3 レオナール・カルリエVS大地のユエ
遅くなって申し訳ありませんでした。
魔力と魔力が正面衝突し、高濃度の魔素を空気中に離散しながら、周囲の建物を消し去った。
まずは小手調べ。レオナールは小さく息を吐いた。さっきの魔力衝突は、魔法使い同士の社交辞令のようなものだ。何の加工もしていない魔力をぶつけ合うだけ。しかし魔力の流れを知り尽くしたレオナールには、相手の実力が嫌というほど分かった。
相手を油断なく見据える。ユエと名乗る魔族の男は、未だ余裕の微笑を岩のような顔に浮かべていた。
「私と互角の魔力……ただものではないと思ってたけど、まさかここまでとはねぇ」
「まだ驚くには早いぞ! 『水噴射』!」
レオナールの突き出された両手から、恐ろしい量の水が噴き出し、ユエを襲った。レオナールが放ったこの魔法は、初級水属性に分類される魔法なのだが、レオナールの魔力量により、その威力は中級上位にも勝る威力となっていた。
しかしそれも、地面から突出した壁によって阻まれた。
「なるほど。今の威力の『水噴射』なら、確かに土で出来た壁を壊すことは容易……でも残念、土属性ってなにも土とか石とかだけじゃないのよ?」
「……チッ」
出現した壁を見て、レオナールは舌打ちをした。壁で防ごうとするのは計算済みだった。しかし、それは土を押し固めたような壁を、水流で砕く算段だったのだのだが、実際にユエが作り出したのは、金属で出来た壁だったのだ。
土属性で金属を作り出すことは、高い魔力と、とても高度のな技術が必要になる。それをレオナールが魔法を放って迫ってくるまでの短い時間で、無詠唱で発動してのけたのだ。レオナールはかつてない恐怖を覚えた。
「お兄さんと遊ぶのは楽しいけど、やっぱりノヴァの方が心配だから、早めに終わらせようかしらね」
その言葉に、レオナールは身構えた。秀介が勇者だと気付いてはいないようだが、魔族側も自分達に害をなすかも知れない、彼の存在に気が付いたらしい。情報は恐らく、ドワーフの国で戦った、『氷結のアム』と名乗った魔族の少年だろうと、レオナールは推察した。こちらが神器を集めていることに、魔族側が気が付いていたとしたら、厄介なことになりうる。
「――大地よ、我が魔力を礎に、あらゆる者に破滅を――『大地の怒り』」
ゴゴゴゴと、地響きが聞こえたかと思うと、その瞬間、地面が突き上げられるような揺れが、町一帯を襲った。全身の浮遊感に、空中へ放り出されたことを悟り、レオナールはなすすべもなく地面に叩きつけられた。立っていられないほどの揺れ、遠くの煉瓦造りの塔が、まるで積木のおもちゃのように崩れていくのが見えた。
揺れが収まり、体中の痛みに耐えながら、レオナールはゆっくりと立ち上がった。目の前には、あの激しい揺れの中でも微動だにせず、一人の魔族が立っていた。
「んふふふ、もろいわねぇ、こっちの建物って。あれだけの揺れで壊れちゃうなんて」
ユエは呆れたように笑う。
「この体もなかなかいいわぁ……」
何を言っている? 自分の両手をうっとりと見つめているユエに、レオナールは首を傾げた。この体も、それはいったいどういう……。
こちらがじっと睨みつけていると、ユエは今気が付いたかというように、目を丸くさせた。
「あら? まだ生きてたの、しぶとい人ねぇ」
ほざいてろ。レオナールはふらつく足で、地面をしっかりと踏みしめる。
「うーん、相手をしてあげてもいいけど、私も急いでるから、手短にね」
ユエはニヤニヤしながらそう言った。彼の身体中に魔力が流れるのが分かる。
何かをぼそぼそと言ったかと思うと、突然彼の周囲に複数の金属片が現れ、その巨体に装着されていく。レオナールは目を剥き、その光景を茫然と見つめていた。
ありえない。魔法で鎧を、作ったって言うのか?
