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エリザベスは光の柱を見て、驚愕を隠せなかった。
(あれは、聖魔力!? シュウスケ様の聖剣で間違いありませんわね)
気づいたときには光の柱に向かって走り出していた。あれは聖剣の暴走か、それとも覚醒か。エリザベスは童話の内容を必死に思い出していた。
(あのような光が出てきたのは童話の中で三回。聖剣に宿っている聖気は勇者の感情によって左右される。あの光の柱が出てきたとき、総じて聖剣が何らかの変化をきたす。それが覚醒による光のなのか、それとも……どちらにせよ、シュウスケ様の身に何かがあったのは確かですわ)
剣が交錯するような音が聞こえてくる、自然と鼓動が速まった。肌寒い空気が肌を撫でる。
「シュウスケ様!」
「エリー! レオナールさんを呼んで!」
エリザベスは絶句した。シュウスケの左腕は凍りつき、体はボロボロだ。強固な国宝級の鎧が、大きく凹んでいる。対峙しているのは魔族と思われる少年。遠目からでも、凄まじい魔力を持っているのが分かる。あんな実力者と戦って、秀介がまだ生き残っているのが不思議だった。
エリザベスはすぐさま発煙弾を取り出し、空へ打ち上げた。
レオナールは、聞こえてきた音に振り向いた。西の空に赤い煙が広がっているのが分かった。
(さっきの光に発煙弾、緊急事態なのは確実だな)
レオナールは踵を返し、魔法を唱えた。
「飛翔」
レオナールが唱えた魔法は、飛翔魔法だった。読んで字のごとく空を飛ぶ魔法である。空を飛ぶ魔法というのはごく最近発案され、それまでの移動手段の常識を覆した。飛翔は飛翔魔法の基礎であり、一番最初に考案された飛翔魔法だ。風属性に分類される魔法であり、発動が簡単であるが、安定して飛ぶには高い魔力操作の技術が必要である。その他にも、飛翔魔法には様々な種類がある。時には魔術や魔法陣も用いて飛ぶ方法もあり、近々空も、陸や海に並び、移動や戦闘の舞台になるだろう。
前述したとおり、飛翔には高い魔力操作の技術がいるのだが、流石はレオナールである。宮廷魔術師のレオナールであれば、安定した姿勢のまま音を出さずに、猛スピードで飛翔することができる。
発煙弾が打ち上がった方向へ飛んでいくと、秀介が一人の魔族と戦っている光景が、レオナールの目に飛び込んできた。秀介は満身創痍、一方魔族の方は余裕の表情、レオナールから見ても圧倒的な魔力量だ。
「シュウスケ君! 『紅蓮の弓矢』!」
レオナールの両腕から炎の矢が、魔族に向かって発射された。魔族はこちらを見向きもせず、あっさりとそれを避けた。
「……この僕に向かって火属性の魔法を放つなんて焼け石に水だよ。……フフ、逆だった」
静かに地面に下りたレオナールは、油断無くその魔族を見据える。
「私はルノワール王国の宮廷魔術師、レオナール・カルリエだ。ここで何をしている」
「うん? えっとね、暇つぶし」
(暇つぶしだと? 暇つぶしで勇者を殺されては困るんだがな)
レオナールは秀介の前に立ちふさがった。
「何? 今度はお兄さんが相手してくれるの?」
魔族はキラキラと目を輝かせて言った。
「……ああ、いつでも来ていいぞ」
互いに凄まじいプレッシャーをかける。レオナールは自分の魔力を全身に余すことなく通わせ、身体強化の魔法を体に掛けていた。しばらくの膠着状態が続いたあと、突然魔族が興味を失ったかのように肩を落とした。
「やーめた、お兄さんじゃ面白くなさそう。それに暗くなる前に帰らないとネロがうるさいし、僕行くね。楽しかったよって伝えといて、そのシュウスケって奴に」
魔族の少年はそう言うと、一瞬で消えてしまった。
「転移魔法? 魔法陣を使わずにやるなんて……」
転移魔法は本来魔法陣を使う。それを魔法陣無し、それも無独唱でやってのける技術は、人間には存在しない。
(魔族、か……)
「シュウスケ様!」
その声で我に返ったレオナールは、急いで秀介に駆け寄った。
「このままでは危険だ。急いで馬車に連れて行こう」
レオナールがそう言って、秀介を担ごうとしたとき、何者かが三人に近づいていた。
秀介はいつか見た白い光の中に居た。
「おめでとう、秀介。これで君も、立派な勇者だ」
少年が優しく微笑みかけてくる。
「どういうこと? 君はいったい。それに、僕は……」
「今は分からなくていい、じきに分かる」
「僕はどうなっちゃったの?」
秀介は、岩の天井に押しつぶされたときのことをはっきりと覚えていた。背中に容赦なく降りかかる衝撃。骨は折れ、内臓が押しつぶされる感覚。呼び起こされる、死の恐怖。
「何で……僕は生きてるの?」
少年は表情を変えず、微笑んだままだ。
「それは、秀介が勇者だからだよ」
「……勇者って、いったい何なんだよ」
少年は答えなかった。
「何で、僕が勇者なんだよ」
少年は答えない。
「何で、何で……俺が……」
消え入りそうな、秀介の呟き。表には出さないはずの呟き。秀介の中の何かが切れる音がした。
「……何で俺がこんな目に遭わなきゃならないんだよ! 俺は戦いたくない! 帰りたいのに! この世界のことなんて、俺に関係ないだろ!」
「……君は分かってるんだろ? 自分が見て見ぬふりなんかできないって」
「ッ…………」
「君はこの世界のために、君のご両親の願いのために、君自身の救済のために戦うんだ」
秀介の脳裏に、幼い日の記憶が浮かんだ。
――轟々と燃え盛る炎。肌が焼ける痛み。自分に逃げろと必死に叫ぶ両親。ただただ怖くて何もできずに、泣きながら母親にすがりつく。一人の消防士が、泣いている自分の体を抱きかかえた。必死に両親に手を伸ばす。燃えた天井が落ちて、目の前で両親が――。
「聖剣が秀介を選んだ。それ以外に、秀介が勇者である理由は無い」
秀介は握った手に力を込めた。
「俺が生きてるのも、聖剣の力だってのか」
「そうだよ。聖剣がある限り、秀介が負けることは無い」
「……」
「魔王を倒せるのは、秀介だけだ」
「君はいったい、何なんだ?」
「秀介が知る必要は無い」
少年はそう言うと、光の中へ消えていった。
受験までの日数も少なくなり、周りの雰囲気も変わりつつあります。と言うか変わってます。小説を更新し続ける僕の方がおかしいのでしょうか、なんだか不安になってきます。これからも小説を書いて不安を拭いたいと思います。




