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秀介は焦っていた。
「どうしよう。祠壊しちゃった!」
双翼の盾が保管してあったであろう祠を、秀介はサーベラスとの戦闘の際に破壊してしまったのである。
(双翼の盾壊したって言ったら、アルフィリオン様怒るだろうなぁ……)
秀介の慌てた様子に、エリザベスは思わず苦笑した。
「大丈夫ですよ、聖剣と同等の力を持つ双翼の盾が、そう容易く壊れるわけがありませんわ」
「そ、そうだよね」
秀介は祠の残骸を漁った。エリザベスやレオナールも一緒に探し始める。
祠は頑丈な素材で出来ており、何やら複雑な紋様が刻みこまれていた。重い瓦礫をどかし、一つ一つ端に除けていくのは、想像以上に骨が折れる。
そして、一つの大きな瓦礫をどかそうとしたとき、瓦礫の隙間から、淡い光が漏れだした。ここにある。秀介は確信した。しかし、どれがけ力を込めても、その瓦礫はそれ以上動かなかった。
秀介は聖剣を抜き取り、一線。熱したナイフでバターを切るように、瓦礫はいとも簡単に二つに裂けた。
「やった」
中から出てきたのは、二つの翼が象られた、なんとも神々しい盾である。
「お見事です、シュウスケ様」エリザベスは感心したように言った「それが双翼の盾ですね、とても綺麗です。そして何より、聖魔力が聖剣のそれと同等か、それ以上ですわ」
今度はレオナールが、秀介の肩口から双翼の盾を覗きこむ。
「ふーむ、やはり聖魔力の根本が、『守る』というものに近いんだろうね」
秀介にはよくわからない。しかし、その盾が、暖かく自分を包み込んでくれるような、ずっと守ってくれるような気がした。
「よろしくね、《双翼の盾》……」
秀介は無意識に、そう呟いたのだった。
城に戻ると、アルフィリオンが宴の用意をしていた。
「久しぶりですね、双翼の盾。ようやく見つかりましたか」
アルフィリオンは双翼の盾を見て、嬉しそうに言った。
「さあ、皆さん。まずは食事としましょう。迷宮での話も聞きたいですし」
長いテーブルには、所狭しと御馳走が並んでいる。今朝の食事よりは、幾分濃い味付けになっていた。
秀介は椅子に座り、周りのエルフから質問攻めにあった。第一の試練では、オンスロートに剣術を教えてもらい、第二の試練で、フィアーディスペアーの魔法に苦戦した。そして最後の試練では、仲間との連携により、強敵サーベラスに打ち勝つことができた。その話を、エルフたちは興味深そうに聞いていた。迷宮に関しては、エルフ内でもあまり知る人がいないのである。
第二の聖獣が、エルフだったと聞かされた時は、全員が唖然とし、アルフィリオンに何故教えてくれなかったのかと迫った。とくに、迷宮を守っていたダイロンとティリオンは「てっきり恐ろしい魑魅魍魎どもがうじゃうじゃと居ると思ってた」と言い、緊張の糸が切れたように、安堵の息を吐いていた。
「さて、お三方」アルフィリオンは唐突に切り出した「あと二つの神器は、マーピープルの国『マギネアシア』と、ドラゴニュートの『龍神島』にあります。早く行ってあげた方がいい、寂しがっているでしょうから」
「え?」
「早く出発したほうがいいということです。ここからなら、マギネアシアが近いですね。あそこは島国なので、途中のポルトスという港町で船に乗れば辿り着けると思いますよ」
アルフィリオンの平然とした態度に、エリザベスが悲しげな表情で言った。
「でも、もうすぐここに魔族が来ます。私たちも戦わせてください。そのために来たんですから」
「だめだ」アルフィリオンは毅然として言い放った「たとへ貴女が聖魔力を持っていても、貴方が強大な魔法を使えるとしても、神器を二つ持っていたとしても、魔族には勝てない」
「な、何で!」
秀介は思わず立ち上がり、アルフィリオンに向かって叫んだ。
「僕はもう魔族と戦える。双翼の盾もあるし、聖剣も扱えるようになった。それに、これまでも魔族と戦ってきたんだ!」
「貴方達の力を借りずとも、私たちだけで勝てる。まだ貴方は無傷で魔族に勝てるほど強くない」
「じゃあ貴方は無傷で勝てるんですか?」
秀介は半ば投げやりに言った。
「私が死んでも、誰も困ることは無い」
なんだって? 秀介は耳を疑った。
「しかし、貴方が死んだら、誰がこの世界を守るんです? 貴方には、生き残って魔王を討ち滅ぼすという使命がある。そのことを忘れないでいただきたい」
目の前の青年は、自分以上の覚悟を決めている。それが嫌というほどわかった。視線が合い、宝石のような青い瞳が、力強く自分に語りかけているように感じた。「生き残れ」、と。
