2.46
魔王城へと続く荒野は、静かだった。
戦場に近づくほど、普通は空気が重くなる。
けれど今は、不気味なほど澄んでいる。
エルナは足を止めた。
「……近い」
それは敵の気配ではない。
レイナが眉をひそめる。
「魔力?」
「ううん。違う」
エルナは小さく息を吸い、目を閉じた。
――焦げるような、まっすぐな衝動。
それは何度も隣で感じてきたもの。
「……アレン」
ミラが静かに顔を上げる。
「感じるの?」
「うん。思ってたより……近い」
三人の間に、ほんの少しだけ光が差す。
三章であの光に呑まれ、別の場所へ飛ばされたアレン。
生きていると信じてはいた。けれど、どこにいるのか分からなかった。
レイナが小さく笑う。
「なら大丈夫ね」
「うん」
エルナは強く頷いた。
「アレンなら絶対すぐ来る。だから――私たちは止まらない」
心配は消えない。
けれど、それに縛られる必要もない。
前に進む。
それが、あいつのやり方だから。
そのときだった。
空気が、変わった。
魔王城へ続く石橋の上。
二つの影が、いつの間にか立っていた。
ひとりは――リュナ。
長い黒髪を風に揺らし、相変わらず感情の読めない瞳で三人を見下ろしている。
そしてもうひとり。
深緑の長衣。
白銀の長髪。
静かな、しかし底知れぬ古さを纏う魔族。
レイナの瞳がわずかに揺れる。
「……あなた」
エルフの里。
石碑で会った魔族の姿。
男は穏やかに笑った。
「おぉ、あの時のエルフの小娘ではないか」
声は柔らかい。
だが、エルフであるレイナを小娘呼ばわりするほどに生きた魔族。
「魔族は基本、戦闘が大好きでな。寿命もないに等しいのに皮肉なことに、戦い続ければ短命になる種族じゃ」
ゆっくりと、杖を地に突く。
「しかし戦わずして生き残ってきたのが、この私、エルダンだ。」
その瞳が、どこか遠い時代を見る。
「エルフの大長老が生まれる前から生きておるよ」
ミラが息を呑む。
超長命。
生き証人。
「人は浅ましい」
穏やかな声音のまま、言葉だけが冷える。
「石碑にもあっただろう。自分に都合よく生きておる。あやつらの“神”は、元は我ら魔族だった。言葉も物も教えてやった」
エルナの拳がわずかに震える。
「最初は敬い、神と崇めておった。だが都合が悪くなると、解釈を変え、戦争を仕掛けてきよった」
風が強くなる。
「だから何度かは能力を発動した。全滅近くまで貶めたこともある」
静かな告白。
「神の天罰とやらが記録に残っておるのは、その時のことじゃ」
レイナの喉が乾く。
確かにエルフの記録にある。
呪いのようなものが一気に広がり何度か人間は危機に瀕している。
それがあの魔族の能力。
「エルフなどの長命種とは、よい関係を築けておったのだがな」
ふっと視線が三人に戻る。
「まあよい。いい機会だ。単体での戦闘は得意ではないが――」
「エルナ、あいつは私に任せて。
アレンが来るまでの間リュナをよろしく」
レイナはエルナとミラに宣言する。
エルナがレイナを見る。
レイナは静かに息を整え、弓を握った。
「……お願い、任せて」
ミラが小さく頷く。
リュナの視線が、エルナとミラに向く。
「あなたたちが相手?
別に二対一でも構わないわ」
エルナは剣を抜いた。
「望むところだ」
戦いの幕が、静かに上がる。
――そして。
石橋の上で、レイナはひとり、超長命の魔族エルダンと向き合った。




