第48話
サンレイと一つ目小僧の戦いを見て野次馬たちが騒ぎ出す。
「彼奴ら……作り物じゃないぞ……化け物だ」
『ヤバいぜ、逃げよう、逃げろ~~ 』
サンレイに投げ飛ばされた柄の悪い男たちが叫ぶと野次馬たちが一斉に逃げ出す。
「なっ、くそっ、ガルちゃん小乃子たちを頼む」
我先にと逃げ出す野次馬たちに巻き込まれた英二が叫んだ。
こたえるより先にガルルンが晴美を背負うと小乃子と委員長を両脇に抱えてジャンプして野次馬から逃れる。
「御主人様此方へ」
ララミが宗哉を抱きかかえる。
「サーシャ、英二くんを…… 」
宗哉に命じられてサーシャが英二を抱き寄せた。
「英二くん、しっかり掴まるデス」
2人を抱えたララミとサーシャが逃げ惑う野次馬たちを薙ぎ倒して進んでいった。
人混みから少し離れた神社の森に小乃子たちを抱えたガルルンが降り立つ、
「みんな大丈夫がお? 」
「うん、ありがとうガルちゃん」
背中にしがみついていた晴美が上気した顔で笑った。
左右でしがみついていた小乃子と委員長が離れる。
「ガルちゃん助かったよ、新しい着物汚して怒られるとこだ」
着物が汚れていないか見回す小乃子の横で委員長が先程までいた場所を指差した。
「汚れどころじゃ無いわよ、あれに巻き込まれたら怪我してるわよ」
パニックになった野次馬たちに押し退けられて何人もが倒れているのが見えた。
英二たちを抱えたララミとサーシャがやってくる。
抱きかかえた宗哉をララミが離す。
「御主人様、お怪我はありませんか? 」
「うん大丈夫だ。ララミご苦労」
「御主人様を御守りするのが私の役目です」
髪を整えながら爽やかに言う宗哉にララミがペコッと頭を下げる。
サーシャの巨乳に頭を埋めるようにして抱えられた英二がバッと顔を離す。
「あっ、ありがとうサーシャ」
「無事で何よりデス」
真っ赤な顔をして礼を言う英二を見てサーシャがニッコリと微笑んだ。
少し遅れて秀輝が走ってやって来る。
「お前ら俺のこと忘れてただろ…… 」
肩で息をつく秀輝を見て小乃子が意地悪顔で口を開く、
「ゴリラはあれくらい平気だろ? 」
「誰がゴリラだ! 」
「悪いな、だがあの場合は仕方ないだろ、秀輝が一番頑丈なんだからさ」
怒鳴る秀輝を見て手櫛で髪を整えた宗哉が爽やかに笑いながら言った。
ガルルンが不思議そうに秀輝を見つめる。
「秀輝はゴリラだったがお? 人間じゃ無かったがう? 」
「なっ、違うからな、人間だからな……まったく………… 」
怒りながらこたえる秀輝の肩を英二が掴む、
「そう怒るなよ、俺が爆発能力を使えるようになったとはいえ、サンレイとガルちゃんは体力的には秀輝が一番だって頼りにしてるからな」
「 ……ったく、わかってるよ、脳筋だからな盾くらいにはなってやるよ」
「うん、頼りにしてるよ」
幼馴染みの英二と秀輝が互いの顔を見てニッと笑った。
野次馬たちが消えた参道でサンレイと一つ目小僧の戦いが続いていた。
英二たちが森から出て元の場所へと戻る。
「あそこに倒れてるよ、逃げ遅れたんだよ」
晴美が指差す先に一つ目小僧に難癖をつけられていた若いカップルが倒れていた。
頭から血を流して気を失っている男を守るように彼女が抱きかかえている。
「ガルが助けてやるがお」
助けに行こうとしたガルルンを宗哉が止める。
「ガルちゃんは何かあった時に頼む、サーシャ、ララミ、向こうで倒れている男女を此処に運んできてくれ」
サーシャがペコッと頭を下げる。
「了解しましたデス」
「私が女を運ぶからサーシャは汚い男を頼みます」
口悪く言うとララミがサッと駆けだした。
追うようにサーシャも走って行くと直ぐに男を抱えて戻ってきた。
「頭を打撲していますデス、外部に血は余り出ていませんが内出血の可能性がありますデス、病院へ運んだ方がいいデスから」
男を抱えたままで宗哉に報告する。
