守る力を
時は少し遡る。
八月一日、尾道中央高校は夏休み休暇中であり、学校内にて生徒達の行き交う姿もクラブ活動に勤しむ姿も見られ無い。唯一の例外は『特別勉強会』の日として自主登校して来た二年二組の教室だけであり、教室内ではそれぞれのグループに分かれて生徒達の自習が既にスタートしている。
午前十時、来客用駐車場に一台の白い軽自動車が駐車した。
来客予定の教材や文具販売の営業マン、今日出勤している二年二組の奥田先生がその対応に当たる事になっている。
車から降りてきたのは半袖カッターシャツにネクタイを締めた姿の二人の男性。
上司と部下だろうか、後ろに続く一人は重そうな段ボール箱を抱えて歩いている。
第一校舎の正面玄関を入ってすぐ左の受付窓口、事務員の女性とSPの一人がその二人に応対する。スナガワ文具店の名刺を受け取り来客名簿に記載を促すと、事務員の女性は教職員室に詰める奥田先生に内線電話を入れようと窓口を離れた。
営業マンの一人が用事されたペンでは無く、自前のペンを取り出そうと鞄に手を入れそれを取り出した。
消音銃が応対中のSPの胸に二発発射される。続けざま、彼は窓口から事務所内部に銃口を突き出して発砲し、木崎正文警部等を狙った。
事務員女性を机の影に引き倒し、木崎正文自身も机の影に滑り込んでその銃撃を躱す。ショルダーホルスターから自動拳銃を抜き反撃しようと立ち上がったその瞬間、彼の視界は暗転してその場に倒れた。後頭部に激しい痛み、手に持つ銃が事務員の女に蹴り飛ばされて床に転がる。
廊下を駆けていく人の足音に続き、ヘリコプターの轟音が響いてきた。
* *
耳を塞ぎたくなる程の大きな音です。ヘリコプターというやつでしょうか、それが凄く低空で飛んでいる感じです。クラスの皆もあまりの騒音に耳を塞いだりしています。
高森由季子はこのクラス内の混乱の中、奥田先生のいる向かいの第一校舎二階の教職員室へと目をやった。教職員室前の廊下の窓から空を見上げる事務員の男性の姿。その方が突然崩れる様に倒れて姿を消し、白いカッターシャツを着た男性一人が教職員室の中へと飛び込んでいくのが見えた。
何だろう? そう考える間もなく廊下を走る複数の足音、二年二組の教室の扉を開けて誰かが入って来ようとするのを見て真っ先に反応したのは藤村君。
彼はその男にいきなり椅子を投げつけると怯んだ男を追い出しすぐに教室のドアを閉めて施錠し、声を上げました。
「おい、何かヤバい。後ろのドアも閉めろ」
藤村君がそう叫びましたが遅かった。後ろの扉から男が一人教室に入って来て、更に二人の男が廊下側の窓を開けて銃みたいな物? を構えて皆の方に向けました。三人とも鼠色の縞の入った軍服の様な服を着ています。
先程椅子をぶつけられた男が藤村君を見つけて彼を殴り飛ばそうとしました。藤村官はそれを少林寺拳法の『内受け』で受け流し、逆に男の顔面に一撃。顔を真っ赤にした男が何発もの前蹴りで藤村君に反撃し、彼はそれを受けきれずに二発三発とお腹に食らって教壇を破壊しながら教室の前に倒れ込みました。動かない彼、気を失ってしまってしまっている様です。
何が起こっているのか分からず呆然とするクラスメイト達。
いきなり一人の男が天井に向けて銃みたいな物を乱射、その恐怖でクラス全員が窓側の壁にどっと逃げ一塊になります。
男達は男子生徒四人に教室内の机や椅子を外に運び出すように命じました。
何の為か最初は分かりませんでしたが、校舎南側の階段の方からそれらを投げ落としている大きな音が聞こえたので、机や椅子で階段を塞ごうとしているのかもしれません。
机と椅子の無くなった教室の端っこに生徒達を集めて座らせ男達が言います。
「高森由季子、前に出ろ」
やっぱり私か、そんな気はしていました。皆の視線が私に集まります。そのどれもが「なぜ?」って表情です。
一人で立ち上がりました。私今、凄くムカついています。
何で学校まで来てこんな事をするのですか? 皆に怖い思いを、痛い思いをさせるのですか? 私だけが目当てなら、他にいくらでも場所はあるじゃない。
