1108 あまり明かして良い話ではない
ビルは俺の話を聞いてスッキリした表情となっていた。
溜飲が下がったのだろう。
ゲールウエザーの王都を追い出されることになった苦い記憶の元が絶たれたのだからな。
「これで話が終わりだと思うなよ」
「えっ、なんでだよ!?」
目を丸くするビル。
だが、俺はすぐには答えずに横を向いた。
注文した料理が来たからだ。
料理が並べられ店員が去るのを待つ。
「食べながら話すとしよう」
「おお」
トーンが下がった返事をしてくるビル。
待っている間に少しは頭が冷えたようだ。
「それで、どうして終わりじゃないんだ?」
「主犯は極刑でも下っ端まで同じとは限らんよな」
「うっ」
顔を顰めるビル。
咀嚼しながらだと「マズい」と言っているようなものだ。
「飯を食いながら、そんな顔をするな」
「あっ」
一瞬、しまったという表情になってキョロキョロと店内を見る。
幸いなことに店員は奥に引っ込んでいた。
ビルはそれを確認してホッと安堵の息を漏らす。
「悪い、先に食っちまうわ」
「そうしろ」
その後は黙々と食べ続けた。
会話がないと、さほど時間はかからないものだ。
ひたすらに食うだけだからな。
そこに色気はない。
野郎だから当然だろう。
ガッツ食いをしないだけマシというものだ。
それはそれで腐女子の妄想をかき立ててしまうのかもしれないが。
俺としては妄想の養分になるのはお断りである。
「食べ終わったか」
「ああ」
食後の茶を啜りながら話の再開となった。
「あの表情からすれば、想像はついているだろうが」
「おうよ、逆恨みされるって言うんだろ」
「その通りだ」
俺の返事を聞いてビルが肩を落としながら深く溜め息をついた。
「面倒くせえなぁ」
「だが、警戒しない訳にはいかないだろう」
「分かっちゃいるんだ。
賢者様の情報提供もありがたい」
そう言いながらもビルは再び嘆息した。
「でもなぁ……」
その表情は憂鬱そのものである。
「何時まで続くことになるのか分からんのがキツいんだろう?」
「ぶっちゃけ、その通りだ」
自重するように苦笑するビル。
「逆恨みしてくるのが何人いるかなんて分からんだろうし」
「そうでもないぞ」
「なにっ!?」
ビルが席から腰を浮かしかけていた。
「そんなに驚くことかよ」
「当然だろう。
分かれば対処のしようもあるってもんだ」
「相手の顔も分からないのにか?」
「ぐっ……」
俺のツッコミ半分の問いかけを受けて答えに詰まるビル。
完全にぐぬぬ状態だった。
それでも闘志は萎えないようだが。
ウンウン唸って考えて──
「あと何人かってのが分かるだけでも助かるってものさ」
強がりな返事を捻り出した。
「おいおい、それじゃあ逆恨みした奴を自分の手で抹殺するって言ってるようなものだぞ」
俺のツッコミに怪訝な表情を浮かべていたビルだが。
「あ……」
短く呟くと、何かに気付いたような顔になった。
自分の発言を振り返ったのだろう。
「そういうことを言ったつもりじゃないんだがな」
「発言には気を付けろ。
周りはそう思ってくれないぞ」
「……忠告、感謝する」
「感謝する必要はないさ。
こちらも利用させてもらう立場だからな」
「は?」
何を言っているのかと顔に書いている状態で視線を向けてくるビル。
「お前さんの変装をした仲間を餌にしてゴミ掃除をするのさ」
「ちょっ!?」
焦った様子でビルが身を乗り出してくる。
「待て待て待て待て待てっ!」
興奮して捲し立てるように「待て」を連呼してくる。
幸いなことに汚い飛沫は飛んでこない。
『ゴードンだったらアウトだよな』
まあ、この場にいないジジイのことを考えても仕方がないだろう。
「待つのはお前の方だ」
「なんだとぉ」
「顔が近いんだよ。
俺は男とキスするつもりはないぞ」
「うえっ!?」
ビルは奇妙な唸り声を絞り出すと身を乗り出した状態から一気に席へと戻った。
忙しない男である。
「ななな何をするつもりだっ?」
どもりながら問いかけてきた。
動揺が残っているのは明らかだ。
精神面は瞬時に席に戻った身のこなしのようにはいかないらしい。