「女は大丈夫です。足を少し怪我しただけです」
抱えてきた女をララミが降ろす。
足を挫いたらしい女がサーシャが抱えている男に抱き付く、
「健司は……健司は大丈夫なの? 」
「病院に行った方がいいな」
頭から血を流して気を失っている男を見て宗哉が電話を掛ける。
「車で病院に運んであげるからね、君も付いて行くといい」
爽やかに言うと宗哉がサーシャに命じる。
「駐車場に止めてある車まで運んでくれ、病院に行くように連絡してある。運んだらサーシャは此処に戻ってこい」
「了解しましたデス、この方を車まで運びます」
「女は私が持っていってやります」
ララミが女をヒョイッと抱えた。
「ちょ……何を? 」
「黙って乗っていなさい、私が運んだほぅが早いですから」
驚く女にララミが言うと走り出した。
サーシャも気絶した男を抱えて後に続いた。
一つ目小僧と向かい合っていたサンレイが辺りを見回す。
「やっと静かになったな、これで本気で戦えるぞ」
「本気だと……ぐははははっ、それは此方のセリフだ。覚悟しろチビ、俺様が…… 」
一つ目小僧の言葉が終わらぬ内にサンレイがバチッと雷光をあげて姿を消す。
「雷パァ~ンチ! 」
左にパッと現われたサンレイが一つ目小僧の脇腹にパンチをぶち込む、
「ぐがぁぁ…… 」
脇腹を押さえて蹲る一つ目小僧にサンレイが体を捻って蹴りを当てた。
「閃光キィ~ック! 」
「がはっ!! 」
一つ目小僧が仰け反るようにして吹っ飛んで転がった。
少し離れた所で英二たちと並んで見ていた小乃子が口を開く、
「諸に当たったぞ、痛そうだな」
「ガルちゃんの言った通りね、いくら目が良くてもサンレイちゃんの瞬間移動は避けられないのね」
小乃子の隣で委員長が感心した様子で言うと並んで見ていた宗哉が頷く、
「瞬間移動だからね、流石に消えるのは見えないさ」
「一つ目小僧じゃサンレイちゃんの相手にならないって事だぜ」
自慢するように言う秀輝の顔を英二が覗き込む、
「サンレイが調子に乗るから変な事は言うなよ、頼んだぞ」
英二の背をガルルンがポンポン叩く、
「心配無いがお、サンレイもガルもとっくの昔に調子に乗ってるがう、ノリノリがお」
ガルルンと手を繋いでいる晴美が楽しそうに笑う、
「ノリノリなんだ凄いねガルちゃん」
「そんなの褒めたらダメだからね…… 」
おとなしい晴美には英二もキツく言えない、サンレイとガルルンが晴美に懐いているということも大きい。
倒れている一つ目小僧が動かないのを確認してからサンレイが英二の元へやって来る。
「野次馬も消えたし邪魔は居なくなったぞ、んじゃ、選手交代だぞ」
サンレイに背を押されて英二が及び腰で前に出る。
「ちょっ、一寸待ってくれ、戦うのはいいけどさ、一つ目小僧にも何か理由があるかも知れないからさ、聞いてからでいいだろ? 」
サンレイがにぱっと笑う、
「流石英二だぞ、行き成り倒したらかわいそうだぞ」
今まで散々ボコボコにした癖に……、とばっちりが来るのは厭なので英二は思った言葉を飲み込んだ。
「何かあったら直ぐに助けてくれよ」
「電光石火で飛んで行ってやるから安心して戦えばいいぞ」
「戦うんじゃなくて話しを聞くんだからな」
倒れて動かない一つ目小僧に英二が恐る恐る近付いていく、
「ぐぐぅ……チビのくせに………… 」
近寄る気配を感じたのか一つ目小僧が上半身を起こした。
「何だ貴様は? 人間が俺様に敵うと思っているのか? 」
英二がぐっと拳を握り締めた。爆発能力を何時でも使えるように気を溜めている。
「待ってくれ、戦うつもりなんかない、話がしたいんだ」
「話しだと? 」
訝しむ一つ目小僧に英二が続ける。
「そうだ。話がしたい、何で人間を襲ったんだ。あのカップルに何かされたのか? 」
一つ目小僧が大きな目で英二を睨み付けた。