何かそんな感情が沸々とわき上がってくるのです。
「高森さん。危ないから、馬鹿は止めて」
両拳を握りしめて明らかな戦闘態勢を取った私に元宗さんがそう声を上げます。でも無理。これは私のせいで起った事だから、私が皆を守らないと。
* *
頭部の激痛で揺れる視界、それでも木崎正文警部は何とか意識を繋ぎ止めた。足で蹴られて床に仰向けにされた。自分を見下ろし俺から奪った銃を構えた事務員の女がウケケケとおよそ人間が発するのとは別な声で笑った。
突如ストロボライトのフラッシュの様に室内が輝き、木崎正文は一瞬その眩しさに目を瞑った。再び目を開けると事務員の女の頭に横から銃を突きつけている一橋警部の姿があった。
迷わず発射される銃弾。頭を撃ち抜かれた事務員の女がドロリと崩れ人間の形を成さなくなって床に溢れた。
「木崎警部、大丈夫ですか」
真っ白のブラとパンツのだけの下着姿の一橋警部から声を掛けられ、目のやり場に困ったが何とか体勢を立て直した。
事務室内での銃声を聞き、正面玄関の見張りに立っていた男が室内に入ってくる。
「エージェント、始末したか? すぐに…」
言いかけた彼が室内の状況の変化に気付いて一橋警部に銃口を向ける。一橋警部の反応が遅い、彼女は肩を被弾して床に倒れ、同時に動いていた木崎警部は落ちている自身の自動拳銃を手に取ると、床を横滑りするように飛び込みながら男が倒れるまでその全弾を彼に撃ち込んだのだった。
「一橋警部!」
木崎正文は空になった弾倉を交換しながらそう彼女に呼びかける。
なぜ今、そんな姿なのかとか色々彼女に聞きたいことはあるが、そんなのは全部後回しだ。
「私は大丈夫です。すぐに応援が来ます。早く高森由季子の所へ行って下さい」
「わかった」
事務員服の上着を彼女に投げ渡し、木崎正文は事務室を飛び出す。一橋警部の言葉通り、パトカーのサイレンの音が近づいてくる。水原達が到着したのに違いない。
すぐ上の二階職員室の方から機関銃の連続発砲音が聞こえる。まずはこの第一校舎二階、教職員室の前の廊下には倒されたSPが横たわっている。
廊下の窓から向かいの校舎の二年二組の教室を覗き見た。すでに教室も武装グループに占拠されている。
ゆっくりと職員室の扉を開けて外の水原達の車に向けて機関銃を乱射している男を射殺した。椅子に縛られ口にガムテープを貼られた奥田先生の助けを求める目を無視して廊下に出た。
高森由季子はこの俺が絶対に守る。
「木崎警部」
自分の名を呼ぶ水原巡査部長の声が聞こえた。
「タツ子、こっちだ」
第一校舎二階の階段で彼女達と落ち合った。第二校舎一階南側を目指して四人の警戒員が、そして北側一階を二人が、二階渡り廊下を渡り水原と二人の警戒員が二年二組を目指すという。
すぐに二階渡り廊下でそこを守備する武装兵との銃撃戦になった。
「二人、三階へ回り三階の渡り廊下を抜けろ」
木崎正文はそう警戒員に指示した。だが、三階の渡り廊下でも銃撃戦が始まる。こっちはダメか。
「タツ子、ここは任せる」
「木崎警部は?」
「俺は一階南側の連中と合流して二組を目指す。無理はしなくていい。連中をここに釘付けにしといてくれ」
「了解っす」
木崎正文は第一校舎二階廊下を腰を屈めてすり抜け、一階へと下りる。第一校舎の階段下で足止めを受けている警戒員四人と合流した。
「何だこりゃ一体」
第二校舎の二階へ続く階段は、大量の机や椅子で堰き止められて侵入不能となっていた。
どうする? 木崎正文は状況を短く整理する。
正面玄関から来た二名は射殺、事務員に化けた最後の『ぬっぺらぼう』は処分した。学校のグラウンドに着陸した民間のヘリコプターは六人乗りらしい、だから最低でもまだそれだけの数の敵はいる。
学校裏、グラウンドを見下ろせるミカン畑の監視員二人からの通信はそれ以降途絶、ヘリのパイロットを除いても校舎内にいる武装グループは五人から六人。
確認済みなのは、覗き見た二年二組の教室内に二人、二階渡り廊下とグラウンドまで続く三階渡り廊下に各一人、あと一人か二人はどこだ?