「私はもう長く生きました、もういつ死んでも悔いはありません。貴方が世界を救ってくれるのであれば……」
アルフィリオンは優しく秀介に微笑みかける。秀介は歯を食いしばり、拳を固く握りしめた。
「目の前の人たちを救えなくて、勇者と言えるんですか」
「貴方は優しいですね……でも、勇者と言うのは、取捨選択が大事なんですよ」
「ひ、人の命を物みたいに……!」
「シュウスケ君!」レオナールが宥めるように言った「君を待っている人たちが居るんだ。行こう」
「シュウスケ様……」
目じりから流れた水滴が、頬を伝って足元を湿らせた。自分の力不足を実感させられているようで、無性に悔しかった。いや、それ以上に、目の前の人を助けられないことが辛かった。
「勇者様、俺らは大丈夫だ!」
そう言ったのは、一人の若いエルフだった。それを皮切りに、その場に居たエルフがみんな秀介に声をかけた。
「そうです。私たちなら大丈夫」
「俺達弓兵部隊の力、思い知らせてやりますよ!」
「魔族なんて、エルフの敵じゃないんです!」
「だから、勇者様は魔王を倒すことだけに集中してください」
「皆さん……」
アルフィリオンは立ち上がり、誇らしげに両手を広げた。
「これが私たち、エルフの覚悟です!」
ああ、これがエルフか。秀介は思い知らされた。全員が、世界のためにその身を投げうとうとしている。古来より、精霊と会話し、世界の真理と繋がってきたエルフだからこそ、その行動が出来るのであった。
「シュウスケ様、行きましょうか」
「……うん」
見上げても頂上が見えないほどの巨木が、勇者一行を見守るように聳えていた。
秀介は双翼の盾を背中に背負い、名残惜しそうにエルフの里を振り返っている。
「ねえ」
「ん?」
アイナリンドの声が秀介たちを引きとめる。
「アリエルお姉さまが、用事で居ないって言ったでしょ?」
「え? ああ……」
アイナリンドはバツが悪そうに笑い、頭を掻きながら言った。
「実はね、貴方達が来る前に、双翼の盾をよこせって言ってきた人間がいたの」
「何だって!」
「何ですって!」
それは聞き捨てならないことであった。この盾は、世界を守るための物だ!
「誰ですかそいつは!」
秀介はアイナリンドに迫った。
「さあ? 長身で、鮮やかな銀色の髪をしていて、すらっとした方だったのは覚えています。「神器は俺様が使ったほうが世のためだ!」とか言って……あ、もちろんアルフィリオン様が追い払われたのですけれど、アリエルお姉さまが……」
「どうしたの?」
「……その人に、着いて行っちゃったのよ」
「え?」
着いて行った?
「うん、何か、好きになっちゃった。とか言って」
「そんなことあるの?」
他種族との恋というのは、とても珍しいことである。しかし、前例がないことも無い。人間とエルフは、他の種族の中で唯一、子を成すことができる組み合わせなのである。人間とエルフの子は、ハーフエルフと言われている。最後に居たハーフエルフは、三百年前に生まれた、父が人間で母がエルフのハーフエルフであった。ハーフエルフの寿命は、エルフほど長くはないが、人間の寿命からしたら、十分すぎるほどの寿命である。そのハーフエルフも、二百八十年間生きた。
「で、他の人たちが「人間なんぞについて行くなんて!」って怒っちゃって」
「ああ、それは大変だね」
「だから、もし道中でアリエルお姉さまを見つけたら、帰ってくるように言ってやって」
「わ、わかった」
「うん、じゃあ、がんばって……」
アイナリンドは目を伏せ、笑って言った。秀介にはそれが、無理しているように見えた。
「アイナリンドさん。大丈夫?」
「……ホントはちょっと怖いんだ。私って魔力も少ないし、弓もそこまでうまくないし」
「じゃあ、逃げればいいよ」
「え、でも」
「隠れてもいいじゃない、誰だって死にたくないんだから。でも、それで自分が後悔すると思うなら、なんでもいいから、動いてみればいいんじゃないかな」
「……うん。わかった。私頑張るよ」
秀介は微笑み、踵を返した。
「じゃあ、行こうか」
「ええ」
「ああ」
その数日後、予告通りエルフの里に魔族が攻め込んだ。
魔族の猛攻に、エルフは苦戦を余儀なくされたが、エルフの必死の奮闘により、魔族を撃退することができた。
しかしその戦闘により、女性や子供、その他の一般人含め、全エルフの四分の一以上が犠牲になった
エルフ編終了です。
次は港町ポルトス編、正直自分が一番書きたかったところです。お楽しみにね!




