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遅くなりました。すいません。
ドワーフという種族の特徴を挙げるとすると、酒好きというのが一番最初に挙がるだろう。彼らは、ドラゴンをも眠らせるほどの恐ろしいアルコール度数をほこる酒を、一人で樽一つなら軽く飲み干せるほど酒に強い。ドワーフは酒好き、これは全世界周知の事実なのである。その他にも、ドワーフは鍛造や石工、美しい細工技術など、他の種族にはない高い技術力を持っている。かのザルダート帝国皇帝、アレクシス・ヴァルチェ・フォン・ザルダートが最も欲する技術力である。
そんなドワーフだが、基本的に外で見掛けるのは立派な鬚を蓄えた。小柄な男性だけなのだ。それはなにもドワーフが男しか居ないとか、女も男のような姿をしているということはない。ドワーフの女性というのは、一生家から出ないのである。地中に埋まっている岩を刳りぬいたような家の中で、ドワーフの女性は内職をしながら生涯をすごす。彼女たちが作ったアクセサリー類は人間の市場では高い値段で取引されるのだ。
秀介はまだ見ぬドワーフについて思いを巡らせた。ドワーフは前に友達とやったゲームの中で、友達が使っていた種族だった。
(たしかすごく力持ちなんだよな)
ドワーフは、身長が人間でいう十歳ほどの高さしかない。だが、ドワーフの男のほとんどが重い鉱石を運ぶのに十分な筋肉がついた者たちである。
「な、何なんだこれ……」
突然馬車が止まったかと思うと、レオナールの驚愕したような声が聞こえてきた。
「どうしたんですか、レオナールさん?」
「何事ですの?」
「ド、ドワーフの国が……」
急いで馬車を降りた秀介とエリザベスは、眼前に広がる光景に我が目を疑わずにはいられなかった。あちこちに、大小様々なクレーターのようなものがあり、そこから覗くのは破壊されたかつて住居だったであろう大岩。それらが高温で溶け、ガラス化している。鼻につく生臭い匂いは、血の匂いであろうか。
「ひ、ひどい」
思わず声を上げたのは秀介だった。秀介は目の前の、あまりにも残酷で凄惨な現状に、ただただショックを受け、自分の無力さを呪った。
(なにが勇者だよ、なにも守れてないじゃないか……)
エリザベスの兄であるフィリップ王太子は、ドワーフに対魔族用の武器の発注にあたり、交渉の人についていた。二人目の兄も行方不明となり、エリザベスは今にも泣きそうな顔になっていた。
「お兄様は、フィリップお兄様は御無事でしょうか?」
エリザベスが悲痛な面持ちで訪ねると、レオナールは居た堪れない気持ちになった。
「まだ何とも言えない……とりあえず、生き残った人たちがいないか探そう」
三人は手分けして人を探すことにした。
「何かあったらこの発煙弾を打ち上げてくれ」
レオナールがそう言って二人に渡したのは筒状の発煙弾だった。この煙弾を打ち上げると、空中で破裂し、赤色の煙の他にも音や閃光を発する。魔法の道具とかじゃないのかと、秀介は若干肩を落とした。
「じゃあ、一時間後にまたここに集合だ、解散!」
三人散り散りになり、秀介は心細くなりながらも、捜索に出かけた。地面の凸凹やクレーターに足を取られながら、町を見渡すが、やはり人のいる気配はしない。そこにあるのは無残な街の残骸のみだ。
地上には何もないと判断した秀介は、ドワーフの家の中に入ることにした。
「お、おじゃましまーす……」
固い岩石や、地中を掘り進めてできた家は、かなり深いところまで続いている。壁には淡く緑色に光る鉱石が置かれており、かえって不気味さを醸し出している。
案の定、その家には誰も居なかった。石でできたテーブルに、家族で食べようとしていただろう食事の跡があり、秀介の目には家族団欒の様が浮かんできた。その視界が涙で霞む。
と、その時である。いきなり凄まじい轟音が秀介の耳を貫くと同時に、天井が振ってきた。秀介は咄嗟に頭を庇い、うずくまった。重く堅い岩石でできた家の天井部分が、秀介に容赦なく振りそぐ。
「ぐふぁ……うっ……」
信じられないほどの衝撃に息が止まり、呻き声とも喘ぎ声ともつかない声を上げた。いくら頑丈な鎧を着ていても、圧倒的な瓦礫の物量には意味を成さない。
そこにこの場に似つかわしくない能天気な声が聞こえてきた。
「あれぇ? まだ人が居るじゃん、いっつも詰めが甘いんだから」
それは無邪気な子供の声だった。
「まだ息してるねぇ、格好からすると騎士かな? ねえ聞こえる?」
「き……君は?」
薄れ行く意識を必死に繋ぎとめ、声を絞り出した。
「うーん、こいつまだ戦えるかな、弱いと面白くないんだけど……」
少年は質問には答えず、何か思案しているように押し黙り、その場にしばらくの沈黙が下りた。
「まあいいや、どうせ人間なんて僕らと戦えるようなやつはほんの一摘みしかいないんだ。こんなひょろひょろのやつが僕と戦えるわけないや」
少年はそう言うと、興味を失ったようにその場を去ろうとした。
「まっ、助けて……」
少年の気配はどんどん遠ざかっていく。秀介の体には思い瓦礫が詰み上がり、肋骨が折れて肺に突き刺さっていた。息を吸おうにも空気が漏れて満足に息が吸えない。酸素が脳に回らなくなってきた。
(死ぬのか? こんな所で、俺……)
今までに無い、圧倒的かつ明確な、死の予感。今までの思い出が走馬灯のように駆け巡った。
「……父さん、母さん――
”秀介、いじめられるのは辛くて、悲しくて、悔しいだろうとお父さんも思う。でもね、だからこそ君は人に優しくすることができる。お父さんは、秀介に人の痛みを分かろうとする人間になってほしい。人の気持ちになるなんてことは、すごく難しいことだ。それでも、秀介は人の苦しみを分かろうとする努力を、忘れちゃいけない。『シンパシー』それが人間にとって大事なことだと、お父さんは思う”
”秀介、よくお聞き。男の子は強くなくちゃだめよ。強く逞しくなって、そしていつか、大切なものを見つけて、それを――”
――それを……守る!」
秀介はそこに一筋の淡い光を見た。両親の願いが籠められた、愛の光を――。




