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真夏の雪  作者: つむぎ舞
32/47

踏み入りし者

 取材に動き出してからは宿泊する宿は数日おきに変えていた。

 勘の様なものだが、今回の一件は何か相当にやばい臭いがするからだ。あの高森邸の住人達には何か秘密がある様なのだが、未だそれが見えてこない。

 警察官の父、普段は家から全く出てこない専業主婦の母親、そして高校生の長女に小学生の次女の四人家族をしばらく遠目に追ってはみたが、長女と次女の学校への登下校時には警察の警備らしき人員が張り付いているのが分かった。そしてその警備が最も多いのが女子高校生の高森由季子。

 その高森由季子だが、色々と周囲の生徒達を煽り情報を集めてみたが何も出てこない。集めた情報から自分の流した悪い噂を差っ引いてみると、普通の女子高校生にしかならない。

 だからこそ余計に不自然なのだ。

 警察関係絡みの噂話では、中嶋一家の死亡事件は『ストーカー殺人事件』という形である程度知れ渡っており、被害者側の意向で報道は差し止められているという事に表向きはなっている様だった。

 ストーカーから守る為に自衛隊や普通では無い数の覆面警官が配置される? あり得ないだろう。つまり何者かが高森由季子を何らかの理由で狙っており、それを総理大臣警護よりも大仰な警備体制で防ごうとしているのだから。

 死亡したとされている中嶋一家についてもおかしな点がある。彼等の遺体がどの病院にも搬送されずに消え去ってしまっているのだ。だから検死に回された形跡すらも無いし、かといって火葬場の記録にも中嶋一家の名は一人として載っていない。

 これまでの取材メモを閉じて根津浩介ねづこうすけは明日からの取材準備の為に取り揃えたキャンプ用品に目をやる。しばらくは野宿も視野に入れて自衛隊の方に探りをいれてみる腹づもりだった。


 今日の宿は尾道市の商店街を抜けた先にある久保と呼ばれる地域にある古い佇まいの『鶴乃屋』という名の旅館。すぐ裏手にはタクシー会社があり移動にも便利だ。

 根津浩介は自室にて購入してきた缶ビールの蓋を開け、一気に喉の奥まで流し込んだ。酒と一緒近くのコンビニで買ってきた肴の袋も開けてそれを口に含む。

 今日一日の働きに対する自分なりのご褒美、明日への活力ってやつだ。まさに快感、至福のひと時。

 小綺麗な和室、二時間百円と書かれたレトロな古い旅館テレビ、そんな情緒ある雰囲気を楽しみながら、彼はテレビに硬貨をを投入し流れる地元のニュース番組に目を向けた。


          *          *


 尾道ホテル内、外事六係の一橋班の詰める第二会議室。

 忙しく切り替わる複数のモニターを一人監視する一橋姫美子ひとつばしひみこ警部の視線が静かに動く。その画面に映し出されているのは浴衣姿でビールを飲む根津浩介の姿だった。

「入手した顔写真と一致、対象を確認したわ。橋元はしもと君は根津の現在位置を特定して。長壁おさかべ君は高森さんに連絡して現地へ向かわせて頂戴。さとり君は待機中の木崎警部達をここに呼んで」


 動き出す三人の婦警、すぐに第二会議室に木崎正文警部と水原龍子巡査部長が姿を現した。

「これってどうなってんすか一橋警部?」


「私は電波を介して様々な場所を逆方向から覗けるの。相手の使用している機械性能が古ければ古いほど鮮明にそれは映るのよ。だからスマホのカメラ機能とかは少し苦手ではあるのだけれど。テレビモニターであればまず確実にそれを視聴する対象を見る事が出来るの」


