三話
「名前、なにがいいかなぁ?」
調子が良さそうな声色で灰色の髪のモノクル男が辺りを見回し始める。
もしかしてこの男、目に付いた物の名前をとりあえず付けるつもりなのだろうか?
まぁ、いいのだが。
男はああでもない、こうでもないと言いながら周囲を散策している。まだ時間がかかりそうなので俺もその辺を見て回ることにしよう。
一応もう1人の軍服の少女にも声をかけておく。
「俺もこの辺ちょっと見て回ってきていいか?」
少女はユキを撫でながら、
「構いませんよ。ただ、あまり遠くには行かないでくださいね。」
と、穏やかな声で返答してくれた。
俺は一度大きく頷いてから周囲の散策を始めることにした。
まずは辺りを見渡してみる。大通りの両脇には古き良き街並みといった建物がずらーっと並んでいる。
1軒ずつ見てみるとどうやら木材でや石で作られている建物が多いようだ。少し沿った屋根が特徴的な建物が多い。
ざっと見る限り建物の色は茶色や焦げ茶、黒などの色がほとんどで、なるほど統一感のあるわけだ。
等間隔に植えられている街路樹には黄色い花が咲いている。
房のように連なっている小さい花の一つ一つをよく見ると皮を剥いたバナナのような見た目をしている。
「きれいだな…。」
街並みを見て思ったのか、花を見て思ったのか自分でもよく分からない。多分全部なんだろう。なんというか、纏まりがあって良い景色だ。
穏やか街を横目に、ゆったりとした歩幅で歩みを進める。
何故か、懐かしい、ような。
ガタッッ!
「うわっ!!」
何かが崩れるような音がした。俺のものではない声も。
音のした方に無意識に目が向く。
建物と建物の隙間、人1人が入れるか入れないかくらいの路地があり、物音はそこから聞こえたようだ。
立てかけてあった木材が倒れたのだろう。
「だれかぁ…だれかいませんかぁ…」
か細い男の子とも女の子とも判別がつきにくい、中性的な小さい子の声が地面から聞こえてきた。
え。どういう状況?
何故、地面から声が聞こえる?
不思議に思い、路地へとにじり寄り様子を伺ってみる。
「だ、だれもいなかったら、どうしよっ……」
か細い声に不安の色も滲み出てきた。
声を、掛けずには居られなかった。
「人なら俺が居るが、何か力に…」
「えっ!ほんと?よかったぁ!」
びっくりするくらい返答が早かった。
「急に木の板が倒れてきて、出られなくなっちゃったんだ…。」
確かにバランスが悪かったのであろう長くて薄い木材らが崩れてごちゃついている。
「手前のやつをいくつかどけてくれたら出ていけると思う!」
「分かった。ちょっと待っててくれな。」
俺の足から顎の下くらいまである木の板を動かして横の壁に立て掛けていく。
「わぁ…!出られそう!」
そう言いながら黒くて小さい毛玉がするりと木の隙間から這い出てきた。
「!!!」
俺はこの生き物を知っている。
三角の耳、少し長めのふわふわの毛並み、長いしっぽ!
そして暗闇で光りそうな黄金の瞳!!
「猫だぁ…!!」
我ながら気の抜けた声が出たし、きっと顔は緩みきっているだろう。
仕方がない。可愛すぎる。両手の平に乗りそうなほど小さい体で、
「…??」
小首を傾げながらキョトンとした表情でこちらを見ている!
「っはぁ…!!」
可愛さが心臓に刺さった。
気がついたら抱き上げていた。
いやぁ〜!近くで見ても可愛いぞ、この子!!
「あ〜!居た居た〜。」
どこか間伸びした声が近づいてくる。
「君の名前さぁ、レンギョウっていうのはどうかな〜。響きがかっこいいし、この街に沢山あって綺麗だしぃ……」
「・・・?」
「その子何…?」
灰色の髪のモノクル青年は、俺の手の中の小さな可愛い生き物を見て困惑の表情を浮かべたいた。