「彼奴らは俺様の前でイチャイチャと不純な事をしてやがった。最近の人間どもは見境なく盛りやがる。男も女も初めてを大事にせん、何でも最初が肝心、一つめが大事なんだ。それを人間どもは……だから俺様が注意をした。なのに逆ギレして殴り掛かってきたので俺様が仕置きをしたのだ」
「そんな事で大怪我させたのかよ」
頭から血を流していた男を思い出して英二が声を荒げた。
「そんな事だと? 何事も初めが肝心、一つめが大事、初物が一番尊いのだ。それがわからん人間など俺様が始末してくれるわ」
バッと飛び掛かろうとした一つ目小僧に英二が握り拳を向けた。
「4寸玉! 」
英二の拳がボンッと爆発して一つ目小僧が吹っ飛ぶ、
「ぐがぁ~~ 」
少し離れた所で見ていたサンレイが口を開く、
「いいぞ、そのまま止めを刺すんだぞ」
言われるまま英二が反対側の手を倒れている一つ目小僧に向ける。
「爆投、6寸玉! 」
英二の手から白く光る玉が飛んでいく、
「当たるか! 」
一つ目小僧がくるっと体を起こして避ける。
光る玉が大きな音を立てて爆発した。
「凄ぇな…… 」
秀輝が驚くのも無理はない地面が抉れて大きな穴が空いていた。
秀輝だけでなく宗哉たちにも聞こえるようにガルルンが教える。
「6寸玉は自動車も吹っ飛ばすがお」
「そだぞ、英二は爆弾魔だからな」
サンレイが胸を張って付け足すと英二がサッと振り返る。
「違うからな、爆弾魔じゃなくて爆破使いだからな」
英二の大声を一つ目小僧の大笑いが遮る。
「ぐははははっ、凄いぞ、人間がそれ程の力を持っているとはな」
笑いを止めると一つ目小僧が大きな目で英二を見据える。
「何で人間を襲ったと聞いたな? ここで人間たちの気を吸って力を溜めてから貴様を襲おうと思っていたんだ。俺様の目的はお前だ。霊力の高いお前を喰らって大妖怪へと生まれ変わるのだ」
話しを聞いていたサンレイの顔が曇る。
「やっぱり英二が狙いだぞ」
「ハマグリ女房と同じように高野くんの力を狙っているのね」
委員長が確認するように訊くとサンレイが頷いた。
「そだぞ、英二は凄い霊力を持ってるんだぞ」
小乃子が心配そうに英二を見つめる。
「英二の力を……くそっ」
「高野くん…… 」
不安気に呟く晴美の手をガルルンがギュッと握る。
「ガルがいる限り英二には手出しさせないがお」
サンレイがひょいっと首を伸ばして小乃子と晴美を見つめる。
「ガルルンの言う通りだぞ、おらとガルルンが付いてるんだぞ、英二は必ず守るぞ」
「でも大丈夫か、結構強いんだろ? 」
小乃子の不安顔を見てサンレイがニヘッと悪い顔で笑いながら前に向き直る。
「英二ぃ~~、死んじゃ嫌ぁ~~、おらを残して死んじゃ嫌だぞ」
英二がくるっと振り返る。
「死なないから! って言うか守るって言ったよね、勝手に殺さないでくれ」
大声で言うと英二は直ぐに正面を向く、
「俺が狙いって言ったな……俺のために関係ない人を襲ったっていうのかよ」
怒りに顔を顰めた英二が一つ目小僧を睨み返す。
「ぐははははっ、そうだ。そこらの人間なんぞ喰らっても腹の足しにもならんが貴様は別だ。霊力の高い貴様を喰らって俺様が力を手に入れるのだ。だが山犬とチビの妖怪が邪魔だ。2匹を排除するために人間どもの気を吸って力を蓄えていたのだ」
「ふざけんな! 俺のために何人犠牲になった? てめぇなんかぶっ飛ばしてやる」
英二がキレた。
「爆練、4寸玉! 」
両手を使って爆発する気を連続で飛ばす。
「そんなもの…… 」
初めの数発は余裕で避けていた一つ目小僧だが爆風に煽られてよろけたところへ諸に当たって吹き飛んでいく、
「ぐへぇえぇ~~ 」
吹っ飛んで転がる一つ目小僧を見てサンレイが吃驚して声を出す。
「マジだぞ! 英二マジで怒ってるぞ」
「今の英二は爆弾魔がお、怒りが爆発力を上げてるがう、8寸玉なら一つ目小僧バラバラになってたかも知れないがお」
ガルルンも珍しくマジ顔だ。
秀輝が苦笑いしながら口を開く、
