「光運」
鼻血や涎に、果ては口にするも憚られるモノまでも。これぞ“水も滴る良き女子”か。
さながら生気ごと全身の穴という穴より溢れ出させ意識を失ったヘル殿を腕に抱き、憎き奴めの居城を目指し都の正中を悠々と闊歩してみせる。
『貴様の治めし高天原ももはや、日陰者とこれまで爪弾きとしてきたわたしの手中に。この上なき屈辱であろうな』
立ちこめる臭気は建速の雷の刃によるものか、それともロキ殿に灼かれたか。
黒く焼け焦げ文字通り八つ裂きとなり果てた、無数の肉の山と紅くぬかるんだ泥土が歩みを妨げる。されど心はこの上なきほど蒼く澄んでおる。
眼前にそびえし、民より散々搾り取った税で常々贅の限りを尽くしているであろうこの絢爛豪華なる宮殿も、もうすぐわたしとヘル殿のものだ。
これよりは、貴様の寝所でその首を枕元に毎晩睦み合ってくれようか。ああなんと愉
『ぐおおッ!!』
来たる至福の日々に思いを馳せつつ宮中に足を踏み入れた、その瞬間だった。
突如、我が身へと大岩のようなものが天井を突き破り噴炎のごとく飛来した。
即座、氷の秘技を用いそれを宙に磔としたが――なんとそれは、先に攻め入っていたはずの建速その者であった。
『ぐふっ!! ばっ、莫迦な……このおれが!?』
術の解放と同時に、床へ前のめりに投げ出された巨躯は天辺から爪先まで傷にまみれており、そのままぴくりとも動かなくなった。
これはどうしたことだ。絶対無双完全無敵、一騎当億の武辺を誇るこやつがまさか、正面よりのぶつかり合いで敗れたというのか。
にわかに沸き起こる胸中のざわめきを抑えつつも、さらに奥へ奥へと歩みを進めると実にむせ返るような暑さ、いや熱さを感じる。
さながら霧中とも呼べるほど陽炎に歪む空間の向こうにふたつの姿が浮かぶ。
『畜生ッ!! のらりくらり、ちょこまかと!!』
【炎剣レーヴァテイン】を遮二無二振るうロキ殿と、ついにその姿を現せし我が不倶戴天の宿敵、天照であった。
『うりゃあ!!』
『あっ、こんな所に以前失くした首飾りが? これはツイておりましたわぁ!』
『どっせい!!』
『まあ、棚の間に挟めてしまった銅鏡もっ! すっかり諦めていましたのに!』
これは――攻撃がまるで当たっておらぬだと。一体何がどうなっているのか。
此度、珍しく薙刀と鎧で武装しておるあやつめは、確かに幼少時より文武両道であった。しかし流石にロキ殿や建速に及ぶとは到底思えぬが――
『これもあなた様がお部屋中荒らし、何もかも壊して下さったおかげですわね』
『ゼハーッ、ゼハーッ! この小娘がぁ……!!』
いや違う、よもやこの動きは。落ちているものを拾うという“たまたま”動いた所作が“偶然”回避に繋がっている、とでもいうのか。
『こなくそ!!』
『きゃあっ!?』
『今度こそもらったッ!! ――ってアレッ??』
再び鋭い踏み込みからの疾きこと風のごとく、ひと呑みすること火のごとし太刀筋が、天照の首をしかと捉える。
だがやはり思った通り、その刃がやつに届く寸前にロキ殿は自らの作った汗溜りに足を取られ、再度狙いを外し、
『いやっ! やめて下さいませ!』
『がは!? あ痛゛ァァァッ!!』
そこへ天照の、身を守るため出鱈目に振り回した切っ先が逆にロキ殿の、しかも急所を正確に貫いてみせたのだ。
『ぎゃあああ!? なっ、何よコレ、傷がジンジンして超〜よけいに痛い!?』
『あら。どうやら今ほど割れた壺の、自家製波士加美が一緒に付着したかしら』
『むうううっ!! こうなったら、ココごと木っ端微塵にブッ壊してやる!!』
武力に訴えても一流であるが悪戯は剣よりも強し、兵は詭道なり、柔よく剛を制すを地でゆくこの御仁がここまで怒り狂おうとは。
『我が力よ! 顕現しやがれ!!』
赤黒い大気の潮流が力強く渦を巻き、かの身に集約される。これではわたしも巻き込まれるは兎も角、成程これならやつめも避けようはないか?
『甘いですわね』
『ぎゃぼっ!?』
されど、周辺一帯を灰燼焦土にせんとする爆炎はそもそも発動にすら至らなかった。
ロキ殿が得物を床に突き刺し気合いを込めたその瞬間、その脳天へ。ここまでの激闘、いや一人相撲の余波で砕け散った屋根の破片が降り注ぎ、
『ぶぎゃあ!! へぶしゃっ!!』
さらには近くの柱の倒壊により、その身体もあえなく下敷きとなってしまったのだ。
『ぐぬぬ、このアタシがっ! 不覚ッ――ガクッ』




