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高原署に神留まり坐す  作者: 公月奏
昔話パート3
45/56

「氷月」弐

 “初めて”は甘酸っぱい檸檬や苺味。一体、どこのどなたが言い出したことなのかしら。

 実際のところは感触が独特すぎて、その柔らかさが心地よいような気持ち悪いような。とても複雑な気分です。


『うぐ!』

『オホホ、動きが止まって見えまし。ホラホラ!』


 ううう、まだ頭がクラクラします。まっまさかこのワタクシが、あっあろうことか殿方に、くっ唇を無理やり奪われるなど。ぐすん。

 嗚呼っ、何たる辱め! いつの日か然るべき御方に捧げるのを夢見て守り通して参りました、我が純潔が不犯が貞操がぁっ。ひっく。


『ぐっ!』

『アハ! 成程、外の国伝来の秘術【氷】は確かに強大でござんす!』

『クッ!』

『されど、わっちの前には無力! 赤子の手をひねるより易きこと!』


 なのに、なのにこの胸の高鳴りと体温の上昇はなぜ? 確かにツキヨミ様、お顔は大層美しくあらせられます。

 しかし、逆に言えばそれだけ。性根は我が不肖の父ロキ同様、お下品お下劣極まりないというのに!


『心優しき醜男(しこお)よりも軽薄なる美丈夫を。それが女子(めのこ)の本能だヘル殿」

『まあその通りでござんすな。優れたる種を受け継ぎし子を成すのが、わっちら女の使命ざんすから』

『ほう、わかっておるなアメノウズメ? ならば姉上を下した暁には早速、我が子種を授けてやろう』

『ホホ! 寝言は朽ち果てたあとに言いなんし!』


 うう、まさかワタクシ、ツキヨミ様のことが――って今はそんな場合じゃありません。そう、軽口を叩いている暇などないのですよ!

 何せ自慢の【氷の術】がこの方にはまったく効かずそもそも近づけもせず、遠くから風の刃で一方的に傷を受けるのみなのですから。


『わっちは踊り手。瞬速の舞いは“鎌鼬”を生むのみにあらず、大気をも吹き飛ばしんす』

『……』

『風なき【真域】では“凍る”ものなどなし。すなわちヌシ様ではわっちには及ばんせん』

『……』

『さ、ら、に♪ わっちらは鍛錬の末“汗”もかきんせん。化粧と紅が落ちてはならぬゆえ』

『ほう、聡明なことだ。その手も読まれておるか』


 なるほど、戦いの不得手なワタクシでも理屈はわかります。水分さえあれば凍らせることができる。

 しかしあのご婦人の仰る通りそれすらも望めぬ今のこの状況で、ツキヨミ様が勝つにはどうすれば?


『ククッ』


 しかし、かの御方は髪をかき上げ不敵に笑むとワタクシの側に来て、


『アメノウズメよ、申したはずであろう? わたしには勝利の女神――このヘル殿がいることをな!』


 この肩を抱き寄せたのち、頬に両手を添えて再び――ってエエッ!?

 まさかまた!? ちょっ、まだ心の準備が!! 2度目とはいえそんなすぐ慣れるはず


 “ズキュウウウンッ!!”


『まっ、まあこれは――! わっちすらも惚れ惚れするなんと見事なる絶技、いや舌技』


 ――今この瞬間、脳が口内に移動しております。余すことなく好き放題され、何も考えられません。

 哀れ、ワタクシの心は完全に奪われてしまったかのごとし、もはやある種の幸福感さえ覚える始末。

 汗や鼻血にアレまで、全身の穴という穴から感涙があふれています。


『ちょ、ちょっと月読様。生娘(ねんね)をそんな苛めるものじゃござんせんよ』


 本当ですよ。我が異名は【死の女王】なんですよ? こんなことで死んだら笑い話にもなりません。

 ああ、しかし身体に力が入らないっ。足元に滑り、抱えられたあとのことはよく憶えておりません。


『ゾクッ――♡』

『むう、口づけのみで絶頂とは。だが“それはそなたも”だな。ククッ』

『――ハッ!?』

『“水”さえあれば凍らせられる。そなたは自らの“性”に敗北したのだ』

『しまっ――!』


 しばらくして、ツキヨミ様の指を鳴らした音と、


『キャアアアアアア!!』


 という絹を裂くような悲鳴がしたところで、ワタクシの意識は堕ちてゆきました。深い深い、バラ色の闇へと。


『ふむ、ホトから口へ串刺しか。我ながらやり過ぎたやもしれぬが、まあよい。後世には建速の仕業と伝えよう』

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