1210 謙遜か誤解か
「ハルト殿」
いざ、帰るとなってカーターが見送りに来た。
俺の方に。
本来見送られるべきはゲールウエザーの王太子ストームである。
今回の俺は単なる送迎役でしかないんだが。
言わば、おまけだ。
礼儀にうるさい相手なら噛みつかれてもおかしくない気がする。
まあ、ストームには婚約者であるフェーダ姫がついているからなのかもしれんが。
『それにしたって大丈夫なのか?』
一瞬、そう思ってしまう。
誰もキーキー言わないから問題はないのかもしれないが。
本来なら、国賓を蔑ろにしたとか言われるところだと思う。
それを気にする者は、この場にはいないというだけのこと。
爺さん公爵も俺たちの方へ来るぐらいだ。
『いいけどさ』
何かあった場合に責任は取れないが。
つかつかと歩み寄ってきたカーターが──
「本当に、本当に、ありがとう」
開口一番、力のこもった礼の言葉を述べた。
2回目の「本当に」などは、発音的には「ほんっとぅぉーに」と聞こえるくらいだし。
何というか、典型的なパターンだと思った。
大事なことなので2回言いましたってやつ。
ここで使っちゃうかねとは思ったけど。
本人的に問題ないなら、俺が口出しすることではない。
それに、それ以上に気になることがあった。
礼の言葉を述べた直後からカーターの瞳は潤みかけているように見えたのだ。
顎のあたりに力が込められているので堪えるものがあるのは間違いないだろう。
『マジで?』
何故なのかという理由については見当もつかない。
カーターが礼を言うこと自体は、そう違和感がないのだが。
さすがに今の状態は「らしくない」と感じてしまう。
もっとフランクなんだと思っていたからね。
それはカーターの態度を見ても変わらない。
だとするなら、俺が何かしたってことなんだろう。
そうさせてしまうだけの何かを。
考えてみるが、思い当たる節がない。
色々とあったのは間違いないが。
『そんなに感傷的になることをした覚えはないぞ』
アンデッド事件が規模としては最大級だが、前例がある。
スケーレトロの時と似たようなものだ。
喧嘩を売られたから代理で買って始末した。
細々した部分は異なるが、大雑把に考えれば似ていると思う。
二度あることは三度あるってくらいに。
『3回目は無いと思いたいがな』
これでもし次があれば、以後も延々と続きそうだ。
フラグが立ちそうだから言わないけどさ。
アンデッドばかり、こりごりである。
グロ注意は勘弁してほしい。
カーターがピンチだというなら話は別だが。
あとは物作りをしたくらいだ。
カーター個人の依頼でオーダーメイドの目覚まし時計を作ったり。
国からの依頼という形で魔力掲示板を作った。
どちらも大したことはない。
暇つぶしの片手間仕事と言えるだろう。
『仕事の内容に手を抜いた訳じゃないけどな』
それでも感情を揺さぶられるほどのことを成し遂げたとは思えない。
いつものカーターであれば笑いながら「ありがとう」で終わる話である。
そう思いはしたのだが、カーターは違うらしい。
いや、他の面々もと言うべきか。
「ヒガ陛下には何とお礼を言ったら良いのか分かりませぬ」
爺さん公爵もこんなことを言い出すし。
その後ろに控えるイケメン騎士ヴァンなどは最敬礼をする始末であった。
他の騎士たちもそれに倣うのは言うまでもないことで……
これで兵士が大勢いたらどうなったことかという有様だ。
考えるだけで頭が痛い。
「少数精鋭とはいえ、騎士たちの一糸乱れぬ最敬礼は見応えがありますね」
他人事のようにいってくれるベル婆である。
「端荘厳粛……」
ボソリと神官ちゃんの声が聞こえてきた。
「そうかもしれないわね」
フフフと笑うベル。
コクコクと頷く神官ちゃん。
「なんです? そのタンソウゲンシュクって」
シャーリーが首を傾げた。
女子組の面々も分からないようで、同じように首を傾げている者が多い。
あるいは顔を見合わせて知っているか確認し合ったり。
いずれにせよ、ほぼ全滅状態だ。
『学校で難しい言葉も教えるべきか?』
そんな風に思ったが、スマホの辞書アプリを使えば検索できるので問題ないと思う。
必要性が薄いのに無理に教えても学習意欲が削がれるだけだし。
日常的に使いそうにない言葉は自主的な学習でどうぞってことだな。
そう考えると神官ちゃんはよく知っていたものだ。
いや、神官ちゃんだからこそ知っているのか。
神殿とか教育がしっかりしているみたいだし。
難しい言葉とか日常的に使ってそうなイメージがある。
勝手な思い込みだとは思うけど。
聞かれた神官ちゃんも首を傾げる。
『なんでだよっ!?』
心の中でツッコミを入れてしまったさ。
知ってて使ったんじゃないのか。
でなければ、ベル婆との会話は成り立たないはずだ。
ならば意味は理解しているはずである。