 画面の一つを覗き込みながら問う水原龍子に一橋警部はそう答える。

「じゃあ、今映っているこいつが根津って奴なのか」

「高森さんには直接現地へ向かうように伝えています。橋元君、場所の特定は?」


「終わっています。宿の間取り、浴衣の柄、そして何より彼の見ているテレビの年代。おそらく久保町の『鶴乃屋』旅館の確率が高いです」


「警部、高森雪緒は何しに向かってるんだ?」

「高森さんは根津と直接お話がしたいそうですよ」

「あいつ、何考えてんだ。おいタツ子、俺達も現地に向かうぞ」

「そうですか。木崎警部、高森さんは覚巡査の同行を希望していますので、それなら彼女と共に行って下さい」


 敬礼する覚巡査、「車をすぐに回します」と一足早く室内を飛びだして行く。


「木崎警部、私も現場に向かいます。現地で合流しましょう」

 頷き第二会議室から退出しようとする木崎正文、彼の背に続く水原龍子が「あっ」と声を上げた。

「どうしたタツ子?」

 振り返り視界に入ったのは制服を脱ぎ下着姿になりかけの一橋警部のあられもない姿だった。彼女が自分の視線に気付いて慌てて胸元を脱いだ制服で隠す。その脇にはなぜか白絹の着物と黒髪長髪のウィッグまでが用意されている。


「すまん」

 そう一言だけ告げて木崎警部は慌ててその場を飛び出した。

「木崎警部、なんであの人服脱いでるんすかね?」

「そんなの俺が知るかよ」


          *          *


「この安物テレビめ」

 根津浩介は有料にも関わらず画像が乱れる旅館のテレビ画面に悪態をつきながら、テレビの縁を手で何度か叩いて見せる。それで画像の乱れは収まり、彼は再び座布団の上に腰を下ろす。

 買ってきた缶ビールも三本目を空け、次に手を伸ばす。

 目の前で突然ニュース報道のテレビ画像が歪みモノクロ画面に切り替わった。そこに映るのはどこかの建物の大きな部屋、まるで会議室の様な場所。


 まだ泥酔するほど飲んだとは思わないが…、それでも酔いが回って来たのか?

 赤い顔で目を擦りながらもう一度テレビ画面を見直した。

 画面の隅からぬっと姿を現したのは長い黒髪の女の顔、その視線が明らかに自分を見つめ、そして微笑んだ。

 ああ、出るのか。

 火照る顔を手でさすりながら根津浩介は漠然とそう思った。幽霊話はいくつか耳にしたことがあるが、自分がそれを体験することになるとは。しかしこれはちょっとヤバい感じゃないのか?

 立ち上がりゆっくりと部屋を出て一階へと下りる階段へと向かった。


「おい女将、いるか? ここは出るぞ。幽霊ってやつがだ」

 発する声の呂律が悪い。意外に酔いが来ていると感じた。幽霊話なんてどこにでもあるじゃないか、慌てることは無い。そう自分に言い聞かせながらよろよろと廊下を歩き、一階の厨房兼カウンター席を目指す。

 ふいに悪寒の様なものを感じた。いや、これは冷気? 冷蔵庫か冷凍庫でも閉め忘れているのだろうか。根津浩介は浴衣の胸元を絞りながら歩を進めた。


 明かりの消えた暗いカウンター席の内側の厨房で洗い物をしているのであろう宿の女将の姿があった。根津浩介は彼女に呼びかけながら近づき、ピクリとも動かない彼女の手に触り、慌てて自身の手を引っ込めた。


「女将、何だこれ」

 凍りついて動かない宿の女将。自分の目の前で何が起こっているのか理解出来なかった。暗闇の中で光る二つの赤い目が自分に近づいてくるのが分かる。

 うっすらと見える小柄な女性の人影、体中に鳥肌が立ち、ヤバいと自分に告げている。逃げるようにして再び階段を駆け上がった。一体、自分に今、何が起きている? 明らかに混乱していた。

 部屋に駆け込み頬に一発強烈な張り手を食らわせる。それで程よく回った酒が一気に吹き飛び意識をしっかりとさせる。


 確か宿の女将は今日の宿泊客は俺一人だけだと夜食の膳の片付けの際に話していた。

 つまりこの宿には助けを求める誰かは側にいない。大声で叫んで近隣住民に助けを請うか? いやダメだ。この状況をうまく説明できる自身が無い。見知らぬ人に狂人扱いされるなんてのはまっぴらだ。

