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2.24

エルフの里を覆っていた結界の気配が、背後に遠ざかる。


空気が、少しだけ乾いた。


振り返っても、そこにあるのはただの森――

もう見送る視線も、感じられない。


「……元の旅に戻っていきましょう」


レイナが前を向いたまま呟く。


軽い声。


けれどどこか、確かめるようだった。


エルナは答えない。


ただ、一定の歩幅で歩き続ける。


胸の奥に、何かが残っている。


後悔か。責任か。

それとも――もっと別のものか。


言葉にしようとすると、形が崩れた。


村へ寄り、森へ入り、必要があれば魔族を倒す。


三人は、以前と同じ形の旅へ戻っていく。



森の匂いを吸い込んだ瞬間、

エルナの肩から、わずかに力が抜けた。


「……森の生活も、悪くはなかった」


ぽつりと漏れる。


隣でミラがゆっくりと伸びをする。


「分かるわ。お客様待遇で、いろいろ親切にしてもらったものね」


「でしょでしょ!」


間髪入れず、レイナが割り込む。


「ほぼ私のおかげだから。もっと感謝していいんだよ?」


「あなたは何もしてないでしょ」


ミラは即答した。


「エルフの方々には、ちゃんと感謝してるわよ」


「えー!? 私がお願いしたから優しかったのに!」


「はいはい、ありがと」


完全に流された。


「も~!!」


レイナが地団太を踏む。


その音が、落ち葉を軽く跳ねさせた。



会話は、自然に繋がっていく。


ぎこちなさは、ない。


けれど――


ほんの少しだけ、互いに距離を測っている。


壊さないように。


触れすぎないように。


それでも、一緒にいるための距離。


足元の落ち葉が、柔らかく鳴る。


(……落ち着く)


エルナは、わずかに視線を逸らした。


「ねえねえ!」


レイナが急に前に出る。


「エルナ、今さ、分かる?」


「……何が?」


「精霊! そこ、そこ!」


指差す先。


淡く揺れる光。


以前より、はっきり見える。


「……うん」


短く頷く。


「大長老様の力を取り込んでから、見えるものとか、感じ方が……」


一瞬、言葉が止まる。


「……変わった気がする」


「ほんと!? いいなぁ!」


レイナの声が弾む。


「同じ感覚分かる人いるの、ちょっと嬉しいんだけど!」


ミラが腕を組む。


少しだけ肩をすくめた。


「……分からないわね。私だけ置いていかれてる感じがするわ」


「大丈夫大丈夫!」


レイナが軽く手を振る。


「いいことばっかじゃないって、これ」


その一言に、ほんの少しだけ重みが混じる。


エルナは、何も言わなかった。



「……エルナ?」


ミラが名前を呼ぶ。


エルナは、はっとして顔を上げた。


「あ、ごめん。少し考え事」


「最近それ、多いわね」


責める声ではない。


ただ、静かに事実を置く。


「まあまあ!」


レイナが間に入る。


「いいじゃん。今はマイペースでいこ?ね?」


いつも通りの、軽さ。


わざとらしいくらいの明るさ。


エルナは、小さく頷いた。



しばらく歩く。


自然と足が動く。


枝を避ける。


段差を選ぶ。


考えるより先に、体が反応する。


「……ねえ」


レイナが後ろから声をかけた。


「何か今までと違くない?」


「え?」


「全然疲れてなくない!?」


振り返る。


確かに――息が乱れていない。


ミラも頷く。


「言われてみれば……歩きやすいわね」


エルナは、少しだけ考える。


「……なんとなく」


「それ絶対なんとなくじゃないって!」


即ツッコミ。


ミラが小さく笑う。


「いいじゃない。便利なら大歓迎よ」


「ねー!」


「……うん」


短く答える。


その瞬間。


胸の奥に、わずかに熱が灯った。



小さな沢で、休憩を取る。


ミラが靴を脱ぎ、そっと水に足を入れる。


「……冷たい。でも、悪くないわね」


「ねえねえ、それズルくない?」


レイナもすぐに真似する。


「うわ、冷たっ!でも気持ちいい!」


「無防備すぎない?」


エルナが呆れ気味に言う。


「大丈夫よ。ヒーラーいるもの」


「自分で言うんだ、それ」


小さな笑い。


水面が揺れる。


その向こうに――光。


精霊の気配。


前より、近い。


前より、はっきりしている。


(……怖くはない)


ただ、不思議だった。



「ねえ、エルナ」


ミラが優しく声をかける。


「今やってること、言葉にできるかしら?」


「旅に使えそうよ」


「それそれ!」


レイナが乗っかる。


「私もやりたい!先頭やりたい!」


「……いいよ」


自然に、言葉が出た。


その瞬間。


胸の奥が、少しだけ温かくなる。


――教える側。


一瞬、大長老の背中がよぎる。


まだ、重くはない。


けれど――


確かに、そこにある。



夕方の光が、森を染める。


ミラとレイナのやり取りを聞きながら、

エルナは少し後ろを歩く。


森は穏やかだった。


空気は、優しい。


ただ――


精霊の気配だけが、少し違う。


自分の中の何かが、

わずかに変わっている。


(……考えすぎない)


視線を前に戻す。


三人は、同じ道を歩いている。


その距離は、まだ変わっていない。


それだけで、十分だった。


――今は。

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