1126 密かに反省を促してみたり、メールが来たり
エクスが己のミスを恥じていた。
相手を失神させる切り札が通用しなかった原因を知ったからである。
熊蔵を無駄に警戒させた。
たったそれだけで、これまで失敗したことのない技を破られたのだ。
腹立たしくも恥ずかしいと顔に書いている。
『気持ちは分からんでもないけどな』
そのことにばかり気を取られてしまっているのは考え物だ。
どうすれば良かったのかぐらいは考えないと反省にならないからな。
ただ悔いて終わりでは意味がない。
「最初に技を使ってれば良かったんだよ。
相手は舐めてかかっていたんだろ?」
「ああ、傲慢な奴の典型例だったな。
賢者様は相手が無警戒なら決まっていたって言いたいんだろ?」
「いいや、それは虫が良すぎるぞ」
「なにっ!?」
「過信は禁物だ」
この一言にエクスはムッとする。
「相手が技を知っているかもしれない」
更に表情を険しくするエクス。
それだけ苦労して編み出した技なのだろう。
「少なくとも俺は知っていたぞ、エクス」
「うっ」
「同じように苦労して編み出した奴がいるかもしれんしな」
「そんな奴は……」
条件反射的に反論しかけたエクスだが、その先を続けることはできなかった。
「世の中、上には上がいるってことか」
代わりの言葉を紡ぎ出す。
「そういうことだな」
「くっ」
悔しげに歯噛みするエクス。
「思い入れだけを突出させても技が同じだけパワーアップする訳じゃないからな」
「それは、もう分かったよ」
ややウンザリといった表情でエクスが返事をした。
「本当にそうか?」
「どういう意味だよ」
「じゃあ、なんで技に耐えられたか説明してみな」
「そりゃあ……」
そこまで言いかけて、エクスが固まった。
『やっぱり考えてなかったな』
「スマン、賢者様が言ってた以上のことは分からん」
こういう時に意地を張らないのがエクスの中身であるビルのいいところだ。
「この男が痛みに慣れていたのは分かるよな」
「ああ」
エクスが頷いた。
「そのせいで集中していたって言うんだろ。
けど、その先が分からん。
それだけのことで耐えられるとは思えないんだが」
「ボロボロにされた分の怒りと痛みが意識をつなぎ止めたんだろうよ」
一瞬、呆気にとられたような顔をするエクス。
続いて「あっ」と声を出すかのように口を開いた。
そして、ガックリと項垂れる。
「まさしく根性だな」
嘆息しながら、そう漏らした。
エクスは納得しつつも諦観のこもった溜め息を漏らした。
枯れた空気を撒き散らしてさえいる。
「そんな方法で耐えきるのかよー」
「分かってないな」
「何がだよ?」
「格下相手に儲けものの経験ができたんだぞ」
俺の言葉を受けて、エクスが困惑の表情を浮かべた。
「これが実戦で同格レベルの相手だったら死んでるぞ」
言い切りはしたが、絶対ではない。
熊蔵みたいなのがそうそういる訳じゃないからな。
が、そうなっていた恐れはある。
故に警告として断定した。
「うっ」
指摘されたエクスも理解したようだ。
顔色を悪くさせているところを見ると、俺が断定した理由にも気付いているだろう。
「自分の技が絶対だと思うのは単なる過信でしかないぞ」
それでも念を押しておく。
「過信は隙につながるということを肝に銘じておけ」
「お、おう」
神妙な面持ちで頷くエクスであった。
「で、話は変わるが──」
話題を変えるべく切り出す。
「どうして決闘になったんだ?」
あまり変化がないが、エクスの目先を変えられれば充分だろう。
そんな風に考えていると──
「それは私がお答えしましょう」
騎士服を身に纏った青髪の女性が歩み寄ってきた。
ストームの護衛隊長であるダイアン・クラウド女男爵だ。
「誰でもいいけどね」
ダイアンは「恐れ入ります」と一礼して話し始めた。
切っ掛けは熊蔵が因縁をつけたからだという。
「はあ? フェーダ姫とストームが一緒に歩いていただけだろ?」
「それが分不相応なんだそうです」
相手が誰か確かめもせずに何を言うのだろうか。
「アホすぎる」
「私もそう思います」
ダイアンの熊蔵に対する評価も最低ランクのようだ。
「酷いものでしたよ。
いきなり抜剣して斬り掛かりましたからね」
「うわぁ……」
思わず顔を顰めてしまったさ。
ダイアンの評価も当然というもの。
「その剣は殿下が御自身で打ち払いましたが」
「やるなぁ」
「驚かれないのですね」
「ヤバけりゃエクスがどうにかしてるさ」
「なるほど、そういうことですか」
ダイアンがフッと笑った。
「言っとくが、うちの国の人間じゃないんだぞ」
「ええ、承知しております。
