救世主
文化祭二日目。清々しい朝! しかし、携帯が見当たらない。もしやと思い、ベッドと壁の間に手を入れてみる。
「……ん。あった」
どうして携帯電話は俺の寝ている間にかくれんぼをしたがるのだろう。全く困ったやつだな。そういいながら、スマホのスタートボタンを押して起動って……あれ?
画面は未だ漆黒に包まれている。
まさか! 充電がない……だと?
全く困ったやつだなあ!
ひとまず、充電器にスマホを繋げ、充電を開始する。制服のまま寝てしまった俺は風呂に入っていない。そう言えば、お腹もペコペコな気がする。朝からやる事は沢山だ。
そう言えば、何か考えてこいとか言われていた様な気がするが、まあいいか。リビングのテーブルには置き手紙があった。ジルからだ。
『とりあえず、これを食べなさい。学校先に行ってるわ』
簡素というか質素というか……。ジルらしい綺麗な文字を見ながら、俺は用意された朝食が入っているであろう、白い皿にかけてあるキッチンペーパーをめくった。
「うわ……」
皿にはカロリーメイトが二本並べてあった。とりあえず、早めに学校に行こう。あそこにはフランクフルトもあるし。そう思いながら、俺はカロリーメイトをかじる。
チーズ味は苦手なのに……。
学校に着いたのは七時半だった。俺は模擬店に現見の後ろ姿を見たので、意気揚々と現見に近づき、声をかけた。
「早いな、現見」
「おはよう。銛矢君。昨日は眠れた?」
「お陰様でな。九時から爆睡だった」
俺がそう言うと、ラブリーでチャーミングな現見の目が光った。
「銛矢君、まさか……。何も考えて来てないんじゃあないの?」
「ままままままままさかああ!?」
「明らかな動揺だね」
「ぞーおさん、ぞーおさん、おーはなが……」
「明らかな童謡だね」
「わたしのーー」
「明らかな同様、で最後かな? 話を続けるよ。銛矢君」
「はい、ゴメンなさい」
流石現見。先回りしてくるとは……。俺の目に狂いはないようだ。今日も可愛い。
これから現見に怒られるという所で、運悪く楠宮が到着した。口惜しい、実に。
「看板の数増やしてきたぞーーい!」
楠宮の手には手持ち看板が、右に二つと左に二つの計四本握られていた。
「うわわ! 楠宮君それどうしたの? ーーええ!? 徹夜!? ありがとー。流石だよー」
「でもさ、結局四人でやるから、手持ち看板意味なくね?」
「…………」
「…………」
「…………?」
現見に怒られたのは言うまでも無かった。
四人揃った所で、模擬店に入り、俺たちは客寄せを始めた。時刻は八時半。お客の入りは悪い。活気が出るのは昼からだろう。俺は自分の為にフランクフルトを焼いて一本食べていた。財布から二百円取り出して現見に渡すと、五十円のキャッシュバックがあった。
なるほど、値下げ手段をもう使ってくるのか。いいと思うぞ現見。
今日日フランクフルトは百円で売られているという事実を、現見は知っているのかな。
徐々に人が増えてきたように思う。注文も頻繁に行われている。休みなしというのは、しょうかたないが目標の三百本まで、まだまだ道のりは遠く険しいものだった。
「はい、フランクフルト二本あがりっ! 次は三組の模擬店の連中に頼まれてるやつ持っていく! 四本? 六本焼いて全部買わせる! 戻る時に他の模擬店連中から注文とるから、看板と紐、紙とペン用意しといて! え? 背中にくくれる程度の紐なら、何でもいい! 海、次の箱頼む!」
こいつは、誰だ。
本当に楠宮御影か?
いきなりテキパキしすぎだ。いや、しかしこいつは友達多いからな。模擬店連中とは大体話せるらしい。昨日も色々声かけられていたっけ。
「二百到達したぞ。楠宮! あと百本売ればみんなに手伝ってもらえる」
ホットプレートに敷き詰められたフランクフルトは焼けるのに結構待つ。その為に今日はもう一つ、ホットプレートを用意しているのだ。因みに楠宮が背中に括り付けて持ってきたものである。
「おー! そだな! 海。もう昼時だし……。こっからが勝負かもな」
今は十一時半。そろそろ文化祭、我が藤峰祭が最高の盛り上がりを見せる時間帯である。
何故か。我が校では、二年生の女子が中心となって行う『ファッションショー』があるのだ。何の為にこんな事をするのか……。女と云うのは、存外目立ちたがり屋なのだろう。俺には全く理解できない。
「さて、と。焼きあがり~。ちょいと、フランクフルト持ってってくるから! 海、よろしくなっ!」
楠宮は背中に段ボール製の看板を括り付けて、フランクフルトを六本持ち颯爽と駆けていった。
「どーしたのかな? 楠宮君。いきなり、ヤル気出してきたね。昨日とは人が違うみたいだよ」
現見が身体をこちら側に向けて俺に投げかけた。左手で自分の髪をときながら、不思議そうな表情を見せた。俺はそんな現見の左手を見ながら現見に同意した。
「うん。それは俺も感じた。なんだか妙というか、なんというか……。明らかにピースが足りないパズルをやらされているみたいだ」
そんな俺の例えに対し、ジルがボソッと呟く。唇を尖らせながら、横目で俺を睨んでいる。
「何それ? ワケわかんない……」
そう言えばこいつ、文化祭ーー藤峰祭が始まってから殆ど喋っていない。こいつなりに今の状況を作り出した張本人としての責任を、感じているのだろう。
そんな事を思っていると、お客さんがきた様だ。そのお客さんは、聞き慣れた声で俺に話しかけてきた。
「よお! 海。元気に働いてんじゃねーか。感心感心」
「あ、あずみさん。こんにちは。来てくださったんですね」
「たりめーだ。今朝ジルちゃんと現見ちゃんがウチに来てな? どーしたらフランクフルトを売れるのかって、相談しに来たんだよ」
ああ、それで朝早くから居なかったんだな。……納得。
「さらに、御影からもメールあったぞ」
あいつ……。だから昼時のこの時間から、ヤル気出して必死に働いているというわけか。不純だなぁ、楠宮。
「しかし、お前のメールは何なんだ? 夜中に送って来やがって」
あずみさんは携帯を俺に向けて見せた。
宛先 海
件名
きなははさゆやに
「何ですか? コレ」
「さあ?」
ああ、寝ながら携帯電話を打ったからか。まあ、仕方ないだろう。というより、みんなあずみさんに頼ったってことか。
あずみさんは頼られ体質だからな。ついつい、頼んでしまうのもわからないでもない。
そうこうしていると、楠宮が三年一組の模擬店に戻って来た。
「あーずーーみーさぁ~~~ん」
両手を広げて走ってくる楠宮がそこにはいた。あずみさんは底の厚いブーツで、楠宮のおでこに左脚をピタッとくっつけている。楠宮は構わず抱きつこうとしているが、あずみさんは片足でバランスを取りながら腕組みをしている。なんて技だ。
「と、ところで、あずみさん。何か名案があって、来てくださったのですか?」
「んー名案というか、あれだ。フランクフルト食いに来た。友達も連れてきたぜ」
「へえ、それは嬉しいです。何本焼きましょうか? 二本ですか? さんぼ……」
「海――」
俺はあずみさんに話を遮られ、ぽかんとしていた。
あずみさんは片足で楠宮を抑えたまま言った。
「三百本頂戴」
俺たち四人の動きが止まる。
あずみさんは首を傾げ、噛んで含めるように分かりやすく言った。
「フランクフルト、三百本、焼いて頂戴よ」