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Legend of brave  作者: たいがー
第四章:魔族
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テンポよく行きましょう

 城を出ると、ちょうど太陽が真上に上っているころだった。この島に到着した朝よりも、市場は賑わいで満ちていた。その街の様子に、秀介は密かに興奮していた。今まではエルフやドワーフといった、人間に似た容姿の種族にしか会ってこなかったため、人間と容姿が懸け離れた種族は物珍しいものであった。

「シュウスケ様。あんまりキョロキョロしないでください」

「あ、ごめん。何か、見たことない人たちがいるからさ」

 エリザベスの忠告に一応は頷く秀介だったが、目だけは辺りを見渡している。魚の顔をした魚屋の店主が、顔が同じ種類の魚をすすめているのには、思わず噴き出しそうになってしまった。彼はどういう心境なのだろうかと考えるが、やはりマーピープルと人間では価値観が違うのだろうか、まったく想像がつかなかった。

「エリザベス王女!」

 不意に声をかけられ、一行は立ち止まった。

「アンドレアン殿下でしたか」

 声のした方を向くと、そこにはマッシュルームヘアの青年がこちらに手を振っていた。その横では、執事の男が頭を抱えている。

「殿下、仮にも王族であるあなたが、このような場所で手を振るなど……」

「エリザベス王女。どうでしたかニエストル様は」

 執事を完全に無視し、言葉を続けるアンドレアンに、エリザベスは苦笑していた。

「ええ……とっても面白い方でしたわ」

「そ、そうですか? どんな話しを……いや、すみません。部外者が聞く質問ではありませんね」

「いえいえ、アンドレアン殿下とそう大差のないお話でした」

「じゃあ、魔族の……やっぱり、ルノワール王国でも魔族は手強いのですか」

「あ、魔族関連の話でしたけど、私達の場合は……ぐっ!?」

 突然、エリザベスの体か横に飛ばされる。その様子を呆気に取られて見ていた秀介の脇腹に鈍い痛みが走り、秀介はエリザベスと並ぶように倒れた。そして背中に受ける熱い熱風。一泊遅れて悟る。蹴り飛ばされたんだと。

 誰に、どうして。そんな疑問が浮かぶが、それどころではないと咄嗟に判断を下す。秀介は腰の聖剣に手を伸ばし、自分を蹴り飛ばした人物確認しようと上半身を起き上がらせた。

 そこに居たのは、銀髪を風に靡かせ、秀介がみたどの動物とも違う革でできたマントを羽織った男。そしてその横にあるのは、黒い人型を象った何か。焦げて炭化したようなそれは、表面が爛れ、肉が焼けるような音を立てている。胸に付けた金色の紋章が、その黒い何かがセレス王国の王族だということを物語っている。

「あ、あぁ」

 その何かが、今の今まで話していた人物だと分かるまで、数秒の時間を要した。

「ぅっ……うわぁああああああ!!」

 アンドレアンが死んだ。殺された。無残に焼き焦がされ、血液も流れない。胸の紋章がなければ誰か分からないほど、その死体は凄まじいものだった。

 誰が? 誰が殺した?

 秀介は涼しい顔で遠くを見ているその銀髪の男に、これ以上にない殺意を向けた。その殺意や怒りがどこから生まれたかは分らないが、それは何の躊躇いもなく一瞬で剣を振るうことができる、純粋な殺意だった。

 男は秀介に一瞥をくれると、呆れたように肩をすくめた。

「おいおい、こっちじゃねぇだろーがよ」

「そうだシュウスケ君。敵を見誤るんじゃない」

 背後からレオナールの冷静な声が聞こえ、秀介は男が視線を送る方へと目を向けた。

 緋色に染まる髪を腰まで垂らし、妖艶な笑みを浮かべる女。その女の二倍はあるかというその体を、筋肉の鎧で包んだ男。二人から醸し出される魔力は、二人を魔族だと証明するのに十分な量だった。

「脆いわねぇ。やっぱり人間、あの程度の魔法に耐えられない下等種族だわ」

 その声は空気を震わせ、十数メートル離れた秀介の耳に重く響いた。

「早く他の奴らもやっちまおうぜ。俺はこの時をずっと待ってたんだ!」

 その場の空気は凍りついた。理解できない。秀介の脳は、その違和感にパンク寸前だった。何が、どうなっているんだ? 秀介は足の裏を地面に縫い合わされたかのように、その場を動くことができなかった。

