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突撃ィィィ!
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ジャスミンはゆっくりとエドウィン研究室の扉を開く。
扉は鈍い音を上げながらゆっくりと開く。
扉が少し開くだけで中の匂いがもわっとあふれ出す。
エドガーたちはその異臭に、思わず鼻を押さえてしまう。
中の状況は一言でいえば凄惨だった。
そこかしこにバラバラになった人の体が散らばっており、床は一面血だらけだった。
アナベルは近くの遺体に近づくとしゃがんでその様子を観察する。
「これは、エドウィン研の研究員ね。この人、見たことあるわ~……!」
アナベルは遺体に真っ赤になった白衣をかける。
死装束としては少し派手かもしれない。
広い部屋にある大きな実験器具はほとんど全てぼこぼこに破壊されている。
中には一般人の一年分の給料くらいの価格であるような貴重な実験器具もあった。
アナベルは部屋の様子をざっと検めて言う。
「うわ~。これって、人体実験の跡だよね~?」
ジャスミンは頷くと、不快感をあらわにする。
「その様ね……。これって、いったい何人を犠牲にしてるのかしら……」
「……っ、エド。ごめん、ちょっと自分で立ってくれる?」
リリアンはエドガーを置いて近くにあった洗面台へと走る。
「うぉぇぇぇ!」
充満する死臭。
そして、まがまがしい魔力の跡。
目が見えないエドガーでもそのひどさを肌で実感していた。
リリアンが吐くのも無理ないだろう。
「驚いた。ここまでひどいことをしていたとは……。
だが、今はそれに驚いている場合ではない。
研究の資料などを探すんだ」
彼らは手分けして資料を探し始めた。
だが、それもすぐに難航する。どこを触ろうとしても血がついてる。
ちぎれた体の一部が落ちている。
血のせいで真っ赤に染めあがってしまい読めない物も多かった。
「くそ、こりゃ、きつい。エド、物たちはなんて言ってるんだ?」
エドガーは足元にあった試験管をぶんぶん振りながら答える。
「なんか、興奮して騒ぎまわってて良くわからん。
だが、不思議なイメージが伝わってくる。
全員がこの先に進めと言うイメージを送ってきている」
エドガーはその方向を探るようにしばらくあちこちをきょろきょろ見渡していた。
「アナベル。こっちだ」
アナベルは即座にエドガーの手を取ると、エドガーが向いている方向へとエドガーを引っ張る。
エドガーの進む方には巨大な実験装置があった。
アナベルはその実験器具から異様な雰囲気を感じ取る。
十字架のような形をした白い実験装置は血で汚れている。
「これ……。人を拘束しておくための器具だね~……。下に血も溜まってる~」
アナベルとエドガーはその正面に回り込む。アナベルの息をのむ声が響く。
「これは~……!」
「ああ、エドウィンの死体だな」
エドガーの淡々とした声。
二人以外の面々も十字架の正面に回り込み、それぞれ息をのむ。
エドウィンは十字架に貼り付けにされ、息耐えていた。
もともと小人族である面影はあるが、顔は真っ赤に変形し、元の顔は全く分からない。
死亡する前に相当抵抗したらしく、三か所でくくられている腕を無理やり引き出そうとした跡がくっきりと残っている。
口からあふれ出た血が服のほとんどを真っ赤に染めてしまっており、元の模様などは全く分からなかった。
じっと、死体を見つめたっぷり時間が経った後、アナベルが口を開く。
「検死……する?」
だが、エドガーはすぐ返事をしなかった。
じっとエドガーの死体、それもその顔に無い視線を送り続けている。
すると急にエドガーは口を開いた。
「……いや、必要ない。どうやら、俺の魔法は死体さえあれば、死者と会話できるらしい」
リカードはまたも驚きの表情をエドガーに向ける。
「本当ですか!それで、エドウィン教授はなんと?」
「これは、……さっき会話ができると言ったがあれはちょっと違うみたいだ。
死者はメッセージを押し付けてくるだけらしい。
そして、これはイメージが伝わってきている……。
いくつかの絵を順繰りに見せられている感じだ……」
エドガーはしばらく眉間に指を当てて悩んでいたがぽつぽつと話し始める。
「そうだな、要約すると……。
エドウィンは最初、純粋に伝染する魔法を研究していたけど、すぐに資金繰りに困ってしまったみたいだな」
アナベルは大きくうなずく。
「魔法の研究はお金がかかるもんね~。それも莫大な金額がね~」
「そうだな。俺もすでに研究費だけで豪邸を三軒は立てられるほど使っている。
だが、エドウィンは魔法の研究者としては大きな問題点を抱えていた。
伝染の魔法を研究するくらいだから当然ではあるが……。
魔力不足。
