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第70話

 サンレイとガルルンが学校中を調べ回ったので少し遅れて下校する。

 門を出るとサンレイが英二の腕を引っ張った。


「調べて腹減ったぞ、アイスが食いたいぞ、宗哉の奢りでレストランでもいいぞ」

「ガルはグラタンとパフェが食べたいがお」


 ねだる2人を英二が叱りつける。


「ダメだからな、昨日レストランで奢って貰ったばかりだろが、アイスとチーカマ買ってやるからそれで我慢しろ」

「ははははっ、そうだね、昨日の今日じゃ有り難みも薄れるよね、レストランはまた今度御馳走するよ、それじゃあ僕はここで」


 爽やかな笑みを見せると宗哉は送迎の自家用車へと向かって行く、


「サンレイ様、皆様、さようならデス」

「サンレイ様、また明日です」


 サーシャとララミがペコッと頭を下げるのを見て英二が返事を返す。


「うん、また明日」


 ちらっとサンレイを見た。おかしい、普段なら元気な声で挨拶を返すはずである。

 宗哉たちなど構いもしないでサンレイが横から英二に抱き付いた。


「なぁなぁ英二ぃ~、そろそろおらと結婚するぞ」


 抱き付きながら上目遣いで見つめるサンレイに英二がビビって大声を出す。


「なっ、何言ってんだ! 」


 反対側からガルルンが抱き付いてきた。


「そうがお、英二はガルと結婚するがお」


 後ろに居た小乃子が走って前にやってくる。


「一寸待ったぁ~~、英二の彼女はあたしだよ、幼馴染みでガキの頃から付き合ってるんだからな」


 委員長と晴美もやって来て小乃子と並ぶ、


「何を言っているの? 英二くんに相応しいのは私しか居ないわよ」

「高野くん、私の愛を受け止めてくれるわよね、私たちは前世から結ばれる運命なのよ」


 抱き付いていた英二からサンレイがバッと離れる。


「んだと、英二はおらのものだぞ」

「がふふん、みんな何言ってるがお、英二の子を孕むのはガルがお」


 反対側で抱き付いていたガルルンも離れて小乃子たちと睨み合う、


「まただ……またみんな変になってる」


 英二が逃げるように近くにいた秀輝の後ろに隠れた。


「なっ、何が……何が起きてんだ? 」


 英二を庇うようにしながら秀輝が困惑顔でサンレイたちを見回した。

 車に向かっていた宗哉が慌ててやって来ると秀輝の隣に立った。


「委員長に篠崎さんまで……英二くんの言っていた事はこれだったんだね」


 メイロイドのサーシャとララミが英二を囲むように守りについた。

 秀輝と宗哉の後ろで英二が弱り顔で口を開く、


「そうだよ、信じてくれたか、今朝は大変だったんだからな」


 秀輝と宗哉が居るので朝ほど不安は無い。

 睨み合っていたサンレイたちがバッと英二に振り向いた。


「どしたんだ英二? そんなとこに居ないでおらの傍に来るんだぞ」

「そうがお、ガルがギュッと抱き締めてやるがお、こっちに来るがう」


 満面の笑みをしたサンレイとガルルンが手招いた。

 2人の前に邪魔をするように小乃子が出てくる。


「明後日の日曜、母さんたち出掛けてあたし1人なんだ……だからさ家に来いよ、英二にならあたし何されてもいいからさ…… 」


 秀輝がゴクッと唾を飲む、


「何されてもって……マジかよ、小乃子の奴マジでおかしくなってるぜ」


 秀輝の後ろに隠れていた英二が顔を出す。


「言っただろ本当だって、初めはサンレイの悪戯だと思ったんだ。でも委員長や篠崎さんまで変になっててさ、追いかけ回されて大変だったんだぞ」


 英二を庇うように秀輝と並んでいた宗哉が振り返る。


「サンレイちゃんとガルちゃんは普段の悪戯と変わらないみたいだけど久地木さんは本当に変になっているみたいだね」


 冷静な宗哉に英二が弱り顔を向ける。


「サンレイとガルちゃんも充分変だから、今朝フランスパンで本気で殴られたからな、ガルちゃんは妖怪豆腐で俺を操ろうとするし…… 」

「モテモテで羨ましいよ」


 爽やかに笑う宗哉に英二が食ってかかる。


「冗談じゃない、命の危険を感じたからな」

「はははっ、ごめんごめん、今のは冗談だ。英二くんを好きになるだけの術みたいで安心したんだよ、サンレイちゃんとガルちゃんはともかく久地木さんや委員長たちなら英二くん1人でも逃げられるだろ」