前述したとおり、金属を作り出すには通常の数倍の魔力を使う。しかし、レオナールが驚愕したのはその一点だけではない。本来、魔力によって創造された物質は、時間の経過と共に空気中に魔素として還元される。だが、ユエは魔法で生み出した金属をその場に、その形として留まらせ、鎧として組み立てている。それには、さらに数十倍もの魔力が必要なのだ。
化け物のような魔力量だな。重装備を果たしたユエを見据え、レオナールは内心で舌打ちをした。
緊迫した空気が張りつめ、時が止まったかのような感覚が、二人の間を満たした。次の瞬間、レオナールの居た場所が弾け飛び、土煙が上がった。
土煙の中からは、黒光りする金属に身を包んだ男が、仁王立ちしている。ユエはそのまま顔を上に向けた。
「おっどろいたわぁ~、『隕鉄の巨人』になった私の攻撃を、まさか避けるなんて」
ユエが見上げる先には、ローブを着た男が、民家の屋根で何事も無かったかのように立っていた。
「隕鉄ね……なるほど、頷ける速さだった」
レオナールは腕を組んで、ユエを見下ろした。重い金属の鎧を着ているにもかかわらず、その速さはあの『死の海蛇』よりも速かった。残像がはっきりと残るほどだ。
それでも、対処できない速さではない。
間髪を入れず、再び巨人が突進してきた。固く握ったユエの右拳が、レオナールの顔面を捉える。――かに思われたが、次の瞬間にはレオナールの左フックが黒い兜のこめかみに入った。
呻き声を上げながら、ユエの巨体が地面に落下する。レオナールは左足で屋根を蹴り出し、反対の足の裏で鎧の鳩尾を打つ。頑強な鎧に、一筋の罅が入った。
「固いな。今ので罅が一つか」
黒い巨体がその見た目に似合わぬ俊敏さで立ち上がり、レオナールに向かってファイティングポーズをとった。
「身体強化魔法……」
「ふっ、当たりだ」
ユエの呟きに、レオナールは愉快そうにそう言った。
身体強化魔法とは、無属性魔法の一種である。魔力によって自身の身体を強化し、筋力、視力、聴力、その他の身体的能力を向上させる魔法である。比較的ポピュラーな魔法であり、使用する魔力によって強化の度合いが変わる、使い勝手のいい魔法だ。
しかし、それでも欠点という物が存在する。
「でも変ね。確かに鍛えてはいるようだけど、それでもそんな大量の魔力を使ったら、十秒と待たずに体が壊れちゃうわ」
そう、身体強化魔法は、魔力によって強制的に筋肉の力を引き出すため、使用後の疲労やダメージが大きい。無論それは、使う魔力量に比例する。
レオナールは自身の魔力の大半を使用して、この魔法を発動している。彼のような魔力の消費量では、体へのダメージが並大抵のものではないのだ。
そんなことは意に介さず、レオナールは身体強化したまま、ユエとの間合いを詰めた。
巨体から繰り出される重いパンチを腕を使って受け流し、右手でブローを打ちだす。しかしこれは鎧に阻まれてダメージにならず、レオナールは回し蹴りを腹部にくらった。吹き飛ばされそうになるのを何とか耐え、朦朧とする意識の中で痛みと戦いながら、今度は蹴りだされたユエの足を引っ掴み、自分の後方へ回転させるように投げ飛ばした。
黒い鎧は平然と立ち上がり、再び構えた。
「お兄さんが見た目より近接戦闘が出来ることは分かったけど、それでも腑に落ちないわね」
「身体強化のことか?」
「ええ、それ以外にないでしょ。いくら鍛えてるとは言っても、お兄さんの魔力を全部つぎ込んだら体が持たない」
「おいおい」レオナールは笑いながら言った。「誰が、魔力の全部を身体強化につぎ込んでるって?」
レオナールはユエの頭上に跳躍し、右足を振り上げ、踵落としをくらわせるが、それは交差した二本の太い腕に阻まれる。レオナールの追撃は終わらず、空中で横倒しになった自分の体を回転させ、左足でユエの胸を打ちぬいた。
しかし、黒い巨大な甲冑はそんな攻撃を意に介さず、反撃を繰り出す。ユエの左ストレートが、今度はしっかりとレオナールの顔面を捉えた。
グキャッ
頭蓋骨が砕ける音と共に、レオナールの体は後方に吹き飛んだ。地面に二、三度打ちつけられ、糸の切れたマリオネットのように地面に沈んむ。じわりと赤い液体が広がった。
「…………なるほどね」ユエはレオナールを見ながら、呆れたような声を出した。「身体強化魔法と一緒に、常時違う魔法を使っていたのね」
力無く倒れていたレオナールは、ユエの言葉を待っていたかのように、肩を震わせながら立ち上がった。頭蓋骨が陥没するほど殴られたはずの顔は、血だらけになりつつも崩れた様子は無く、それどころか狂気の笑みが浮かんでいた。
「ご名答。やっぱり、回復魔法は何かと便利だ」