にもかかわらず、分からないと言いたげな反応は理解に苦しむ。
その間に──
「綺麗に整っていて立派だったり厳かだったりすることです」
ゲールウエザー王国の宮廷魔導師団出身であるナタリーがフォローしてくれていた。
「なるほど、勉強になります」
シャーリーが何度も頷いていた。
心のメモに書き込んでいるといったところか。
ちなみに神官ちゃんはキョトンとした様子でそれを見ていた。
どうして説明が必要なんだろうと言いたげに見える。
『もしかして、知ってて当然とか思っているのか?』
だとするなら神殿では当たり前のように使われていた言葉ということになる。
冗談がキツい。
だが、否定もできないだろう。
余所の国の神殿の中のことなど知らないからな。
『エヴェさんあたりに聞いたら教えてくれそうだけど』
そこまでするつもりはない。
というより、したくない。
エヴェさんと話がしたくないという訳じゃないんだが。
「いやぁ、よう分からはりましたなぁ。
さすがはハルトはんですわ。
西方の神殿は大体そんな感じでっせ。
わてらにとっても堅苦しゅうて敵いまへんがな」
なんて言われそうで頭が痛くなりそうだからな。
高確率でそれに近いことを言われる気がする。
わざわざ危険領域に近づく必要はあるまい。
「……………」
などと現実逃避の思考を続けても状況は変わらない。
変わらないのだが、それしかできなかったのだ。
『どうしてこうなった!?』
俺にとっては過剰としか思えない礼の嵐とも言うべき光景だからな。
目の当たりにしてショックを受けないはずがない。
まあ、どうにか内心には留めたけどさ。
苦笑は禁じ得なかったけど。
「いやいや、大したことはしていないから」
ようやく出てきた言葉がこれである。
「とんでもない!」
カーターが即座に反応した。
「まったくですぞっ」
爺さん公爵もだ。
咆哮するに等しい勢いで否定されてしまった。
騎士たちは何も言わないが、視線から強い圧を感じる。
『マジかー……』
途方に暮れてしまうんだが。
本当に思い当たる節がないのだ。
「お気遣いは無用ですぞ」
爺さん公爵の言葉にも困惑するしかない。
どうにか、それを顔に出さぬよう引っ込めたけどさ。
「アンデッドが城内に現れた時は肝を冷やしましたからな。
ヒガ陛下がいらっしゃらなければ、国の滅亡すらあり得たでしょう」
『そういうことか……』
見事なまでに誤解されている。
あの毒ポーションでアンデッド化した場合、無限に増殖する訳じゃないんだが。
滅亡なんて、いくらなんでも言いすぎだ。
俺たちがいなくても最終的には鎮圧できたはずだし。
どんなに苦戦しても倒せない訳じゃない。
騎士が魔導師を護衛しつつ戦えば、かなり状況は好転するからな。
魔導師の手が足りない場合でも火を使えば倒すことは可能だし。
今回のように目立った被害がゼロとは言えないけれど。
それにしたって国が滅ぶような事態となった場合とでは被害規模が違いすぎる。
向こうと俺とでは認識に大きな隔たりがあるということだ。
それが何故なのかを考えた場合に気になることがひとつあった。
毒ポーションの詳細についてだ。
『説明してなかったような……』
ログを見るまでもなく、そんな細かな話はしていない。
ベルとはあれこれ話した気もするが。
が、そんな細かなことまで確認する必要はないだろう。
爺さん公爵たちが無限に増え続けると思い込んでいるのは疑いようもない訳だし。
俺のミスだ。
詳細を話さなかったが故に、そこまで考えさせてしまったのだから。
「あー、すまん。
あのアンデッドどもは増殖に制限があったんだ。
だから、うちの面子がいなくても滅亡に瀕するような危機にはならなかったぞ」
毒ポーションの細かな部分について斯く斯く然々と説明しておく。
「左様でしたか」
今更のように安堵の息をつく爺さん公爵。
カーターもエーベネラントの騎士たちも同じような弛緩した空気に包まれていた。
『思い出すだけで危機感を覚えるほどだったのか』
完全にトラウマレベルだろう。
凄く悪いことをした気になってしまう。
「すまんな」
再び謝った。
「事態を収束させただけで満足してしまった俺のミスだ」
「何を言うんだい。
そんなことは決してないよ」
カーターが俺の言葉を否定してくる。
「国は滅ばずとも甚大な被害が出たはずだ。
我がエーベネラント国民に犠牲者が出なかったのは、ハルト殿がいたからだよ」
「確かに陛下の仰る通りですな」
爺さん公爵もカーターに追随する。
「ヒガ陛下、あまり御自身を卑下なさいますな。
他国の者たちから低く見られてしまいますぞ」
そう来られると言い返せなくなる。
「分かった。
気を付けるとしよう」
罪悪感と板挟みになりながらも、そう返事をするしかできなかった。
読んでくれてありがとう。




