1191 暇だと被害が拡大していく?
たった1日や2日で暇を持て余すとは、我ながら忙しない性格をしている。
まあ、周囲の面々が忙しく動き回っているのが気になるせいだとは思うけど。
バタバタしてるのに客人だからと手伝うのが許されない状況だ。
え? それはストームも一緒だろって?
あの王太子様はフェーダ姫という構ってくれる相手がいるだろ。
それにフェーダ姫を介せば軽く手伝うことも拒否されんし。
何でもそつなくこなせるから断られることが少ない。
さすがに厨房は入ることさえ断られていたが。
タイミングも悪かった。
戦場と化している時に見に行ってしまったからな。
影の薄さが幸いしてフェーダ姫が断られる形になっていたけど。
ストーム自身は戦場の兵士状態の料理人たちに顔を覚えられずに済んだようだ。
『便利だな』
いや、本人の意思でオンオフできないなら不便なのか。
常にオン状態になっては困るので再現は試みないことにした。
なんにせよ、向こうは全般的に楽しそうにしている。
護衛の面々も微笑ましそうだ。
良いものが見られたってところか。
厨房は失敗だったが苦笑いといった感じで終わっていたし。
ただ、その輪から外れて周囲に気を配っているのが1人だけいる。
傭兵エクスに扮したビルだ。
油断なく警戒しているために暇とは感じていないみたい。
輪の中に入れずにいるから警戒して誤魔化しているようにも見受けられるけどね。
気配を殺しつつも、俺に構うな的オーラが出ているかのようだ。
そのせいで完全に気配を殺し切れていない。
さじ加減が絶妙なためか、周囲に気取られるようなことがないのが見事である。
『器用なことをする』
輪の内側の雰囲気には影響していないし。
ただ、おそらくシャレにならないくらい消耗しているはずだ。
短期雇用で良かったと思う。
継続的な雇用であれば確実に倒れることになっただろう。
レベルが上がっているから常人よりは耐えられるだろうが。
『あの調子じゃ、帰ったらヘロヘロになってるだろうな』
気力の回復にどれだけかかることやら。
まあ、休みがしばらく続いても大丈夫だろう。
ビルはパワーレベリングの時に稼いだし。
浪費するような男じゃないからな。
さて、他人の心配より俺の心配だ。
ラフィーポ遠征から帰ってきて、わずか1日や2日でストレスが溜まりまくっている。
昨日までは邪魔になるからと我慢してきたけど、すでに限界であった。
『退屈ほど手強い敵もないよな』
で、御用聞きじゃないけど色々と回ってみた訳だ。
結局のところ直接的な手伝いは、すべて拒否されてしまったんだけど。
『別に俺が関わると連続してトラブルに巻き込まれる訳じゃないんですがね』
既にトラブルは解決してるから逆に安全なんじゃないかな。
台風一過みたいなものだ。
仮にそれを説明できたところで「お客様ですので」は変わらないだろう。
『塩対応じゃないんですかね』
間違っても、そんなことは声に出して言えないけれど。
気を遣われているのが、よく分かるもんな。
メイドたちなんて本気で礼を言ってくれるし。
騎士や兵士たちからは尊敬の眼差しみたいなものを感じるし。
手伝おうとしたら血相を変えて断られる始末。
「誰も手伝わせてくれない……」
ことごとく断られる始末。
メイドが重そうな荷物を運んでいた時は──
「重そうだね、それ持とうか?」
「滅相もございませんっ」
火事場の馬鹿力かってくらい凄い勢いで走り去られるし。
ちなみに、このメイドは後でメイド仲間に自慢して回ったらしい。
ヒガ陛下に優しい声を掛けてもらったと。
『勘弁してくれ~』
他にもある。
広い部屋をたった1人で掃除しているメイドに──
「大変だな、良かったら手伝おうか?」
声を掛けてみたのだが。
「いえっ、あのっ……」
何か申し訳なさそうな感じでモジモジされてしまった。
「あー、手順とかあるんだな」
それは考慮していなかった。
「途中から入ると逆に邪魔になるか。
すまない、続けてくれ。
俺は邪魔にならない所へ行くから」
「いえ、もうすぐ終わるところですので」
ガックリきた。
ちなみに、このメイドも同じように親切にしてもらったと自慢していたようだ。
『勘弁してくれ……』
めげずに次の困ってそうなメイドを探す。
すると、フランク一家の末娘、ニーナが姉のナトレと共に書庫の整理をしていた。
ナトレはテキパキしているのだが、ニーナはまごついているようだ。
「手伝おうか?」
「「ヒガ陛下!?」」
慌てた様子で俺の前に来て2人でガバッと頭を下げた。
何だか逆に邪魔したみたいな格好になってしまっている。
「あー、邪魔するつもりはないんだ。
詫びと言ってはなんだが、仕事を手伝おう」
「あの、お申し出はありがたいのですが」