 何か策があるのか余裕に笑う宗哉の隣で秀輝が話しに入ってくる。


「委員長と篠崎も変になってるぜ、マジでヤバいぞ」


 秀輝が指差す先で委員長と晴美がニッコリと微笑んだ。


「英二くん、もう直ぐ試験だから私の家で勉強しましょう、二人っきりで勉強の後の息抜きもたっぷりと……ねぇ英二くん」


 委員長が艶のある目で英二を見つめる。

 晴美が競うように話し出す。


「明日の土曜日デートしようよ、ネットカフェのペアシートで私たちの将来について語り合いましょう、その後は私の部屋でたっぷりと愛し合いましょうね」


 2人を見て宗哉が顔を顰める。


「委員長に篠崎さんまで……本当にモテモテだね英二くん」

「羨ましいと言うより怖いぜ、みんな目がマジになってるぜ」


 秀輝も険しい顔だ。


「だから俺も逃げたんだ。みんな普通じゃない、こんな状態で何かあったら後が怖すぎるからな」


 ビビりまくる英二にサンレイがニコッと可愛い笑みを向ける。


「なぁなぁ英二ぃ~~、こっちに来ておらとラブラブするぞ」


 隣りに並んでガルルンが八重歯のような牙を見せて笑う、


「がふふふっ、英二はガルとイチャイチャするがお」


 獲物を狙う目だ……、英二には直ぐに分かった。

 俺に任せろというように秀輝が英二を見て頷く、


「サンレイちゃんアイス食べにいこうぜ、ガルちゃんもチーカマとサラミとグラタン食べにいこうぜ、宗哉が何でも好きなだけ奢ってくれるぜ、食べ放題だ」


 ナイス秀輝、英二が秀輝の背を叩いた。

 三度の飯よりアイスクリーム好きのサンレイとチーカマやサラミが大好きなガルルン、2人の好物で釣る作戦だ。

 サンレイとガルルンさえどうにか出来れば小乃子たちから逃れる事は簡単だ。


「おおぅ、アイスか? アイス食い放題か」

「わふふ~ん、チーカマとサラミにグラタン食べるがお」


 サンレイとガルルンの顔がパッと明るくなるのを見て宗哉が畳み掛ける。


「御馳走するよ、アイスでもチーカマでも何でも食べ放題で用意するからね、車手配するから今から食べにいこう」


 爽やかに言う宗哉の前でサンレイがにぱっと笑顔で口を開く、


「そだな、でも遠慮するぞ、今はアイスより英二を取るぞ、英二と結婚するぞ」

「がふふん、英二と結婚するのはガルがお、チーカマとサラミは英二の子を孕んだ時の栄養補給に取っとくがお」


 ガルルンも断るのを見て宗哉が顔を顰める。


「アイスでもダメか…… 」

「どうする? 他に手は無いのかよ」


 秀輝も信じられないといった顔だ。


「ヤバすぎる。こんなので何かあって後で記憶に無いってなったら只じゃ済まないよ」


 完全にビビる英二を見て何か思い付いたのか宗哉がハッと顔を上げる。


「登校中の記憶が無いって言ってたよね、学校では普通だった……成る程な」

「何かわかったのか宗哉? 」


 縋るように訊く英二を見て宗哉が話を始める。


「何者かが英二くんを好きになる術か何かを掛けているとして登校中の記憶は無くなっていた。校内では普段通りだった。これはサンレイちゃんの結界の御陰だと思う、結界内では術が効かないんだ。何者かはわからないが英二くんが目的なのは確かだ。だが英二くんを殺すつもりは無い、生きたまま捕らえたいと思っている。サンレイちゃんとガルちゃんが正常な判断を出来なくして英二くんを捕らえるつもりかも知れない」


 秀輝が話に割り込んでくる。


「じゃあ小乃子たちまで術に掛けたのはどうなんだ? 」

「ついでだろうね、僕たちを少しでも混乱させようと企んだんじゃないかな、邪魔は少ない方がいいだろ、サンレイちゃんとガルちゃんの2人だけなら普段と変わらないから英二くんもそれ程困らないだろうし」

