1039 待っていたのは
「あんな、今のはじゃれ合いみたいなもんなんや」
アニスが神官ちゃんに説明する。
「そういうこと」
それに同意するレイナ。
「喧嘩じゃ、ない?」
よく分からないとばかりに小首を傾げるシーニュである。
「それは難しい質問やな」
「喧嘩のようで喧嘩じゃない、みたいな?」
更に首を傾げるシーニュ。
「上手い言葉が見つからないわね」
「うちもや」
レイナとアニスが皆に助けを求める視線を向けてきた。
だが、みんな困った顔をしている。
付き合いが長いはずのリーシャもダニエラも気まずそうだ。
メリーとリリーなどはお手上げのジェスチャーすらしている。
ルーリアも何やら一生懸命考えているようではあるが表情は渋い。
とにかくシーニュに分かり易く説明できる自信がない訳だ。
「模擬戦みたいなもの」
それまで傍観していたノエルがボソリと呟いた。
「模擬戦?」
「そう、実戦じゃないから本気じゃない」
『上手いことを考えたものだな』
絶妙の説明だと思う。
これならアニスやレイナが本気で喧嘩をしているわけじゃないと理解してもらえそうだ。
少なくとも俺は、これ以上の説明を思いつかない。
「本気じゃないから気軽に発散しやすい」
『じゃれ合いの部分をそう説明するか』
「2人はそうやってストレスを溜めないようにしている」
「っ!」
ノエルの説明にシーニュが大きく目を見開いた。
そのまま大きくコクコクと頷く。
大いに納得がいったようだ。
「お見事」
ルーリアが称賛した。
皆も頷いている。
「分かり易かった」
疑問を抱いた本人が、そう言うのだから間違いないだろう。
ただ、ノエルは気恥ずかしいのか俺にしがみつくのであった。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
「ところで、ハルトくん」
会話の途切れたところでベリルママに呼びかけられた。
「はい」
「公園に向かっている気がするのだけど」
「そうですよ」
「つまり、何かイベントがあるのね」
俺が返事をする前にベリルママは納得してしまった。
『いや、そうなんだけどさ』
あまり深読みされるのは、こちらとしても都合が悪い。
大したことはしていないから何をするのか即バレしかねないのだ。
え? 工夫が足りない?
いや、ごもっとも。
主催者としての頑張りが問われるところではあるんだけどね。
あまり凝ったことをしすぎるのも興ざめしかねないからシンプルにしたんだよ。
カーターたちを持て成した時は船で沖に出てデカいカニが出たし。
おまけに姫将軍の護符なんてアイテムがカニの体内にあったせいで酷い目にあわせたし。
あれは正直、申し訳なかったと思う。
クルージングなんてプランに組み込まなければ誰も被害を受けなかったのだから。
ヤクモの結界は伊達ではないのだ。
カニ風情が容易に突破できるものではない。
仮に侵入できても姫将軍の護符など結界内では無効化されていたはずだ。
そんな訳で船に乗る予定はない。
え? たかだか魔物相手に神経質だって?
興が乗ったところに乱入されるよりはいいだろ?
