1188 王の言葉
「先程も名乗ったが改めて自己紹介をしよう。
私がエーベネラント国王、カーター・エーベネだ」
この名乗りを受けて固まっていた召喚者たちが我に返った。
「「「「「─────っ!」」」」」
寝ているところに冷水でも浴びせられたかのように飛び上がった。
某絵画のようなポーズで仰け反る者が大半だったが、実際に跳ねた者もいるようだ。
我に返ったというには反応が過剰であったかもしれない。
悲鳴が出なかっただけマシではあるが。
当人たちは意図してそうした訳ではない。
声を出そうにも出なかっただけなのだ。
誰も腰を抜かさなかったものの、逆に慌ててひれ伏そうとする者が続出する。
「待て!」
張りのある声を出してカーターが制しなければ、土下座モードへ一直線だっただろう。
強い口調で止められたことに不安そうな顔をする面々。
「そのままで良い」
本当にいいのかと言いたげな目で見てくる一同にカーターは穏やかな笑顔を見せた。
それだけで召喚者たちの顔から怯えの色が消えていく。
緊張はまだまだ抜けきらないようではあるが、それでも大したものだ。
観客たる召喚者たちを自分の世界へと引き込んでいるのは間違いないからな。
『役者だなぁ』
ただし、頭に「生まれながらの」という枕詞がつく。
本人は素だからな。
しかも、イケメンだからこういうシーンは映えるのだ。
「前を見よ」
カーターは堂々とした様子で話を続ける。
「私を見るのだ」
些か芝居がかっていると感じなくもない台詞回しだ。
が、様になっている。
こういう時に自分に酔い痴れたりすると鼻につくのだが、そういうこともない。
「諸君らの目で新たな王を見極めよ」
『また、無茶な注文をつけるなぁ』
カーターは真面目に語っているが、召喚者たちからすると無茶振りだ。
表面的にはともかく内心じゃ少なからず不安を感じているはずなのにね。
せめて、ひれ伏すことが許されていれば少しは落ち着けたんだろうけれど。
それも許されないんじゃ彼らの寿命が縮まるんじゃないかとさえ思える。
「見極めよ!」
大事なことらしく、カーターは声を張って繰り返した。
「おかしなことを言い出さぬか。
理不尽な命令を下さぬか。
私利私欲にまみれてはいないか」
『そう来たか』
ラフィーポ時代の王侯貴族たちの言動と見比べろってことなんだろう。
悪い見本は元奴隷として散々見てきている。
見極めるのは難しくないはずだ。
見覚えのある状況に陥りそうになるなら危険な兆候が現れているということだからな。
その時は、怯えずに動けとカーターは暗に言っている。
過ちは繰り返すなってことだな。
「責任重大だぞ。
諸君らが国民の代表となるのだ。
その自覚を胸に職務に励んでほしい」
話を聞いて思うところがあったのだろう。
緊張した面持ちでカーターの言葉に耳を傾ける召喚者一同。
「まず、諸君らの処遇について話そうと思う」
「「「「「─────っ!」」」」」
初っ端にそれが来るとは思っていなかったらしい。
召喚者たちはビクリと跳ねるように体を震わせた。
「最初に言っておく」
カーターが、一旦ここで言葉を止めた。
勿体ぶっているように思えたかもしれない。
が、決してそうではない。
心の準備を促しているのだ。
その証拠に各人の様子を確認するように視線を巡らせていた。
それが終わると、ひとつ頷いて再び口を開く。
「本日より、諸君らはエーベネラント王国の貴族だ」
「「「「「───────────────っ!!」」」」」
その衝撃たるや、並大抵のものではなかったようだ。
泡を吹くのではと思うほどの興奮状態に陥る者さえいたからな。
感じ方の程度に差はあれど、召喚者たちは全員が驚愕していた。
それもそのはず。
昨日まで奴隷だった者たちが貴族になったと言われたのだから。
驚くなと言う方が無理だろう。
だから、カーターはそうは言わなかったのだ。
無言かつ態度だけで覚悟が必要だと促して終わらせた。
その判断が正しかったかどうかは分からないけれど。
いずれにせよ、驚くという結果だけは覆せなかったに違いない。
ざわめきこそ起こらぬものの、大半の者たちが目に見えて落ち着きを失っていた。
一見して落ち着いて見える者たちも固まっているだけだ。
内心では相当に焦っているものと思われる。
「やはり神託に差があるようだ」
カーターがそう言うと、一斉に視線が集まった。
神様関連の話は召喚者たちの食い付きが違う。
『まあ、地獄の生活から解放されてるからなぁ』
他の一般人よりは信心深くもなるだろう。
強制的すぎる気がしないでもないが、他に今までの境遇を帳消しにできるものがない。
金銭的な保証とかだと転落しない保証は何処にもないしな。
自分に落ち度はなくても詐欺師や強盗など外的要因はいくらでもある。
貴族の地位があっても安心はできないが、他よりはマシだろう。
少なくとも貴族に手を出す強盗はいないはずだ。
「安心するがいい。
これは私が受けた神託を告げているにすぎない」
この言葉を受けて召喚者たちは落ち着きを取り戻した。
神様の言うことなら受け入れるしかないというところか。
不安を残しつつも大丈夫だろうという安心感のようなものが感じられた。
