エピローグ
それから、いくつかの季節が巡った。
国の名前は変わった。
正確には、「一つの国」ではなくなった。
境界線はまだある。
法律も、文化も、簡単には混ざらない。
それでも――
昼下がりの村外れでは、
そんなことを知らない子どもたちが走り回っている。
人族の子どもと、
小さな角を持つ魔族の子ども。
転べば、同じように泣き、
笑えば、同じように息を切らす。
誰も、それを特別だとは思っていない。
少し離れた木陰で、リュナはそれを眺めていた。
魔王の衣装はもう着ていない。
ただの、少し背の高い女性として、そこにいる。
隣には、アレン。
畑仕事を手伝った帰りなのか、
袖には土がついていた。
「……ちゃんと遊べてるな」
ぽつりと、アレンが言う。
「ええ」
リュナは微笑む。
「最初は、親の方が落ち着かなかったけど」
視線の先では、
人族の母親と魔族の父親が、少し距離を保ちながら立っている。
互いに会釈を交わす程度。
それでも、背を向けてはいない。
「時間が、必要なのね」
「時間なら……」
アレンは一瞬、言葉を探してから続けた。
「たくさん、ある」
リュナはその横顔を見る。
昔のように、依存してはいない。
昔のように、怯えてもいない。
それでも、隣にいる。
許した、という言葉では足りない。
許していない、という言葉でも違う。
ただ――
共に生きる、という選択を続けている。
子どもたちの中から、ひとりが転んだ。
泣き声が上がるより早く、
別の子が手を差し伸べる。
角のある子の手を、人族の子が取る。
それを見て、リュナは静かに息を吐いた。
「ねえ、アレン」
「ん?」
「世界は、ちゃんと変わったと思う?」
アレンはすぐには答えない。
子どもたちの笑い声を聞き、
風に揺れる草を見てから、ゆっくり言った。
「……完璧じゃない」
「ええ」
「でも」
少しだけ、口元が緩む。
「嘘だけでできた世界じゃ、なくなった」
リュナは、その言葉を胸に落とす。
それでいい、と。
遠くで、夕暮れの鐘が鳴る。
今日が終わる合図。
そして、また明日が来る合図。
特別な歴史書には載らない、
名もなき日々。
それでも確かに、
人と魔族が同じ時間を生きている。
リュナとアレンは並んで歩き出す。
帰る場所へ。
未来へ。
物語は、もう語られない。
けれど――
世界は、確かに続いていた。




