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真夏の雪  作者: つむぎ舞
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決意の時

 尾道中央高校を騒がした私の悪い風評は、あの栗本さんの告白事件により吹き飛び一気に沈静へと向かいました。でも、それに変わってちょっと別なブームが学校内で起きているんです。

 栗本さんに刺激された我が校の男子達の間では、大勢の聴衆の面前で意中の女子に告白してみせるという『告白ブーム』が、そして女子はそれを格好良く振ってみせるという『ごめんなさいブーム?』なるものが流行り、SNS投稿等でも男子達が玉砕していく風景がバズっている様なのです。

 これ、拡散して日本中にでも広まったら、栗本さんと私がその初代って事になるのでしょうか?


 同級生達の間ではあの栗本さんの行動は好意的に受け止められ、彼の知らないところで密かなファンが生まれているようです。彼が選んだという高森由季子ってどんな奴? なんて私を覗き見して「あんなのがいいの?」なんて言われてしまいました。

「あんなの」呼ばわりはちょっとショックでしたが、かといってそんなに自分に自信があるわけでも無く、そこは少し我慢って感じでした。


 浮ついた空気は期末試験が終わってすぐという事もあったのか、一週間も過ぎればそのブームも終わりを告げ、皆スイッチが切り替わったような日常に戻ります。

 私の通うこの尾道中央高校がそれなりの進学校と呼ばれる理由を実感したのもこの時でした。

 期末試験の答案用紙が採点されて手元に戻って来ると、教室内は阿鼻叫喚の地獄絵図。私はまた英語のテストで『アゲイン』確定の様です。

 この一学期の中間テストと期末テストの結果を参考に二学期には保護者を交えた進路相談も始まるそうで、私の進学についての現状報告が行われる様です。ちょっとヤバいですね。


 お昼組の三人や藤村君達にはまだ内緒にしていますが、私は防衛大学校への進学を目指しており、担任の奥田先生曰く「学部によって差はあるが、偏差値七十ぐらいをキープできれば行けるだろう」との事でした。もう少し頑張らないと。

 自衛官は私向きでは無いと思っているのですが、二十歳を過ぎる頃には私も『雪女』となり『人外』社会に対してそれなりの責任を果たさねばならない立場になる様です。つまりはお婆ちゃんの跡継ぎという事ですね。でも正直今はまだよく分かっていません。

 ちなみに京都の一橋姫子ひとつばしひめこちゃんはお母さんと同じ警察官の道を進むそうで、進路は警察官を多く輩出している上位三つぐらいの大学合格を目指して頑張っていくみたいです。


 答案用紙が全員に返されると、授業でその答え合わせが行われていきます。全ての科目でそれが行われるわけでは無く、先生によってはテスト答案を返すと普通の授業を進める先生もいるのです。

 これがきっとゆま先生の言っていた『余裕の無い姿』って奴なんですね。だからそんな場合は、クラスの人達と集まってその問題を正解している人に聞いて回ってたりしています。

 黒瀬君と池田さんの二人はそんな素振りもなくって思っていたら、池田さんが隣の席の藤村君に質問しているようです。

 藤村君も自分のノートを取り出し彼女に何やら力説、池田さんが「しまったあ」なんて頭を抱えていました。もしかして藤村君って結構出来る人? 今更ながらに尊敬です。


 実は今日はお昼組の三人も私もお弁当は持って来ていないのです。

 なぜかというと今日は『槇ヶ峰会館』という別棟一階にある学生食堂を利用してみようというお話になったからです。

 いつもは横目に通り過ぎるだけの建物なので、ここにお昼に来たのは初めてですが結構な数の生徒達が利用しています。

 沢山並んだ白い長机に白い椅子。学生食堂の壁には生徒達の作品かな? 書画などが展示されています。外のお洒落なベンチ席で食事を摂っている生徒もいますね。

 パンの販売も行われていますが、今日はそれを無視して食堂メニューに挑みます。メニューはラーメン、カレーにうどんといったオーソドックスなもので全部で五品と少ないですが、ジュースと併せて購入してもお財布に優しい価格になっているのが魅力。

 迷わず私達四人は人気のラーメンを注文です。

 食事を始めるとすぐに相見さんが「いつ藤村誘うの?」って突然の話題を振ってきます。


「あのね。私、家族で花火は見に行くことになって高森さん達と行けそうにないんだ。本当にごめんね」

「それは仕方ないですよ」

「だからね、もうさ。今日の部活動の時に皆で藤村誘っちゃえばいいんだよ」

「ちっちっち、大福殿分かってないな。高森さんにとってそれはただ遊びに行こうってお話ではないんだよ」


 そうです。これは私にとって遊びに行こうってお誘いではなく、私の藤村君への『告白』をしようと決めた日なんです。まずはそれありきで、花火はその後の親密度アップのためのお誘い。