そう考えを巡らせ最適な侵入ルートを彼は検索する。
* *
私の突きも蹴りも、この男に全く効きません。逆に蹴られて私の方が床に転がります。とても苦しいです。
「お前馬鹿か、この銃が見えないのか」
「そんな玩具みたいな筒見せられたって怖くない」
鉄砲って、片手で持ってバンッてするやつでしょ。そんな大きくて玩具みたいな形のなんて見た事も無いし知らないです。
もう一度立ち上がろうとする私に男が膝蹴り、息が止まりました。四つん這いになって苦しむ私の手に激痛が、男が腰から抜いた鉄砲、私の知っている小さな鉄砲で私の手を撃ったんです。
教室内にクラスメイト達の悲鳴が、撃たれて穴が空いた手を押えて蹲りました。
超痛い、涙が出ています。でももっと大変な事が、学校が夏休み中で薬を飲んでいなかったので手からは青色の血が流れているのです。
皆に見られたく無い、知られたくない。すぐに撃たれた手をもう一つの手で隠して傷口を口で咥えました。徐々に傷の痛みは引いていきます。
「もう止めて」
誰かが私と男の間に入って両手を広げて立ち塞がります。セーラー服の後ろ姿の三人。
元宗さん、大福さん、相見さんの三人。大川さんが男の両足に飛びついているのも見える。
「早くしろ、時間が無い」
教室のドアの向こうから別な男が叫びます。
「富樫隊長、こいつら殺してもいいですか?」
「ダメだ。我々の大義を忘れるな。ガキ共は殺すなと秋山さん達からも命令を受けている」
隊長らしき男の声に「くそっ」て舌打ちしてその男は彼女達を殴ったり蹴ったり引っ張ったりして無理矢理生徒達の固まりの中へと放り込みます。酷いことをしないで。
私に注意を向けないと、立ち上がりました。
そういえば、警察のパトカーのサイレンに他でも銃声の様な音も聞こえています。もう少し私が頑張れば皆、助かるかも。
穴の空いた手の傷は塞がり、鉄の塊が床にコロンと落ちました。それを見て男の表情が変わります。私の表情だってきっと凄い顔、彼女達の顔をグーで殴ったこの男に怒り心頭です。
両拳を握りしめ、少林寺拳法左中段構えに構えます。
「まだやるのか?」やれやれって表情で男の方も拳を構えました。
男の頭を狙った私の右上段蹴り、それに合わせるように横から学生ズボンの蹴りが飛びます。意識を取り戻した藤村君が放った左上段蹴りを受け止めきれず、男の後頭部にそれがヒット。ぐらつく男に膝を高く上げて押し込むように放つ前蹴りを二人同時に腹に食らわせて後退させ、そして気合いを入れた足刀蹴りを二人同時に放って男を吹き飛ばします。
男はそのまま廊下側の窓ガラスを突き破って廊下に消えました。思わず私と藤村君とでタッチを交わしました。
その男と入れ替わるように隊長らしき人が険しい表情で教室の中へ、二人で突きを繰り出すも前蹴りで私は潰され、藤村君は顎に掌底で一撃、次いで回し蹴りを食らって宙を回転して床を舐めます。
この隊長って人激強いです。レベルが違うって感じがします。
「もう止めろよ。お前達」
そう言ってクラスメイト達の中から一人で立ち上がったのはなんとあの黒瀬君でした。
「おい、黒瀬」
誰かがかけた声に黒瀬君は殆ど半泣きの表情で叫ぶように言います。
「超怖いよ。なんて馬鹿な事してるんだって思うよ」
あのガリ勉黒瀬が、なんて女子の声も聞こえます。
「ガリ勉だから勉強したんだよ。それで知ったんだ。
先の戦争で日本は負けた。でもこんな小さな島国一つに勝つ為に世界の大国が手を組み原爆という兵器を二発も落とさなきゃならなかった。彼等は恐れたんだよ。日本人そのものが怖かったんだ。
それでも日本人は諦めない。原爆が二発落ちたなら十発二十発とこれからも落とされる。どうせ皆殺しにされるなら戦い抜かなきゃダメだってね。世界中で戦う日本軍が二百五十万人、でもその時兵役志願所に詰めかけた日本人は三百万人を超えたんだ。戦争に反対していた人達までもがこぞって駆けつけた。皆が戦いを諦めず、銃を持って立ち向かおうとしたんだ。
日本を守っているのが自衛隊? 日米安保? 憲法九条だって? 嘘つくなよ。この日本って国は日本人達の「守りたい」っていう心によって、鉄の意志によって守られているんだ。
それが日本人。チビで非力な僕みたいな奴でも、大切な人を守る為にはどんなに怖くても、恐ろしくても立ち向かう。相手がどんなに大きく力のある奴だって決して逃げたりしないんだ。
