのやりとりをしている周囲の者たちが2人の方へ注目する。
専門家の話が聞けると思っているからだろう。
やや期待のこもった視線が向けられている。
が、一斉に視線を浴びた側からすると気圧されるというもの。
「「ううっ……」」
2人がたじろいでしまっていた。
注目されるのには慣れていないのが、ありありと分かる。
お陰で、すぐには話が続かなかったさ。
「済みませんが、我々にも話を聞かせてもらえませんか」
商人の1人が丁寧に頼み込んでいる。
「これでひとつ、どうか」
そう言いながら商人は女魔法使いに何か小さなものを握らせた。
チャリッと音がしているから硬貨が数枚といったところか。
その音が魔法使いを精神的な重圧から解放させる切っ掛けとなったようだ。
あるいは硬貨の手触りか。
ハッと我に返ったようになった女が剣士や他の仲間の方を見ている。
硬貨を握った手を開かずに少し動かしている。
「……………」
感触で枚数を確認しているようだ。
誰にも見せないように注意を払っているのだろうが。
『器用なもんだね』
手を広げればすぐに確認できるのだろうが、それは得策ではない。
思いがけぬ僥倖で手に入れた金というのは妬みの的になりやすいからな。
金額しだいでは刃傷沙汰になりかねない。
入国審査は厳しめなので、そうなりにくくはあるけどね。
だからといって絶対にそうならない訳ではないし。
やがて女はパーティメンバーらしき面々に向かって頷いた。
人数分あるということだろう。
あとで山分けすれば仲間内で揉めることもない。
商人もそれを分かった上で渡したようだ。
『どっちも手慣れているな』
情報を得るために対価を支払うことを惜しまない商人。
それをどう扱うか迷いなく行動できる冒険者。
どちらもベテランであると見ていいだろう。
『さて、どんな話が聞けるかな』
俺は人混みの中に紛れて様子を窺っている。
その場の掃除担当者に気付かれぬよう気配を周囲に馴染ませながらね。
この辺りのさじ加減は重要だ。
間違っても完全に気配を殺すことはできない。
気配的に空白部分ができて掃除をしているミズホ国民に感付かれてしまう恐れがある。
魔法使いは手にした硬貨を確認もせずに懐に入れた。
確認したい気持ちはあるとは思うけどね。
しかしながら、この場で見るのはマズいと判断した訳だ。
誰に見られるか分からないということを理解している証拠である。
万が一にも大金だった場合は狙われかねないし。
まあ、期待するほどの額ではないと思っただけかもしれないが。
『大銅貨あたりかな』
だとすると60ゲート、日本円で600円相当ということになる。
子供の駄賃だ。
が、どんな情報が得られるかも分からない状態で600ゲートは奮発しすぎである。
西方における情報の扱いはそんなものだからな。
場合によっては6ゲートということもあり得る。
『1人頭で勘定すると10円って駄菓子のチョコじゃあるまいし』
と思ったのは内緒だ。
物価は安いから1人10ゲートなら買い食いぐらいはできる。
ちょっとしたおやつ感覚程度だけどな。
いくら何でも腹一杯は無理だ。
安い屋台でも、そこまで満足しようと思うと倍以上の予算が必要になるだろう。
さすがに銀貨までは必要としないけど。
女も硬貨の大きさは把握しているはずだ。
銀貨なら少し慌てたはずである。
何も喋っていない状態で6千円相当の情報量を先払いしてくるとは考えにくい。
この商人が情報にどれだけの価値を認めているかにもよるとは思うがね。
『だとしても、大銀貨はないな』
6千ゲートは商人にとってもそこそこの金額である。
6万円に相当する額だもんな。
商人の正気が疑われることだろう。
女魔法使いもそう考えたものと思われる。
まあ、そのまさかの6千ゲートだったんだけどね。
別に追跡調査とかするつもりはなかったのだが。
彼らがこの後にそろって悲鳴を上げたために見に行く羽目になった訳だ。
俺も驚かされたが、それはまた別の話である。
ちなみに商人は知る人ぞ知る有名な人物だったらしい。
市場調査と称し変装して街に繰り出すのが趣味なんだとか。
職業は違うが、時代劇に出てくる某暴れん坊な御方を思い出してしまったさ。
あっちは変装とかしないけどな。
着るものだけ変えて貧乏旗本の三男坊を名乗る大胆さがある。
ある程度の身分がある者にしか顔を知られていないからこそ可能な芸当だ。
そういや、硬面ライダーゴーズの劇場版に出演してたんだよな。
硬貨の音を耳にして思い出したのかもしれない。
予告編を見た時は──
「なんじゃ、そりゃあーっ!」
ってな感じでぶっ飛んださ。
当時は、もはや何でもありだと呆れたものである。
設定を知った後は上手く考えたものだと感心したけれど。
それはそれとして女魔法使いが話を始めるようだ。
「あの魔法があるかないかで言ったら、あるわよ」
「「「「「おお─────っ」」」」」
周囲がどよめく。
多少程度とはいえ驚きを隠せない様子である。
魔法使いに肯定されると、確信を持てなかった面々も納得できたようだ。
「それで、どんな魔法なんだよ」
剣士の男が聞いた。
「どんなって、あれはアンタも知ってる魔法よ」
気安い感じで答えたのは同じパーティの仲間だからだろう。
周囲に注目されている緊張感は残していたけどな。
周りの面子がザワザワし始める。
魔法使いの言葉がにわかには信じられなかったようだ。
質問をした剣士も例外ではない。
「は?」
訳が分からないと言わんばかりに目を丸くさせていた。
「俺が魔法に詳しい訳ないだろう」
思い当たるようなものが無いようだ。
「剣のことなら多少は語れるが、これは分からん」
皆に注目されてはたまらないとばかりに抗議する剣士。
だが、女は涼しい顔をしていた。
「規模が違うから、そう思ってしまうのよ」
「訳が分からん」
剣士は頭を振った。
想像もつかないんだろうな。
だからこそ、女魔法使いが発する次の言葉に目を見張ることになるのだが。
「あれは生活魔法なんだってば」
呆れの入り交じった嘆息と共に女は言った。
その言葉に一同は並々ならぬショックを受けたらしい。
一瞬、時が止まったように静まり返る。
そして次の瞬間。
「「「「「なんだってぇ────────っ!?」」」」」
パーティの仲間以外の面々も一緒になって絶叫していた。
「あんな規模の生活魔法だって!?」
「信じられん!」
「だが、目の前で見せられちゃ疑う余地はなかろう」
「規模が違うといっても尋常じゃなさ過ぎる」
「それにあんな一瞬で乾かしたりできる魔法じゃないだろ」
「それもあったな」
誰もが口々にあーだこーだと言っている。
参加していないのは、女魔法使いと俺と他の建物を清掃し始めたミズホ国民だけだ。
騒ぎなど意に介さずに自分の仕事を続けているミズホ国民。
ジェットウォッシャーで洗って生活魔法の乾燥で仕上げていく。
「「「「「おお─────っ」」」」」
女魔法使いの説明があったからこそのどよめきだった。
それは夢ではなく現実なのだと強制的に分からされたから。
『失敗したかな』
俺がやると派手になりすぎるからと、皆に手伝ってもらうことにしたんだけど。
結局、結果は変わらないんじゃなかろうか。
自重したつもりが、できていなかったとは……
『解せぬ』
読んでくれてありがとう。




