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罪な人魚の都落ち  作者: 闍梨
第四章
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優しさに包まれたなら、

 携帯電話はカウンターに置いたままになっていた。ジルの予感的中だ。あいつのドヤ顔が目に浮かぶようだった。しかし、あずみさんが居ない。はて、どうしたのだろうか。

 店のBGMは消えていて、妙な静けさがそこにはあった。


「…………」


 聴覚を最大限に集中させるため、俺は目を閉じた。何か、聞こえる。なんだろうか。

 俺は失礼を承知で、カウンターの内側に入り、大きなすだれを潜ってあずみさんのプライベートゾーンに乗り込んだ。楠宮に言ったら怒られてしまいそうだな。

 少し短い廊下を進み、靴を脱いで茶の間に上がる。テレビの中では、大御所の司会者が歌手と話をしていた。

 見当たらねーな。あずみさん。

 しかし、先程から聞こえる『音』は鳴り止まない。俺は溜息を一つ吐いて、『音』のする方へと歩く。

 『音』は洗面所から聞こえていた。木製の軽々しい扉を挟んだ先には、あずみさんがいる。どうして分かったか。そりゃ、これだけ大声上げて泣いていたら分かるってなもんだ。

 頭をぽりぽりと掻いてから、俺はドア越しの泣き声に語りかける。


「鍵も閉めずに、随分と無用心じゃないですか。あずみさん」


 鼻をすする音がした後、静かにあずみさんは言った。


「海……なのか? 帰ったんじゃ?」


「忘れ物を、ね」


「ああ、そうか。見つかったなら帰ってくれ。一人にしてくれよ」


 あずみさんの声は震えているようだった。当たり前だ、今の今まで泣いていたのだから。


「いや、それがまだなんですよね。見つかるまで……居てもいいですか?」


「ちゃんと探せよ。何処にあるんだよ? あたしも捜してやるから」


「いえ、いいですよ。多分、ここで……見つかりますから」


 そう言って、俺はドアに背中を預ける様に、腕組みをしてもたれかかった。


「なぁ、海……。あたしなーー」


「あずみさんってつええよな! 高校卒業して、一人で店やって、コーヒーの事について勉強したり、俺たちみたいなガキに優しくしてくれて、叱ってくれて、守ってくれて、助けてくれて、一緒に笑ってくれて……」


 俺は、あずみさんがあの時、みゃーちゃんの言葉に強がりを言っているのが分かった。だから、俺はあずみさんが涙を流す理由も分かるし、あずみさんがみゃーちゃんを責めないのには感心した。だけど、だけど……。


「だけど、伝えるべきだったよ。あずみさん。あなたが、みゃーちゃんの話を聞いてどう思ったか。一人で抱えて、一人で背負って、いくら強いあずみさんでも……それじゃあパンクしますよ」


「だけど……。みや姉を責めても、変わんないでしょ。姉さんはもう、この世に居ないんだよ。今更過ぎて、何も言えなかった」


 確かに。あそこで、泣いて怒って叫んでも、死人は蘇らない。だけど、だからこそ。


「だからこそ、あずみさんは言わなければならなかったんですよ。こうして一人で全てを受け入れるしか出来ない状況を作ったのは、あなたですから」


「…………」


「あずみさん。幸いに、かどうかは分かりませんが……。ここには僕がいるじゃないですか。泣きたいなら思い切り泣けばいいし、叫びたいなら叫べばいい。僕……俺は、あずみさんの事が大好きですから! 苦しみや、悲しみは分け合いましょう。そしてまた、一緒に笑いましょうよ」


「海……お前……」


 俺はいつの間にかドアにつけていた背を離し、ドアに向き合っていた。正直何を言ったか覚えてないほどに身体が熱かった。俺の頬に熱い物がつたう。

 ドアが開いて、目を赤く腫らしたあずみさんが出て来た。あずみさんはニカっと笑ながら、俺に応える。


「ガキンチョが、カッコつけんなよ。でも……」


 あずみさんは俺の身体を優しく包み、頭を撫でながら耳元でささやいた。


「ありがとな」


 成田美弥子なりたみやこという女教師のメモから解き明かしたこの謎は……。『美弥子落ち』なんて、あまりにも笑えないオチをつけた。

 しかし、今は、今だけは、あずみさんの胸の中で笑っていようと思う。忘れ物も見つかった事だし、な。

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