1087 みんなでつくってみよう『てれらじ』
術式の記述が思った以上に簡単だったことで、皆のテンションは高めだ。
この勢いを利用して最後まで一気にと思ったものの──
『これは授業なんだ、授業なんだ、授業なんだ』
心の中で念仏を唱えるようにして自制した。
今、てれらじを作っているのは各班1人ずつである。
完成したら、今度は皆が作ることになるのだ。
その時に手順がうろ覚えになっていたりしたら話にならない。
何のための授業なのかってなるよな。
教える講師がそれを忘れてはいけないだろう。
そんな訳で確認しながら作るのは自制心との戦いでもあった。
「何か疑問に思ったことや質問はあるか?」
念のために確認しておく。
見たところ、作業につまずいていた者はいない。
が、周囲で見ていた者のことまで把握できるかと言われると微妙なところだ。
もしかすると苦手意識を持った生徒もいるかもしれない。
「「「「「ありませーん」」」」」
テンションが高めなこともあってか、元気な返事があった。
俺の心配は杞憂に終わったようだ。
「じゃあ、次の工程だ。
準備はできているかー?」
「「「「「おー」」」」」
ノリの良い感じで片腕を突き上げる一同。
この調子で地球の某都市へ行きたいかとか尋ねれば、同じように返事がありそうだ。
もちろんノリだけで押し切る感じなので元ネタなど知る由もないのだが。
『随分と古いクイズ番組だし』
年に1回きりの挑戦になる番組とあって規模がデカかった。
予選は日本国内だが、本戦は飛行機に乗って外国に飛び出していたからな。
何週かに分けて放送されていた程だ。
色々と面白い番組だった。
せっかく国内予選を抜けて飛行機に乗ってもトンボ返りさせられたりとか。
最初にアレを見た時は強烈なインパクトがあった。
機内のペーパーテストの結果次第で外国の地面に足をつけることなく終わるのだ。
演出も良かったと思う。
飛行機のタラップを降りてきて台の上に乗ることで1人ずつ判定されるのだ。
台の上に乗った瞬間にブザーが鳴ると機内へ逆戻り。
手に汗握って悲喜こもごもを味わったものだ。
間違えると泥だらけになる2択のクイズなんてのもあった。
あるいは現地で双子を集めて神経衰弱をしたりとか。
クイズに正解してからでないと神経衰弱に挑戦できないのがミソだ。
他にも早押しの判定機がシルクハット型だったりと、アイデア満載だったと思う。
『って、そうじゃないよ!』
自分に自分でツッコミを入れてしまったさ。
このネタはルベルス側から見れば異世界であるセールマールのものだ。
いくらミズホ国の国民でも新規国民組の中に知ってる者がいるはずもない。
重度の動画マニアなら知っていても不思議ではないが、やはり新規国民組には難しい。
動画にハマっている者はいるかもしれないが。
新規国民組がそこまで見られるはずもないからな。
つまりは、このネタを知っている面子がここにはいないことになる訳だ。
そう考えたところで、ふと気が付いた。
『あ、トモさんがいるな……』
元ネタを知ってそうな人が1人だけいましたよ。
ショートメッセージを送ってチラ見してみれば……
ニヤリと笑みを返されてしまった。
『ああ、これは知ってらっしゃるパターンだ』
授業中でなければネタをぶっ込まれていたかもね。
[授業を続けよう]
真面目な返信があった。
仰る通りである。
教える側の講師が、如何に内心で留めたとはいえ脱線してどうすんだっての。
『反省!』
とにかく授業の続きである。
「次からの工程は部品の組み立てが主になる」
俺がそう言うと──
「何か難しそう」
「手先が器用でないと無理じゃない?」
「術式の記述の方が簡単かも」
「上手くできるかな」
「ちょっと自信ない」
などの声が女性陣の一部から上がってきた。
解説書を見て、そう思ったのだろう。
図解で説明していても、こういう経験がないと難しく感じるものらしい。
「大丈夫だ。
いくらでも付き合うからな!」
置いてけぼりにはしないことを断言したことで、不安げな面持ちは和らいだようだ。
完全解消とはいかなかったが。
「あのー……」
おずおずと手を挙げてきたのは女子組の1人だ。
「組み込む部品が小さくて壊してしまいそうなんですが」
キットの箱を開けるまでは、ここまで細かな部品があると思わなかったみたいだな。
確かにモードセレクト用の部品なんかは細かい方だと思う。
「組み立て中に部品を折ったり潰したりしてしまいそうになるってことか?」
「はい、自分は不器用なので……」
申し訳なさそうにションボリしながら答える女子。
それに釣られて何人かがションボリと肩を落としていく。
女子組だけじゃなくて人魚組にも多い。
人竜組もだ。
『おいおい……』
どうも不器用さにかけては筋金入りの面子が多いみたい。
日本人だった頃も機械音痴や工作音痴は女性に多かった気がするので違和感はないが。
一難去ってまた一難の心境である。