 ならば携帯で警察に連絡、不審者を見たとでも通報すれば誰か寄越してくれるだろう。

 部屋を見回し携帯を探す。部屋の有料テレビの画面は未だにモノクロの一室を映したままだが、長い黒髪の女の姿は無い。テーブルの上、コンビニ袋の横に置いたままの携帯電話に手を伸ばした。


 携帯電話に伸ばした手をテレビ画面から飛び出してきた腕が力強く掴む。確かに掴まれている。

 恐怖で硬直したままの自分を余所目に、テレビ画面からはずるりと白い着物を纏った長い黒髪の女が部屋の中へと這い出してくる。何とか力を振り絞り、握られた腕を振りほどくとその場を跳び退いた。

 部屋の隅、壁を背にした状態。もう俺に逃げ場は無い。


「ねぇ~づうううう~」

 部屋の入口の戸が開き、白いスーツ姿の小柄な女が赤い目を光らせながら顔を覗かせる。長い黒髪の女も畳の上を四つん這いになって這い進みながら俺の方へと近寄ってくる。

 叫ぼうとして大きく口を開いたが、あまりの恐怖に声が出ない。もうダメだ、俺はここでで死ぬ。幽霊とやらに呪い殺されて死ぬんだ。


 恐怖に引きつる根津浩介の眼前に突き出されたのは二つの警察手帳。窓の外にはパトカーの回転灯らしき赤い輝きが見える事にも気付いた。

 階段を慌ただしく駆け上がって来る足音が聞こえる。続いて部屋に乗り込んで来たのはスーツ姿の男女と警察の制服に身を包んだ婦警だった。


「木崎ちゃん達も来たのね」

「高森さん、一階のあれは何だ。殺したのか?」

「違うわよ。騒がれると面倒だからちょっと表面を凍らせて気絶させてるだけよ。そろそろ体温で溶け始めるんじゃないかな」


 小柄な女が言うと同時に階下でドスンと何かが転がる大きな音がした。慌てて婦警が階下へと向かい、そしてしばらくして戻って来た。


「高森さん。宿の女将、あのままだと風邪引きそうだったんで、着物のままですけれど風呂の湯船に浸けておきました」

「うん、それでいいわ。ありがとう」


 ちょっと彼女達が何言っているのか分からない。混乱した自分の頭の中を整理する時間が欲しい。


「お前等は警察って事でいいんだよな。ちょっと俺に何したのか説明しろよ。何が起こってるんだ」


 とりあえず声を張り上げて虚勢を張った。根津浩介、精一杯の強がりだった。

 だが小柄なスーツ姿の女はそんな俺に容赦なく怒りを露わにしながら言葉で責め立ててくる。


「お黙りなさい。あんたには本当に迷惑しているの。今、あなたが嗅ぎ回っている事件から一切の手を引きなさい。これは命令よ」


「何も知らねえよ。俺はただの観光客だぜ」

「あ~ら、そうなの。この期に及んでとぼけて逃げようと。覚巡査、お願い出来るかな」

「はい、お任せを」


 覚巡査と呼ばれた婦警が俺の側に近寄り、そっと肩に手を置く。そして目を閉じて語り始めた。


「住宅団地内の家の表札は中嶋、女子高生高森由季子、遠くに見えるのは大きな古民家と百姓姿の人々、そして草むらに駐機する自衛隊のヘリコプター」


 そう婦警が声に出していく。こいつ、俺の心の中や感情を読むのか?


