1152 同行することになりそうな……
イケメン騎士ヴァンが憤るのは予測がついたことだ。
ただ、カーターまでもが火がついたように憤慨してしまうとは想定外だった。
怒るとは思っていたけどね。
使い捨て感覚なんて言ったんだしさ。
もちろん、俺がそんな風に思っている訳ではない。
「本当に許せないね!
断じて、許されるべきではないよ!」
大事なことだから2回言いました的なノリにも見えるが、そんな生易しいものじゃない。
あの温厚なカーターが殺気を振りまくくらいなのだ。
尋常ならざる事態と言うべきだろう。
そのお陰でヴァンが爆発しなかったと言えるかもしれないがね。
むしろ、なだめる側に回っていたくらいだ。
「許さないのは分かった。
そっちもどうにかするつもりだから落ち着け」
「どうするつもりだい?」
鼻息も荒く目力のこもった状態で聞いてくるカーター。
が、声音は先程よりもトーンが下がっていた。
理性がどうにか働いているからだろう。
落ち着こうとはしているようだ。
それでも普段通りの口調とは言い難かったが。
簡単に引っ込められるものでないのは分かる。
人の命を物のように扱う黒幕はどうあっても許せないからな。
そこに斟酌すべき事情などありはしないのは誰の目にも明らかだし。
「ラフィーポの王城に乗り込むところまでは決めている」
「ふんふん、スケーレトロの時みたいにやるんだね」
「今度は地下から向かうけどな」
フランク一家を連れて来た時のように穴を掘ってホバークラフト列車でGOだ!
「地下からだって?」
怪訝な表情のカーター。
夜陰に紛れて空を飛んでいくものだとばかり思っていたようだ。
「誰にも目撃されないからね」
「……それは確かに」
とは言ったものの、カーターは大丈夫なのかという目を向けてくる。
どうやって地下を進むのか想像できないのだろう。
大量の土砂を押し退けて進むとなると空を飛ぶより明らかに遅いはず。
そんな風に考えているものと思われる。
「実は既に向こうの首都へ行ってきた」
「ええっ!?」
飛び上がらんばかりに驚くカーター。
ヴァンも目を見開ききっている。
この反応は仕方あるまい。
昼間のうちに目撃されずに往復する手段があるとは思っていなかっただろうし。
たった今、それを提示はしたがピンと来ていなかったはずだ。
「言っただろう?
誰にも目撃されずに移動できると」
地下を利用したのは帰りだけだがね。
「一直線に穴を掘ってホバークラフト列車に乗ればすぐだ」
「掘りながら進むんじゃないんだね」
ちょっと目を丸くした感じでカーターが感心していた。
ヴァンは固まっている。
ずっと直立しているので分かりづらいが、唖然としているようだ。
ラフィーポ王国まで穴を掘ったことに驚いているのだろう。
「別にそれでもいいけどね。
帰ってから埋めたし、やってることは似たようなものだから」
「なるほど、なるほど」
うんうんと頷くカーター。
「さすがは大魔法を使いこなすハルト殿だね」
「いえ、あの……」
何か言わずにいられないような様子を見せるヴァン。
「どうしたんだい?」
「申し訳ありません、陛下」
カーターに尋ねられると、すぐに直立姿勢に戻って謝罪する。
「何でもありませんので」
「何もないことはないよね」
ズイッと下から覗き込むカーター。
「何か言いかけたままで引っ込められると気になってしょうがないよー」
ちょっと困った顔をしてヴァンに白状するように迫る。
『困るのはヴァンの方だと思うんだが』
憤慨していた時の憤りはどうにか抑え込めたものの、心理状態に影響しているようだ。
「ここからラフィーポ王国までの距離を考えたのです」
ヴァンが白状する。
『無理もないよな』
王様からの質問に答えない騎士はいないだろうし。
「それで、にわかには信じ難く……」
物凄く言いづらそうだ。
『ストレス溜まるだろうなぁ』
同情を禁じ得ない。
「誠に申し訳ありませんでしたっ」
ガバッと頭を下げて俺に謝ってくるヴァン。
失礼なことを考えたとか思っているのだろう。
「別に気にしてないから構わないぞ」
「ですがっ」
「常識的に考えれば、そう思うのが普通だろ。
その程度のことで目くじら立ててもしょうがない」
気にしていないと肩をすくめながら、そう言った。
「申し訳ありませんでした。
ヒガ陛下の御厚情に感謝いたします」
「あー、堅苦しいなぁ」
思わず苦笑が漏れた。
「俺はそっちの方が嫌だ」
ヴァンの立場を考えれば無茶振りもいいところである。
「公式の場じゃないんだから気にしなくていいぞ」
それで「はい、そうですか」とはいかない。
「まあ、信じる信じないは好きにすればいいさ。
何だったら同行するか?
