プロローグ
「馬鹿野郎っ!!そんなとこに突っ立てんじゃねぇよっ!!」
その怒声で意識が浮上した。
どこだここは。
何も解らない。
その一言に尽きてしまう。
頭の中は白く霧がかかっていて、俺が置かれている状況、名前、年齢、なにもかもを包み隠してしまっている。
とりあえず、俺が道のど真ん中に突っ立っていたせいで馬車を操縦していたおっちゃんに迷惑をかけてしまったらしい。
「すんませんっ!!」
発した声にすら聞き覚えがないが、これが俺の声なのかと一瞬関心してしまった。
謝りながら俺は道の端に寄る。
ここは商店街なのだろうか?
なかなか賑わっている。
そう、賑わっているのだ。
おっちゃんの怒声に反応してなんだ、なんだ?と人が集まってきてしまった。
「自殺志願者か…?」
「馬車に轢かれたやつが居るってさ!」
「なんだ事故かぁ?」
人々は的確に状況を掴めず、ざわめきは広がっていく。
俺は轢かれてないしピンピンしてるぞ。
「とりあえず、こういう時は治安維持隊だな。」
誰かがそんなことを言った。
「ひとまず兄ちゃんはこっちに座っときな!」
笑顔が素敵で恰幅のいいおばちゃんがそう言って店先の赤い長椅子に力強くエスコートしてくれた。
「ありがとうございます。」
いまいち状況が掴み切れないがとりあえずおばちゃんのエスコートに従う。
「誰かしら連絡してくれた人がいるから、治安維持隊の人が来るまでここで待ってていいよ!腹が減ってるならうちの団子でも食べるかい?」
そう言って美味そうなみたらし団子を差し出してくれた。
ほんのり焼き色が付き、琥珀色のピカピカしたタレが全体を包んでいる。
香ばしく甘じょっぱい匂いが鼻腔をくすぐる。これに抗えるやつはきっと居ないだろう。
「マジか。ありがとう、素敵な奥さん!」
感謝を述べつつ団子を受け取ると、
「美味そうに食べておくれよ!こんなにこの店の前に人が集まることなんて滅多に無いんだ!宣伝頼むよ、兄ちゃん!」
そう言っておばちゃんはにかっと笑った。強かだな。
まぁ、タダより怖いものなんて無いはずだからこういう下心があった方が安心はする。
団子を1つ食んでみると、最初に感じたのは柔らかくてもちもちとした食感。次に、ほんのりとした温かさと甘じょっぱい風味が少しの香ばしさと共に口内に広がってくる。
自然と口角が上がってしまう美味さだ。
「美味い……!」
胃の中まで喜んでいる気すらする。
「美味いだろう?うちの自慢の商品だからね!美味しいもの食べたら、ちょっとは長生きしても良い気になってこないかい?」
そう言っておばちゃんは慈悲深い微笑みを向けてくる。
なんかおばちゃんにも自殺志願者だと思われてたっぽいなこれ。いちいち否定するのも面倒だ。
「そうっすね…こんなに美味しい団子が食えるなら、長生きするのもアリかもしれないっす。」
しみじみとした雰囲気で返答しておく。
おばちゃんは満足気にうんうん、と頷きながらふと上空を見つめて言った。
「来たね。」
「ん?来たって、なにが……」
シャラン。
言い終わる前に美しい音が上空から軟らかく降りそそぐ。それは、穴の開いていない鈴を水の中で転がしたような清廉な音だった。
直後、ふわりと一迅の風が巻き起こる。決して強くはない、春風のような上品な風だ。
そして巻き起こった風の中心から現れたのは2人と1匹。
紺色の軍服に身を包んだ男女2人組と、大きな白い犬のような獣だ。
男の方はモノクルの青年で、灰色の髪は無造作に肩口まで伸びており、アメジストのような紫の瞳は好奇心に満ちているようだ。何か水晶玉のような物を片手に携えている。
もう1人の方は小柄な女の子で腰まで伸びた白髪を低めの位置でひとつにまとめており、両目が隠れる目隠し状の眼帯を身につけている。
……前、見えてるのか?
そんな疑問が頭をよぎった刹那の後、目隠し少女が声を発した。
「あなたが自殺未遂の張本人ですか?」
どこか心安らぐ、懐かしいような親近感を覚える声だ。
俺は決して自殺がしたかった訳では無い。だが俺さえも俺が置かれている状況を理解できていないのだから弁明は大変そうだ。
軍服の少女は目隠し越しにこちらをじっと見つめて俺の返答を待っている、ような気がする。
さて、どうしたものかねぇ……。