「成る程な、混乱に乗じて英二を攫うって事か」

「攫われて堪るか……って言ってもサンレイとガルちゃんがあの調子じゃな」


 頷く秀輝を見て英二が厭そうに顔を歪める。



 英二たちが思案していると学校を囲む壁の陰から女が笑いながら現われた。


「うふふふふっ、正解よ、頭の良い坊やは好きよ」

「おぉ、良い女だな」


 秀輝が思わず唸るのもわかるくらいの美女だ。

 宗哉が秀輝の腕を引っ張る。


「何やってる秀輝! 英二くんを守るんだ」

「おお、わかった。あの女が敵って事だな」


 慌ててこたえる秀輝の前に左右にいたメイロイドのサーシャとララミが出てきて構える。


「英二くんを守ればいいのデスね、御主人様」

「御主人様と英二さんを御守りします」


 ボクシングの動きをプログラムされているサーシャが拳を構え、ララミは空手の構えを取る。

 宗哉の守るという言葉に反応したのだ。


「あの人が俺を狙っているのか…… 」


 呟く英二を見て美女がニッコリと微笑んだ。


「高野英二くんね、私の元へいらっしゃい、可愛がってあげるわよ」


 見掛けは普通の女と変わらない、大人の色気たっぷりの美女だ。


「お前何もんだ、英二はおらのもんだぞ」

「英二はガルのものがお、お前なんかに渡さないがお」


 サンレイとガルルンが女と英二たちの間に入る。


「何言ってんだガルルン、英二はおらと結婚するんだぞ」

「がふふん、英二はチビのサンレイよりガルの方がいいに決まってるがお、英二の子を孕むのはガルがお」


 助ける為にやってきたはずの2人が英二の前でいがみ合う、そこへ小乃子たちもやって来る。


「英二はあたしと付き合ってるって言ってるだろ」


 サンレイとガルルンの間に入ろうとする小乃子の肩を委員長が後ろから引っ張る。


「何言ってるの、乱暴者の小乃子より私の方が英二くんに相応しいわよ」


 委員長の後ろから晴美がうっとりとした表情で口を開く、


「みんな間違ってるわ、高野くんと私は前世から結ばれる運命なのよ、だから高野くんは私と結婚する運命なのよ」


 サンレイとガルルンがバッと小乃子たちに振り向く、


「んだと! 英二はおらのだぞ、お前ら全部殴り倒して英二をものにするぞ」

「がふふん、面白いがお、勝ったものが英二と結婚できるがお」


 今にも飛び掛かりそうな2人を見て英二が大声を出す。


「止めろサンレイ! ガルちゃんも止めてくれ」


 宗哉が美女を睨み付ける。


「見ての通りだ。あんたが英二くんを連れて行こうとしてもサンレイちゃんとガルちゃんが許すはずないよ、2人と戦う事になる。変な術を使おうが結局戦う事になるんだ。諦めて術を解いて帰ってくれ、今ならサンレイちゃんたちと戦わなくても済むよ」


 美女が愉しそうに微笑みながら話を始める。


「そうね、力じゃ敵わないわね、だから別の勝負をしましょう、私が勝てば元に戻してあげるわ、貴方たちが負ければ英二くんは私が貰う、心配しなくていいわよ殺したりはしないから英二くんの霊力と精気を貰うだけ、用が済んだら返してあげるわよ」


 話しが聞こえたのか小乃子たちといがみ合っていたサンレイとガルルンが同時に振り向いた。


「英二はおらのものだぞ、お前の好き勝手にさせないぞ」

「そうがお、お前も妖怪みたいがう、ガルに勝てると思うながお」


 サンレイとガルルンの怖い顔にも女は臆しもしないで微笑みながら続ける。


「うふふっ、それなら勝負を受けなさい、勝ったものが英二くんをものに出来るのよ」

「ダメだよサンレイ…… 」


 止めようとする英二の声をサンレイの大声が掻き消す。


「受けてやるぞ、何の勝負だ? 戦いなら直ぐに決着つけてやるぞ」

「ガルもやってやるがお、英二のためなら戦うがお」


 鼻息荒いガルルンの後ろから小乃子が美女を睨み付ける。


「あたしだって戦ってやる。英二をお前らなんかに渡すか」

「愛のためなら死ねるわ、私が死んだら来世で結婚しましょうね高野くん」


 普段おとなしい晴美も人が変わったように攻撃的だ。

 やる気満々のサンレイたちの前に委員長が出てくる。


「何の勝負をするの? 戦いでもいいけどハンデは貰うわよ、人間と妖怪じゃあ違いすぎるからね、英二くんを賭けて正々堂々と勝負しましょう」


 流石委員長だ。術に掛かっているとはいえ判断力は鈍っていない。


「小乃子たちまでいい加減にしろよ」


 怒る英二を宗哉が止める。


「此処は受けるしかなさそうだよ、サンレイちゃんが普通の妖術には掛からないって言ってただろ、あの女が使ったのはたぶん強力な暗示か何かだろう、だからサンレイちゃんやガルちゃんも掛かったんだ」

