1154 そうだ、今から行こう
フランク一家の処遇が決定した。
お咎めは一切なし。
結局、ナトレはスパイではなかったということにした。
告発できる者は死んじゃってるし。
再びスパイが送り込まれることもない。
これから一仕事しないと、そうはならないけどね。
予約済みみたいなものだから問題ないだろう。
とにかく罪がないなら罰する理由がない。
当然のことながら解雇する理由もないことになる。
そのまま何事もなく雇用継続となった。
ナトレの妹ニーナもナトレの紹介ということで見習いメイドとして採用決定。
「ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとうございます」
「頑張ります、頑張ります、頑張ります」
姉妹そろってブンブンとお辞儀しまくっていた。
夫婦は会計監査役として試用期間もなく雇用されることに。
トフル曰く──
「自分で経営するのはもうこりごりです」
だそうだ。
苦り切った顔をしていたから本音であるのは間違いあるまい。
芝居のできるタイプでもないしな。
それに娘を借金奴隷にするしかなかった後悔も含まれているはずだ。
『むしろ、その方が大きいかもしれないな』
本人が納得しているなら口を挟む必要はない。
イーラも賛同しているようだし。
というより、雇用される方をプッシュしていた。
「決まった給金が貰える方が楽です」
などと言っていた。
儲かるかどうかより一定水準以上の生活が送れることの方が大事なのだろう。
個人経営は浮き沈みがあるからな。
加えて一家は理不尽な妨害を受けて苦労してきている。
商売のことだけ考えていても上手くいかないことがあるのを身をもって知っている訳だ。
そう考えると、トフルがこりごりだと言うのも無理はない。
脱出前は、それしか生きていく手立てがないから商人として出直そうとしていたが。
他の生き方を提示された今は違う。
二度と自分からは商売人に戻らないだろう。
娘たちのことも影響しているのは間違いないし。
一家そろって間近の環境で働けるなら文句なしなんじゃないかな。
『その分、姉妹そろって婚期を逃しそうな気もするが』
家族ぐるみで付き合える者が現れれば話は別だが。
そういう相手は滅多にいるもんじゃない。
俺はそこまでお節介を焼くつもりはないし。
そんな訳だから当人たちに頑張ってもらうしかあるまい。
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バスを降りてカーターと話す。
「本当にカーターも来るのか?」
こんな話はフランク一家には聞かせられないからな。
特にナトレあたりは同行を希望しかねない。
ややこしくて面倒なことになるのは御免被る。
「もちろんだよ!」
拳を握りしめて答えたカーターの瞳は燃えていた。
「我が国の主権を脅かそうとした輩をハルト殿は成敗しにいくのだろう?」
「まあ、そうなるな」
俺個人の感覚としては、友達に喧嘩を売ったバカに報いを受けさせるだけなのだが。
「ならば同行して最後まで見届けないとね」
ふんすふんすと鼻息も荒い。
言ってることは理解できるんだが、その割に憤慨ぶりが変だ。
怒っているはずなのにワクワクしていると感じるのは気のせいではないだろう。
『絶対に物見遊山の感覚があるよな』
別に観光に行く訳じゃないんだが。
念を押すまでもなく目的は征伐である。
それを指摘したところで──
「もちろんだよ!」
そう断言されるのがオチだとは思うが。
カーターが来るのは決定した。
ならばイケメン騎士ヴァンが護衛として同行するだろう。
「ストームには内密にな」
これ以上、話を広げられると断るのが大変だ。
「んー、そうだね。
彼が来ると言い出したら護衛が全員来てしまうことになるだろうし」
『そうなんだよなぁ……』
護衛騎士組はともかく、傭兵エクス・キュージョンに扮したビルが来るのはマズい。
これ以上を見せるつもりはないのでね。
え? 既に手遅れ?
