表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1138/1785

1125 勝ったはずなのに敗北を味わう男

 エクスの表情が実に情けないことになっている。


『決闘には勝ったはずなんだがな』


 とてもではないが、勝ったようには見えない。

 ベネチアンマスクの変装のお陰でミズホ組以外には分からないことだが。


 幻影魔法を展開する仕様にしておいて良かったと思う。

 当人にしてみれば素直には喜べないんだろうけど。


『絵に描いたようなショボーンだよなぁ』


 本人的には熊蔵に負けた気すらしているかもしれない。

 無傷で相手をボコボコにしておいて敗北を味わわされるとは……


『とんだゾンビ野郎だぜ』


 サバゲーのゾンビ行為と違ってリアルダメージが入っているのに復活するんだもんな。


 熊のくせに座布団でゾンビ野郎?

 どんだけ属性を盛ってるんだか。


 防弾仕様の座布団で防御を固めているとか言わないよな?

 エクスが辟易する訳だ。


『シャレにならん』


 同じ立場に置かれたらと思うとゾッとした。

 悪夢過ぎて布団を被って3日は寝込みたいところだ。


 え? 丸1年も寝込んだ俺が3日じゃ安っぽく感じる?

 あっ、あれは例外中の例外だから比較対象にしてはいけない。


 黒歴史なんだから触れないでほしいんですけど?


 大事なことだが、2回は言わない。

 イジってくれと言ってるようなものだからな。


 誰だ? 芸人の「押すなよ!」と同じだとか言ってる奴は?