これがとても致命的だった。
もちろん、教授としては少ないということだが。
研究するには魔力が足りないことが多く、実験のためにはとてもお金のかかる大きな魔石を購入しなければならなかったみたいだ。
そのせいで普通の研究者の倍以上のお金がかかってしまい思ったように実験が進められなかった。
企業との提携を模索していた時、ある企業から声をかけられた」
アランは首をかしげる。
「ある企業?」
「ああ。マジッククラフトカンパニー。MCC社。
研究のための魔石を確保するために魔法系企業の最大大手の企業と手を組んで研究することにしたようだ」
「アンドリューがいる会社じゃねぇか!」
アランは驚きをあらわにする。だが、エドガーは表情に影を落とすと言う。
「さらに悪い事に、王国軍もこの事業に投資してるみたいだ。
企業に軍とエドウィンに投資していたらしいな。
その二つの組織間で争いが起こるのは必至」
ジャスミンはウンウンと大げさに相槌を打つと、少し不愉快そうな表情を浮かべると言う。
「魔法の一大企業に国軍……。話がでかくなってきたわね」
「ああ。そして、半年前、最後の大実験を計画していたようだ。
その風景がエドウィンの思念から読み取れる。
どんな実験なのかこの本には書かれていないけれど……」
アランはゆっくりとエドガーを見る。エドガーはにんまりと笑う。
「エド……?」
「ふふふ、世の不思議の陰に魔法ありだな。なるほど。
少し込み入ってるな。よし、今回のゾンビ魔法のルーンもわかった。何とかなりそうだぞ」
エドガーが嬉しそうにそう言った。
「エドガー、早く私に教えなさい。この事件。一体どうなってるの?」
「エド!さすがだぜ!俺には何が何だかさっぱりだ!」
エドガーはにやっと不敵な笑みを浮かべるとぐるっと後ろを振り向く。
「まぁ、慌てるな。だが、これだけは言える。
今回のゾンビ騒動の中心にいるのはアルダス。お前だろ!」
エドガーはさっと振り返る。
リリアンはゆっくりと振り返る。
エドウィン研究室の入口。黒い扉の所に男が一人寄りかかっていた。
リリアンはその姿をじっと見つめて戦慄する。
目が真っ赤だ。これまで見てきたどんなゾンビよりも赤かった。
「よぉ、アルダス。元気か?」
だが、アルダスからの返事は無い。
リリアンはアルダスから目を離さない。警察官として訓練を受けた彼女は対象と定めた者から目を離すことはしない。
アルダス。
付き合っていた時と姿は完全に変わってしまった。
人族らしくない盛り上がった筋肉、ぱつんぱつんの服。
優男だった顔もすでに真っ赤に変色し、元も顔の形は全く分からなくなっていた。
アルダスは余裕をひけらかして答える。
「へぇ?俺がゾンビを作り出したって?
でもこの感情固定の伝染魔法、エドウィンが開発したんだろ?」
エドガーははぁぁと息を吐く。
「いい加減にしてくれ。お前、いつからこの魔法が感情固定だって知ってたんだよ。
あっさり語るに落ちるなよ」
アルダスは少しはっとした表情を浮かべたが、すぐに持ちなおす。
「ははは。俺もだいぶ動揺しているらしいな。
まぁ、知られたところで問題はない。お前たちはどうせ殺すんだ」
リリアンは一歩踏み出すとアルダスに震える声で尋ねる。
「ね、ねぇアルダス。私たちを殺すの……?」
アルダスは明らかにいら立ち、答える。
「殺すって言ってるだろ。相変わらずどんくさい女だな。
半年前の事件が無かったらお前と付き合うことも無かった」
リリアンは目に少し涙を浮かべながら言う。
「どういうこと……?」
だが、アルダスはリリアンからさっと目を外すとエドガーを見る。
「黙ってろ。もうお前に興味はない。にしてもエドガー。
お前も余計なことをしてくれた。半年前、エドウィンは実験を失敗した。
その時、エドウィンは何らかの魔法的干渉が原因だと言っていた。
俺は本社から期待された魔法を任されていたからな。
原因特定に走った。
あの日、実験を申請していたのはエドガーお前だけだった。
おそらくお前のせいだろ?エドウィンの実験が失敗したのは」
アルダスはエドガーを見下す。だが、エドガーは反論する。
「俺のせいで?それはちがう!あれは事故だ!お前だってわかってるだろ!?」
「事故なわけ、ないだろ!」
アルダスは手をかざす。リリアンは即座に動き出す。
訓練された動きは脳の命令によって発生しない。
周囲の条件が整った時、自動的に動き出してしまうものだ。
すかさず守護魔法を発動する。
「まずい、よけろ!」アランの叫び声。
「空間魔法・転移!」「守護魔法・魔法遮断!」
リリアンの魔法は間に合った。
だがリリアンが守れたのはエドガーだけだった。彼らの周りには、もう誰もいなかった。
「おい、ほかの奴らをどこへやった!」
エドガーは周囲の雰囲気が急に静かになったことに気が付く。
