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「困ったなぁ……」
秀介は一人、途方に暮れていた。周りを見れば見たこともない街に、見たこともない服――ここ数日で見慣れた服装ではあるが――を着た見たこともない人々。この世界での唯一の頼み綱であるエリザベスとも逸れてしまっていたた。言うなれば、迷子である。
エリザベスに強引に外へ連れ出された秀介は、しばらく三人で街を歩いていたのだが、商店に並ぶ珍しい物を見ているうちに、エリザベス達が見当たらなくなったという三歳児のような理由で迷子になってしまったのだ。
「あのぉ……」
「なんだい?」
「すみません、何でもないです……」
「邪魔しないでおくれよ」
基本的にシャイである秀介にとって、初対面の、ましてや西洋風の異世界人に人を尋ねるというのは、ハードルが高いものであった。
しばらくあてもなく辺りをキョロキョロしていると、突然野太い男の怒号が秀介の耳に入ってきた。
「どこ見て歩いとんじゃボケぇい!」
「どうしてくれんねんこの鎧あぁん! 今買うたサラッピンやぞコラァ!」
「おぉい! ウンとかスンとか言えへんのか!」
一人の少女が三人のガラの悪そうな男に絡まれているのが見えた。男の中の一人が身につけている鎧にソースのようなものが付いている。
「すま、ない」
少女の態度が気に食わなかったのか、男たちは額に青筋を浮かべた。
「なんやその態度は! 謝り方も知らんのか我ぇ!」
「まずは土下座やろ! 本当に悪ぅ思てんのか!」
「弁償しろや! こんな汚れた鎧使いとぉ無くなるわアホンダラァ!」
いつの間にか辺りには人だかりができていた。
「生憎、今は手持ちが……」
「んだら着てるもん置いていけや!」
「わしらにこんな事したんじゃ、おとしまえつけてもらうで!」
「待ってください!」
男たちが少女に迫ろうとしたとき、秀介は居てもたってもいられず、飛び出してしまっていた。
「なんや我ぇ! そいつの男か!? 」
「え、いや、違いますけど……」
「だったら出てくんなや、こちとら大事な話ししとんねん」
「すっ込んでろ!」
いつもの秀介ならば、萎縮してしまうところだが、今回は違った。
「鎧にソースを付けられたくらいで大の大人が女の子を怒鳴るなんて、大人げないですよ」
「あぁん! このワシを誰だと思とんねん、一流冒険者ギール様やぞ!」
周囲の人たちがざわつき始める。ギールと名乗るその男は、そこそこ名の知れた冒険者らしい。ギールと、その取り巻きは、人々の反応を見て、どうだと言わんばかりに誇らしげな笑みを浮かべた。……が、秀介はそんな冒険者など聞いたことがあるはずもなく。
「誰だか知りませんが、ソースを付けられたくらいで弁償はいきすぎです。ソースの汚れなんてふき取ればいいし、鎧なんてすぐに汚れるものでしょう」
ギール達は呆気にとられたようにポカンと口を開けた。
「こ、このワシを知らないだと……!」
「皆さん、ただ鎧にソースを付けられたくらいで、大の大人三人が、一人の女の子を怒鳴りつけて弁償させるなんて、酷いと思いませんか?」
秀介は周囲の人々に呼びかけた。
「そうだそうだ、その子の言う通りだ!」
「あんな女の子を怒鳴るなんて、大人げないわよ」
「ギールって奴も酷いことをするもんだ」
「冒険者もガラが悪いねぇ」
急に状況が四面楚歌になってしまったギール達は、バツの悪そうな表情を浮かべた。
「う、うるせー、そいつが悪いんやろ!」
「見せもんやないぞコラァ!」
「チッ、次から気ィつけや……!」
ギール達は捨て台詞を吐きながら去っていっった。
「大丈夫?」
秀介は女の子の方に向きなおり、声をかけた。年は秀介と同じか、少し下ぐらいだろう。鮮やかな銀髪をした少女だった。
「……大丈夫だ」
「そっか、良かった。君、名前は?」
「マリ……」
「マリちゃんっていうの?」
聞き取りづらかったが、秀介は間違ってないことを祈った。
「いや、マリア……」
「マリアちゃんか、いい名前だね!」
少し違っていたが誤差の範囲内だろうと、秀介は割り切った。
「……お前は?」
「ん、ああ、僕は秀介、乾秀介。乾が名字で、秀介が名前だよ。よろしく」
「ああ……よろしく」
「……あのさ、フワッとした金髪の綺麗な女の人と、背が高くてカッコイイ感じの男の人見なかった?」
「……? いや、見てないが」
我ながら説明が下手だと思いながら、秀介は困り果てた。エリザベスがいないんじゃホテルへの戻り方も分らない。
「どうした、その者たちと逸れたのか?」
「う、うん、そうなんだ」
「そうか、私と同じだな。私も連れと逸れてしまった。まったく、どこに行っているのやら……。まあ、そのうち戻ってくると思うがな」
秀介はは自分より年下であろう少女が精一杯背伸びをして大人びた口調で話すのが、どこか微笑ましく思えた。
「大丈夫? その人心配してるんじゃない?」
「え?」
その少女はキョトンとした表情を浮かべた。
「シュウスケ様!」
秀介はハッとして、辺りを見まわした。そして此方へ手を振りながら走ってくる金髪の美少女が目に映った。思わず安堵の息が漏れる。
「どこへ行ってらしたのです? 私心配で心配で……」
「ごめんなさい。レオナールさんは?」
「そうでした。レオナールにシュウスケ様が見つかったと伝えなければ……。とりあえず宿屋に戻りましょうか」
「うん、あ、待って。この子の連れの人を……って、マリアちゃん?」
先ほどまで確かにいた銀髪の少女は、跡形もなく消えていた。
「どうしました?」
「あ、いや、あれぇ?」
ヴィエゴのギルド区。様々な職種の斡旋業者が軒を連ねるこの区画の路地に、銀髪の少女は一人、ポツンと佇んでいた。
「こんなところに居られたのですか、マリアンへレス様……」
その少女に声をかける、燕尾服にマントをはおった若い男。
「このような場所で何をしておられたのですか?」
男にそう問いかけられ、銀髪の少女はしばし中空を見つめ、やっと口を開いた。
「面白い人間が居てな……」
困ったお方だ。と、男は呆れ半分で呟いた。
「そんなことでは困ります。あなたは新世界の王となるお方なのですから」
少女はニヤリと笑った。
「分っているよ、そんなに心配するな。――ネロよ」
翌日、秀介たちはドワーフの国に向けて出発した。数時間後、ヴィエゴが地獄と化すとも知らないで……。
もうすぐ定期テスト、ですがまったく勉強せずに小説を書いてる始末。こんな受験生ほかにいるでしょうか(笑)




