1012 申し訳なかったり楽しませてもらったり
緊張させてしまったヒューマンの彼には申し訳ないことをした。
明らかにそれが原因での失投である。
「「「「「あー……」」」」」
周囲のギャラリーが残念がる声が俺たち3人を責め苛む。
凄く気まずく申し訳ない気持ちになったさ。
結果として彼は際どい勝負を落としてしまった。
にもかかわらずドワーフとにこやかに握手をするヒューマン。
しかも、やりきった感のある表情をしていた。
それが逆に俺たちの罪悪感ゲージをドンドン増やしていくのだが。
自業自得ではあるので誰も責められない。
「ナイスファイト」
「いい勝負だったよ」
「次は勝てるさ」
ギャラリーの健闘を称える言葉もズシッとくる。
罪悪感ゲージのブースト率アップな感じだ。
戻ってきた彼に俺たち3人で頭を下げた。
「すまない。
せっかく勝てそうなゲームだったのに、緊張させてしまったね」
「気付くのが遅れてごめんな」
「ごめんなさい。
配慮が足りませんでしたね」
「そそそそんな、謝っていただくようなことではっ」
3人で謝ると凄く恐縮された。
でも、思った以上に泡は食っていない。
「たかだかフローリングのゲームで負けただけですから」
何故か誇らしげに言われてしまった。
どういう心境なのかいまいち分からない。
『大丈夫かな』
そんな風に考えていると──
「あのっ」
向こうの方から声を掛けられた。
「ん?」
「握手してもらってもいいですか」
まさかの提案である。
しかしながら、これは歓迎すべきことだ。
「ああ、いいよ」
手を差し出して順番に握手していく。
俺、トモさん、フェルト、そしてベリルママ。
「ええっ!?」
握手を求めた彼が驚いていた。
『まあ、そうだよな』
神様と握手できるなんて思っていなかっただろうし。
「ああああああのっ、あああありがとうございまひたっ」
ちょっと壊れ気味ながらも凄く喜んでくれたけどね。
幾分、救われた気分である。
彼の方はガチガチに固まってしまっていたが。
先程とは違う意味で緊張させたようだ。
まあ、たぶん問題ないだろう。
そうは言っても俺たちがそばにいると動きがカクカクしっぱなしだ。
ギャラリーとして一緒に他の試合を観戦するだけなのにぎこちない。
『握手した後の方がガチガチって……』
これで次の対戦が始まったりしたら、どうなることやら。
間違いなく試合にならない。
幸いと言うべきか順番待ちなので、しばらくはそういうこともなさそうだけど。
「ちょっとクールダウンさせてあげた方が良さそうだね」
トモさんが提案してきた。
「その方がいいかもしれませんね」
フェルトも同意する。
もちろん、俺も異議はない。
そんな訳で別の試合を見学することにした。
「あまり緊張しない人がプレイしているところがいいね」
「はい、そう思います」
トモさんやフェルトの言う通りだと俺も思う。
同じ失敗を繰り返すのはダメだろう。
彼ほど緊張しない面子もちゃんといる訳だし。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
「お、ここのゲームは中盤みたいだな」
海エルフ女子とドワーフのオッサンの対戦だが、両者共にゲームに集中している。
ギャラリーの1人に状況を聞いてみることにした。
「どっちが優勢なんだい?」
俺が声を掛けるよりも先にトモさんが話し掛けていた。
相手は海エルフの爺さんだ。
「何とも言えませんな。
実力が伯仲しておるんですじゃ」
「そうなんだ」
「点数も差はないですぜ」
爺さんの隣にいたドワーフが得点ボードを指差して教えてくれた。
「あ、ホントだ」
ボードに表示されている点数は3対3。
3回の攻防が終わって残り3回。
そして海エルフが滑らせるように投げたフロートがパシパシパシーンと連続で当たった。
反射する角度も見越して3連続で当てるとは上手いものだ。
が、俺が気になったのは──
『3尽くしだな』
ということだった。
そして海エルフ女子は結果を見て天を仰ぎ見る。
「あーっ、しくじったぁ」
そんなことを言っているが、状況は悪いようには見えない。
的の中に残ったフロートは海エルフが2個、ドワーフが1個。
しかもドワーフのものが外側である。
現状のままで4回の攻防が終わるなら海エルフは2点を獲得することになるのだが。