 だからこれは一人で勇気を出して挑まなくちゃいけない私にとっての人生の一大イベント。


「来週の火曜日か、木曜日にあの場所でってもう決めてるんです」

「そっか、ついに決断したんだ」


 そう三人に宣言はしたものの、つい恥ずかしくなってラーメンを口いっぱいに頬張りながら頷きました。かなり動揺していた様で、鶏ガラと煮干しのラーメンスープのはずなのに味が全然しなかった。


 クラブ活動中はすぐ側にいる藤村君を意識しないように作業に集中、そして家に帰ってからも部屋に籠もって学校で終わらせた今日の復習部分の確認と明日の予習、『大学入学共通テスト』向けに買った問題集も少しづつ進めていきます。

 そういえば最近、妹と遊んであげていないな。

 妹の有喜乃ゆきのが近所の中学生の女の子と仲良くなってその家に入り浸りなせいもあるんだけど、私も期末試験とかあの風評被害騒動とか色々あってちょっと気持ち的に余裕が無かったのも事実。

 それでも私が勉強で自室に籠もって見る事が出来ないテレビ番組とかをチェックして録画してくれてたりするんですよ。

 妹よ、あなたは本当に姉想いの良い子です。お姉さんは感謝していますよ。


 ああ、もう夜もこんな時間ですか。

 ちょっと眠気覚ましに夜風に当たろうとパジャマ姿のままで庭に出てみました。

 真っ暗な闇夜の中、空の星がよく見えます。

 視線を遠くのバス停付近へ、信号近くの街灯の明かりが二つだけ。その少し奥、藤村邸の二階の窓の明かりはまだ点いています。

 藤村君も頑張っているみたいですね。

 私が転校したての頃、勉強出来るのにわざと「わかりません」なんてやってた彼の姿も今では懐かしい思い出に。

 大きく背筋を伸ばして腕を回しました。「よしっ」て気合いを入れてもうひと頑張りです。


          *          *


 何時何時になったらやろうって決めた時の時間の流れはとても速いのです。その日と決めた『火曜日』はすぐにやって来て、この日は私もクラブ活動を早々に切り上げて帰宅。

 普段着姿にちょっとだけお洒落を加えた感じにしようと何着かの候補を用意して、藤村君に「いつもと違うな」っていうのを悟らせない服をチョイス。

 自然に話しかけて自然に隣にいるって感じになるのが自分的にはいいかなって考えています。そして大事なのは『あの人』の自転車が歩道橋の下を通る前にそれは成し遂げねばなりません。

 ズルいって言われるかもしれません。でも今の私に他の道は残されてはいないのです。そうするしか無いのです。


「よしっ」と気合いを入れて部屋を出て、坂道を一人下っていきます。 

 民家の間を抜ける時の飼い犬の吠え声も国道を走る大きな車の音も、私の高鳴る鼓動に比べれば静かなもの。今、背中を叩かれたりしたら息が止まって私は死んでしまうかもしれません。

 勢いよく家を出た歩みも、今は少し小さくなってたどたどしいです。もうあと数十歩進めば大池に到着。百メートルも無い先の歩道橋の上には藤村君の姿が小さく見えるはずです。

 立ち止まって何度か深呼吸、でも私は不安に襲われてそれ以上先へと進むことが出来なくなり、その場から早足で引き返してしまいました。


 当然、翌日の水曜日にはお昼組の三人からの質問攻め。私は机にべったりとへばり付いて彼女達に失敗を告げてブルーに。

 私はこんなにもやもやしているのに、当の藤村君は周囲の人達と冗談を交わして楽しそうに笑って、何なのこれは…。

「そのムッとした気持ちのまま今度は突っ込め」と元宗さんは私の背中を叩きます。それで少しは勇気が出て来ました。

 確かにその時は勇気が沸きましたが、そんなの長く維持できるはずがありません。水曜日の放課後のクラブ活動で顔を合わせる藤村君の顔がもうまともに見れないんです。

 ずっと下を向いて作業していた様に思います。


 そしてすぐに翌日の木曜日は来てしまうのです。

 あと数日後の七月二十三日で学校は夏休みに入ります。そして『住吉花火祭り』は年七月の二十八日です。藤村君が夏休み前にこの歩道橋に現われるのはおそらく今日の木曜日が最後になるので、私にはもう本当に後がなくなってしまいました。

 だから今日こそ決戦の日なのです。

 火曜日の失敗は繰り返さないと誓いました。もう偶然を装うとか、自然に出会うとか、そんなの全部ぶち壊しでいいんです。私は形振り構わず無心で家から駆けだし、そして一気に大池横を突き進んで歩道橋の上まで駆け上ったのです。

 さすがに息が切れて、高欄にしがみつきながらそこに立っている藤村君に肩で息をするという情けない姿を晒してしまいました。


「おう高森さん。どうした? そんなに急いで」 

 ちょっと落ち着いて息を整えないと、さすがに『告白』どころじゃないです。

 そしてつい勢いで来てしまったけれど、さすがに藤村君を目の前にすると恥ずかしすぎる。

 でも私は立ち上がって藤村君の前にゆっくりと歩み寄ります。

 精一杯の勇気を絞り出して、その言葉を声に出します。


「藤村君。あの、あのね。私…」

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