「お前たちには雑魚ではかなわないらしいからな。
それぞれ、ふさわしい相手を用意している!ふはは。お前たちは俺が殺す!」
「いいだろう。アルダス、かかってこい。リリアン。行くぞ」
リリアンはエドガーからこうして協力を要請されることに慣れていなかった。
変な間が開いて、やっと答える。
「へっ。あっ、よし!」
リリアンは目に浮かんだ涙を拭いて、元恋人をケチョンケチョンにしてやると心に誓う。
「おいおい、ここは……?」
アランは頭を振って、突然転移させられたことによって発生した頭痛を振り払う。
アランは顔を上げて前を見る。そこには見知った顔がある。
「……よぉ、アンドリュー。元気か?」
「アラン。やっと来ましたか。待ちくたびれました」
アランは周囲を見渡す。ワックスの塗られたフローリングの床。バスケットゴール。
「ここは、体育館か。大量にゾンビがいたと思うんだが?」
「ゾンビ?ああ、強化人の事ですか。
そんな、ゾンビだなんてひどいな。
まぁ、でも私はあの方に上位強化人にしてもらいましたから。
強化人に命令できるんですよ。
彼らはいま、体育館の外に待機していますよ。
雑魚は何人集まっても雑魚ですからね」
アランは構えを解いてアンドリューを指さす。
「よぉ、アンドリュー。聞いたぜ。
お前が所属してるMCC社が今回の事件に絡んでるらしいじゃねぇか。
お前もその一味か?」
「はぁ?何の事だかわからないですね。
僕はあくまでMCC社の兵器開発担当。
強化魔法なんぞ扱えないですよ」
「へぇ、お前は関与してないのか?」
「何のことだかが分かりませんね。まぁ、どうでもいいですが……。
おしゃべりはもう満足ですか?アラン、俺は……俺はさっきからずっと我慢してるんだ」
「何をだ……?」
「お前を殺すことをだよ!」
アンドリューは恨みを込めた視線をアランに向ける。
アランは考える。
そこまで恨まれるようなことはしていないはずだと。
だが、差別とはされている人が感じるもの。
している方にそれほどの自覚が無くても、相手にそう思われたらそれは差別なのだ。
アランは気にしていなかったが、アンドリューの肌は白いのだ。
地人族にとって白い肌は弱い証拠である。
彼は地人族の里でずっとそのことを馬鹿にされて育っていたのだった。
だが、アランはそう言った差別とは無縁の男である。
彼が信奉するもの。人に差をつけるもの。
それは実力である。
彼と対等以上に話をしたければ、相応の実力を示さねばならない。
アランにとってアンドリューは少し実力が足りていなかっただけであった。
「お前が、俺を殺す?ははは。そりゃ無理だ」
「そう思ってろってことだ。アラン。
お前は力魔法の使い手。基本的に体術と合わせて繰り出す魔法だ。
つまり、俺に触れなければ攻撃できないだろ?
俺は強化人間。お前たちはなりたくならないみたいだがな。
こんな素晴らしい力なのに。まぁ、今回はそのおかげでお前には隙が生まれる」
「……ほんとに、触らないと攻撃できないと思うか?」
アランは魔導書を開いた状態で腕にセットする。
「力魔法・マジックアーマー」
アランの全身が紫の光で包まれる。
アランが腕をブンと振ると、ブゥンと虫の羽音を何重にも重くしたような音が鳴る。
高密度の魔力がめぐっている証拠である。
アランはにやりと笑うと言う。
「この魔法は防御のために開発されたがな。
俺のこの魔法を防御型だと思わないことだ。
全身に魔力を流すことで常人ではできないことが可能になっている」
「御託はもういい!行くぞ!」
アンドリューは踏み込んだ。
アランまでの距離、常人では十歩は必要なところを一歩で詰める。
アンドリューも伝染する強化魔法によって十分常人を超えていた。
アンドリューの拳は正確にアランの眉間を狙っていた。
だが、アランは頭を少し左に傾けてひらりとかわす。
「攻撃が単純だぜ!アンドリュー!」
アランは引いていた右手でアンドリューの顔面を狙う。
同時に右腕に魔力を集中させ、一撃の威力を重くする。
全身に流れる魔力操作を完全に体になじませるまでに三年もかかってしまったことは、内緒にしている。
「おら!顔面だぞ!」
アランはその時、見た。アンドリューの笑いを。
だが、拳は止められなかった。
魔力のブーストは急に止められるようなものではない。
「かかったな?」
アランはそのつぶやきを聞きながら拳がアンドリューの顔に吸い込まれていくのを見ていることになった。
拳がアンドリューにぶつかったときドン!という音とともにアランの視界はホワイトアウトした。
アランはとっさに左腕に魔力を集中し顔を守ることができていたが、それでも爆発の衝撃は全身に響き、吹き飛ばされた。
「ぐああ!くそっ!」
アランは全身にボウリングの玉がぶつかったかのような衝撃を受ける。
「アンドリューは爆破魔法の使い手!
