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「マギア……?」
聖剣を手にしたときに出てきた、あの少年と同じ名前だ。秀介は記憶を手繰り寄せた。
「マギア様と言うと、まさかあの創造神マギア様ですか?」
エリザベスが信じられないと言ううように目を見開いて、アルフィリオンに確認した。アルフィリオンは静かに頷く。
「創造神?」
「ええ、この世界を創造したと言われる、唯一無二の存在です。我らの父であり、母でもある。尊いお方なのです」
秀介の疑問に答えたのはアルフィリオンだった。だが、アルフィリオンの説明を聞いても、あの少年がそんなすごい存在だとは信じられなかった。
「三千年前、我々は魔族と戦っていました」
「え?」
これには三人とも驚愕した。
「その戦争で、両者とも甚大な被害を被りました――
当時、他の種族はまだひ弱で、文明も全く発達していなかった。だから我々エルフが他の種族を庇護していたのです。
魔族は、この世界を自分たちのものにしようとしていました。しかし、当時同程度の文明を持っていた我々、エルフ族が邪魔だった。
エルフには高度な魔法技術やエルフィンボウ――エルフが用いる弓――といった武器がありました。しかし、魔族側の闇の魔術、そして高い身体能力は、我々にとっても驚異でした。
戦争は長きに渡り、泥沼化していきました。
ああ、ちょうどその頃ですかね、あなた方人間が生まれたのは……何故マギア様はそんな混沌とした時代に人族をお作りになったのか……まあ、これぞ神のみぞ知るということです。
話が脱線しましたね。数百年もの戦争で、ついに私は魔族の首領、所謂魔王という存在を倒すことに成功したのです。
魔族のトップを倒し、これでやっと平穏が訪れました。
しかし、それは長い戦いの、ほんの一部に過ぎなかった。
魔族を倒した私の前に、マギア様が現れました。そして私に言いつけたのです。
『まだ魔族は滅んでいない、魔王の魂は次の世代へと受け継がれる。いつか、エルフだけでなく、他種族をも巻き込む戦争が起こるだろう』と。
我々は来るその日に向けて、準備を始めました。魔族との戦争には、他の種族の協力も必要になる。そう考えた私は、まずはすべての種族に、文明を与えました。言葉、文字、魔法や魔術など、を教えたのです。それによって、世界の知能水準は飛躍的に向上しました。
その中でも、あなたたち人間は凄まじい成長力でした。
私たちエルフにも考えつかないような物を生み出してしまったり、私たちエルフの足元にも及ばない魔力量なのに、有用な魔法を使ったりする。最初は頼もしく思ったものです。
ですが、人間は増長した。
対魔族戦争のために与えた技術を、他種族や自分に敵対する者を排除するのに使いました。魔族を倒すためではなく。
そうして、人間以外の種族も、対魔族戦争の事を忘れ、本来味方であるはずの種族同士で戦いを始めました。皮肉なことに、身近に競争相手がいることで、結果的に戦力が増強したのですが……。それでも、魔族にはまだ抵抗するのは難しいのですね。
アルフィリオンはそう締めくくり、三人を見渡した。三人とも、あまりの突飛で、しかし真実味のある話を、なんとか理解しようと必死だった。
「……魔族とエルフの戦争については分かりました。そして、我々がもう一度手を取り合わないといけないことも、何故他の国々と協力しないのですか?」
エリザベスが不安そうに眉を顰めながら尋ねると、アルフィリオンは苦笑しながら言った。
「他の種族は信用できない訳ではないのですよ。私たちは待っていたのです。貴方が、聖剣に選ばれた勇者が来るのを」アルフィリオンは秀介を指差しながら言う。
「え? 僕?」
思わぬ不意打ちに、秀介は素っ頓狂な声を上げた。
「ええそうです。私でも、魔王を完全に封ずることはできませんでした。当時よりも強力になった魔族に、ほかの種族が戦っても、無駄に死者を出すだけです」
「それじゃあ……」
「ふふ、そこでやっと分かりましたよ。実はあの時、マギア様は四つの種族に一つずつ、あるものを渡しました」
「あるもの? それって……」
秀介は自分の腰に携えている、銀色の剣を見た。
「そう、人間に与えられたのは、今あなたが持っている聖剣です」
「と、いうことは……」口を開いたのはレオナールだった。「聖剣は他にもあるということですか?」
「いや、聖剣は世界にひとつしかありません。しかし、それと同等の力を持つ物が、他にもある」
レオナールは息を呑む。
「このエルフ族に与えられた《双翼の盾》。マーピープルに与えられた《命の首飾り》。そしてドラゴニュートに与えられた《賢兜》です。これらは《神器》と呼ばれ、いつか神器に選ばれたものが、魔王を倒すことが出来ると、マギア様は言っていました」
「それが、僕……」
秀介がそう言うと、、アルフィリオンはゆっくりと頷いた。
「時が来ました。我々の神器、《双翼の盾》を与えましょう」
秀介は生唾を飲み込んだ。
「と、言っても、こちらにも、準備があるのでね。皆さんは長旅でお疲れでしょう。部屋を用意させたので、ゆっくり休んでいってください。アグリエル、カレナリエル、アリエ……いや、アイナリンド」
「はい、お父様」
出てきたのは、三人の若いエルフだった。彼女たちを評価するなら、絶世の美女という言葉が一番似合うだろう。
「私の娘たちです。右から長女のアグラエル、次女のカレナリエル、四女のアイナリンド」