ですが、それでも賢者様が推薦された護衛です」
『成り行き上、そうなっただけなんだがなぁ』
そうは思ったが、特に問題はないだろう。
そう結論づけた俺はダイアンから事情を聞いた。
「──という訳です」
「……………」
ダイアンの話をまとめると、悪いのは一方的に熊蔵だった。
ストームは一方的に斬り掛かられただけ。
その際に剣を弾きはしたが、それは正当防衛の範囲内なので当然のことだろう。
追撃もしていない。
『弾かずに護衛に任せていれば、その場で打ち首にできたんだろうが』
打ち首というか、カウンターでバッサリだな。
エクスなら余裕だったはずだ。
あるいは剣を持つ手だけを切り落としていたかもしれないが。
何もしなかったのは反応できなかったからではないはず。
おそらくストームの動きを見て手出しは逆に危険と判断したのではないだろうか。
ダイアンの話から推測したが、たぶん間違っていないと思う。
剣が弾かれてから間に入ったようだし。
あとは片手で熊蔵の攻撃をすべて捌いて完封したとなれば、ね。
『相手の攻撃を封殺するだけの簡単なお仕事です、か?』
簡単なお仕事と言われると、デパートの繁忙期アルバイトを思い出す。
そういう触れ込みで募集していたはずなんだけど。
色々とやることになったので単純作業ではなかった。
中には複雑な形の商品を包装するという技術を擁する仕事もあったがね。
だから単純作業ではなく簡単なお仕事なのだ。
同じようで違うという、初めて行った時は微妙に騙された気分になったさ。
そういう意味ではエクスも同じような気分になったことだろう。
『いや、むしろ酷いか』
熊蔵が決闘に持ち込んでネチっこく粘ったからな。
ストームに斬り掛かっておきながら熊蔵は決闘に持ち込んだ訳だし。
普通なら、斬り捨て御免で終わったはずなんだが。
決闘でボコボコにされた熊蔵だが、ここでもしぶとく生き延びた。
実剣を使っていれば、とっくに死んでいただろう。
熊蔵は悪運が強いようだ。
とはいえ、もはや死は避けられない状況だ。
尋問を受けた後は極刑が待ち受けている。
誰もがそう思っていた。
俺は尋問なんてせずに終わらせればいいのにと思ってしまう。
余計な時間をかけると逃げられたりするのが、良くあるパターンだからな。
『死んでから理由を考えればいいのに』
文字通り、死人に口なしだと思うのだが。
スパイを把握し切れていないために警戒しているのかもしれない。
「とりあえずは解散ってことでいいんじゃないか?」
俺はカーターにそう問いかけた。
ベルたちから報告メールが届いているしな。
[タイトル:任務完了]
無事にスパイを捕まえたようだ。
まあ、こちらはエクスのように辟易するようなことにはならなかっただろうし。
超簡単なお仕事でしたと文句を言われても不思議ではない。
[スパイを捕獲しました]
思った通りの結果だ。
まあ、ここは端から疑ってはいない。
[眠らせてから捕まえたので本人は捕まったことにも気付いていないでしょう]
『考えたものだな』
自殺防止には最適だ。
あとは所持品を没収しておけば、懸念は大幅に減る。
舌を噛み切られると厄介だが。
そのあたりは魔法で治癒できるし、どうにでもなるだろう。
面倒くさいから自殺防止の暗示をかけるのもありだ。
[また、光学迷彩の魔法を展開したので誰にも見られていません]
『それはズルじゃないのか』
思わずツッコミを入れたくなったさ。
とはいえ遊びではないので、より安全な方法を選択するのは当然か。
[バスの中に運び込みましたので目を覚ましても逃げられることはないかと]
バスはミズホ国民が認めた者以外はドアが開かなくなるからな。
その上、外から中の様子がうかがえないようになっている。
監禁場所としては最適と言えるだろう。
[念のためにナタリーと2人で監視しております]
こんな殊勝なことを書いているが、実際は自分がスパイの尋問をしたいだけだ。
特に禁止しない限りは勝手に取り調べを始めるだろう。
『まあ、楽でいいか』
丸投げしておくのと大して違いがない。
問題になるようなこともないからな。
逆に止めたりするとヘソを曲げかねない。
普段ニコニコしている婆さんが無表情になると応えるんだぜ。
こちらが悪いことをしている訳ではないのに何故か罪悪感が湧き上がってくるんだよな。
機嫌を直すまで、ずっとそのままなのが質の悪いところである。
ガリガリ精神を削り続けてくれるからな。
故に楽しそうなことはベルから奪うような真似をしてはいけない。
しかも任せておくだけで情報が得られるならそれに越したことはない訳で。
結論、丸投げバンザイ!
読んでくれてありがとう。




