4 エリザベス・マギア・ルノワール VS 暗黒のヴェノム
僕はまだ死んでませーん!!
二か月以上も更新できなくて申し訳ありませんでした! もう、何て言ったらいいのか、忙しくて執筆が滞ってしまって……。ああ、完結は絶対にさせますので、どうか見捨てないでください!!
地面全体を揺らすような、立っていられないほどの地震が、その場に居た島民達を襲った。あちこちで悲鳴が上がり、瞬く間に恐怖が蔓延していく。巨大な地震はすぐに収まったが、それでも人々の恐怖は膨れ上がるばかりだ。それはひとえに、彼らの前に立つ、黒衣をまとった魔族の存在が原因だった。その姿はまるで、死と恐怖が具現化したように思える。
「ユエか、派手にやるものだな……」
低く響くその声に、誰かが小さく悲鳴を上げた。その魔族の一挙一動が、人々に死の恐怖を感じさせるかのようだ。心臓を鷲掴みにされた恐怖、今にも発狂しそうになるほどに、それは強烈だった。
それでも発狂せずにいられるのは、彼らの前に立ちはだかるように魔族と対峙する、一人の少女の姿があったからだった。
「ほう、吾輩の魔力を受けて平然としていられるとは。流石は聖魔力を有する者、そこらのゴミ共とは器が違うか」
太陽の光を受けて光り輝くブロンドの少女――エリザベスは、キッと黒髪の魔族を睨みつけた。
「ゴミですって?」
「ああ、ゴミだ。自分では何もできず、強者に縋りつくだけのゴミ。何の利用価値も無い」
「訂正しなさい!」
エリザベスは強い語調で言った。
「人はすべて、平等に生きる意味を持って生まれてきたのです。命一つ一つが掛け替えのない、尊いものなのです。それを、ゴミだなんて言わないで!」
イザベラのその言葉に、魔族――ヴェノムは一瞬の沈黙の後、気味悪く笑いだした。
「……くっ、くくっ、はっはっはっはっ!」
「な、何が可笑しいって言うの!」
「ははははっ、貴様は、貴様ら人間は何も分かっていない。貴様らの命など、尊くも、意味のあるものでも、掛け替えのないものなどでもない。貴様らは、ただあるだけなのだ。そこに存在しているだけ、何の意味も与えられず、それにも気づかずにただのうのうと生きているだけ。世界が必要としているのは限られた才能を持つ、選ばれし者だけだ」
「選ばれし者? それが貴方達、魔族だっていうの? ふざけないで! 人は皆平等よ!」
「ふっ、やはり何も分かっていない。人間は、自分が登場人物ですらないことに気が付いていないのだ。そして、その逆もまた……」
「何を……っ!」
突如、三本の鋭い闇の線が、エリザベスに襲いかかった。咄嗟に聖障壁を眼前に展開し、その刃はエリザベスに届くことは無かった。
でも、もし当たっていたら。
初級闇属性魔法『闇爪』。この魔法は、斬りつけた物体をただ斬り裂くだけではなく、触れた部分を腐蝕させる効果を持つ。少しでも掠ればそこから腐蝕が進んでいくのだ。しかも使い手は高度な魔力操作技術を持っており、初級と言えども油断はできない相手であった。
今度は私の番。エリザベスは小さく息を吐いて、攻撃に移った。
「聖なる弓」
金色の光が形を成し、エリザベスの左手にU字に折れ曲がった弓が作られていった。エリザベスは右手に矢を生み出し、弓に番えて一気に引き絞った。
「聖光の弓矢」
エリザベスの手から放たれた光り輝く矢は、重力に従うことなく、一直線にヴェノムの心臓を貫いた。しかし、目の前に居るヴェノムは表情一つ変えず、こちらを見つめているだけだ。
まさか!
ある不吉な予感が頭をよぎり、エリザベスは後ろを振り向いた。
黒い影が、右腕を振り下ろした。
「ぅっ!」
咄嗟に右腕で顔を守りながら、後方へ蹴り出すが、一足遅かった。右腕に走る激痛、そして身体中を廻る倦怠感がエリザベスを襲った。ドレスの下にあったミスリル製の籠手が、ざっくりと斬られている。もはや、初級魔法の域を脱していた。
「影人形 ……初歩的な手に引っ掛かるとは、やはり実戦経験のないお嬢様か」
ヴェノムはつまらなそうに呟いた。
エリザベスは奥歯を噛みしめ、回復魔法を詠唱した。すると、右腕の傷が瞬く間に塞がっていく。しかし、傷の痛みは残ったままだった。
「ふっふっふ。どうだ、吾輩の呪いの痛みは。いくら肉体の傷を治そうとも、精神体の傷は癒えることはない。精神の痛みは苦しかろう」
闇属性魔法。ヴェノムの態度に、エリザベスは一つの引っかかりを覚えた。普通の回復魔法では完全には治らない呪い。見たことがある。そして、治療したことがある。
「――まさか、ドワーフの国を襲ったのは……」
ヴェノムはニタリと笑った。
「いかにも。ドワーフの国を襲ったのは吾輩の部隊だ。闇魔法、とりわけ呪術に関しては素晴らし技術を持った兵士たちだ。物語には出てこずとも、舞台を盛り上げるには必要だ。恐怖の悲鳴という、最高の|劇伴(BGM)を奏でるためにはな!」
狂ってる。エリザベスは、目の前にいる魔族に対し、恐怖を覚えていた。魔法の技術で、単純な戦闘力で敵わないから。それだけじゃない。ヴェノムの考え方が、言葉が、全てが今まで自分が会ってきた人々と、根本から違うからだ。人間とそう変わらない容姿をしていながらも、内面は全くの別物。
