1209 報告で泡を食った人がいます
エーベネラントへの出張が終わりの日を迎えた。
『色々あったな』
最初はビルが巻き込まれたトラブルの大本を叩くために動いたつもりなんだが。
ゲールウエザーの王太子ストームの送迎もあったけどね。
どちらかというと後者の方がカモフラージュになった感じなんだが。
一国の後嗣を利用した格好になる訳で、実に失礼な話だと言えよう。
まあ、事情を知っても軽くスルーできる面々ばかりだったのはありがたい。
それどころか、ゲールウエザーの宰相ダニエルなどは大乗り気であった。
メリットが多かったからな。
表も裏もね。
ストームが婚約者の元を訪れたのは表向きの方だ。
内外へのアピールになると言っていた。
『王太子なのに影が薄いもんなぁ』
能力が高いのに、そこで損をしているストームにとって格好の宣伝材料になる。
公式な訪問であれば記録に残る訳だし。
記録にまで影の薄さが影響しないのは大きい。
もし、影響するなら呪いの類だろう。
そういうことはないと確認済みである。
ならば積極的にエーベネラント王国へ行くべきだと考えるところだが。
距離と移動手段の問題があって簡単にはいかないのだ。
自前でどうにかする場合、護衛の人数もやたらと多いことになっただろう。
王太子が国外へ移動するのだから当然である。
『何者かに襲撃されてお亡くなりになりましたなんてシャレにもならんからな』
だから、移動の経費なんてバカにならないのだ。
人件費もそうだが、馬を使うのが大きい。
餌よりも水で苦労するからな。
人より何倍も消費するし。
まあ、あの巨体ならば仕方あるまい。
水を入れる樽も用意する必要がある訳だ。
補給の安定した街道を使うなら、そこまで気にすることもないだろうけれど。
何らかの事情で立ち往生した場合に備えるくらいはせねばなるまい。
これでも惑星レーヌの馬は地球の馬より水を飲まないんだけどな。
とにかく、馬車での長距離移動はなかなかに面倒なのである。
ダニエルが二の足を踏むのも頷けよう。
それを解決するのが、うちのバスだ。
まず、馬を必要としなくなるために餌や水などを積む必要がない。
高速で移動できるから滞在期間を維持したまま訪問期間を短縮できる。
また、追いつける者は限られているので襲撃を受けにくい。
馬より早く移動できるバスに追いつけるのは魔物くらいだろう。
それについても俺たちミズホ組が対処するからノープロブレム。
なんの心配も……
『予算的には問題なしとは言えないか』
さすがにタダではないからな。
それにしたって自分たちだけで移動した場合の経費よりはずっと格安である。
人件費以外の費用はあってないようなものだし。
人手だって、そこまで大勢を用意している訳じゃない。
女子組を投入したのは箔をつける意味もある。
少数精鋭だと言い張っても、周囲がそれと認識してくれないことはあるのだ。
それなりに数がそろっていないとダメというのは面倒な話である。
今回は受け入れる側が穏健派の多い友好国なので、あまり問題にならなかったが。
それでも送り出す側が面子の問題を気にした。
国王であるクラウドやダニエルは俺がいるだけで充分と考えていたんだけど。
それ以外の送り出す面々がうるさかったようだ。
出発前にストームが愚痴っていたくらいだから相当なものだろう。
詳細なんて聞いても碌なことにならないからスルーしたけど。
俺としては皆に経験を積ませられそうだと考えていたので気にしていなかったし。
とはいえ、何がどうなるか世の中とは分からないものだ。
トラブルの元を潰すために動いたら、別のトラブルが待ち受けていたのは想定外だった。
お陰で連れて行った面々をレベルアップさせることができたのは僥倖と言えよう。
『ダニエルにしてみれば冷や汗ものだろうけどな』
これらの件はファックスで報告されていると聞いた。
返信が焦った文面になっていたのは仕方あるまい。
[何故に王都エーベネでアンデッドが出没するのか。
それも王城内でなど荒唐無稽がすぎる。
箇条書きの数行では何がなにやらサッパリ分からぬ。
紙はいくら消費しても構わぬから、詳細の報告を送れ]
この内容に報告の送信者である護衛隊長のダイアンも驚いていた。
「宰相閣下がここまで取り乱すとは……」
「え? 取り乱していますか、これ?」
護衛騎士の1人であるミリアムが困惑の表情を浮かべた。
他の護衛騎士たちも首を捻っている。
副隊長のリンダ以外は。
「ここは何処だ?」
そんな風に隊員たちに問いかけるリンダ。
「エーベネラント王国です」
イザベラが真っ先に答えた。
「正確に言うなら王都エーベネでしょう」
ミリアムが訂正した。
モリーとアデルの姉妹がウンウンと頷いている。
「細かいわねえ」
不機嫌そうにツッコミを受け止めるイザベラ。
「そういうことを言ってるんじゃないのっ」
そして、反論に転じる。
「ここは我が国ではないと私は言いたい訳」