邪魔者を排除し終わったら皆のテンションが微妙になってましたとか嫌だし。
実はそういうことがないように空中空母で結界の外を警戒させている。
光学迷彩を常に展開しているから目立たなくて都合がいいのだ。
ベリルママにはバレバレだとは思うけど。
「ハル兄、何するの?」
ノエルが聞いてきた。
「それは見てのお楽しみにしような。
その方が、きっとワクワクできるぞ」
「わかった」
聞き分けの良い娘さんである。
ただし、俺の方のハードルは上がった気がする。
現にノエルは返事をする前よりも上機嫌になっていた。
鼻歌でも歌いそうな雰囲気さえある。
当社比3割増しくらいだろうか。
他人には判別不能であるが。
『あまり期待しすぎるなとは言えんしなぁ』
ガッカリさせるのが一番怖い。
今更、予定しているものをグレードアップなんてできないし。
後は運を天に任せるしかあるまい。
人事を尽くして天命を待つ心境である。
ただし、人事を尽くせたかどうかは不安が残るところだ。
『大丈夫かな』
内心で悶々としながら歩いていると──
「陛下」
神官ちゃんが話し掛けてきた。
「お、どうした?」
「公園の様子が変」
「ああ、見えてきたな」
昼間はただの公園だったが、すっかり様変わりしていた。
「はー、ひな壇になってるのね」
感心したようにレイナが言った。
「道沿いに連なってますねー」
ダニエラが気付いたことを言ってくる。
「あまり深読みすると楽しみが半減するぞ」
危険なワードが出てきたので牽制した。
「「「「「はーい」」」」」
幸いにして深く追求してくる者はいないようだ。
深読みするのは構わないが、それを口外するのはマナー違反である。
自慢げに語るのは滑稽で恥ずかしいことだしな。
『自分の読みが当たった時は密かにほくそ笑むべしってね』
そのあたりを、うちの子たちはちゃんと知っている。
「おっ、ローズはんやで」
アニスが通りの先で待ち構えるようにしているローズを見つけた。
「「ほんとだー」」
メリーとリリーが手を振るとローズも両手を振り返してきた。
「くくぅくー」
来た来たーと跳びはねるローズさん。
『テンション高いなぁ』
「シヅカ殿とマリカもいるな」
ルーリアがローズから少し離れた場所で俺たちとは反対の方を見ている2人を見つけた。
誰かを待っている風であったが、ローズの声に振り返る。
「こっちに来るか」
リーシャの言う通りシヅカとマリカが向かって来た。
シヅカは歩きながら。
マリカはドドドドドッと駆け寄よって。
ラミーナモードで人化してるのに狼モードのような迫力だ。
ボディに頭突きをかます勢いで突っ込んでくる。
「あるじー」
とか可愛らしい声で呼びかけつつダイビングヘッドバット水平バージョン。
いや、そんな可愛いもんじゃないな。
RPGとかのロケットランチャーだろ。
炸薬なんかなくても普通の人間なら大ダメージですよ。
これがマンガだったらギューンとか書き文字が入ってるね。
「うぉい!」
ノエルが一緒なので、甘んじて受けることはできない。
俺は理力魔法で減速させつつ受け止めた。
しがみついてくるマリカ。
「無茶するなー」
「あるじー、いっぱい遊んだよー」
注意はしたが聞いちゃいない。
大興奮状態である。
ラミーナモードだから尻尾は出力全開で振り回されている。
『ヒューマンモードで人化させてなくて良かったー』
尻尾がない分、興奮状態を抑えきれずに狼モードに戻ってたと思う。
そうなったら悪夢だ。
『間違いなく顔中を舐め回されただろうな』
涎まみれになっている自信がある。
「あのね、あのねっ」
興奮冷めやらぬままに話し掛けてくる。
ノエルが圧倒されて呆然とするほどだ。
『子犬かっ』
とツッコミを入れたくなった。
そういう雰囲気があったのだ。
子犬じゃなくてハイフェンリルだけど。
それに狼モードの時はそこらの狼が逃げ出すくらい厳つい見た目だし。
中身は子犬っぽいけどさ。
こういう時はモフるに限る。
モフられに意識が向いて他のことは気にならなくなるからだ。
とりあえずノエルと繋いだ手とは反対の手でモフる。
「くふふふーっ」
俺にモフられて上機嫌のマリカさんである。
すでに自分の話したかったことなど頭の中から消し飛んでしまっていた。
理力魔法でマリカを小脇に抱えて移動再開。
「主よ、また増えたようじゃな」
シヅカが言う「また」とは増えた守護者のことだろう。
「くーくぅ」
なかーま、とローズが跳びはねている。
「ゴロゴロ」
シーザーの方も喉を鳴らして挨拶を返していた。
「おっすなのだー」
マリカも水平にぶら下がったまま挨拶をしている。
「ねー、あるじー」
くるんとクロールの息継ぎのような感じで振り向くマリカ。
俺を見上げてくる眼差しは真剣そのもの。
「名前はぁ?」
新しい仲間の名前を求めているのだろう。
「シーザーじゃダメなのか?」
「それは種族名だよー」
「大勢おるのじゃろう?」
「くぅくーくくぅくーくうくっくぅくーくう?」
常時いるリーダーだけでも名前をつけたら? か。
「言われてみれば、そうかもな」
ちょっと考えてみる。
今回は、凝ったのは必要ないだろう。
というより考えるのは危険だ。
それをして、このリーダー格が格別に気に入った場合はどうなるのかが読めない。
他のシーザーたちが自分もと要求してきたらシャレにならんからな。
『全員分の名前を考えることになったら……』
背筋が凍り付きそうだ。
読んでくれてありがとう。