「言ったろ、ゴミ掃除だって」
「なんで俺の変装をする必要があるんだよっ」
「ゴミどもが逆恨みをしているからに決まってる」
「シャレになんねえわ。
何かあったら俺のせいじゃねえかよ」
「心配は無用だ。
衛兵との共同作戦という形を取るからな」
「ふぁっ!?」
今度は仰け反って驚いている。
本当に忙しない男だ。
「善意の協力者の形になるから感謝されることはあっても逮捕はされんよ」
「本当なんだろうな?」
聞きながらビルは疑わしげな目で俺を見てきた。
「ウソだったらパワーレベリングでレベル100にすると約束しよう」
ビルの目が更に細められる。
「何だ、信じられないのか?」
「当たり前だ。
今のレベルでさえ神がかっているのに」
「世間知らずだなぁ」
呆れたように頭を振りながら言うと、ビルはギョッとした表情になった。
「まさか……」
ワナワナと震え始めた。
「賢者様はレベル100を……」
恐る恐る聞いてくる。
「ああ、超えてるな」
ビルは恐ろしいものでも見たような顔になってしまった。
「ゴードン・バフも一応の証人にはなるな」
「肉弾ゴードンか」
そう呟くとビルは唸り始めた。
だが、すぐにジロリと俺の方へ目を向けてくる。
「一応って何だ?」
「控えめのレベルしか見せていないんだよ」
「ぬわんだとぉっ!?」
『お……』
いま少しだけ岩塚群青さんが入ったような気がした。
俺の耳もトモさんの物真似に毒されているようだ。
「控えめって何だ、控えめって!?」
「俺や弟子の本当のレベルを知ったら卒倒するくらいじゃ済まないからな」
「シャレんなってねえよ」
「そうか?」
「控えめでレベル100超えとか悪い夢でも見てるようだよ」
「あー、そうなんだ」
「おまけに冒険者ギルド長が知ってるってことは魔道具を使って測定したんだよな」
「そうなるな」
「鑑定の魔道具を欺けるとか怖すぎだろ。
これ以上の悪夢はねえと思うんだがな」
ビルの言いたいことも分からなくはないが。
「世の中がパニックにならないよう気を遣っているのに酷い言われようだな」
「う、スマン」
「そう思うなら、忘れろ」
「こんな物騒な話が簡単に忘れられるかっ」
「それが分かっていれば充分だ」
「は? どういうことだよ?」
「俺が重大な秘密を教えた自覚があるってことだ。
簡単に漏らすような真似をされると困るからな」
そう言うとビルはサッと顔色を無くした。
今頃になって重大なことを背負わされたことに気付いたようだ。
「マジでシャレんなってねえよ」
ビルはそうぼやきながら、莫大な借金でも背負わされたかのような顔で凹んでいた。
「だが、これくらいしないと俺が適当なことを言っていると思われそうだったしな」
「分かった、分かったから」
言いながらビルは両手を小さく挙げて降参の意思表示をする。
「賢者様の言うことを信じるよ」
「分かれば、よろしい」
俺がそう言うと、深く息を吐き出しながら両手を下ろした。
「話を戻すが、ビルには迷惑をかけんよ」
「既に充分かけられてるよ」
恨みがましい視線を向けながら言われてしまった。
「こういうのも自業自得だと思うがな」
勘弁してくれとばかりに天井を仰ぎ見るビル。
そして頭を振って溜め息をつく。
「あー、話を続けてくれー」
投げ遣りな様子のビルである。
「簡単に言えば、ビルを逆恨みしそうなクズ共を釣り上げて処分しようってことだ」
「なんで俺の変装までして囮に使うんだよ」
「ノンロワ商会に関わりのある連中への見せしめだ。
グレーゾーンってことで逮捕されなかった奴らも少なからずいるからな」
「まさか、そんなことあるのかよ?」
「例えば新人冒険者の振りをして噂をバラ蒔いた連中とか」
「っ!」
ビルが今にも噛みつきそうな表情をした。
当然だろう。
そのせいで長らくホームグラウンドにしていた王都を去らねばならなくなったのだから。
だが、表向き連中は役者で雇われただけだ。
「他にも情報屋とかな」
「要するにノンロワ商会に関わった奴らが変な動きを見せないよう封じるんだな」
「そういうことだ」
ちゃんと理解してもらえたようで何よりだ。
読んでくれてありがとう。