そこまで言い切るとブスッとした顔で黙り込み、威圧的な雰囲気を漂わせていた。
「何もそこまで向きにならなくても」
そう言ったのはミリアムである。
そして、同意するように頷くモリーとアデル。
『まるでコバンザメだな』
特に意味もなく、そんなことが頭に思い浮かんだ。
その姿を重ねてしまうところがあったのだろう。
が、姉妹はおこぼれを目当てにしているという感じじゃない。
いざという時に被害を受けぬよう立ち回っていると言うべきか。
ちょっとズルい気がした。
『虎の威を借る狐って訳でもないだろうがな』
上手く立ち回ろうとすることが悪いことだとは言い切れないしな。
いわゆる処世術ってやつだ。
立場が下の者ほど求められる技術であろう。
「向きにって……
意味が分かってないわね」
イザベラが嘆息しながら言った。
その不機嫌さが1段階ほど上がる。
周辺の空気が凍り付いたかのようだ。
『怖いな、おい』
元から黙りだった姉妹だけでなく、他の騎士たちも口を閉ざす。
迂闊に喋れば噛みつかれるとでも思ったか。
が、そんなつもりはイザベラにはないはずだ。
自分の考えが理解されぬことに苛立っているだけである。
「イザベラ、そのくらいにしておきなさい」
リンダに言われて──
「了解」
不服を感じさせる表情を残しながらも殺気を霧散させるイザベラ。
『どんだけ腹立ててんだよ』
いくら理解されないからと言ってもな。
「あなたたちもよ」
「了解です」
「「了解しました」」
ミリアムだけでなく姉妹も返事をした。
『横着してる訳じゃないんだな』
コバンザメとは失礼なことを考えていたようだ。
無駄にイザベラを刺激しないための処世術だったのかもしれない。
「イザベラの答えで充分です。
ここはエーベネラント王国という意識があれば分かるはずですよ」
リンダに言われて、ミリアムは考え込み始めた。
モリーとアデルの姉妹は顔を見合わせている。
それを見たイザベラは唇の端を少し上げていた。
どうやら少し機嫌を直したようだ。
「ファックスの返信には、こうあったでしょう。
紙はいくら消費しても構わぬから、と。
これは、どう考えても冷静さを欠いた発言ですよ」
ここまで言われて、ようやく納得がいった顔をする3人。
イザベラは頷いていた。
ややドヤ顔をしているように見えなくもない。
自分の考えが間違っていなかったと確信できたからだろう。
「さすがに他国で、この発言はないですね」
ミリアムが苦笑しながら言った。
「ファックスを借りているのに」
「紙は借りてないけど」
姉妹が呆れ気味に言っている。
確かに3人が言う通りだ。
西方では紙はまだまだ高価だからな。
ファックスで使うコピー用紙は高くならないようにしているけれど。
話の具合から察するに、それを知らされてはいないだろう。
「持ち込んだ紙も多くはないわね」
イザベラが言った。
「あの指示では、エーベネラント側に紙を借りてでもと読み取れるわ」
そう言いながら頭を振っているイザベラ。
あまりに非常識だと感じたようだ。
それは他の騎士たちも同様である。
「それで、隊長はどうされるのですか?」
話を振られたダイアンは慌てた様子もなく頭を振った。
「もう返事は出した」
言いながら1枚の紙をヒラヒラさせた。
[紙を借りるような厚顔無恥な真似はできません。
従って詳細な報告は帰国後に口頭で行わせていただきます。
なお、ヒガ陛下が対処されたことをお忘れなく。
この点については先の報告にも書いております。
これがどういうことか宰相閣下であれば御理解いただけるはずです]
「「「「「……………」」」」」
手厳しい返信内容に部下たちは言葉を失っている。
副隊長であるリンダでさえもだ。
まあ、この件に関して俺はノータッチとさせてもらおう。
彼女らの帰国後がどうなるかまでは知らない。
『いくらなんでも首にはならんだろう』
さて、脱線がすぎたな。
メリットの裏の話がまだだった。
裏と言っても、それはゲールウエザー王国サイドの話だ。
俺たちにとっては行動を起こす動機になるんだけどな。
王都ゲールに、はびこる裏組織を壊滅させた。
これによりゲールウエザー側は治安を改善。
俺たちは友人であるビルの安全を確保。
目的は異なるが手段は同じ。
言わば、ウィンウィンの関係である。
帰国当日に傭兵エクスに扮したビルに結果だけでなく詳細を伝えると──
「ああ、そういやそうだった」
とか暖気な返事をしてきたさ。
「おいおい、何のために来ていると思っているんだ?」
護衛任務に忙殺されたなら分からなくもないが、そういうことはなかったはず。
ツッコミも入れてしまうのは無理からぬところだろう。
「そりゃ分かってるんだがな。
何の心配もしてなかったぜ」
ビルには悪びれる様子もない。
「賢者様が差配してくれたんだからな」
「そりゃどうも」
そんな風に言われちゃ、反論の余地もないさ。
読んでくれてありがとう。




