1153 一家の処遇は
「という訳で、ここにいるのがエーベネラント王国の王様だ」
何気ない感じでカーターを紹介した。
「「「「───────────っ!!」」」」
なのにフランク一家は必死に声を押し殺していた。
咄嗟の反応ができなければ、きっと絶叫していただろう。
『別に叫んでもいいのに』
ここはバスの中だ。
元々の仕様として外部へは音は伝わらないようになっている。
とはいえ、一国の王を前にして緊張するなと言う方が無理があるか。
その上で不敬であってはならないと考えたのであれば、この状況も頷ける。
冷静さを何処かに残していたのか。
それとも本能的に直感したのか。
いずれであるかは不明だ。
とにかく、土下座せんばかりのガクブル状態が続いている。
『紹介しただけでこれか……』
勘弁してほしいと思う一方で可哀相になってしまった。
罪悪感もじわりと湧き上がってくる。
「やあ、私がカーター・エーベネだ」
気さくな感じの笑みを浮かべてカーターが名乗る。
「はっはわわわわわわっはずめっはずましっ」
トフルが恐らくは「初めまして」と言おうとしたのだろうが失敗している。
噛みまくっている途中で思いっ切り噛んだらしく悶絶し始めた。
「「「お父さ───んっ!」」」
一家は大パニックである。
『どうしてこうなった……』
思わず頭を抱え込みたくなったさ。
まあ、そんなことをしても何の解決にもならない。
カーターがこちらを見て苦笑しながら肩をすくめていた。
「そのくらいでいいでしょう。
もう痛くないはずですよ」
そう言ったのはベルだ。
治癒魔法を使ってくれたことは知っていたので俺は見ているだけだったのだが。
口元を両手で押さえていたトフルが手を離して顔を上げた。
キョトンとした顔で「あれ?」と言いたげに見える。
『なるほど』
治癒魔法に鎮静効果も持たせる巧みな魔法の使い方だ。
ゲールウエザーで宮廷魔導師団の総長を務めていたのは伊達ではないということか。
一家の父親が落ち着くと、他の家族も落ち着くらしい。
そういうのもベルは狙ったものと思われる。
制御力や魔力をふんだんに使うことだけが魔法ではないってことだな。
実に参考になる。
『抜け目がないというか、老獪というか……』
これを言うと拗ねそうな気はするけど。
もちろん、言う訳がない。
そんなことよりフランク一家だ。
落ち着きはどうにか取り戻したものの不完全である。
パニックから抜け出しただけといったところか。
これはカーターが話し始めると逆戻りしかねないと見た。
「トフル」
故に俺から声を掛ける。
「はっ、はひっ」
返事が覚束無い。
『マジか……』
少しは馴れたであろう俺が話し掛けてこれではな。
懸念したことは決して大袈裟ではなかったようだ。
カーターにアイコンタクトを取る。
「しばらく俺が話す」
「任せるよ」
声には出さないが、そういう会話がなされた。
『……少なくともニュアンスはお互いに伝わっているはずだ』
なんにせよ、ナトレも家族から色々と聞かされていたようである。
省略できる話も多々あったのは助かった。
それでも状況を説明し、たびたび土下座しそうになるのを止めること数回。
何度、逃げ出したくなったことか。
その話の中で俺がミズホ国の君主であるとバレたのは御愛嬌である。
ここには茶々を入れる面子に事欠かないからな。
まあ、バレたからって何がどうなるものでもない。
うちの国民として迎える訳ではないし。
代わりと言ってはなんだが、カーターに押し付ける気なんだけど。
「そういう訳で、トフルには帳簿を見てもらおうと思うんだが」
やれるかどうかの問いかけを視線に上乗せして言ってみた。
能力的な問題だけでなく、その意志があるかどうかも含めた問いかけだ。
「はひっ」
『大丈夫かな……』
不安には思うが、了承してくれた。
無理強いにはなっていないと思いたい。
「難しそうなら言ってくれ。
途中で手に負えないと思ったら、そのタイミングでも構わない」
どうしようもない状態になってから周囲が気付くよりは、ずっとマシだろう。
トフルが見栄を張るとも思えないが、変な義務感に後押しされて背伸びする恐れはある。
「大丈夫です」
そう言ったのは本人ではなく、イーラであった。
「夫は商人ギルドで会計監査をしていましたので」
「それは凄いね!