だから今、僕はここに立ってる。どうだこの野郎共、かかってこい」
この黒瀬君の涙と鼻水混じりの大演説にあの隊長って人の顔が少し緩み笑った様にも見えました。
「富樫マスターサージェント、まだデスカ?」
入って来たのは金髪の西洋人? 彼の問いに何も答えない隊長さんを金髪の男は拳で殴りつけました。
「YOU達は生温いデス。私が来ていて正解デシタネ」
さっき廊下に蹴り飛ばした男が大きな銃を腰に構えて教室に、横のレバーを引きました。
「何人か殺シナサイ。それで黙るデショウ」
撃ってはダメ。私はその男の銃目がけて飛びつきました。離せと振りほどこうとする力に抗いました。絶対に離すもんか。
凄い音と反動で手が銃から無理矢理引き離されていきます。私の体は宙に浮き、体中にバチバチと衝撃が走ります。私の体は黒板まで吹き飛んだみたい。その場に崩れ落ちる私の体。
「撃つな」の隊長の制止の声。
何が、私一杯撃たれているみたいです。悲鳴が教室中に響き、それでクラスメイト達の抵抗も病みました。
「これ以上の犠牲は出したくない。警告したぞ」
隊長って人がそう皆に言います。私の方はもう声も出せない感じで、細く息をするのが精一杯、痛いとかももう分かりません。感覚というのが無いみたいです。
「衛生隊員、彼女の手当を」
「富樫マスターサージェント。ノープロブレム、不要デス」
金髪の西洋人の男が倒れた私の横に腰を下ろして箱から何かを取り出すのをただ目で追いかけるだけ。
「この化物め、ようやく大人しくなりやがった」
銃を撃った男が私の顔を覗き込みながらそう言いました。男の言葉に続いてクラスメイト達のざわつく声。
「青色? 高森さんの血の色が」
そんな声が聞こえてきます。私は化物なんかじゃない。お願い、見ないで。
バレちゃった。皆が私を嫌いになるのかなって思うと涙が。
金髪の西洋人の男が私の腕に何かを刺してる。私の血を抜いてる? 私のこの青い血が目的だったの? そんなものの為にこんな酷い事をしているの?
許さない。全部お前達のせいだ。西洋人の男の左腕を掴みました。
絶対に許さない。残ったありったけの力を込めて彼の腕を掴みました。
高森由季子に掴まれたリチャード大尉の左腕がパリパリと凍りつき、大尉の顔が一瞬歪む。彼は高森由季子の腕を払いのけて立ち上がり、腰のリボルバー拳銃を抜き放つとその額に一発銃弾を撃ち込んだ。
それで高森由季子はピクリとも動かなくなった。
静まり返る二年二組の教室内、その光景に意識を失う女生徒達も多数。
水色の液体の入った容器を箱に詰めるとリチャード大尉はそのまま教室から出て行く。撤収の命令を下した富樫一曹は去り際に生徒達に向けて一言だけ言い残した。
「お前達の中に隠れ潜んでいた『化物』の一匹はこれで死んだ。感謝してもらいたいぐらいだ」
富樫一曹はヘリコプターが待機しているグラウンドへ向け退避しながら携帯電話で秋山義之に作戦の成功を伝える。しかし受信した携帯電話の向こうからの反応は無い。
「富樫一曹?」
「残念だが、秋山さん達の方は全滅したようだ」
* *
第二校舎一階の封鎖された南側からの侵入を諦め、木崎警部は北の階段を目指し、二階の階段と渡り廊下の両方を一人で守っている兵士と交戦し、それを何とか倒す事に成功する。そのまま水原龍子と合流、二階廊下を走って二年二組を目指した。
開け放たれたドアに壊れた教室の窓。銃を構えて教室内に突入するも中にいたのは二年二組の生徒達だけで武装グループは既に姿を消していた。
生徒達が南側三階の階段を指差し、彼等の逃走経路を伝えてくれた。
「木崎警部、高森由季子が…」
教室の前の黒板には自動小銃を連射した様な弾痕が幾つか、そして真っ青な血の海の中で倒れている女子高校生が一人、水原龍子がそこに駆け寄った。
「タツ子、そっちは任せる。俺は奴らを追う」
廊下の窓からグラウンド側を見ると、奴らは三階を通り、体育館とグラウンドへと続くもう一つの三階渡り廊下を使って既に撤収している最中だった。
すぐに後を追った。
グラウンドに出た彼の目には海の方角へと飛び去って行くヘリコプターの姿、木崎正文警部は叫びながらその機体に向け自動拳銃を何発も発砲した。