「報道への不満。いえ、これは絶望の感情? それに自分の書く記事に対する葛藤。でも今一番大きい感情は恐怖と混乱、そして羞恥心? 皆さんを恐れ、私に心を覗かれたのが恥ずかしいみたいですね」


「もう止めてくれよ。何なんだよこれ、お前等一体何者だよ」


 その場にいられなくなって、婦警を振り払って部屋の反対側へと逃げた。状況は全く変わっていないが、そんな俺に今度は中年の男が警察手帳を見せながら近づいてきた。

 手帳には顔写真と共に木崎正文警部との記載が見て取れる。


「俺達は間違いなく警察官だよ根津さん。あんたは今回、相当ヤバい事件に首を突っ込んじまった。俺はあんたと同じ人間だからあんたの人権も尊重するし、今置かれている状況にも同情はするが、こいつら『化物』どもが、あんたの事をどう見るかだな」


「『化物』って」

「あら、木崎ちゃん。私達を『化物』呼ばわりは酷いわね」


 目の前でこの俺をどう料理してやろうかと微笑む女二人。確かに白い着物の長い黒髪の女はテレビ画面から現われやがったし、小柄なスーツの女の方は宿の女将を「凍らせた」なんて言いやがった。それに覚とよばれた婦警は確かに俺の心の中を正確に読んだ。

 だが、信じられるか? 


「俺を騙して信じさせようなんてそんな手には乗らん。これは幻覚だ。トリックだ。そんなんで俺が諦めるかよ。今日の件は訴えてやる。お前達が俺にした事を白日の下に晒して徹底的に叩いてやる」


 高森と呼ばれていた小柄なスーツ姿の女が畳にどんと手を着くとそこが白く凍りつき、そのまま氷の筋が俺の足元にまで近づき、そして止まった。

 木崎正文警部が俺に向けて「止めとけ」と言わんばかりに首を小さく振る。


「根津さんよ、この俺が言えるのはだ。今のこの世界は人間だけのものではなかったという事だよ。そしてここ日本国内ではこういう『化物』連中と人間は既に共存して生きてるって事だな」


「そうよ根津、この高森雪緒個人には日本国から捜査権に逮捕権、殺人を含めた執行権も与えられている。あんたちょっと知りすぎてウザいから消しちゃうって手もあるのよ」


「そんな事が許されると思っているのか? ここ日本は法治国家だぞ、そんな横暴は通用しない」


 だが木崎正文警部は自分の言葉を否定してみせる。


「根津さん。あんたは『化物』に関わる一件に首を突っ込んじまった。その時点で人間の世界の法律からは梯子を外されちまっているのさ。悪い事は言わないから今回は大人しく手を引いて、その口を死ぬまで閉じておくんだな」


「わかった。あんたはこの中で一番まともそうだ。あんたの言う事には従うよ刑事さん」


 そして自分の言葉の真偽を判別するために再び覚巡査が近づき俺の体に触れ、そして「ダメです」って首を横に振る。


「わかった。わかったから。もう手を引く、だから殺さないでくれ」

 今度は覚巡査も頷いて見せ、それでようやく周囲からの殺気は消えた。「助かった」そう思ったのも束の間、木崎警部の後ろにいた黒いスーツ姿の女がとんでもない事を言い出す。


「でもこいつって『狐』って呼ばれてる様な奴なんすよね」

 部屋の中がそういえば? みたいな空気になり再び険悪な雰囲気に、もう好きにしてくれよ。

 覚巡査がまた俺の心を読み出した。

「大きな社と白い狐、これは稲荷ですかね?」

「稲荷ってお前、ぷっはははは」

 高森と呼ばれる小柄な女が突然大声で吹きだし、笑い出す。

「根津。あんた、稲荷神の信奉者かい。それで『狐』って、お守りとか大量に持ってるんだろ?」


 図星だった。

 取材用の鞄の中には総本山伏見稲荷大社で買い求めたお守りが数種類、自分の部屋にもそれ相応の『狐』グッズが集められている。信奉者というかコレクターに近い。『狐』マニアとも呼ばれたりしている。

 だが、それが暴かれた今の感じは、エッチな青年誌を母親に見つけられた時のそれに似ていて、思わず赤面してしまった。


「お前さ、今のテレビや新聞報道にそんなに不満を持っているなら、私達が力を貸して重要な地位に就けてやってもいいんだよ」

「馬鹿な、そんな事…」


「いやね。最近うちらの方でもさ…ああ、この世界では私達の事を『人外』って呼んでるんだけれどさ、それで私達は『人間との共存共栄』を掲げてはいるんだけれども人間側の腐敗っぷりがあまりに酷くて、このまま日本が潰れちまっては大変って話が出てるんだよね。それで少し『踏み込む』必要があるんじゃないかってね。その第一歩がマスコミの改革って話しさ」