くそ、ゾンビになっても、そう言う過去の記憶があるのか!」
アランはおなかを撫でる。
右腕と左腕は高密度の魔力を纏っていたからダメージは無かった。
顔も何とか守ることができたが、内臓がいくらかダメージを負っていた。
アランは鼻に登る血の匂いを、息を吐いて追い出す。
全身に感じる痛みは体を犬のように震わせて吹き飛ばす。
「ふはは、まぁ俺は上位強化人だからな。
やはり、お前は俺には触れないな。
俺に触れたら爆発するぞ」
アランは悔しそうな顔をするが、すぐに覚悟を決めた顔をして言う。
「悪いが、アンドリュー。エドが待ってる。
あいつは目が見えない。
今すぐにでもあいつのもとに行かなきゃいけねぇんだ。
本気で行くぜ」
アランの脳裏にはエドガーの姿が浮かんでいた。
アランは力がすべてだと考え、一つの山を自分の支配下に置いていた。
そんなとき、ひょっこり研究のためと称して山に入ってきたエドガー。
当然襲った。
もやしのような男。負けることなど考えもしなかった。
アランの頭の中には金目のもの、さらに身代金で何をするかだった。
だが、見事に返り討ちにあった。
魔法戦でボコボコにされ、エドガーの弟子にさせられた。
最初はいやいや付き従っていただけだったがところが長い付き合いの中でいつの間にか彼のために働きたいと思うようになっていた。
アランの纏っているマジックアーマーが徐々に明るくなる。
「俺はこの魔法で地人族のワル共をシメてたんだ。
いつの間にか力魔法について本気で学んでいたが」
アランはピョンピョンと飛び跳ね、体の血の巡りを良くする。
それに合わせて全身を包んでいる魔力のオーラが動く。
足先、手先、顔、体、そして全身へと魔力が供給され輝く。
「さて。悪いが、そろそろ決着をつけさせてもらおう。
お前、もう俺の攻撃を認識することなんてできないぞ」
「はぁ?」
アンドリューの言葉にはアランの一撃が返される。
アンドリューは感じた。急激にアランが大きくなるように。
そして、耳にちょっとした痛みを。
次の瞬間、建物を破壊する大音響がなっているのが聞こえた。
「ちっ、ちょっと外したか」
アランからアンドリューに向かって遅れて風が吹く。
強烈な風の感覚。アンドリューは右耳にキーンと言う音が聞こえ、目を少しずつ右にずらす。
そこにはアランの腕があった。
ゆっくり振り返ると、アランの拳からは想像できないほどおおきな壁に穴が空いていた。
「おお、すまんな。戦闘なんて久々なんでな。
速すぎて自分でもうまく操作できねぇんだ。
出来る限り苦しまないようにしてやるから、おとなしくしてろよ?」
「誰が……」
アンドリューは震えている。だが、恐怖故ではない。
怒りだ。
ゾンビとなった彼らは怒りしか感じられないのだ。
とてつもない力に対する怒りの感情が沸き上がる。
「誰が、おとなしくするか!殺す!」
アンドリューの一撃がアランに迫る。
しかし、アランは全くよけようとしない。
むしろ体でアンドリューの攻撃を受け止めに行く。
アンドリューの拳はアランのみぞおちにクリーンヒットした。
「死ね!」
バァァァァァン!アランの腹が爆ぜる。
アランは両足を踏ん張ったまま後ろに滑る。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!」
アンドリューはアランを追い連続で拳をアランの腹にぶち込む。
常人が見れば、彼の腕が何本にも増えたように見えていただろう。
それほどの連続攻撃だが、一撃の重さも十分確保してあり、威力も申し分ない。
一撃一撃が車をも吹き飛ばすほどの威力を持っている。
「この、クソジジィがぁぁぁ!肌が白いから何だってんだよ!」
アンドリューの最後の一撃。
これまでとは比べ物にならないほどの爆発のエネルギーを叩き込んだ。
爆発でアランの姿は消え失せ、あたりには白い煙が立ち込める。
彼は確信した。これでアランは死んだと。
アラーーーン!!!
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