1189 優しいと言われても
カーターはラドニー・エルアークだけでなく次々と爵位を与えていく。
ジュディ様からの指定のようなので順番に呼び出すのみだ。
時間がないので、名前を呼んで集めてから──
「そなたらは伯爵だ」
という感じで爵位を与えている。
子爵も同様の方法であった。
そして呼び出す人数が増えていく。
呼び出す側のカーターも大変だ。
男爵はもっと大変だと思っていたら……
「残りの者は男爵とする」
などと横着をしていた。
準男爵より下位の貴族はいないから使える手ではあるが。
仮にいたとしても、最下位の爵位で同じようにしたのは間違いないだろう。
最多人数をわざわざ呼び出すのは疲れるからな。
前に出てくる方も大変だし。
そうは思うが、大丈夫だろうかとも思ってしまう。
爵位が与えられる場で以下略的な扱いはあんまりじゃなかろうか。
「あれは問題ないのか?」
思わず呟きが漏れてしまったさ。
仕方あるまい。
【千両役者】を使わなかったらズッコケていただろうしな。
「大丈夫でしょう」
いつの間にか隣に来ていたベルが言った。
元ゲールウエザー王国の宮廷魔導師団長が断言するなら間違いないか。
大国の重鎮としての経験と知識は誰よりも豊富だし。
それだけに何を根拠にしているかは俺には分からなかったが。
「今は緊急時に該当しますから」
「あ、そういうこと」
意外に単純な理由だった。
とはいえベルの言う通りではある。
奇襲で相手国の本拠を攻め落としたようなものだしな。
急遽、改易しなければならなくなった訳だ。
登用の仕方がインパクトありすぎだけど。
ある日を境に元奴隷が貴族になるんだから。
まあ、不正によるものだから奴隷にされていたことは無効になるんだけど。
そっくり立場が入れ替わるだけでも衝撃的ではある。
『インパクトがあるからって緊急性に差が出る訳じゃないけどさ』
とにかく、問題がないなら俺が気にしても意味がない。
口出しはしないと決めているし。
「こういう状況ですから不満に思う者などいないでしょう」
「そこは心配していないんだけどな」
「そうなんですか?」
「貴族だった者はいないから」
新侯爵となったラドニーも貴族家で執事の経験があるのみだ。
有能だから重宝がられていたけど、真面目すぎるのが災いして主人に嫌われたらしい。
使える人材なのに自分たちの思い通りにならない。
それで罠にはめられて奴隷落ちした訳だ。
『客人の家宝を壊したとかベタすぎだろ』
それだけに大根役者でも芝居を破綻させずに押し通せるのだけど。
当時、ラドニー自身は罠にはめられたことに気付いていたらしい。
鑑定結果によれば、何度か罠をかいくぐっているとある。
『事前に察知して対処するとかスゲーな』
なんにせよ、他の面々も上級貴族となった者たちは似たような感じだ。
貴族に仕えたことはあっても出自は一般人。
貴族家の出身者は誰もいない。
「なるほど、誰も儀礼的なことでこだわりはしないと」
「そゆこと」
「では、何を心配なさっていたのですか?」
「記念日だな」
「え?」
ポカンとしたベルの顔が見られるとは珍しい。
ちょっと得した気分である。
「おそらくですが……」
そこへナタリーが間に入ってきた。
「いいわよ、聞かせてちょうだい」
「陛下は新たに貴族となった者たちの心情を慮ったのでしょう」
「というと?」
楽しそうな顔をして聞き入るベル。
あれは、もうナタリーの推理を聞くまでもなくどういうことなのか見当がついた顔だ。
ナタリーもそれに気付いている様子である。
が、それでもツッコミを入れたりはせず──
「生まれて初めて貴族となったのです」
そのまま話を続けるに任せた。
「そして、これから先にこういう機会はないでしょう」
「でしょうね」
「これはある意味、誕生日に比肩しうる日ではないかと思うのですが」
「それで記念日だというのね?」
「はい、あくまで私の推測にすぎませんが」
「それで合ってるぞ」
「記念日と仰る意味は分かりましたが、そこまで気にしている様子はありませんよ?」
「今はカーターの話を聞くことに集中しているからな。
だが、記念日だけに後で思い返すことが何度もあるはずだ」
「なるほど……」
ベルが頷くと思案顔になった。
「その時になって幻滅しないかと危惧されたのですね」
結論はすぐに出たが。
「そういうことだな」
俺の返事に大いに頷く婆孫コンビ。
「なんだよ、大袈裟だな」
「「いえいえいえ」」
2人してニコニコと笑っている。
元が美人だから絵になるが、一歩間違うと不気味に感じかねないんですがね。
「陛下はやっぱり優しい方ですね」
ベルがそう言った後に──
「「ねー」」
2人で顔を見合わせて首を傾げるような仕草で同意し合う。
無理すんなBBAなどと思ってはいけない。
絶対に! 何があってもだ。
思ってはいけないと考えただけでBB……もとい、約1名から殺気が漏れ出したからな。
「どこがだよ」
そう言うしか俺に選択肢は残されていなかった。
地雷原と分かって踏み込むのは自殺志願者だけだ。
「陛下が優しいのは皆が知っている」
神官ちゃんが背後からボソリと言ってきた。
「あと、すっごく過保護ですよね」
シャーリーもだ。
「くっ」
過保護は否定できなかった。
称号[過保護王]は伊達じゃないのだ。
そして、過保護を根拠に優しいと畳み掛けられるのは目に見えていた。
ベルなどは手ぐすね引いて待っています的な顔になっていたしな。
地雷原ではないが、必ず引っ掛かる罠が待ち受けている。
踏み込めば大ダメージが確定。
ここで引くのが最もダメージが少なくて済むはずなんだが……
『ぐぬぬ状態なんだよなぁ』
誘蛾灯ではないが「悔しくないのかい」と言われているようで飛び込みたくなる。
数秒ほどの葛藤の後に撤退した。
え? 短すぎて葛藤になってない?