「だからって…… 」


 難色を示す英二に宗哉が耳打ちする。


「暗示なら何かの切っ掛けやショックなどで治せるはずだ。今は従って様子を見よう、ここで焦って戦いにでもなれば大変だよ」

「わかった。宗哉に任せるよ」


 渋々といった様子だが了解した英二を見て頷くと宗哉が美女に向き直る。


「勝負は受ける。だけど委員長の言った通り戦いはしない、ハンデを付けても人間が不利だからね、戦闘以外の勝負なら受ける」


 美女が愛くるしい笑みを湛えながら口を開く、


「私も戦うつもりなんてないわ、力じゃおチビさんと山犬には敵わないからね」


 宗哉から視線をサンレイたちに向ける。


「そうねぇ……料理勝負でどう? 貴女たち英二くんと付き合いたいんでしょ? 料理くらい出来ないとね」


 考える素振りを見せたが初めから企んでいた事は英二と宗哉には直ぐに分かった。


「お前、もしかしてハマグリ女房か? 」


 料理と聞いて顔を曇らせる英二の前に秀輝が庇うように出る。


「ハマグリ女房かよ、化けてるんだな、性懲りもなく英二を狙ってきやがったな」


 2人をちらっと見た後で宗哉が冷静に質問する。


「正体を教えてくれ、ハマグリ女房なら料理勝負は受けないよ、此方が不利だからね」

「違うわ、私はハマグリ女房じゃないわ、ホレ女よ、男でも女でも心を操って惚れさせる事ができる。恋愛妖怪ホレ女よ」


 愛くるしい笑みでこたえるホレ女の前で宗哉が思案を巡らせる。


「恋愛妖怪か……それで委員長たちが英二くんを好きになったんだな」

「恋のキューピッドみたいなもんか? いや違うな、男も女も両方とも好きでもないのを無理矢理惚れさせたりするのは違うな」


 秀輝が自問自答する隣で英二も怪訝な表情だ。


「ホレ女? 」


 英二がサンレイに振り向く、


「サンレイ、ホレ女って知ってるか? 」


 術に掛かっているが結婚を迫るだけなのでそれ以外は大丈夫だろうと訊いてみた。


「ホレ女なんて知らないぞ、そんな事より勝負すんぞ、おらが勝って英二と結婚するぞ」

「ガルも知らないがお、匂いも嗅いだ事が無いがう、でも安心するがお、ガルが勝って英二はガルのものになるがお」


 サンレイはともかく普段なら考えるガルルンも即答するのを見て判断力が低下しているのが分かる。

 これもホレ女の術の所為だろうと英二は思った。

 そこへ小乃子が割り込んでくる。


「料理勝負ならあたしも受けるぜ、喧嘩はダメだけど料理なら勝ってみせるよ」


 委員長がバカにするように小乃子を見つめる。


「何言ってるの? 小乃子に料理が出来るわけないでしょ、私に任せなさい、あんな女に英二くんは渡さないわよ、私が勝って英二くんを貰うからね」

「料理なら私も得意よ、愛妻料理を食べたら高野くんは必ず私を選んでくれるわ、だから高野くんは私のものよ」


 2人の後ろから晴美が競うように言った。


「うふふっ、いいわねぇ、人間の女の子はやる気満々じゃない」


 ホレ女が妖艶に微笑みながらサンレイとガルルンに視線を向ける。


「おチビさんと山犬はどうなの? 料理勝負を受けるの? 受けてくれれば勝負が終わった後で術は解いてあげるわ、勝っても負けてもね、もちろん私が勝ったら英二くんは貰うわよ、貴女たちが勝てば英二くんと結婚でも何でもすればいいわ」