 高森雪緒を名乗るこの女は、公平中立を謳いながら罰則が無いのを良い事に嘘やねつ造を平気で垂れ流し人々を扇動する行為を批判し、それを暴こうとする「ネット上の報道が嘘」なんて平然とのたまう今のマスメディアは一度痛い目を見て改革すべきだと言う。


「そんな『言論弾圧』が許されると思っているのか。『報道の自由』を行使する俺達のマスメディアこそが正義なんだ」


「弾圧? 罰則は無くても報道については守るべきモラルは存在する。そして『報道の自由』の中に嘘やねつ造の垂れ流しは含まれてはいないよ。嘘やねつ造によって人を欺く行為は『詐欺』って言ってね、犯罪行為なんだよ。犯罪を取り締まるのを『弾圧』とは言わないの」


 そしてこの女、なぜかかなり古い話を持ち出してくる。

 日中戦争が起ったきっかけ? そんなの俺は知らない。だが彼女は言う。その戦争はいくつかの要因が重なって起きてしまったと。

 一つは五度以上に渡る日本側からの和平交渉を相手国が拒否し続けた事。二つ目に『通州事件』を挙げ、日本人疎開で数百人の一般人が虐殺され、その遺体までもが酷く弄ばれた事。三つ目に天皇陛下の暗殺未遂事件を挙げていく。

 そして彼女は言う、それらを報道した当時の新聞がどれ程開戦に向けて国民を煽り続けたのかを。

 連日連夜「こんなにやられてなぜ立ち上がらぬ」「開戦必須」と戦争へと国民を扇動していった当時のマスコミの罪をあげつらい。そして太平洋戦争では「連戦連勝」を報道し続け、気がつけば米軍は硫黄島を奪い沖縄に上陸し、本土を空爆し、最後には原子爆弾までもを落とされた。

 マスコミがまともな報道さえしていれば、そこまで酷い事にはならなかったのでは? そう問いかけられてぐうの根も出なかったが、なぜそんな古い話を…。


「あんたにとっては昔話かもしれないけどさ。私はその当事者だった訳、その時代もずっと生きてきたの。分かる? そんなマスコミが『正義』だって? どの口が言うんだか。

 まあ、ちょいと前までは巨悪に立ち向かい海に水死体で浮いてるような記者もたまには見かけたどさ、今の世の中、そうまでして『正義』を貫こうって記者がどのくらい残っているもんなのかね?」


「ああ、そうだ。今のマスコミはあんたの言う通りゴミだ。だがな、それを強引な手法で改革しようってのは共存ではなく、お前達が人間を実質支配してるって事なんじゃないのか?」


「確かに私達が持つ力を行使すれば人間を支配するのは容易いよ。だけどね、過去それをやって造りあげた国家は全て滅亡の道を歩んだ。つまり我々の支配する先には滅びしか無いって事を私達『人外』は学んだんだよ。だから私達は人間の支配なんて望んじゃいない」


「だったら、人間の世界の事に口出しすべきじゃないだろう」


「人間の世界ってのは権力者が腐れば何も出来ないまま腐れ朽ちるだけ。そして私達『人外』に権力を握られる事を恐れる欲深い時の権力者達によって私達は弾圧され続けて来た。だから自己防衛の為にも、共に歩む人間社会をより良くしていくためにも、腐れを取り除いて比較的真っ当な人間にすげ替えるって方法を取らざるを得ないだけさ」


「綺麗事だ。こんな田舎町での出来事で、国内最大の暴力装置である自衛隊を動かしてるんだぞ。これをどう説明するんだよ」

「だからね…」


 そこで木崎正文警部が会話に割って入ってくる。


「根津さん。何度も言うがこの『化物』に関わる事自体が日本国の非常事態なんだよ。つまりこの高森雪緒って女はゴジラみたいな存在で『歩く非常事態宣言』みたいなもんなんだ。自衛隊が出動するのも道理だろう」