ただ、女性陣の中にもベルやナタリーのように平然としている者は何人かいる。
そこは救いだ。
面子としては少数派なんだけどね。
『さて、どうするか』
久々に【多重思考】でもう1人の俺を大勢呼んで脳内会議である。
ただし、ゆっくり考える時間はないので今回は超高速版だ。
『『『『『───────────────っ』』』』』
口々に喋る感じで、しかも言葉を圧縮している。
声に出していたなら不快なキーキー音になっていたかもしれん。
神級の【多重思考】は特級の【高速思考】の上位スキルでもある。
圧縮した会話を同時に読み解くことも不可能ではない。
あんまり乱用すると疲れるけどね。
【多重思考】がカンストしたら、そういうのも無くなるのかもしれないけど。
現状の熟練度は職人系のスキルであれば大ベテランの領域に入ってはいる。
それでも極めたとは到底言い難いような状態だ。
熟練度はピクリとも上がらなくなっているし。
カンストする日が来るとは思えない。
今回の結論はすぐに出たので、とりあえず気にしないことにしよう。
「手先の器用さを上げる特訓を受けろ──」
話はまだ続いているのに不安そうにしていた女性陣たちが絶望的な表情となった。
「「「「「うぎゃーっ!」」」」」
とか叫び出す者たちまで出てくる始末。
「人の話は最後まで聞けっ」
ビシッと言い放てば、シーンと静まりかえったが。
「特訓を受けろと言いたいところだが、それは後日とする」
ドンヨリした雰囲気が女性陣から漂ってきたが仕方あるまい。
「今日のところは裏技を使う」
「「「「「裏技っ!?」」」」」
女性陣ばかりかドワーフたちまで驚いていた。
野郎どもは食い気味に身を乗り出して鼻息を荒くしている。
そこだけを映像にして流せば確実に誤解されるだろう。
お巡りさんこっちですな感じで。
技術がらみの新ネタになりそうだと感じると、こんな具合になるのだろうが……
『ハッキリ言って変態だ』
控えめに言ってもマッドな印象は抜けないだろう。
その勢いに女性陣の方がドン引きだしな。
「「「「「………………………………………」」」」」
女性陣と一緒になってジーッと見ていると、さすがに気付く。
見られていると意識すると恥ずかしくなるらしく急に萎れていった。
借りてきた猫のように静かで存在感も薄くなる。
『恥ずかしいと思うなら最初から自制しておけよ』
思わず内心でツッコミを入れたさ。
まあ、流れを変えてくれたと思っておくことにしよう。
女性陣がどう思うかは俺の知ったことではない。
「大袈裟に騒ぐような方法じゃないぞ。
単に本来のやり方ではないから裏技と言っているだけだ」
「どんな方法なのでしょうか?」
聞いてきたのは人竜組のネージュであった。
こういうのはリュンヌが聞いてきて、内容により却下するパターンだと思ったのだが。
生真面目な彼女は静観するつもりのようだ。
「自分の魔力を流し込みながら循環させて身体強化の魔法を使うんだ」
「「「「「え……!?」」」」」
困惑の表情が一気に広まった。
そんなので大丈夫? と聞きたそうにしている。
「その程度のことはできるだろう?」
俺が問えば全員が戸惑いながらも頷いた。
「ならば、ものは試しってことで練習だ」
マッチ棒サイズの木ぎれを人数分だけ用意する。
転送魔法で皆の元に送り届けた。
「それで俺が言った方法を試してみろ。
身体強化が成功したら、木ぎれをへし折れるか試してみろ」
半信半疑な感じで隣と顔を見合わせたりしながらも、指示には従う一同。
「あれっ!?」
「折れない?」
「どうなってる!?」
そんな驚きの声が次々と聞こえてくる。
「身体強化って装備品にもかけられるんだ」
「なるほどね」
「じゃあ、防御力メインでかければ効率が良くなる?」
「そうじゃないかな」
「きっと、そうよ」
気付く者も出始めたようだ。
『もう少し学校で丁寧に教えるべきだな』
そうは思ったが、そのあたりを考えるのは今ではない。
木ぎれが折れないことは確認できたのだし、次に進むべきだろう。
「よーし、じゃあ次だ。
棒から魔力を抜いてみな」
あちこちからパキパキと小さな音が聞こえてくる。
「身体強化の効果が切れると、そんな具合だ」
「魔法を使いながらは余計に難しくなります」
説明の仕方が良くなかったようだ。
折れた木ぎれを錬成魔法で元に戻した。
「「「「「うわぁっ!?」」」」」
急に木ぎれが元通りになって驚きの声が上がったがスルーした。
無茶振りだとは思うが慣れてほしいところである。
え? 面倒くさがってるって?
ぶっちゃけると、その通りだ。
この練習は授業には直接関係ないしな。
でも、てれらじの部品を使ってだと皆は尻込みしたと思うし。
サクッと進めて終わらせたいからこそのお試しである。
幸いなことに皆は驚いただけでパニック状態には陥っていない。
ならばと、スルーした訳だ。
読んでくれてありがとう。