 サンレイが首を傾げる。


「術って何のことだ? 何か知らんが勝負は受けてやるぞ、勝って英二をおらのものにするぞ、英二と結婚するぞ」


 競うようにガルルンも返事を返す。


「ガルも承知がお、料理ならサンレイに負けないがお」

「みんな何言ってんだよ…… 」


 サンレイたちを見回して英二が大声を出す。


「ダメだ。俺は認めない、こんな事で俺の結婚相手を決められてたまるか」


 ホレ女がとぼけ顔で英二を見つめる。


「あら、いいの? このまま術が進んで英二くんに対する想いが深まると彼女たち英二くんを取り合って殺し合いを始めてもおかしくなくなるわよ」

「殺し合いって……何考えてんだ。今すぐ術を解け! 」


 怒鳴る英二を宗哉が押さえる。


「英二くん僕に任せてくれ」

「宗哉……わかった。任せるよ」


 考えがありそうな宗哉を見て英二がおとなしくなる。

 宗哉がホレ女に向き直る。


「了解した。但し何を作るのか此方で提案させて貰う、それと料理に変なものを混ぜるのは禁止だ。妖術か何かで細工されたら勝ち目は無いからね」


 ホレ女が楽しげに頷く、


「わかったわ、それで何を作るの? 」

「カレーだ。カレーで勝負だ。英二くんと秀輝と僕が審査する。一番点が高い者が勝ちだ」

「ふ~ん、カレーね、いいわよ」


 軽く受けるホレ女に宗哉が続ける。


「言っておくが英二くんを狙う敵よりもサンレイちゃんたちを贔屓するよ、それを越えて美味しいと審査させればホレ女さんの勝ちだ。これはハンデだよ、料理勝負を挑んできたからには自信があるんだろ、これくらいのハンデは貰う、その代わり約束は守る。ホレ女さんが勝てば英二くんを暫く預ける。命は取らないって言ったホレ女さんの言葉を信じる。だから此方のハンデも認めて貰う、いいね」

「うふふふふっ、わかったわ、その条件でいいわよ」

「勝負は明後日、日曜日の昼だ。会場は僕が用意する。必要な材料があれば言ってくれ、日本で手に入るものは何でも用意しよう、その場で作ってもいいし今日から仕込んでもいい、但し、妖術や薬の類いなどは禁止だ。あくまで料理そのもので勝負だ」