優れた魔法技術を持つレオナールでも、身体強化魔法の副作用は耐えることが出来ない。そこでレオナールは、身体強化を行いつつ、自身の体に常に回復魔法を施していた。魔力による無理な筋力増強によりズタズタになった筋細胞は、回復魔法によって瞬時に修復されていく。
つまり、魔力の続く限り、超人的な身体能力を有することができるのだ。
「この手法の欠点は、魔力消費が極端に多いこと。普通の魔法戦士がこれをやったら、すぐに魔力が枯渇して死にいたるだろう」
「ふうん、その点お兄さんの魔力は人間にはありえない、下手をすればエルフよりも多い魔力量。長いこと発動し続けられるって訳ね。でも、それでも魔力が無限にあるわけじゃない。魔力が枯渇する前に、この姿の私を倒せるの?」
「いや、それも面白そうだが、もう少し派手にいくとするよ」
レオナールは脚力を瞬発的に高め、後方へ跳んでユエとの間合いを取った。
「あら、また魔法対決?」
ユエのその質問には答えず、レオナールは詠唱を返した。
「――風よ、魔が魔力を礎に、業火と共に吹き荒れろ――『業炎風波』!」
ウォーンという風の音が、どこからともなく聞こえてくる。その音はだんだんと二人の居る場所へ近づいてくる。レオナールは自分の周囲に赤々と輝く炎を展開した。
――瞬間。激しい突風が二人を、否、ユエだけに襲いかかった。しかもレオナールの炎を乗せて。黒い鎧は瞬時にして炎に包まれ、その場ではレオナールだけが平然とその光景を眺めていた。
まだだ。くいっと人差し指を捻り、もう一度呪文を唱える。
「『竜巻』」
黒い甲冑を包み込む炎が、一瞬にして天まで昇る竜巻に変化した。住宅をも巻き込み、その火の手は広範囲に広がり、その場を灼熱の地獄と化していた。地面が溶け、ガラスのように流れている。轟々とうねる炎の竜巻の中からは、時折風の音とも違う唸り声が聞こえてきた。
しばらくすると、少しずつ火の手は弱まってくる。竜巻の中からは、黒から一変して赤熱化した物々しい甲冑が、立っていた。倒れることも無く、膝をつくことも無く、その場に平然と立っていたのである。
「驚いたな、今の炎で生きていられるとは、よほど熱さに強いんだな」
しかし、今度ばかりは無傷ではなかった。
「や、やるわね」ユエは荒い息で、唾を飛ばしながら言った。「でもこの程度で勝ったなんて思わないで頂戴。私の真骨頂は、ここからよっ!」
ユエは重心を低く構え、今にも突進してきそうな体勢を取っていた。鎧の周囲は空間が歪められたかのように陽炎が立ち上っている。
「悪いな」冷たく突き放すように、冷え切った声だった。「お前の真骨頂を見てやれなくて」
「何ですってぇ!?」
地面が陥没するほどの蹴り出しで、ユエが殴りかかってくる。レオナールは右手を突き出し、
「『水噴射』」
極めて冷静にそう言い放った。
初級水魔法、『水噴射』。初級の中では群を抜く攻撃力を持つが、中級と比べるとやはり威力は格段に落ち、新米魔法使いが初めて覚える本格的な攻撃魔法と言った感じだ。ただ魔力で作り出した水を、強い勢いで噴射するだけ。その程度の魔法を、最高峰の魔術士が戦っているこの戦場で二度も使うのは、いささか場違いである。しかし、それには確固たる理由があった。
レオナールの膨大な魔力、高い技術力により、本来の数十倍もの威力、量で噴射される水。それは赤く光るほど熱された金属と触れ合い、急速に温度を上げて蒸発する。その際、金属の熱を急激に下げ、冷却による収縮によって鎧全体に罅が入り、その強度は格段に弱くなる。そう、『水噴射』の水流で、バラバラに砕け散るほどに。
「なっ、『隕鉄の巨人』が、壊れるなんて!」
黒い鎧が砕けて、流される。中から出てきたのは、蒸し焼きにされたかのように、おぞましく皮膚が焼けただれた男だった。鬼のような形相でこちらを睨んでくるユエに、レオナールは『水噴射』止めた。
「はっ、酷い格好だな。魔族なんていう汚らわしい種族には、お似合いかもしれんがな」
「ゆ、許さない。私に、こんな事を……! うぅぅうううう!!!」
「五月蠅い。耳障りだ、喚くな。『氷結』」
それが止めだった。濡れたユエの体が白く凍りつき、まるで一体の氷像のようだ。初級水魔法、驚くことに、魔王軍幹部の息の根を止めたのは、あまりにも初歩的な魔法だった。
「汚らわしいオブジェだ」
レオナールは魔族の亡骸を見てポツリと呟くと、崩れ落ちるように地面に突っ伏した。
(はは、少し無茶をし過ぎたな。魔力が枯渇しそうだ……)
流石のレオナールも、最強クラスの魔術師を相手をするのは、命がけであった。
レオナールが意識を宙に手放そうとしたとき、遠くの方で、眩い閃光が放たれるのが見えた。
今回初めてちゃんとしたサブタイっぽいものを付けました。次も戦闘シーンがメインの回となると思います。