「英二がキレたの久し振りに見たぜ」
「小学校の時に2回ほどキレたよな」
隣で小乃子が楽しそうに言うと秀輝が頷く、
「ああ、あいつ自分の事じゃ何されてもキレないけど友達とか犬猫に何かあったらマジになるよな」
「うん、小四の時に学校に入ってきた子猫を苛めてた男子にマジギレして椅子で殴り掛かってたよな、秀輝がいなかったら逆にボコられてたよな」
「ああ、あれはヤバかったよな」
「でもあの後から男子ども英二をからかったりしなくなったよな」
「まぁな、上辺だけ粋がってる奴らなんてそんなもんだ」
2人の話しを聞いていた委員長が驚きながらも優しい顔で口を開く、
「小乃子に聞いたことあるけど高野くんらしいわね」
怒る英二を見て宗哉も目を丸くしている。
「英二くんがキレるなんて初めて見たよ」
「私も……高野くん優しいもんね」
晴美は驚きながらも子猫を助けた話しを聞いて口元に嬉しそうな笑みが浮んでた。
秀輝たちの前で見ていたサンレイが楽しげに話し出す。
「とにかくこれで英二の勝ちは決まったぞ、あいつ優しいから無意識に力をセーブしてるんだぞ、でも今は全開だぞ」
後ろで晴美の隣りにいたガルルンが得意気に鼻を鳴らす。
「がふふん、ガルを只の山犬と思ってる一つ目に勝ち目なんて初めからないがお」
サンレイが見たことのないような悪い顔でニヤッと笑う、
「おらの事をチビの妖怪ってか……にひひひひっ、あいつ死にたいみたいだぞ」
「がひひひひっ、そこらの人間の気を溜めたくらいでガルを倒せると思ってるがお、英二が止めを刺さなかったらガルとサンレイでぶち殺すがお」
ガルルンが八重歯のような牙を見せてくぐもった笑いをあげた。
「ぶち殺すって、ガルちゃん………… 」
ガルルンを見つめて晴美が弱った顔で呟いた。
宗哉が考えるように口を開く、
「山犬か……ガルちゃんやサンレイちゃんがいることを知っていたようだね」
顔を顰める宗哉を委員長が見つめる。
「そうみたいね、誰かに訊いたのかしら? 」
小乃子がバッと振り向く、
「聞いたって……そう言えば旧鼠って鼠の妖怪を嗾けたのはハマグリ女房だったよな」
思い出すように言った小乃子を見て宗哉と委員長がマジ顔で頷いた。
「初めから英二くんが狙いでサンレイちゃんやガルちゃんが強敵と知っていて対抗するために人間の気を集めていたと考えると誰かに聞いたか唆されたか…… 」
「そうよね、言っちゃ何だけど一つ目小僧は頭は良くなさそうだし、高野くんを見つけたのが偶然なら回りくどいことをせずに襲ってきてもおかしくないわよね」
2人の話に小乃子が険しい顔で口を開く、
「誰かが裏で糸を引いているって事か……ハマグリ女房かな」
「逃がしたのが不味かったよな、殴り合いじゃなくて料理対決だったから油断したぜ」
近くで聞いていた秀輝が悔しげに言った。
宗哉が秀輝を見つめる。
「ハマグリ女房とは限らないよ、第一、ハマグリ女房もあの人のためとか言ってただろ、何かもっと裏があるような気がするんだ」
「高野くんを狙って何者かが妖怪たちを唆しているのは間違いないわね」
付け足すように言った委員長に宗哉が頷く、
「だろうね、1人とは限らない、複数いるかも知れない、わかっていることは高野くんの霊力を狙っているって事だけだ」
黙って聞いていた晴美が心配そうに呟く、
「心配だね高野くん…… 」
サンレイがにぱっと笑顔で晴美を見上げる。
「大丈夫だぞ晴美ちゃん、みんなも心配すんな、一つ目を倒せばわかるぞ」
晴美の隣でガルルンがドンッと胸を叩く、
「ガルに任せるがお、誰が裏にいるのかボコボコにして口を割らせてやるがお」
元々控え目な性格と後から仲間に入ったこともあり込み入った話には自分からは入ってこないが優しくて穏やかな晴美がサンレイとガルルンは大好きだ。
「そうだね、今は英二くんの応援をしよう」
宗哉の言葉でその場の全員が前に向き直る。