傷を負った部位を無理やり治し、そのまま左手をヴェノムに向けた。
「この世に害をなすものよ、消え去りなさい!」
エリザベスの周囲に、輪を描くように純白の剣が生まれ、一斉にヴェノムへと飛んで行った。しかし、ヴェノムはそれを、不気味な動きで避けていく。
「この世に害をなす? ふっ、どの口がほざくか」
次は俺の番だ、とヴェノムは右手を上に掲げた。すると同時に、ヴェノムの頭上に黒い魔法陣が浮かび上がる。魔法陣が怪しげに光り、徐々に何かがせり出してくる。その何かを掴み取り、その切っ先をエリザベスに向けた。
光を反射する様子のまったくない、暗黒の槍だった。
黒い残像を残しながら、ゆっくりとした動作で近づいてくる。
(この動き……)
ヴェノムの槍がエリザベスの急所を的確に襲う。連続して突き出される攻撃を、エリザベスは一つ一つ確実に避けているが、その顔には苦渋の表情が浮かんでいた。
黒いをオーラをまき散らし、四方八方から攻撃が繰り出される。不気味な笑みを浮かべる魔族は、十六の少女に反撃の猶予を許さなかった。
一撃一撃の速さはどうということは無く、エリザベスにも難なく避けられる程度。しかし、不規則な動きと長く留まる残像が、エリザベスの判断を鈍らせていた。
「どうした、聖女様? 辛そうだが?」
「くっ!」
エリザベスの体には、着実に傷が刻まれていた。傷口が酷く痛み、それによってまた攻撃を取りこぼす、悪循環へと陥っていた。
「……っ!」
槍に意識を集中し過ぎた。槍を大きく振りかぶったヴェノムが出してきたのは、胸部への足蹴りだった。ドレスの下の鎧が変形するほどの蹴りに、エリザベスの体は後方へと吹き飛ばされた。
息が出来ない。肺の中の全ての空気が吐き出され、口を開けても酸素が入ってこない。やっとのことで血を吐き出し、喘ぐように深い呼吸を繰り返す。エリザベスはその眼尻に浮かぶ涙を拭い、なんとか立ち上がろうと片膝を立てる。しかし、そこから足に力が入らなかった。
少女が崩れ落ちる光景に、民衆の一人が悲鳴を上げる。余りにも酷い光景だ。しかし、誰も助けようと動く者はいなかった。魔族という恐怖の象徴を前に、殆どの人がただ黙って見守るしかなかった。年端もいかない、名も知らぬ少女を。
「……立て。その程度で世界を救うなど、おこがましいにも程があるぞ」
ヴェノムは冷たくエリザベスを見つめ、右手に魔力を集めた。その右手は、恐怖におののく人々に向けられていた。
「あそこの蠅のように集まっている群衆に魔法を放ったら、どのような鳴き声が聞こえるのだろうな」
嘘でしょ、やめて。エリザベスは声にならない、嗚咽にも似た悲痛な叫びを上げた。
「やめて……」
放たれた暗黒の魔法は、一直線に群衆へと吸い込まれていく。
――やめて!――
ヴェノムは一瞬、何が起きたか分からなかった。自らが放った魔法が、群衆に当たる直前に阻まれたのだ。突如出現した、黄金の壁によって。
「これは、貴様がやったのか?」
ヴェノムは地面に手を付き膝を付き、今にも倒れそうな少女に目を向けた。あと少しで殺してしまえそうなほど弱っている。そんな少女に、他人を庇う力が残されていたとは。
思わず笑みをこぼしてしまう。やはり、まだ彼女は強くなる。これから成長する。まるで最初から決まっていたことかのように、ヴェノムには納得してしまった。これほどまでの力を、自分はまだ見たことがない。ある種の感動すら覚えていた。
――聖なる砦、其れは全ての闇を退け、彼の者を守り通さん――
「……『聖光防御陣』」
少女は小さく呟きながら、ゆっくりと立ち上がり、顔を上げた。その顔は、未だかつてない程の決意を感じさせる。
「この聖魔術は、私達二人だけを取り囲んでるわ。この人達には、指一本触れさせはしない!」
やっと見せてくれたのか、聖魔術とやらを。ヴェノムは自らの最後を悟ってしまった。この聖魔術の中に居る限り、絶対にここからは逃げられない。そして、充満した濃密な聖魔力が、魔族であるヴェノムに極上の苦痛を与え続ける。もはや、打つ手はない。
(覚醒した聖女が、ここまで飛躍するとはな)
ふと手を見ると、末端から徐々に塵となって散っていくのが見えた。
ドレスの少女が、新たに聖魔術を構築していくのが分かる。今まで見たこと無いほど圧縮された聖気が見て取れた。
ヴェノムは、今まさに自分を殺そうとしている少女に、言葉を投げかけた。
「エリザベス・マギア・ルノワールよ! 覚えておくがいい! この世は貴様の思うような、世界ではない! 貴様の思うような世界にもならない! ただ圧倒的な存在によって、我々は動かされているだけだ。それは吾輩を殺そうとも変らん。貴様らが行き着く先は、決して平和で愉快な世界ではない!」
それは、最後の惨めな喚きのようにも、これから厳しい世界を生き抜く少女への、激励の言葉とも聞こえた。
――神の光は、邪悪な闇を薙ぎ払い、善良な人々に祝福を与えん――
「『暗黒斬光閃』!」
世界は光で埋め尽くされた。