【多重思考】スキルを使えば短すぎってことはないよ。
【高速思考】の上位互換として使えばね。
数秒でもじっくり考えられる。
もう1人の俺を呼び出すまでもないって訳だ。
お陰で少し落ち着けた。
確かに手も足も出なかったのは癪である。
だが、追加ダメージでストレスを倍加させるよりマシだもんな。
『傷の浅いうちに逃げるが勝ちよってね』
俺たちがあれこれ脱線している間も、カーターは話を進めていた。
「──という訳で宝石類の換金は任せる」
「はっ、確かに承りました」
ラドニーの返事を確認して頷いたカーターが俺の方を見た。
「ハルト殿、そういう訳だから例の大きな扉を出してほしいんだが」
話は聞いていなかったが、何を出してほしいと言っているのかはすぐに分かった。
『あのふざけた文言を宝石で書いた扉しかないよな』
宝石と大きな扉をつなげて考えればいいだけだから推理するまでもない。
「宝石だけの方がいいか?」
外す手間を考えれば、そちらの方がいいだろうと思ったのだが。
「済まないが、そのままで頼むよ。
多めに宝石を渡していると思われたくないし」
「あー、あり得るね」
不必要にデカい扉だったからな。
新貴族たちも何度か見ているはずだけど、実際の宝石の量までは把握していないだろう。
傲慢で思い上がった文面をじっくり読みたいとは思わないだろうし。
「それは構わないけど、あれを見せるのは皆にはストレスなんじゃないか?」
後ろで「ほら、やっぱり優しい」とか言ってる声が聞こえるが、スルーだ。
「是非とも原形を留めたものをお願いします」
そう言ってきたのはラドニー新侯爵である。
そちらを見ると畏まられてしまった。
「申し訳ございません」
この調子だと、カーターは俺が何者であるかも既に話しているようだ。
「直言を許されていないにもかかわらず──」
「気にしなくていい。
そういう面倒なのはパスしてくれ」
「ははっ」
ラドニーは畏まった態度で了承した。
ただ、長々と言葉を続けることはやめてくれたようだ。
「それで原形を留めたものを是非にと求める理由は何か?」
説明を求めると、ラドニーがあれこれと話し始めた。
まず、自分たちの中にある元王侯貴族たちへの怒りを再認識したいんだそうだ。
それから宝石を外した後に自分たちの手で破壊したいんだと。
大いに納得させられる話だ。
できれば連中を直にぶん殴りたかったんだと思うからね。
あとは自分たちが過ちを犯さぬため、その目に焼き付けるとか。
『真面目かっ』
真面目だった。
そのせいでラドニーは罠にはめられて奴隷落ちしたのだから。
真面目なのが悪い訳じゃない。
途中で再起不能な挫折をしないのであればね。
そんな訳で、新貴族たちの横の空いたスペースにドーンと引っ張り出しましたよ。
召喚魔法風なのはお約束。
光の加減も目にダメージを与えないようにしてるのもお約束だ。
「「「「「おおぉ────────っ」」」」」
新貴族たちが感心したように見入っている。
扉そのものじゃなくて、デカいブツを一瞬で召喚した魔方陣に。
魔方陣の光が消えていくと、悪趣味な扉の方に視線が集まるんだけど。
徐々に皆の怒りが増していくのが分かる。
山送り組の恨まれっぷりときたら尋常ではなさそうだ。
自分たちの手で壊したくなる訳である。
後片付けは大変そうだけど。
俺がそれを受け持つことはない。
帰った後だからな。
誰だ? 優しいから戻ってくるんでしょとか言ってるのは?
わざわざ、それのためだけに舞い戻ったりなんてしないぞ。
ホントだからな。
読んでくれてありがとう。