「それにしては、殺したのは数人じゃない。ノヴァ? 全員焼き殺してしまいなさいよ」

「うるせぇ。ユエは黙ってろ。邪魔が入ったんだ、次はここに居る奴ら島ごと溶かしてやる」

 レオナールが秀介とエリザベスの前に立ちはだかり、銀髪の男も剣を構える。秀介も立ち上がり、聖剣を抜き取るが、頭はまだ混乱していた。目の前で起きている異常な光景。

「お前達は何者だ」

 レオナールがそう問いかけると、大柄な男が嘲笑交じりに答えた。

「あら、貴方も私達が魔族だってことくらい、分ってるんじゃないかしら? まあいいわ、自己紹介くらいしてあげる。私は魔王軍幹部、アウセクリスのメンバー、『大地のユエ』よ」

 ユエがそう言うと、今度は女が腕を組んで叫ぶ。

「俺はアウセクリス最強の戦士! 『紅蓮のノヴァ』だ! 覚えとけ!」

 そこで、秀介の混乱はピークに達した。

(く、口調……逆じゃないか?)

 秀介の混乱をよそに、レオナールとの間では会話が続いていた。

「何のつもりだ!」

「何のつもり? 決まってるじゃない。まだ潰していない種族を抹殺するのよ。もうすでにマーピープルのめぼしい都市は潰したわ。ここにもすでに魔族の攻撃が始まっている」

 遠くの方で、人の悲鳴と爆発音が聞こえる。剣を構えていた銀髪の男が、その音を聞くなり踵を返して駆けだした。

「え、ちょっと」

「そいつらとは戦いたいが仕方ねぇ、譲ってやるよ」

 男はこちらを振り返ることもせず、一直線に走り去ってしまった。彼はいったい誰だったのか、振り返ってそう問いかけたい衝動に駆られるが、魔族を前にしてその余裕は無かった。

「うふふ、逃げたって無駄なのに。とんだ弱虫ちゃんね」

「前置きはいいんだよ! お前格好からすると魔法使いだろ? 早く戦おうぜ」

 場の緊迫感が強くなるのが肌で分かった。身体を半身にし、聖剣を下段に構える。

「エリザベス。君は住民の避難と治療をしてくれ」

「え、でも……分かりましたわ」

「エリー、気をつけてね」

「はい」

 遠くで火柱が上がる。背後で爆音が聞こえる。隣の建物が半壊する。数時間前に活気に溢れた豊かな町、今では見る影もなく、そこは正に戦場であった。

「何だ、そこの弱そうな騎士も戦うのか? はっ、そっちはユエがやれ。俺はあの魔法使いと戦うぜ」

「いいわよ、その方が楽でいい……いや、あっちは貴女がやりなさい」

「はあ!? 何で!」

「貴女アムの話、聞いてなかったの? ……とにかく、あのイケメン魔法使い君は私の獲物だから♡」

 自分に掛けられた言葉ではないが、秀介は背筋に悪寒を感ぜずにはいられなかった。横を見ると、レオナールは何の反応も見せず、ただまっすぐに視線をユエに向けていた。

「シュウスケ君」

「は、はい」

「あのノヴァとかいう魔族だが、おそらく炎属性の魔術師だ。十分に距離をとって、臨機応変に遠距離からの攻撃を加えるんだ。魔法を放って来た時は、《双翼の盾》で――」

 次の瞬間、視界からレオナールの姿が消えた。遅れて轟音が横を通り、足もとが抉れたように消失していた。

「あーあ、ユエの奴見境ねぇよな」

「レオナールさん!」

「おいおい、他人の心配してる場合かよ」

「くっ!」

 思考を切り替え、紅い髪の魔族に聖剣を突きつける。ノヴァは嬉しそうに肩を揺らした。豊満な胸を強調するような戦闘服は、およそ戦場には似合わない恰好であったが、本人は気にしている様子は無い。