神への信頼度が高すぎやしないだろうか。
事情が事情だけにしょうがないとは思うけどさ。
「諸君らは今回の件で知ったはずだ」
カーターが周囲を見渡す。
次の言葉は大事であると間で皆に分からせようというのだ。
2回目ともなれば聞く側もちゃんと心の準備ができるみたい。
先程よりも引き締まった表情で聞き入ろうとしているのが分かった。
「堕落は身を滅ぼすと」
一瞬で場の空気が凍ったように感じられた。
総毛立ったように顔色を失っている召喚者たち。
『覚悟してもそれか』
まあ、神託を受けた時に罰を下された連中の末路を過剰演出で見せられたんだろう。
国境付近の阿鼻叫喚の様は過剰演出とは言えないかもしれんが。
「神は見ておられる。
正廉にて職務に励め」
ガクガクと首肯する召喚者たち。
「私欲にまみれ傲慢に振る舞う者には罰が下るであろう」
召喚者たちは泣きそうになっている。
『ちょっと脅しすぎじゃないか?』
「だが、諸君らであれば杞憂であると私は信じる」
不安がる召喚者たちを見ても、カーターは余裕を失わずに言い切った。
『織り込み済みの展開ってことか』
「罰を下された愚か者どもとは違うだろう?」
問いかけられた召喚者たちの表情から怯えが消える。
根底には恐れが残っているはずなんだが。
それでも最悪の連中を引き合いに出されると自尊心が呼び起こされるらしい。
あるいは虐げられてきたことへの怒りか。
「奴らが堕落する間も諸君らは真面目に働いていた。
なのに評価されるどころか叱責されるだけだったのではないかな?」
分かりやすいくらいに召喚者たちの表情が不機嫌なものに変わった。
本人たちは無意識なのだと思われる。
「昨日までは確かにそうだったのだろう」
カーターにそう言われて、あわあわするくらいだからな。
「だが、今日からは違う。
真っ当であれば評価されるのだ」
『飴と鞭だな』
上手いものだと俺などは思ったのだけれど、何か様子がおかしい。
召喚者たちの間に戸惑う空気が拡がっていくのだ。
今までの状況から逆転して正常になるはずなのに。
本当に大丈夫なのだろうかという空気が場を支配していた。
『それだけ抑圧され続けてきたということか』
跨ぐ必要さえないようなハードルの低さであるはずなのだが。
何しろ今までがマイナスだったのだ。
ハードルを設置しようとしたら全部埋まってしまいました状態とでも言えばいいのか。
え? 分かりにくい?
じゃあ、超絶ブラック企業から普通の会社に転職したってのはどうだろう?
周囲からすれば当たり前のことも凄く恵まれているように感じるというパターン。
昼休憩が普通に取れて、ゆっくり食事ができるとか。
繁忙期に長めの残業が続いても毎日家に帰れるから楽だとか。
どんなに忙しくても必ず終電前に帰れるのでラッキーだとか。
家に帰ってあれこれする時間や体力が残っていることに感動するとか。
給料がちゃんと毎月振り込まれるのでドキドキしなくていいとか。
そんな感じだ。
「案ずることはない。
諸君らは神託を受けたのだ。
悪辣なる者に神が情けをかけることはなかろう」
この言葉は効果があった。
ホッとした空気が拡がっていく。
「だが、私も諸君らも試されている。
すべてはこれからだ。
神罰を下された者共と同じ道を歩むのか否か。
神が見ておられるということを努々忘れてはならぬ」
そして、引き締めて締め括った。
話が終わった訳ではないが、一区切りだ。
召喚者たちは先程までと違ってオドオドしなくなっている。
カーターの演説が効いたのだろう。
神様を上手く利用したとも言えるが、悪意ある詐欺ではないからセーフじゃないかな。
立っている者は親でも使えという諺もあるのだし。
「ラドニー・エルアークはいるか」
慌てた様子で召喚者たちをかき分けるように男が前に出てきた。
これといった特徴のない普通の男である。
何処にでもいそうな普通のアラフォーといった感じに見えた。
カーターの前まで来ると、止める間もなく跪く。
「ラドニー・エルアークにございます」
先程までの演説効果でビビった様子は見受けられない。
やや緊張した面持ちであるのは仕方ないだろう。
国王に名指しで呼ばれたのだから。
「侯爵の爵位を与える。
旧ラフィーポの国司として働いてもらう」
「私がですか!?」
呆気にとられて聞き返してしまっていた。
国司といえば地方のトップである。
非常勤職員が地方の経済産業局長に抜擢されるくらいのインパクトはあるだろうか。
実際にはあり得ない話だけどな。
故にラドニーの反応は無理からぬことと言えた。
が、不敬であることに気付いていない。
周囲の召喚者たちは気付いていたようで、ハラハラした様子で見守っている。
それを気にするカーターではないのだけれど。
「不服か?」
「滅相もございません!」
慌ててブルブルと頭を振るラドニー。
「ならば不安があるか?」
「……………」
それには答えられないらしい。
「肩書きは色々つくが、心配は無用だ。
他は今まで通りだからな。
皆をまとめて仕事をするだけでいい」
他にもあれこれと話を重ねて、どうにか説得に成功した。
読んでくれてありがとう。