まだ、何とかギリギリセーフだと思いたいんだけどね。
ビル・ベルヴィントとして生きていけるように皆にも奮闘してもらっているし。
さっき入ってきたマイカの報告によると特に問題はなさそうだが。
[完封勝利で任務完了よ。ダニエルの爺さんが高笑いしてたわ]
他の面子からも次々に報告が入っていたけど、これが最もシンプルで分かりやすかった。
普通のメールで細々と書かれるより想像しやすかったのだ。
ああなってこうなってそういう結果になったという説明も必要だとは思うけどね。
でも、よく読んで経緯や経過を理解する必要がある。
それに対してマイカのショートメッセージは、読んだだけでおおよその状況が分かる。
いや、想像がつくと言うべきか。
とにかく、ビルが冒険者として生きていくための障害は取り除かれたと伝わるのがいい。
詳細を知るのは帰ってからでもいいだろう。
『とにかく、ビルが冒険者としての居場所を失わずに済んだ訳だ』
色々と手を貸しすぎたせいで後戻りできないところまで来ているかもしれないけどな。
それでも、ビルはビルらしくあると思う。
お人好しでお節介ないい奴。
周囲の冒険者たちに良い影響を与えているのは間違いない。
ルーキーたちの中には危ういところを助けられた者も少なからずいるはずだ。
冒険者のイロハを教わったルーキーも多いだろう。
ルーキーに限らず世話になった者は数え切れないものと思われる。
それだけに面倒な敵を作ってしまうことになった訳だが。
とはいえ、敵さえ排除すればビルの居場所はあるのだ。
ゲールウエザー王国の王都に戻るつもりはないようだけれど。
それでも西方で必要とされる男だろう。
『人柄からすれば、うちの国民として呼べるとは思うんだけどな』
だが、居場所があるなら安易に引き込むべきではない気がするのだ。
ミズホの国民になってしまえば西方に常駐できなくなるだろうし。
もしも何かの事情で居場所を失うようなことがあれば、その時は誘ってみようかと思う。
「だったら、今から行くというのはどうだい?」
しばし考え込んでいたカーターが、そんなことを言い出した。
「ちょっ!?」
ヴァンが慌てている。
提案が唐突すぎたしな。
カーターが爺さん公爵にも内緒にする気が満々なのを瞬時に察したようだし。
「ふむ」
面倒な手順を省くという意味では、これ以上ない提案だ。
それはそれで後々が面倒になるのだけれど。
主に爺さん公爵がうるさいという点で。
『いざとなれば逃げればいいか』
「事後承諾にしてしまうか」
「いい言葉だね、事後承諾」
悪戯っ子のような笑みを浮かべるカーターである。
「待ってください」
ヴァンが割り込みをかけてくる。
「せめてヒューゲル宰相に告げてからにしてください」
「却下だ」
「だね」
爺さん公爵が何を言い出すか分かったものじゃないからな。
カーターが行けなくなることも考えられるし。
その場合は情報漏洩の恐れも出てくる。
普段のカーターであれば、その心配は杞憂というものだが。
今回は珍しくカーターが本気で憤慨したからな。
あれを見てしまうと、暴走することだって無いとは言い切れない。
「それは困ります」
「心配しなくても大丈夫だ。
反対したけど止められなかったと言えばいい」
「そうだよ。
ヴァンは何も悪くないから」
「勘弁してください。
残された私がそれを説明しなきゃならないんですよ」
「何を言ってるのかな?」
「かな?」
俺とカーターは顔を見合わせた。
アイコンタクトで会話を交わす。
「勘違いしてるよな?」
「勘違いしてるよね?」
声には出さずとも、そう言っているのが分かる。
互いに頷いた。
が、ヴァンには俺たちの会話は届かない。
「宰相閣下の矛先をそらすことなどできるはずがありません」
故に、こんなことを言い出す訳だ。
『意外に残念イケメンなところがあるな』
爺さん公爵のことをよく知っているが故なんだろうけど。
そして行く気がない。
「その心配なら無用だ」
「そうだよ。
ヴァンはカッツェの叱責を受けないと私が保証しよう」
「どういうことです?」
訳が分からないと困惑の表情で首を傾げるヴァン。
「ヴァンも一緒に来るからだよ」
カーターが告げ終わる前に俺が魔法を使ってイケメン騎士を眠らせた。
倒れ込む前に理力魔法で浮かせて止める。
「おや、眠らせたのかい?」
「連れ出してしまえば、こちらのものさ」
俺はカーターに向かってうそぶいてみせた。
まるで悪役の台詞である。
この場にトモさんかマイカがいれば──
「そちも悪よのう」
な感じの台詞が聞けたことだろう。
もうひとつ面白みに欠けるなと思っていると、カーターが笑っていた。
面白おかしくしたつもりはないんだが。
時代劇を知らないカーターが俺の考えていることに気付くはずもないし。
『そんなに面白かったか?』
俺にはよく分からない。
爺さん公爵が相手なら確実に通用しなかったであろうことだけは想像がついたがね。
なんにせよ、今から殴り込みだ。
皆を集めて乗り込んで片をつける。
最初は1人で行こうかと考えていたのだけど。
カーターが同行することになったので事情が変わってくる。
主に爺さん公爵に言い訳する時に。
うちの面子が一緒なら安全性が高いからとか言えそうだし。
とにかく皆をバスの外に集合させねば始まらない。
[総員に告ぐ! 静かにかつ速やかにバスの外に集合せよ。質問はなしだ]
今回の遠征組にショートメッセージを送った。
それに合わせてフランク一家を魔法で眠らせる。
『結果的にバスの中に閉じこめることになるからな』
変に勘違いされて騒がれてもあとが面倒だし。
だから、一家が目覚めた時にすべて終わっているのが理想だ。
読んでくれてありがとう。