長女のアグラエルは、父親譲りの綺麗な金髪をしていて、とても芯の強そうな女性だった。次女のカレナリエルは、おっとりとしていて、落ち着いた印象を受ける。四女のアイナリンドは、姉妹とは似ていないが、負けず劣らず整った顔立ちをしている。
しかし、そんな美貌にも、アルフィリオンが父親だと知った衝撃が強すぎて、秀介は反応できなかった。
「三人とも、この方々を部屋まで案内して差し上げなさい」
「かしこまりました。こちらへ……」
秀介を案内するのは四女のアイナリンドだった。アイナリンドと二人で、レオナールとエリザベスとは違う廊下を進んでいった。
しばらくすると、アイナリンドが秀介に訪ねてきた。
「ねえ」
「はい?」
「貴方って本当に勇者なのよね」
「は、はい」この質問よくされるな、と思いながら秀介は答えた。
アイナリンドは満面の笑顔で振り返る。
「すごーい! 本物の勇者だ! 私、物語の中の勇者にずっと憧れてたの。その勇者が目の前にいるなんて信じられる!? 」
「あ、うん。その……」
秀介は軽く引いていたが、アイナリンドの口は閉じなかった。
「勇者の物語は、魔族との戦争を忘れないように、書き記したおとぎ話だと思ってた。でも実在したなんて誰も思わないわよ、私すっごく驚いてるんだから。……それにしても、勇者にしては若すぎない? どう見ても私の半分しか生きてないじゃない」
いったい貴女は何歳なんだ? その問いはあまりにも失礼だと思ったので、秀介は言葉を変えた。
「……あの、気になっていたんですが、エルフの寿命ってどのくらいなんですか? アルフィリオン様? って何歳なんです?」
「ああ、エルフの平均的な寿命は五百年弱かな。あ、でもアルフィリオン様は別よ? あの方はマギア様が作られた最初の生命なんだから。もう五桁は軽く超えてるんじゃない?」
色々衝撃的すぎて、秀介が唯一取れたリアクションは、顎をあんぐり開けることだった。
「ここがあなたの部屋よ。私は貴方のお世話役になったから、よろしくね」
「こちらこそ、よろしく」
秀介が連れてこられた部屋は、緑がかった綺麗な大理石の部屋だった。ルノワール王国に居た時の部屋と同じ大きさで、それより少し装飾品が少ない感じだった。とはいえ、それでも豪華なのは変わりない。
秀介は一番に窓を覗いた。この部屋がどういった場所にあるかを確かめるためだ。しかし、その景色は、秀介の想像を遥かに超えるものたった。
「うわ、たっかい!」
山を遥か上から見下ろせるほど高い位置に、この部屋があるのがわかった。内陸の山の上にあるはずのここから、遠くの海に日が沈む光景まで見えるほどだった。
「ねえ、もしかしてここって……」
「ええ、世界樹の上、というか中に、この城は作られているの」
世界樹というのが、下から見えていた巨大な木なのだろう。
(なんだか、いかにもって感じの名前だなぁ……)
秀介はしばらく、窓から見える景色を展望したが、ふと思いついた事をアイナリンドに質問してみる。
「ねえ、さっきアイナリンドさんはあの王様のことをアルフィリオン様って呼んだよね、お父さんじゃなく。どうして?」
「うーん、私はアルフィリオン様の直系の子供の中でも、魔力が少ない方なの」
「魔力が少ないとお父さんって呼んじゃいけないの?」
「ダメってことないけど、やっぱり偉大な王様だから、魔力が少ない人たちは自重してるのよ」
「……変なの」
「変って、普通よ。これくらい」
秀介は今ひとつ解せなかった。
「ねえ、アイナリンドさんって何人兄弟なんですか?」
「……え?」
「え?」
二人の間になんとも言えない空気が流れた。
「ああ、貴方知らないのね。私が何人兄弟か、そんなの分かる訳ないじゃない。広く言ってしまえば、すべてのエルフは兄弟なんだから」
「どういうこと?」
アイナリンドは苦笑しながら言った。
「あのねぇ、アルフィリオン様は何万年も生きてるのよ? 子供だって沢山いるの。私の母方の曽祖父は、アルフィリオン様の子供だから、それで言うと曽祖父と私は兄弟でしょ? だから、何万年も遡って子供を数えないと、私が何人兄弟かなんて分からないのよ」
「……ん?」
「長女とか次女とか、今生きてる兄弟を上から数えているだけで、私なんて本当は四女じゃないんだから」
「うーんと、それだとエルフはみんな親戚ってこと?」
「まあ、極端にいえばそゆこと」
この時点で、秀介の思考回路はショート寸前だった。
現代のエルフ族は、排他的とはいかないまでも、閉鎖的で、他の種族とはあまり交流を持たない種族だ。故に、殆どのエルフが血が繋がっていると言える。その分、仲間意識、家族意識が強く、硬い結束力で結ばれている。
「アイナリンドって、今だと四女なんでしょ? じゃあ三女って誰なの?」
「……ええっと、三女はアリエル姉さまよ。アリエル姉さまは今、何か用事があるみたいで居ないけど」
「へぇ……」
「さ、もう遅いし、貴方もお疲れでしょう。お休みになったら?」
秀介がもう一度窓の外を見ると、太陽が海に沈みきるところだった。
「そうだね、もう寝るよ」
秀介が乾いた植物を敷き詰めたベッドに横たわると、アイナリンドはどこからともなくハープを取り出した。
「弾けるの?」
秀介が問いかけると、アイナリンドは黙って優しい微笑みを返した。
「おやすみなさい。勇者様……」
ポロン。
ゆったりとしなやかな動きで奏でる音色は、なんの抵抗もなく心に染み渡っていく。聞いた事の無い曲のはずだが、何故か懐かしいような気がした。
自分の目尻に涙が浮かんでいるのを気づかずに、秀介は深い眠りに就いた。
ついに明かされた勇者と魔族の真実!