 わかったと言うように頷くとホレ女が英二を見つめる。


「待っていてね英二くん、明後日に迎えに来るわ、お姉さんがたっぷり可愛がってあげるからね、うふふふふっ」


 既に勝ったつもりでいるのか妖艶に笑うとホレ女が姿を消した。

 勝つのは私だといがみ合う小乃子と委員長と晴美を宗哉が車で送っていく、サンレイとガルルンは秀輝に手を貸して貰いながら英二がどうにか連れて帰る。



 英二を取り合うサンレイとガルルンを宥めながら家まで送ってくれた秀輝に礼を言う、


「助かったよ、俺1人じゃ大変だったよ」

「何かあったら何時でも呼んでくれ」


 苦笑いの秀輝と別れて疲れた顔をした英二が玄関に入っていく、


「なぁなぁ英二ぃ~~、今日一緒に寝るぞ、愛を育むんだぞ」

「がふふん、英二はガルと寝るがお、お風呂も一緒に入るがお」


 左右から抱き付くサンレイとガルルンを連れて家の中に入った途端、腕を引っ張っていた2人の手が緩んだ。


「 ……おら何してたんだ? 」

「がう? 家に帰ってるがお、さっき学校出たがお? 」


 不思議そうに辺りを見回す2人を見て英二が大きな溜息をつく、


「マジで覚えてないのか? って言うか家の中は平気なのか…… 」


 暫く考えていた英二が思い付いたように続ける。


「ああ、家には結界が張ってるって言ってたな、学校と同じで家の中は普通に戻るって事か……助かった。家の中はゆっくり出来そうだ」


 安堵する英二の腕をサンレイが引っ張る。


「何があったんだ? 説明するんだぞ」


 ガルルンも子犬のように首を傾げて英二を見つめている。


「ホレ女って妖怪知ってるか? 恋愛妖怪ホレ女って言ってたよ」


 英二がホレ女とカレー勝負を受けた事を説明した。


「ホレ女なんて知らないぞ、恋愛妖怪なんて聞いた事もないぞ」

「ガルも知らないがお、匂いも覚えてないがお、本当にそんな事があったなんて信じられないがお」


 2人とも本当に記憶が無い様子だ。


「それでカレー勝負は受けるのか? 戦うんだったら術に掛かっていない豆腐小僧にでも力を貸して貰えれば俺でも何とかなりそうな相手だったけどなホレ女は」


 妖怪でも女と戦うのは気が進まないがサンレイとガルルンが術に掛かってるので自分が戦うしかないと英二は覚悟を決めてある。

 ホレ女が英二を殺す気がないと言う事もあって酷い戦いにならないだろうという甘い考えもあった。


 英二を見上げてサンレイがニヤッと悪い顔で笑う、


「勝負は受けるぞ、美味いカレー作っておらが勝つから安心するんだぞ」


 隣でガルルンが笑い出す。


「がひひひひっ、サンレイに料理は無理がお、ガルに任せるがお、ガルは英二の母ちゃんの手伝いしてるからカレーの作り方知ってるがう、去年の年末に作ったカレーは母ちゃんに教えて貰いながらガル1人で作ったがお」