本当に助かるよ」
カーターが手放しで喜んでいる。
それも当然か。
求めている人材の中で最高水準の適任者と思しき者が現れたのだから。
「私も補佐としてお使いください」
イーラがそんなことを言い出したので鑑定して確認してみた。
『元商人ギルドの職員か』
しかも、会計監査の仕事に携わったこともあるとくれば文句なしだろう。
自薦するのも頷ける経歴であった。
「経験があるんだな」
「はい」
「なら、いいんじゃないか」
カーターの方を見ながらオーケーサインを出す。
ヴァンが瞬間的に大きく目を見開いた。
そんなあっさり決めるのか、あるいは本当にいいのかと言いたいのだろう。
試験ぐらいはした方がとか考えていそうだ。
カーターは迷うことなく当然のように頷いていたけれど。
「じゃあ、そういうことで2人とも採用だそうだ」
トフルたちに向けてそう言うと、一家が唖然としてしまった。
『えー……』
言いたいことは想像がつくけどな。
イケメン騎士と似たようなものだろう。
少なくとも困惑であることには違いあるまい。
その状態から抜け出てもらうためにも判断を必要とするような情報を提示してみる。
「継続した雇用を望まないなら先に言っておいた方がいいみたいだぞ」
新天地で商人としてやり直そうと考えていたトフルなら反応するだろう。
俺はそう思ったのだが、一家そろって固まったまま。
代わりと言ってはなんだがカーターが苦笑した。
「できれば続けてほしいんだけどね。
でも、給料はお世辞にも高いとは言えないから難しいかな」
正直者なカーターである。
一家は固まったままではあるものの給料を気にしてのことではないだろう。
夫婦で即時採用されたことが衝撃的で引きずっているっぽい。
「でも、最初の仕事はどうにか奮発させてもらうよ」
この言葉にも動かない。
失神してるのかと思うほどである。
『似たもの家族め……って、まさかな』
瞼が閉じている訳ではないし。
念のためトフルの眼前にかざして振ってみた。
「はっ!?」
「……………」
どうやら失神はしないまでも、我を忘れて考え込んでいるような状態だったらしい。
「申し訳ありません、申し訳ありません、申し訳ありません」
ペコペコ謝り始める始末だ。
話が中断すること数分。
他の面子も我に返らせて再度の説明だ。
今度は神妙な面持ちでちゃんと聞いていた。
「もちろん、何かやりたいことがあるなら引き止めたりはしない」
「「「「……………」」」」
一家は4人とも黙ったままである。
というよりお通夜の雰囲気だ。
『何だ?』
俺は言い知れない違和感を感じていた。
何かがあるのだけは確か。
あまりに急激な変化だったからな。
トフルたちは先程まで乗り気だったはず。
それが何かを思い出したように固まったかと思えば、悲愴感さえ漂わせている。
その目まぐるしい変化の中から読み解くしかない。
切っ掛けは俺の一言だった。
あそこでフランク一家が唖然としたのは間違いない。
もしかすると、無神経に家族の決定権を奪ってしまう形になったのだろうか。
『いや、何か違う』
それならば抗議の意思表示がなされていないのは変だ。
面と向かったものでなくても反発心の感じられる態度が何処かに現れるはず。
にもかかわらず我に返った後の一家の変貌ぶりからは抗議の片鱗も感じられなかった。
むしろ、ひたすら落ち込んでいた感じだ。
『何を落ち込む理由がある?』
一連の流れを何度も思い返す。
【多重思考】でもう1人の俺を何人も動員して、なおかつ高速再生していた。
あとはフランク一家の様子も丁寧に観察する。
直に見ると威圧されていると思われかねないので【天眼・遠見】を使った。
至近距離で使えば、目線を外しているので相手に気付かれない訳だ。
そうやって見ていると一家は何かソワソワしていた。
何か言いたいことがあるのに遠慮があって言えないような雰囲気を感じる。
『いや、それだけではないか』
しきりにナトレを気遣うような……
そこで俺はふと思い出した。
『そういや、超法規的措置の話まではしてなかった』
それならば納得だ。
トフルたちが亡命するのはハードルが低いと考えるだろう。
犯罪者ではないのだからな。
だが、娘のナトレは違う。
事情をカーターが知ったとして、良くて減刑止まりだと一家は考えたのだろう。
それほどに危うい状況だと一家は感じているものと思われる。
「カーター」
「何かな、ハルト殿」
「ナトレは無罪でいいんだよな?」
「当然だよ」
俺たちのやり取りを呆然とした状態で見ているフランク一家。
『やはり、ナトレのことを心配してだったか』
自分の配慮不足に情けなくなってしまった。
本来ならば、最初に言っておくべきことだったのに。
情けない話である。
「で、本人が希望するならメイドとして雇用する」
「もちろん!」
「妹はメイド見習いとして」
「人では多い方がいいからね」
フランク一家は微動だにしない。
またしても固まってしまったようだ。
が、今度はちゃんと俺たちの話が耳に届いていた。
この後、一家4人は号泣することになる。
読んでくれてありがとう。