 とにかく、熊蔵が全力回避したくなるほど面倒くさい性格なのはよく分かった。

 エクスには同情を禁じ得ない。


 が、ここで話を終わらせるのも不自然だ。

 そこで熊蔵が絶対に負けを認めないタイプだと気付いた理由を説明することにした。


「顔以外は全身ボコボコだったからな」


 頭部損傷による即死を避けたのだろう。

 最初は単なる手加減で手足を狙っていたのだとは思うが。


 意識を失わない限り何度でも立ち向かってくる相手だと逆に狙えなくなってしまう。

 軽い一撃では踏み止まるだろうし。

 強すぎると失神するだけでは済まない恐れが出てくる。


 何度も打ち据えているうちに頭への攻撃は控えるようになったのではないだろうか。


「あー」


 エクスは天井を仰ぎ見た。


「そりゃ賢者様なら気付くよな」


 視線を戻して苦笑する。


「俺でなくても気付くっての」


「そうか?」


 今ひとつピンと来ない様子のエクス。


「数十ヶ所も骨折するような怪我をしているのに気付かん方が変だろう」


「確かにボロボロだもんな」


「その上、裂傷も多い」


 木剣で裂傷とは相当だ。

 骨折を避けるために表面上のダメージに留まるようにしていたのだろう。


 圧倒的な力量差がなければ難しいことだ。

 レベルの開きからすれば可能なんだが。


「そうは言うけどさー……」


 ウンザリ顔でエクスが溜め息を吐き出した。


「これでも苦労したんだぜぇ。

 無傷だから、そうは見えないかもしれないけどさー」


「分かっている。

 普通はあれだけの重症になる前に失神するのがオチだ。

 あるいは、ここまで怪我を負えばとっくに死んでいてもおかしくはない」


 体格に見合った体力と根性が合わさったからこそ死ななかったのだ。

 まあ、ギリギリの状態だった訳だが。


『それを体感しながら力量差を理解できんとは……』


 熊蔵のバカさ加減に呆れてしまった。

 遊ばれているとは思ったかもしれないが。


 なんにせよ、そこから勝てない相手であることを悟れないとはね。


『脅威を感じるより先にキレたな、これは』


 バカだから然もありなんといったところか。

 だからこそ打たれても打たれても立ち上がれるのかもしれないが。


 典型的な悪い脳筋であろう。

 とにかく根性で痛みを無視するから質が悪い。


 それでも何度も打ち据えれば裂けるし折れる。

 当てるだけでは、たとえ急所でも気にせず突っ込んでくるだろうし。


「最終的には内臓へダメージを与えるまでやらんと倒れなかっただろう?」


 でなければ吐血したりはしない。


「それだよ、それっ」


 妙に憤慨するエクス。


「意表を突いて意識を刈り取るような技を使ったのに、耐えたんだぜ?」


 信じられるかよと言いたげにエクスが唸った。


「意表を突いて、ねえ……」


 魔法でそういうことができないエクスが使う技となると、格闘系のものだろう。

 真っ先に思いついたのは、脳を揺らすことだ。


「剣の間合いより深く入り込んで──」


 木剣で打ち合っている最中なら、それで充分に意表を突けるだろう。


「拳の先でアゴを引っ掛けるように横から殴ったか?」


 有り体に言ってしまうと、ボクシングのフックだ。

 腕を伸ばすストレートの間合いよりも深く入り込むから死角ができやすい。


 見えない位置から急に脳を揺らす一撃を入れられると、普通は失神すると思うのだが。

 もちろん、綺麗にパンチが決まればの話である。

 ただ、エクスの口振りからすれば手応えを感じていたはず。


「なんで分かるんだよっ」


 愕然を顔に張り付けたエクスの声は震えていた。


「もしかして見てたのか?」


「そんな訳ないだろう。

 決闘を見た後に移動して戻ってくる意味が分からん」


「それは……

 そうなんだろうけどよ」


 口をモゴモゴさせているから納得できていないのだろう。


『試行錯誤の末に編み出した技なんだろうな』


 それを見もせずに何をしたのか言い当てられれば動揺もするか。


「その様子だと、技の習得に苦労したようだな」


「まあな」


 エクスは、ちょっとふて腐れた感じで返事をした。

 だが、すぐに切り替える。


「こんな簡単に見破られるとは思わなかったぜ」


 しょうがないとでも言うかのように嘆息する。


「もしかすると、あの野郎にも気付かれて対策されたのか」


 それならば納得がいくとばかりに頷くエクス。


「残念だが、それは違うな」


「何だとぉ?」


「俺は知識として知っていたから見当をつけられただけだ」


「だったら野郎も──」


「んな訳ないだろ。

 貴族が人間の体の構造を知っていると思うか?」


「……いいや」


 困惑した様子でエクスは頭を振った。

 何故、体の構造が関係するのかと問いたげである。


「頭を急に強く揺すると、そうなることがあるんだよ」


「えー」


 エクスは不満げだ。

 端折りすぎだと言いたいのだろう。


 同感だが説明していられない。

 脳を取り囲む頭の構造とか目眩のメカニズムなどを分かりやすく説明するのは困難だ。


『頭蓋骨の内側がどうなっているかなんて知らんだろうしなぁ』


 【諸法の理】のアシストはあるが、何の知識もない相手にとなると面倒である。

 説明を終えるのにどれだけ時間がかかるかなど考えたくもない。


「エクスは賢者になりたいのか?」


 これ以上の説明は難しくなることを暗に匂わせてみた。


「そっ、そういう訳じゃないけどよ」


 エクスが尻込みする。

 思った通りで助かった。

 もしも踏み込んできていたならと思うと冷や汗ものだ。


「経験で知って技術を磨いたんだろう?」


「ああ」


「だったら、それは誇るべきことだ」


「おお」


 エクスが少しだが気を取り直したようだ。


「俺はたまたま気付いたが、奴はそんなことはなかっただろうしな」


 すぐに落ち込むことになったがね。


「それでどうして耐えられるんだよぉ」


 情けない声を出すエクス。


「根性だな」


「はあっ?」


 俺の答えがあまりにも意外だったのだろう。

 エクスが素っ頓狂な声を出した。


「理屈じゃないんだよ。

 気を失うかどうかは意識をつなぎ止められるかどうかだからな」


「そんなこと言われてもなぁ」


「耐えきる下地はエクスが作ったようなものだと思うぞ」


「俺がっ!? なんでさっ!?」


「奴は既にボロボロだったんだろ?」


「ああ」


 ぶっきらぼうな返事だった。

 それがどうしたと言わんばかりである。


「業を煮やして仕方なく切り札を使ったんだろ?」


「だから、どうして分かるんだ?」


「負け犬同然の面を見れば分からん方がどうかしている」


「なっ!?」


 愕然とするエクス。


「それだけで何が起きてどうなったかが分かるってもんだ」


「─────っ!」


 声にならない呻きを漏らしエクスは歯噛みした。


「それだよ、それそれ。

 色んな表情を顔に出しすぎだ。

 ポーカーフェイスくらいは、できるようになっておけよ」


「ぐぬぬ」


「それから感情も多少はコントロールしないとな。

 特に勝負事の真っ最中なんかは致命的なミスに繋がりかねんぞ」


「言われなくてもっ」


 エクスが反論しようとするが、言葉に力がない。

 俺の指摘に心当たりがありすぎるからだと思われる。


『分かり易いにも程があるよな』


 だからこそ、読むのも容易いのだが。


「ボコボコにしても耐えきった相手の気迫に押されただろう」


「くっ」


「そんなだから焦って相手の状態を見誤るんだよ」


「どういうことだ?」


「わざわざボコボコにして耐性をつけさせたようなものだって分からないのか」


「うぐっ」


「痛みのお陰で精神の方は研ぎ澄まされた状態になっていたんだろうよ」


「なにっ!?」


「驚くことかよ。

 ボコボコにされた奴が警戒しない訳ないだろう」


 エクスがハッと気付いた顔をしたかと思うと、次の瞬間には歪んだ表情になっていた。


「つまり、俺の切り札は読まれていたと?」


「そこまでは言わんよ。

 だが、とびきりの何かがあると警戒はするだろうな」


「くそっ」


 自分自身に対して怒りを禁じ得ないらしく、エクスが短く毒突いた。


読んでくれてありがとう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

下記リンクをクリック(投票)していただけると嬉しいです。

(投票は1人1日1回まで有効)

小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