「ああ、あのカレーか、あれは旨かったよな、ガルちゃんなら安心だな」


 思い出して頷く英二にサンレイが食ってかかる。


「んだと! おらのカレーはダメってか? 最高のカレー作ってガルルンもホレ女も負かしてやるぞ」

「わかったから、喧嘩はダメだからな」


 宥めながら英二は術に掛かっていなくても同じだと思った。


「がふふん、サンレイが最高ならガルは最強がお、最強のカレーを作るがお」


 自信ありげなガルルンを英二が見つめる。


「最強のカレーって? 」

「直ぐに分かるがお、用意するからもう行くがお」


 ガルルンがニコッと笑うとトントンと階段を上っていく、


「んじゃ、おらも用意すんぞ、最高のカレー作ってやるぞ」


 料理など碌に作った事の無いサンレイはどこから自信が出てくるのかダダダッと元気に階段を上っていった。


「最高とか最強とか不安しかないな…… 」


 階段の下で英二がボソッと呟いた。



 家の中ではサンレイとガルルンは普段と変わりなく、英二は夕食を終えて風呂から出ると部屋で寛いでいた。


「カレー勝負か……ガルちゃんはいいとして問題はサンレイだな」


 いつもなら英二の部屋で夜の11時頃まで騒いでいるサンレイとガルルンがカレー勝負の準備だと言って遊んでいないので久し振りに1人でゆっくりとしていた。

 そこへガルルンが入ってくる。


「英二行くがお、宗哉に飛行機飛ばしてもらうがお」

「行くってどこに? 飛行機って? 」


 ベッドに転がってスマホを弄っていた英二が上半身を起こした。


「北海道に行くがお、カレーの準備がお」


 笑顔でこたえるガルルンに英二が怪訝な顔を向ける。


「北海道? カレーの準備なら宗哉に言えば何でも揃えてくれるだろ」

「最強のカレーには北海道が必要がお」

「最強ってどんなカレーを作るんだ? 」

「秘密がお、北海道に行けば分かるがお」


 ガルルンの笑顔の目が悪戯っぽく光るのを見て英二が続ける。


「どんなカレーを作るのか教えてくれないなら行かないからな」

「秘密がお……秘密がう……教えたら一緒に行くがお? 」


 子犬のように見つめるガルルンの前で英二が頷く、


「うん、話しを聞いてから決めるよ、本当に北海道へ行くのが必要なら行くからさ」

「わかったがお、ガルは熊カレーを作るがお、北海道には熊カレー売ってるがお、だからガルも熊カレー作るがう、最強のカレーがお」


 笑顔のガルルンの向かいで英二の顔が厭そうに変わる。


「わざわざ行かなくともネット通販で缶詰の熊カレー買えばいいだろ、宗哉に言えば取り寄せてくれるよ」


 不安が的中だ。はっきり言って食いたくはない。

 プクッと頬を膨らませたガルルンが英二の腕を引っ張る。


「缶詰じゃダメがお、ガルは愛の籠もった作りたてを英二に食べさせたいがお、だから北海道に行くがう、北海道でヒグマを捕まえるがお」

「そこからか!! 売ってる缶詰の熊カレーじゃなくてヒグマ捕まえる気かよ、第一まだ冬眠してるからな」


 驚いて声を大きくする英二の腕を引っ張りながらガルルンがニヤッと笑う、


「がふふん、大丈夫がお、ガルはできる女がう、寝惚け熊なんかガルが一撃で仕留めてやるがお、がおがおパンチで一発がお」

「ガルちゃんなら仕留められるだろうけど……カブト虫取りに行くみたいに簡単に言わないでくれ」


 弱り顔の英二の前で笑顔のガルルンが続ける。


「ヒグマなんか怖くないがお、子猫みたいにきゅって捕まえてやるがう、だから北海道に行ってヒグマカレー作るがお、北海道の凶暴なヒグマを1匹丸ごとじっくりコトコト煮込むがう、最強で最高に旨いカレーが出来るがお」

「丸ごと煮込んだヒグマなんて食べたくないからね、強いじゃなくて怖いの最恐カレーだからな」


 厭そうに腕を引く英二にガルルンが抱き付いた。


「がふふふっ、美味しいがお、野生の旨味がたっぷりがお、噛めば噛むほど旨いがう、肉汁と共に野獣もジュワッと出てくるがお」

「野獣カレーなんて厭だからな」


 引きまくる英二を見てガルルンが拗ねるように口を開く、


「がわわ~~ん、最強のカレーで勝負に勝って英二をガルのものにするつもりだったがお、ヒグマカレーがだめならシーフードカレーはどうがお? 北海道の海の幸を使うがお」

「シーフードカレーか、それは美味そうだな、シーフードなら俺も賛成だ」


 頭の中にイカやホタテやシャケなどが入ったカレーが浮んだ。

 ガルルンが両手を上げて大喜びする。


「やったがお~~、それじゃあシーフードカレーにするがお、北海道の海の幸をたっぷり使った。トドとラッコのシーフードカレー作るがお」

「海の幸じゃねぇ!! そんな獣臭いシーフードなんか食べませんから! 」


 頭の中にカレーに浸かったトドとラッコが浮んで英二が怒鳴った。

 ガルルンがプクッと頬を膨らませる。


「英二は我儘がお! もういいがう、北海道は止めるがお、英二なんて近場の食材で充分がお、そこらで増えてるアライグマを使った熊カレーにするがう、最強のヒグマが最弱のアライグマに変更がお」

「アライグマなんか食べないからね、基本的に熊カレーなんか食べないからな、普通の牛肉を使ったカレーにしてくれ」


 弱り切った顔で頼む英二を頬を膨らませたガルルンが睨む、


「がうう……じゃあ野生の牛はどこにいるがお? 北海道にいるがう? オーストラリアに行ったらいいがお? オーストラリアならコアラカレーにするがお」

「コアラは食べちゃいけません、肉はスーパーで買ってくれ、まずは捕まえるって発想を頭の中から消してくれ」


 必死で頼む英二を見てガルルンが膨れた頬を萎ませる。


「新鮮な肉を使って肉カレーを作ろうと思ったがお、最強の肉カレーがう…… 」


 しょんぼりするガルルンの前で英二が慌てて口を開く、


「クマとかトドとかラッコ使わなくても最強のカレーは出来るからさ、宗哉に頼んで最高の肉を用意して貰おうよ、第一食べ慣れた肉の方が美味しく感じるよ、クマとか野生の奴は癖があるからさ、普通の牛や豚や鶏を使った肉カレーにしようよ」


 優しく言い聞かせる英二を見てガルルンがニコッと笑顔になる。


「わかったがお、肉をたっぷり使った肉カレーを作ってやるがお」


 嬉しそうに言って部屋を出て行こうとするガルルンを英二が呼び止める。


「サンレイは何カレーを作るか聞いてないか? 」


 普通と思っていたガルルンでさえとんでもないカレーを作ろうとしていたのだ。

 サンレイが何を作るのか怖くて堪らない。


「サンレイのカレーがお? 知らないがお、秘密だって言ったがう、最高のカレー作るって言って出ていったがお」

「出て行ったって……もう夜だよ、外に出たら術に掛かっておかしくなるのに…… 」


 顔を顰める英二の前でガルルンが続ける。


「最高の材料を集めるって言ってたがお、英二に精がつくようにって最高のパワーアップカレーを作るって言ってたがお」

「精がつくって……悪い事しか思い浮かばないんだけど………… 」

「勝負は明後日がお、それまでに戻ってくるって言ってたがお」


 ビビりまくる英二に構わずガルルンが部屋を出て行った。


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