「欲張りすぎだ」
対戦相手のドワーフが苦笑する。
「あれで上出来と見るべきだろう」
「えー、だって美しくないよ。
せっかく綺麗に当たったのにー」
「ならば美しくそちらの2個を押し出すとしよう」
「なんですとー!?」
海エルフが飛び上がらんばかりに驚いていた。
「そんなことしたら自分の分も押し出すことになるよっ」
配置上、それが避けられない位置関係にあると確信するからこその主張だろう。
「それがどうした」
しかしながらドワーフのオッサンは意に介していなかった。
「投げた分は残るだろうが。
1点あれば、こちらのリードになるぞ」
「うにゅにゅー」
奇妙な唸り声でしゃがみ込む海エルフ。
『テンションの上下が激しいなぁ』
「そりゃあっ!」
ボウリングの時のような投球フォームでフロートを投げるドワーフ。
このあたりもカーリングとは毛並みが違うと言える。
「おー、凄い回転だ」
トモさんが感心しているが、そこまでの回転でもない。
カーリングと比較すれば確かに多いとは思うけど。
とにかくドワーフには、それをする理由があった。
「あれだと宣言通りにすべて弾いてしまいそうですね」
フェルトの予測がそれだ。
そしてフロートがパシパシーンと命中。
分岐して飛ばされたフロートが残りの1個に命中して、これも弾き飛ばした。
だが、それだけで終わらない。
投げたフロートも勢いが残ったままだったのだ。
そして、すべてのフロートが的から外れてしまった。
回転数が多い上に勢いをつけすぎたせいだ。
「「「「「あーっ」」」」」
周囲の皆が溜め息を漏らすように残念がる。
「ダメじゃーん。
ひとつも残んなかったよ」
海エルフ女子が苦笑する。
「そういうこともあるわい」
ドワーフが仏頂面で応じる。
だが、すぐにニヤリと笑った。
「だから面白いんだろうが」
「そだねー」
2人して「ハハハ」と笑っている。
「おやおや、言い合いをして張り合っていた割には仲が良いね」
トモさんが感心しながらツッコミを入れている。
ただし当人たちに聞かせるつもりはないらしくボリュームは抑え気味である。
「いいんじゃないですか」
隣にいるフェルトには聞こえていたけどね。
「素敵じゃないですか。
年齢も性別も種族さえも超えて笑い合えるんですから」
「ふむ、言われてみれば確かに。
仲良きことは良きことかな、だね」
「そうですね。
ミズホ国ならではの光景だと思いますよ」
トモさん夫婦にそう言ってもらえたのはなによりである。
その切っ掛けとなった海エルフ女子とドワーフのオッサンには感謝だね。
『いいものを見させてもらった』
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
「もう一勝負だけ見ていこうか」
「そうだね」
「分かりました」
トモさんとフェルトの同意を得て、次に見学するゲームを物色する。
「あっちはどうだい?」
奥の方に目を向けていたトモさんが提案してきた。
見れば、賑やかに盛り上がっている様子だ。
「行ってみるか」
近づいてみると──
「ここは団体戦のようですね」
フェルトが言うように4対4で対戦していた。
『フロートの投球は1人1回ってことか』
ルールがユルユルなので、そうとも限らないが。
何にせよ楽しんでもらえれば何も言うことはない。
対戦の面子は海エルフと人魚組の少女たち。
応援のギャラリーも女の子ばかりだ。
賑やかになる訳である。
「あっ」
俺たちが近づくと端にいたギャラリーの1人が俺たちに気付いた。
ペコッと頭を下げてくる。
それに気付いたほかの面子も同様に挨拶してきた。
「あ、試合の邪魔はしたくないから」
そう言わないと取り囲まれていたかもしれない。
こっちの面子は緊張とは無縁のようだ。
ギャラリーの大半は人魚組と海エルフだった。
が、ヤエナミたちの姿はない。
別に全員で一緒に行動するわけじゃないしな。
他の場所で遊んでいるのだろう。
「4回が終わって5対1か」
トモさんが言うような展開だと普通は一方が重い雰囲気になったりするものだ。
が、そういう空気は微塵もなかった。
「どちらも楽しそうですよ」
「真剣にはやるけど勝負にはこだわらない感じかな」
そういう楽しみ方があってもいいだろう。
お祭りなんだから。
読んでくれてありがとう。