後でもう一度、行くのは確定しているんだし」
「いえ、それはできません」
キッパリと断られた。
当然だろう。
ただでさえ人手が足りない時にカーターの護衛を外れる訳にはいかない。
カーターをチラ見すると楽しげに笑みを浮かべていた。
「私が行けば嫌でも同行することになるね」
「そっ、それはっ!」
さすがのイケメン騎士も泡を食う。
国王の軽率な言動をたしなめるべきなのだろうが、それができない。
俺の提案が元になっているからな。
ヴァンの頭の中では迂闊な発言は国際問題になりかねないとか考えられていそうだ。
「さすがにヒューゲルの爺さんが許可しないだろう」
宰相の立場でもある爺さん公爵が軽はずみな判断をするとは思えない。
「この件に関しては賛同すると思うね」
自信ありげにカーターが言った。
「そうは思えないが?」
「ハルト殿が黒幕を成敗しに行くと言えば大丈夫だよ」
「どうだろうな」
カーターは断言するが、俺は懐疑的に見ている。
『あの頑固爺さんがホイホイ認めるか?』
否定しきることができないのは、付き合いの長さが違うからだ。
俺が爺さん公爵のことを理解しているのは表面的な部分だけだろうし。
「こちらは侵略されかけているんだからね」
カーターは気付いていたようだ。
アンデッド騒動が侵略のための初手であることに。
「まずは、いつぞやのように国境付近で対峙することになるかな」
などと先の展開を読んでいる。
残念なことに、既にその手は潰した後だけど。
「あー、それなら行きがけの駄賃代わりに潰してきた」
俺がそう言うと──
「は?」
カーターが目と口を丸くして呆気にとられていた。
ヴァンも声こそ出さなかったものの同じ状態である。
いや、開ききっていると言うべきか。
より驚きを感じているのは間違いなさそうだ。
「いやはや、ハルト殿はまったくもう……」
カーターが肩を振るわせる。
「ハハハハハ」
とうとう声を出して笑い始めた。
「ことごとく予想を上回ってくれるね」
「あんなグロいものを見せられて苛ついていたんだよ」
「なるほど、なるほど」
カーターがしきりに頷いている。
「その調子だと、既に下見を済ませてきたとか?」
そう問いかけてきているが、半分以上は確信しているだろう。
それ以外に理由は思い当たらないだろうし。
俺が何をしに行ったのか説明してなかったせいでな。
「下見もしてはいるが、そっちはオマケだ」
斥候型自動人形を使っているのが、その証拠だ。
本気で下見に行くならシノビマスターにでも変装するさ。
「オマケだって?」
カーターから素っ頓狂な声が出た。
これこそ想定外。
その声音が、何よりも雄弁にそれを物語っていた。
「さっき話したスパイがらみでな」
「ああ、そうか!」
カーターがしまったとばかりに顔を顰める。
先程の話を失念してしまっていたせいだろう。
あれだけ憤慨しておいてって訳だ。
「家族を人質に取られないよう身柄を確保してきたんだね」
思い出せば、カーターの読みが有効になる。
「そゆこと」
俺はあっさり肯定した。
認めるということはフランク一家が逮捕されかねないのだが。
「ここで話が更につながるんだね。
亡命希望者はスパイの家族じゃないかな?」
「ああ、その通りだ」
「だから超法規的措置か。
スパイとその家族に適用すればいいのかな?」
「話が早くて助かるよ」
「ハルト殿が動いて問題なしと判断したから、そんなことを言い出したのだろう?」
『信頼されてるね』
嬉しくないと言えば嘘だ。
が、その信頼が過度の期待から来るものでないと言い切れるだろうか。
そんな風に自問もしてしまう。
とはいえ、話を進めるにあたってはどうでもいいことだ。
「スパイはメイドとして働いていたから即戦力になる。
母親と妹がいるから、上手くすれば人手を増やせるぞ」
カーターが苦笑した。
「そこまで考えていたんだね」
まるで最初から何もかもを見通していたと言わんばかりの感心のされ方だ。
もちろん、そんな訳はない。
それでも俺は否定しなかった。
「ということは、父親が商店経営者ということでいいのかな?」
「ああ、有益な人材だろ」
フランク一家がこの国で地盤を固めるチャンスなのだ。
俺が誤解されるくらいは些細なことである。
読んでくれてありがとう。