「それにね。私が自衛隊を動かしてるわけじゃない。一応私は自衛隊にも所属しているけれども、私自身も自衛隊から監視されてもいるの。つまりそれ程の『脅威』って見られているって事かもね」


「それで刑事さんよ。あんたはこの女の言葉を信じるのかい?」


「そうだな。今の所俺の目には、この『化物』達の方がよっぱど正しい人間らしく行動している様に見えるな。俺達人間よりも精神的な成熟度が高いって事なのかもしれんが」


 根津浩介は今目の前で起きている事をどうやら事実として認めなければならないと感じ始めていた。この日本社会の現実を記事にとも考えたが、記事になるわけが無い。一体誰がこんな事を信じるっていうんだ。

「先に戻ります」と告げる着物姿の女がテレビ画面の中へと入り込んでいく姿を改めて見せられる。

 着物の端が引っかかり、覗き見えた白の下着が印象的だった。

 画面の向こうから黒髪のウィッグを取り、ムッとした表情でこちらを睨むショートヘアの女性、冷静になって見ると中々の美人だった。


「それ、男共。目の保養は終わりだよ。

 根津浩介、お前がこれ以上邪な気持ちを抱かないで済むように、お前が首を突っ込んだ事件の概要だけは教えといてやるよ」


 高森雪緒はそう言うと、自分は『雪女』だと名乗った。

 その『雪女』の高森一族の一人、高森由季子がテロの標的にされており、死亡した中嶋義人はテロリストの一員であったというのだ。

 それ以上の詳しい情報は得られなかったが、自分の中に燻る記者魂の一部は確かに満たされた。


 自分をこんな目に遭わせたこいつらだが、反骨の心は芽生えなかった。自分が最も望んでいたマスメディアの浄化が彼女達の手によって少しでも進めばと期待したからに違いなかった。

 心を読む力。何処にでも現われる力。殺人も容認される権力を持つこんな奴らが動けばマスメディアどころか日本国内の政界を含む全ての組織がひとたまりもないだろう。

 そこに不安が無いかと言われればノーだ。

 なぜならそれは『人外』と呼ばれる者達の主観によって判断されて行われるからだ。つまり『化物』達にとって都合の良い世の中にするだけかもしれないからだ。

 しかし、自分達人間ならそうするから、奴ら『化物』もそうすると考えるのは誤りだろう。両者の間の価値観には大きな隔たりがあり、特に人間の腐敗の要因となる『権力欲』や『金銭欲』そして右や左といったイデオロギーの違いも『人外』というもの達には存在しないようなのだ。それだけでも『人外』が目指すという人間社会の浄化というものの結果を見てみる価値はあるだろう。

 そしてそれが誤った方向へと進んでいると感じたとき、俺自身がペンを取りそれに立ち向かえばいい。


 実の所、それよりも興味深かったのは自分が信奉する稲荷神の存在である。『白狐』の存在は人間達の空想の産物だと否定されたが、『九尾の狐』はこの現代にも実在すると教えられた。

 名古屋市内で働く女医の姿をしていると聞いたときには唖然としたが、高森雪緒の「今度紹介してやるよ」の言葉には正直胸が震えた。


『鶴乃屋』旅館から連れ出されて尾道警察署の方で一応の念書を取られてそこで一夜を明かし、翌朝そのまま四国行きの高速船乗り場まで送られた。

 俺を船着き場まで送ってくれた木崎警部は刑事では無く高森由季子警護の為に東京から呼ばれたSPだった様だ。そんな彼も自分と同じで今回の一件で初めてああいった『化物』の存在を知ったという。

 最後にもう一度、彼の口からこの一件から手を引けと念を押された。その言葉に素直に頷いた。

 俺の中に燻っていた気持ちは今は清々しいほどに消え、見えているのは希望。


「世の中、まだまだ面白れえな。俺も腐ってる場合じゃ無いな」


 港を離れていく船の中で、根津浩介は遠ざかっていく尾道の風景をじっと眺めていた。

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