「少しは耐えてくれよ? あんまりすぐ終わっちゃあつまらないからな」

「……僕、強いですよ」

 本心からの言葉ではなく、精一杯の虚勢であった。自分が強いとは思っていない。むしろレオナールからしたらただの素人に見えるだろう。しかし、だからといってここで逃げ出すという選択肢は、秀介の中には塵一つ存在していなかった。

 秀介の言葉に、ノヴァは愉快そうに笑った。

「そうかい。じゃあ精々――」

 ノヴァの横に、紅い魔法陣が浮かび上がる。そこから出現したのは、華奢な彼女の体には不釣り合いなほど巨大な剣だった。

「――ミンチにならないように頑張りな」



 死屍累々。その言葉がそこには一番相応しいだろう。

 マギネアシア最大の観光、商業都市、その影は見る影もなく、今はただ広場に怪我人が犇めき合い、死人が無造作に山積みにされていた。

 今もまた、近くで建物の壊れる音が聞こえてきた。

「重症者から順に並んでください!」

 白いドレスを着たブロンドの少女が、片手を振って声を上げる。

(やっぱり負傷者の数が多い。それも奇襲だったから、一般市民が)

 エリザベスは唇を噛みしめ、体の半分を焼かれたマーピープルに治癒魔法を掛けていく。思ったよりも深くまで火傷が進行していて、治りづらかったが、聖魔力を無理やりにつぎ込み、力づくで直していく。

(駄目、こんなんじゃ埒が明かない!)

 こうしている間にも、次々と怪我人が運び込まれている。その中にはすでに事切れている者もいるのだが、その家族は現実を受け入れられず、ただただ助けてくれと泣き叫ぶ。エリザベスは胸が締め付けられる思いだった。助けられなかった、自分の無力さを呪った。

「っ――!?」

 ――突然、背後からただならぬ気配を感じた。光を飲み込む闇の気配、全てを喰らう死の気配。

「ほう、聖魔術を使う者がいるのか。しかし、そんなことをやっても無意味だ。絶望の未来は変えられん」

 振り向くと、そこには悪魔がいた。漆黒の衣に身を包んだ、全てが闇に包まれたような姿。目には生気がなく、黒く塗りつぶされたような深淵があった。本能が大音量で警報を鳴らす。

「あ、あなたは」

 生唾を飲み込み、エリザベスは悪魔にそう問いかけた。

「吾輩は魔王軍アウセクリスの一人、『暗黒のヴェノム』。世界に闇をもたらすものだ」

 エリザベスの視界が、闇に包まれた。



 無数の弾丸が地面に突き刺さり、土煙を上げながらローブを着た男を襲っていた。時には地面が陥没し、時には地面が彼を挟み込むように襲いかかる。そのすべてを、彼は紙一重で避けていた。

「あら~、今のは結構本気だったのに。あれを避けるなんて、お兄さんホントに魔法使い?」

 魔族の男が、驚いたようにそう言った。

「はっ、何を言う。あの規模の魔法を無詠唱で発動、しかも息一つ切れてないじゃないか」

「うふふ、ありがと♪」

 どうしょうもない嫌悪感と吐き気に襲われ、レオナールは眉を顰めた。ここまでおぞましい物を、

他に知らない。

(まったく、本当に忌々しい……!)

 魔族が次々と魔法を展開してくる。幸い広範囲魔術はまだ来ない。しかし、このままではこちらが消耗していくのが目に見えている。

「土属性魔法か、やっかいな……」

 絶え間なく襲ってくるのは、初級土属性魔法だが、その威力は初級ではとどまらず、貫通力と破壊力は上級以上のものだった。二つ名からして、相手は土属性の適性を持った魔術師だということが分かる。それも、まるで神に与えられたかのような、天才的な才能だ。

 突如頭上に、巨大な岩の塊が出現し、猛スピードで落下してきた。咄嗟に横に跳び、ほんの一秒前に自分が居た場所が割れる。

「うーん、いま一つつまらないわね。お兄さんも早く魔法使いなさいよ。魔法使いなんでしょ? 格好からして」

 その言葉に、レオナールは立ち止まり、大柄な魔族を睨みつける。

「魔法使い? そいつは違う」

「じゃあ、何?」 

 即座に両手を突き出し、魔力を集束させる。

「私は、魔導師だ!」


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