おずおずとナトレが言ってくる。
「見習いであるニーナに仕事を覚えさせるためにやっていることですので」
「あー、それは手伝うと却って邪魔になるな」
「「誠に申し訳ありません」」
姉妹にそろって詫びられた。
「いやいや、邪魔した俺が悪いんだ」
俺は敗北感を味わいながら撤収する。
この2人は俺のことを積極的には話さなかった。
そんなことしなくても、俺が助けた家族としてあれこれ聞かれるからな。
過剰な評価が広まって当たり前の状態である。
『勘弁してよぉ……』
なんにせよ、メイドたちを手伝うのは無理そうという結論に達した。
そんな訳でメイド編、終了。
じゃあ騎士とか兵士はどうだろうと見張りや見回りの者たちを探してみる。
あちこち歩き回っていると交代の時間になっても次の見張りが来ない兵士がいた。
「お疲れ、大変だな」
まずはさり気なく声を掛ける。
声の調子で疲労感とかを確認しようって訳だ。
「っ!? これはヒガ陛下っ」
意表を突かれた顔で驚く見張りの兵士。
「散歩がてらに見回ってるんだよ。
もうアンデッドは出ないと思うが、念のためな」
我ながら言い訳くさい台詞だ。
こんなに驚かれるとは思ってなかったので、取って付けたようなことしか言えない。
「とっくに交代の時間だろう?」
誤魔化すために強引に話を進める。
「何故、御存じなんですか!?」
「他の場所で交代しているのを見たから」
これは本当。
全部ではないが、何カ所かで交代しているのを見た。
ここも交代だと判断した理由は推理半分である。
ぶっちゃけるとブラフだな。
「あ」
見事に引っ掛かってくれた訳だ。
『気付かれないうちに畳み掛けよう』
「俺が交代の兵を呼んでこよう」
そう思ったのだが……
「いえっ、自分なら大丈夫でありますっ」
あっさり断られたし。
ただ、この兵士はモジモジして何かを我慢しているようにしか見えなかった。
「本当に?」
「はっ、大丈夫でありますっ」
様子がおかしいので拡張現実の表示をオンにしてみたら……
[尿意:グレードA]
こんな状態異常が表示された。
『グレードAって何さっ!?』
こういう表示は初めてだ。
とはいえ納得もした。
割とピンチな状態の尿意を抱いているならクネクネしててもおかしくはない。
しかも、次の瞬間には──
[尿意:グレードS]
最上級に変わってしまった。
『大ピンチじゃないかよっ』
兵士は顔色を悪くして脂汗まで流し始めている。
危険領域に達した訳だ。
「トイレに行きたいんじゃないの?」
「だっ、だいじょおぶでっすぅ」
とても大丈夫には見えない。
「少しくらいなら見ておくから、行ってきな」
見かねて、そう声を掛けたのだが。
「そっ、いう……わげには、いぎま……ぜ…んぐぅっ」
必死で耐えつつ返事をする見張りの兵士。
もはや限界なのは誰の目にも明らか。
それでも変な姿勢になってまで必死に耐えようとする始末。
『強情にも程があるだろ』
そこへ交代要員が飛び込んできたので、ザ・我慢兵士は間一髪でトイレに駆け込めたが。
このザ・我慢兵士も後で他の兵士たちに自慢していたようだ。
曰く、労いの言葉をかけてもらっただけでなく危機を救ってもらったと。
メイドといい、この兵士といい、妙に誇張してくれるんだよな。
絶体絶命のピンチとか言うんだぜ。
『ある意味、そうなんだけどさ』
間違っちゃいないが、配慮して喋ってほしい。
アンデッドによって城内が混乱して間もないんだからさ。
このタイミングで絶体絶命とか限界ギリギリとか言われちゃ誤解されるに決まってる。
『勘弁してくれっ!』
四つん這いで項垂れるしかないくらいの敗北感を味わったさ。
皆にそんな姿は見せられないから心の中でだけど。
とにかく、こんな感じで誰も手伝わせてくれないんだよ。
逆に手伝おうとすればするほど変な噂が拡がっていく感じだし。
誤解だと言おうものなら──
「またまた、御謙遜を」
と笑顔で否定されたり──
「なんと謙虚な方だ」
と感極まる感じで言わたりしてしまうんだ、これが。
しかも、この話を追加して噂がますます広まっていく始末である。
『勘弁してもらえないかと思う今日この頃、いかがお過ごしでしょうか』
何だか壊れ気味だ。
自分でも訳が分からなくなってくる。
噂が拡がるのを止めようとしているだけなのに止まらない。
それどころか、ブレーキを踏んだはずなのに加速したんだぜ。
俺はアクセルと踏み間違えたのか?
皆を煽った覚えはないぞ。
普通にしていただけだ。
それで被害が拡大するならエンジンを切るしかない。
該当する手段はエーベネラント側の誰とも接触しないってことなんだけど。
そうなると暇で暇で仕方のない状況になるというジレンマが待ち受けている。
『ままならんなぁ……』
読んでくれてありがとう。




